![]() |
時は流れても - 2001年08月12日(日) ジェイは自分のホテルに電話して、わたしとチビたちが泊まれるようにお部屋を手配してくれた。結局、客室ではケージからチビたちを出せないから、改装中のそのホテルの、取り壊しかけのオフィスに泊めてもらうことにした。そこなら鍵もかけられるし、チビたちを放してやれるって言うから。シャワーがついてないけど、そんなことは平気だった。「きみは客室に寝ればいいんだよ」ってフロントマネージャーのアルが言ってくれたけど、チビたちを置いてきぼりになんか出来なかった。 リターボックスと砂でトイレを作って、お水とごはんを用意してやる。リターボックスも砂もかりかりごはんも缶詰も、スーツケースに詰め込んで持って来てた。臆病なお兄ちゃんはケージから出ようとしない。妹は壊しかけのオフィスを探索し始めた。ふたりがちょっと落ち着いてから、オフィスを出て電話をかけに行った。 一ヶ月ぶりに聞く声だった。「もしもし」って言い返したら、あの人は黙ってた。それから声を弾ませて言い出した。「着いたの? どこ? どこにいるの?」。わたしも聞く。「あなたは? 今どこにいるの?」。あの人はわたしを連れてってくれたあの場所の名前を言った。まだ今ほど忙しくなくて、夏のバイトをしてたあの人。遅いお昼休みの途中だった。無邪気なあの人のおしゃべりが嬉しかった。 壊れかけのオフィスに戻ると、スーツケースふたつを縦に並べて、その上に横になる。眠れなかった。朝早くジェイがドアを叩きに来て、チビたちをケージに戻すとアパートに向かった。まだ早すぎる時間だったから、また待たなきゃならなかった。今度はアパートから誰かが出てくるすきに、ロビーに潜り込んだ。ジェイは仕事に戻って、わたしはチビたちとロビーで2時間待った。やっと管理人さんに会えて、アパートに入れてもらった。持ってきたあの娘の写真を窓辺に立てて、「ママを見守っててね」って囁いた。 何もないアパート。その日に届くことになってた荷物は、遅れていて1週間先になると言われた。何もないアパートで、床に横になってウィンドブレーカーをブランケット代わりにかけて、チビたちと一緒に寝る日が1週間続いた。 でももう心細くなかった。公衆電話から電話をかければ天使のおしゃべりが聞けた。それだけで、ひとりじゃないって思えた。 時は流れても、あの時からずっとずっと、ずっと、あの人はそこにいてくれた。「僕はきみをほんとに支えてあげられてる? 苦しめてばっかりみたいだよ」。いつかあの人はそう言ってた。死ぬほど苦しんだ時はあった。それからも、浮かんでは沈み、浮かんでは沈み、何度も水底でもがいてた。暗闇の中で膝を抱えて、どこにも光が見えずに、自分はひとりぼっちなんだって泣いた。 もう大丈夫よ。あなたがいつだってそこにいてくれてるのがわかったから。また真っ暗な水の底に沈んでも、水面から差し込む天使の光が見えるから。どんなに遠くても、永遠に届かないように思えても、わたしはその光を道しるべに泳いで行く。 ー僕はきみをほんとに支えてあげられてる? うん。あなたはわたしをほんとに支えてくれてる。 これからどんなに時が流れても、ずっとずっと、そこにいて。 時がどんなに流れても、天使を愛する愛は消えない。天使の愛も消えないでしょう? 見失いそうになったときは、この日に戻って来る。 あなたが初めからずっとそこにいてくれたことを思い出しに。 あの娘と一緒にお祝いしよう。このアパートにひとりで暮らして一年経った今日を。あの娘の好きだった雪が地面をおおうように見える、白い粉砂糖をかぶったアップルプラムケーキを買って。あの娘の好きだったバニラの匂いのする蝋燭に灯をつけて。 -
|
![]() |
![]() |