天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

父の日 - 2001年06月18日(月)

最初の結婚を反対されて家を出て以来、父には殆ど会ってなかった。結婚式にも父は来なかった。というより、式の日時も父は知らなかった。一度だけ、父が倒れた時に病院に行って、会った。ベッドの中から手招きしてわたしを呼ぶと、父はわたしの手を握って涙を流した。それが嫌でたまらなかった。それでも、生命への危険性があるという検査を受ける日に、朝早くからもう一度会いに行った。ベッドはもう空っぽだった。エレベーターの中で真っ青な顔をしてベッドに横たわってる人が、父に見えた。必死に目を凝らして探った。父ではないとわかるまでにものすごい時間がかかったような気がした。看護婦さんが訝しげにわたしを見てた。それから、10年前に、もう一度会った。父に会いに行ったわけじゃないけど、母に会いに行くと必然的に父にも会わざるを得なかった。離婚したことと、再婚したことと、翌日日本を出て外国で暮らすことをいっぺんに報告した。しばらく沈黙してから「今度の相手は外国人か?」とだけ父は聞いた。

去年の父の日。わたしはプレゼントを贈った。父のところに泊まってた。一時帰国の理由が父にお金を借りるためだったから。ひどい娘だと思った。でもそれよりほかに方法がなかった。ひとりで生きていくために、どうしてもすぐにインターンをして正規の資格を取りたかった。インターンの費用はわたしには莫大で、それだけの自分の貯金なんてなかったし、これから別居する夫に借りるわけにはいかなかった。

10年ぶりに会った父は、わたしの帰国を喜んでくれた。優しかった。とてもとても小さくなってた。それでも、好きになれたわけじゃない。自分の妻を妻として認めず、娘の母として認めず、家庭を顧みなかった父。それなのに母の離婚の申し出を頑なに拒否しつづけて、母を苦しめた。父にも言い分があったのかもしれない。だけど、わたしには関係なかった。「あんな母親にだけはなるな」と育てられたわたしは、その言葉だけで父を憎み続けた。

父の日のプレゼントを買うのに、あの人がつき合ってくれた。わたしは父に対して、とても優しい気持ちになってた。あの人といると、優しい気持ちになれた。父のことも家族のことも何も話してなかったし、「お父さんにプレゼントしないの?」なんてあの人が言ったわけじゃない。あの人といると、ただ優しい気持ちになれた。

弁護士を立てて、4年前にやっと母は、父から、辛い結婚から、解放された。幼いときからずっと、こんな結婚だけは嫌だと思ってた。父が嫌いで、家が嫌いで、とにかく早く出たかった。家を出るには結婚しかなかった。結婚して自分は幸せな家庭を築くんだ、と決めていた。

今の夫と上手くいかなくなり始めた頃、わたしの頭の中にはセオリーが出来上がってた。「幸せな家庭に育たなかった人は幸せな家庭を築けない。なぜなら、幸せな家庭がどういうものか知らないから」。

間違ってるかもしれない。でも少なくともわたしには正論だった。幸せを求めすぎて、愛情を求めすぎて、相手の言葉や態度に異常に神経質だった。夫に少しでも父が母に対して取ったと同じような言動を見つけただけで、異常な反応を示した。「幸せな家庭」はいつもわたしの「課題」だった。考えて考えて、答えを見つけようとしてた。未だに答えは見つからない。当然だ。幸せな家庭がどういうものか知らないから。そして、それは考えて築けるものじゃないから。

昨日の父の日。わたしは電話さえしなかった。インターンが始まってから、父は週に一回必ずメールをよこした。医療に携わってる父はアドバイスらしきものを毎回並べ立てた。日本とこっちじゃ医療システムも違うし、日本語の難しい医学用語が分からないわたしにはあまり役に立たなかったけど、あの人がわたしにくれた父への優しい気持ちはまだ残っていた。わたしはちゃんと返事を送ったし、お金を貸してくれたことにはずっと感謝してた。

あの人から結婚することを聞かされて、インターンの課題がたまりにたまってて、目前に卒業試験を控えてて、自分にむち打ってむち打って泣きながら這い上がろうと苦しんでたあの頃、父からのメールに返事を書けなかった。放って置いたら電話がかかってきた。話したくなかった。そんなわたしの気持ちなんか知るわけもなく、父は反応のおかしいわたしを責めた。あげくの果てに、もうすぐインターンが終わるわたしに、この先どうするつもりなのか問い詰め、自分の将来の不安をほのめかした。いわゆる「面倒を見て欲しい」を、遠回しに言おうとしてた。腹が立ったわたしは言った。「お父さんの将来とわたしの将来が、どう関係あるの?」

お金を借りといてそれはないかもしれないけど、自分の生き方を父からとやかく言われることは、とりわけ我慢できなかった。

それからメールは来ない。電話もない。わたしも連絡しない。父の日を迎えて、去年のその日のことを思い出した。少し胸が痛んだけど、あの人の魔法はもう消えてる。ひどい娘だと思う。だけど、父だってずっとひどい父親だった。わたしはお父さんを利用したの。そう思って。お願いだから、勝手に創り上げた父と娘の愛情物語にわたしを巻き込まないで。お金はちゃんと返すから、ちゃんとひとりで生きて行って。お母さんだって、そうしてるじゃない。わたしもひとりで生きてく方法見つけるから。これはしっぺ返しなの。それぞれが家族を大切にしなかったことへの。「幸せな家庭」を築けなかった人へのペナルティーなの。

年老いていく淋しさも不安もわからないわけじゃない。こういう仕事をしているとなおさら、ひとりぼっちの老人の悲しみが引き起こす悲劇を目の当たりにもする。だけど今は優しくなれない。ごめんなさい。


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