天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

煙草 - 2001年09月05日(水)

カリビアン・パレードからまた地下鉄に乗ってドクターのアパートに帰る。やっとふたり分の席が空いて並んで座ると、ドクターはわたしのこめかみにキスしたまま目をつぶって寝てしまう。向かい側の窓に映るドクターの横顔にときどき目をやりながら、その窓の下に座っているカップルをわたしは眺めてる。綺麗で上品な感じの女の子と、優しそうな彼。女の子は左手に Victoriaユs Secret の薄いピンクの小さな紙袋を持っていて、薬指にダイヤのリングと結婚指輪をしてる。ちっちゃなくちびるをしきりに動かして続ける女の子のおしゃべりを、微笑みながら彼は聞いてる。幸せそうだなって思いながら、あの人と彼女のことを想像する。

アパートに着くと、夜勤明けで疲れ切ってるドクターはベッドに倒れ込んでもう目を閉じてる。地下鉄の駅から歩く道であんなにふざけておしゃべりしてたのが嘘みたいに。わたしはベッドの端っこに座ってドクターの顔をのぞき込む。「寝ちゃったの?」「ん・・・。殆ど寝てる」。わたしはふざけて言ってみる。「キスして」。ドクターは目を閉じたまま、首を横に2回振る。「キスしてよ」。片目を開けるから、その隙に「お願い」って付け足す。「お願い、お願い、お願い」。3回繰り返す。ドクターは笑い出して、「もっとちゃんと懇願してごらん」って言う。「Could you please」。わたしは真面目な顔をしてみせる。今度は笑わないで、頭を引き寄せてキスしてくれる。

ドクターはわたしを抱き寄せる。「5分だけ寝させて」。ドクターが言う。

「あと10分寝させて〜。」
あの人のいつもの朝の寝ぼけ声が聞こえる。

「きみも寝る?」。ドクターがまた片目を開けてわたしに言う。

「一緒に寝よ?」
またあの人の声が聞こえる。わたしが寝る時間で、あの人がお休みのお昼に、電話を切る前にときどきそう言ってくれる。一度、「あたし、まだ寝ないよ」って言ったら、「一緒に寝ようよー。僕も昼寝がしたいからさー。こんなチャンス、めったにないんだよ」って言った。「抱っこしたげるから」。いつからか、電話の向こうのあの人に抱かれて眠るふりも上手に出来るようになる。

サンダルをベッドのわきに脱ぎ落として、わたしはドクターの隣りに滑り込む。ドクターの寝息を聞きながら、あの人が仕事に疲れて彼女に会いに行く時はこんなふうなのかなって思う。

目をさましたドクターはわたしをいっぱい抱きしめて、いっぱいキスしてくれる。そしてわたしのドレスを脱がせる。だけどわたしを抱けない。だからわたしが抱いてあげる。ドクターはわたしの頭を抱きしめて、わたしの髪を掴んで、わたしの口の中で果てる。

「たばこ吸っていい?」。たばこを吸わないドクターは答える。「窓のところでならね」。わたしは素肌にシャツをはおって、窓辺に立ってたばこを吸う。灰皿がないから、下の階のバルコニーに灰のかたまりが落ちないように、親指で吸い口をはたきながら灰を風に散らす。日が落ちかけたビルの谷間をぼんやり眺めながら、あの人のことを考える。きっとわたしのことを心配してる。声が聞けなくて、淋しくて泣いてるわたしを心配してくれてる。

ベッドに戻るとドクターが聞く。「Do you feel better?」。何て答えたらいいかわからない。違うよ。そんなつもりじゃなかったの。わたしは答えないで思い出してる。あの人と一緒に吸ったたばこ。わたしのメンソールを吸ってみたいって言うから、自分のたばこに火をつけて、それをあの人に渡した。「メンソールって、強さがわからないね」。そう言ってわたしに返したたばこを、わたしが吸って、またあの人に渡す。そうやってベッドの上で一本を一緒に吸った。


今日は新規の入院数が多い上に、難しい患者さんが多かった。病室からナースステーションに戻ると、ドクターがいた。わたしを見つけて話しかけてくれる。「今日はどう?」「ちょっと大変。お昼からB4もカバーしなくちゃいけないし」「僕は昼からB6だよ」。ドクターもB4だったらいいのになって思ってたから、がっかりして「B6なの?」って聞き返す。「うん。そのあとクリニック。でもその前にまた会えるよ」って言ってくれる。

お昼からB4で、また難しい患者さんのメディカルレコードに頭を悩ませる。ふと顔を上げると、ドクターが立っていた。「大変そうだね」「うん、あとまだ7人診るの。出来るかなあ」「大変じゃん。僕はこれからクリニックだよ。頑張れよ。じゃあ、また明日ね」。わざわざ来てくれたんだ。素敵な色のシャツを着てた。「素敵だね」って言ってあげたかったのに、言い忘れた。「夜、電話して」って言おうと思ったのに、いいそびれた。


急いで帰る必要がない。あの人にモーニングコールをしないから。うちに帰ると、まるでいつもは待っててくれてる人がいない家に帰って来た気分になる。いつもチビたち以外には誰もいないのに。

わたしは窓辺でたばこを吸う。


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