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娘の秘密 - 2001年06月25日(月) 結婚して15年、子どもが3人いるその人は、奥さんにはもう愛情がないという。一年以上セックスもないという。 インターンが始まって一ヶ月ほど経って、あの人も新しい仕事を始めたばかりで電話がほとんど出来なかった頃、日本語が恋しくて、時々ICQで会話していた相手だった。とにかくおもしろくてわたしを笑わせてくれた。話し相手が欲しくなると、ICQをオンにしてその人が呼び出してくれるのを待った。わたしから呼び出すことはなかった。ただ話し相手が欲しかっただけなのに、その人はわたしのことを好きだと言い始めた。それ以来遠ざけるようになってたけど、昨日の夢が辛くて、思い出したようにICQをオンにした。 「じゃあ、外でするの?」って聞いたら、風俗だと答えた。「今はいろんなのがあるからね」。浮気も何度かして、奥さんにバレたこともあるって言った。泣かれて鬱陶しかったとも言った。「奥さんにもいい人が出来るといいのに。もういるかもよ」って意地悪く言ったら、それならそれでその方がいいという。いなけりゃ不便だから別れようとは思わないけどね、と言う。「あたし、奥さん応援するよ。誰かいい人できて幸せになって欲しいな」って言うと、「女の味方だね」なんてとんちんかんな返事をした。そしてわたしのことを真剣に好きだと、歯の浮くようなことをたくさん言う。わたしには別居中の夫がいて、別に好きな人がいるって知ってるのに。「俺は略奪愛に燃える男だから」とか言って。 もちろんそんなことは真に受けないし、嬉しくもないし、そういうことを誰にでも簡単に言う人なんだと思った。なんだか人の家庭のことなのに悲しくなった。そんな男は別に特別じゃないのかもしれないけど。わたしがとやかく言うことじゃないし。 ただ、思った。あの人はこういう人じゃない。わたしには、わかる。あの人は奥さんになる彼女をずっと大切にする。ずっと愛し続ける。ずっと守る。それがなんだか誇らしかった。自分の恋人でもないのに、そんなあの人を誇りに思った。そんな人だから、なおさら好きなんだ。そして、そんなふうな自分が辛くなる。あの人が結婚しちゃうことが悲しいくせに。どうしようもないくらい苦しいくせに。結婚なんか、ほんとはして欲しくないくせに。 ICQの後味が悪くて、なんとなく母に電話した。こっちもものすごく久しぶりだった。とりとめのない話をしたあと、「また日本に帰りたい」とぽつりと言った。「何言ってんの、去年帰って来たばっかりじゃない。前のところでは一度だって帰って来やしなかったくせに」。そう言って母は笑った。「だって、ここ好きじゃないんだもん」「ちゃんと仕事を見つけてから、有給休暇で帰ってらっしゃい」。そう言う母の言葉が嬉しくなった。 母親っていうのは、娘の秘密がわかるらしい。初めてキスした日も、初めてセックスした日も、母には気づかれてた。離婚を決心したときに、ただ「元気?」って電話をしただけなのに、「一緒に旅行に行こう」と言い出してくれた。何も言わなかったのに。ずっと会ってなかったのに。 今日本に行ったら、もっと辛くなるかもしれない。あの人の彼女に距離が近くなる分、辛くなる。会えるかもしれないけど、きっとそれがもっとわたしを辛くする。会いたいけど、おかしくなりそうなくらい会いたいけど、あの人も、あの人とあの人の彼女が住む街も、きっと去年のようにはわたしを迎えてくれない。そんな気がする。 母は何も知らないけど、何かがあって帰りたいと言ったことを察したんだ。帰るとわたしが苦しむことも、嗅ぎ取ったのかもしれない。 「あんな母親だけにはなるな」と父は言ったけど、わたしは母が好き。お母さんみたいな母親になりたかったんだよ。 -
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