天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

ひとりになった日 - 2001年08月11日(土)

あの人が帰って来た。一日早く。「今帰って来たよ」って電話をくれた。嬉しかった。あの人があの街にいる。それだけで嬉しい。「ごめんね、突然電話して」。突然の電話がどんなに嬉しいか知ってるくせに。


空港で夫と別れた。同じ日に、夫は日本へ行く飛行機に、わたしはここへ来る飛行機に乗った。自分の搭乗手続きを済ませて、チビたちのケージを乗せるのを待つ。ケージの隅っこに抱き合うようにしてうずくまるふたり。「大丈夫よ、またもうすぐ会えるからね」ってずっと話しかけてやる。もうチビたちに会えない夫にはそれが言えない。ケージを連れて行かれる。あとを追いながら、オフィサーの人がエレベーターに乗るのを見届ける。夫は涙を拭いていた。

わたしのフライトの方が3時間早かった。搭乗時間のぎりぎりまで、コーヒーを飲む。こころが落ち着かなかった。「そろそろ行かなきゃ」って夫が言って、ゲートまで歩く。夫に抱きしめられる。よくある光景だから、誰も気に止めない。わたしは夫にしがみついて、泣いた。肩が震えて、こみ上げる嗚咽が止まらなかった。「もう2度と会えないわけじゃないから」と夫が強く抱きしめる。夫の胸から顔を離すと、ほかの搭乗客が見てた。抱き合う別れがよくある光景でも、あんなに泣くなんて、きっと珍しかったんだろう。愛し合ってる恋人同士の別れに見えたんだろう。愛し合えなくなった夫婦の別れだったのに。

怖かった。心細くて、淋しかった。夫とほんとに離ればなれになることが、初めて信じられくなった。ずっとあの街でふたりで暮らすはずだった。あの街を離れることも、信じられなかった。ゲートに入って、手を振る。夫は微笑んで見送ってくれてた。これから3時間、あの空港で夫は何を思って時間を潰すんだろう。どんな気持ちで日本へ向かうんだろう。胸が痛くて、飛行機に乗るまで、ずっと涙が止まらなかった。

5時間のフライトの後に飛行機は着いた。夜だというのに、空港はすごい人だった。ふたつのスーツケースをやっと手にして、チビたちのケージを待った。1時間以上待って、やっとケージが来た。動物の搭乗のための書類は何の意味もなかった。誰にも見せる必要もなく、税関を出た。

もう知らない空港ではなかった。アパートを探しに来たときに泊まったホテルのホテルマン兼ショウファーのジェイが迎えに来てることになってた。ジェイは1時間待っても、2時間待っても、現れなかった。こんなことなら携帯の番号を聞いておくんだった。ホテルに電話して教えてもらった番号にかけたら、全然知らない人が出た。3時間待って、やっとジェイの姿が見えた。駐車場で寝てたなんて言う。ジェイの車に荷物を積むのを、黒人のポーターが手伝ってくれた。「やっと迎えが来たね」って愛想がよかったのは、チップをせしめるためだった。「手伝ってくれなんて頼んだ覚えはない」とジェイがポーターに向かって言った。ふたりが口論を始めたから、「いいの、いいの、ほんとに手伝ってくれたんだから、チップくらい払うから」とジェイをなだめてポーターに3ドル渡した。ジェイはポーターに「ニガー野郎め!おまえらニガーを絶対殺してやる!」と怒鳴って車を出した。「いくら渡したの?」って聞くから「3ドル」って答えたら、「そんな価値ない。クォーターいちまいで充分だったのに」ってジェイが言う。ジェイはしばらく「Fuckinユ nigger」を繰り返してた。とんでもないところに来ちゃったかな、と思った

アパートのマネージャーには10時頃に着くと言ってあったのに、着いたのは12時を回ってた。誰かが帰ってきてビルの玄関のドアを開けたすきに一緒に入った。アパートのキーを渡してくれるはずの管理人さんのドアを叩いたけど、誰も出てこなかった。

「12時にもう寝てるなんて、クレージーだ」って、ジェイがまたわけのわからないことを言う。「自分が駐車場で寝てたりしたからじゃん」と思ったけど、迎えに来てくれたのにそんなことも言えなかった。ロビーで朝になるまで待ってるのはわたしは平気だったけど、ずっとケージに入れられっぱなしのチビたちが心配だった。おしっこもしてないし、お水さえ飲んでない。ふたりはケージの奥で怯えっぱなしだった。

「どうしよう? この子たちが死んじゃうよ」。ジェイにそう言ったわたしは泣き出していた。


あの街と別れて、夫と別れて、スーツケースふたつとチビたちふたりを連れて、この街に降り立った夜。ひとりで暮らし始めた日。ひとりになってから出来る記念日が増えていく。そのバックグラウンドにはいつもあの人がいる。今朝の突然の電話はお祝いのプレゼントだったんだなんて、こじつけてる。






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