天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

駅 - 2001年07月01日(日)

駅まで続く道。
人気の少ない路地が大通りに差し掛かる手前で、あなたは歩きながらわたしの頭を自分の肩にほんの一瞬抱き寄せた。大通りは陽差しがきつくて、まぶしさにあなたの反対側に顔をそらせたら見覚えのあるお店が並んでた。相変わらず早足のあなたを追いかけながら、その歩き方のくせをきっと忘れないんだろうなと思ってた。
「あついね」って言ったら「あついね」ってあなたが言った。
「もう少しゆっくり歩いて」って言おうとして、やめた。


あなたは強くて優しくて大人だった。あれからずっと考えてたことを話してくれた。
うん、うん、ってただ頷きながら聞いていた。コーヒーカップがゆらゆら揺れ始めてぼわーんと輪郭が滲んできたと思ったら、それがまたくっきり浮かび上がった次の瞬間、ぼたっと涙か落ちた。それ以上涙がこぼれないように、拳を作って親指の爪で両方の目頭をぎゅっと押さえていた。
それから、
「ずっと友だちでいてくれるでしょう?」
ってあなたが言った。
「こんなことで、僕の気持ちは変わらない。こんなことで、終わりになんかしたくない」。
なのに襲ったのは喪失感だった。胸にぽっかり穴があいたみたいなのに、涙でおなかがいっぱいになった。

「ほかの話しよか?」
あなたがそう言うから、わたしは頑張って微笑んだ。


「あなたの顔、あんまり見られなかった」。駅に着く間際にそう言った。「僕は見たよ。きみの顔、いっぱい」。悲しかったけど嬉しかった。ずっとあの微笑み見せて話してくれるから、わたしはもう頑張らずに笑って応えられた。

突然微笑みが消えて、あなたの顔の表情が止まった。どうしたのかな、とふと視線を落としたら、胸のところであなたが「バイバイ」の手をしてた。手は振られずに止まってた。

どきんとして顔を上げた。あなたはわたしの目をじっとじっと見つめてた。
「行けない」。笑うつもりが、泣きそうになった。
「だーめ」。


「ねえねえ、これ見て。ほら、かわいいよ」
「だーめ」。
先にベッドで待ってたわたしが、見てた猫の雑誌を差し出したら、あなたはそう言ってわたしから雑誌を取り上げた。そしてわたしのバスローブのひもをほどいた。こんな日が突然来るとは思ってなかったあの日の、あの時とおんなじ顔だった。だけど今度は続きはなかった。


ふたりを永遠に引き離すみたいな改札口を、ひとりで通り抜けた。プラットフォームに続く階段を上りながら何度も振り返った。何度振り返ってもあなたはそこにいて、わたしを見ていてくれた。同じ表情のまま、ずっと見ていてくれた。振り返る度に手を少しだけ振ってくれた。わたしは手を振れなかった。かわりに少し微笑んで見せたけど、あなたは一度も微笑まなかった。

サイレント映画のワンシーンを見てるみたいだった。まわりに何も音が聞こえなかった。ロングにのびてく映像。だんだん小さくなるあなた。慌ただしく動く人込みの中で、あなただけが動かなかった。

「もう振り向いちゃだめ」。自分に言い聞かせて歩調を速めて、階段を上り切った。


一番悲しいシーン。最後のシーン。一番最後のあなたの顔。ゆうべまた思い出したら、涙が止まらなくなった。ベッドの中で枕を顔に押し当てて、声を上げて泣いた。
一晩中泣いた。あの日の夜と一緒だった。一年も経ったのに、なんで悲しみは少しも薄れないんだろう。

終わったわけじゃないのに。
終わったわけじゃないのに。

終わったわけじゃないけど、行き着くところもないから?
終わったわけじゃないから、思い出が思い出になり切れないでいる。






-




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail