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まだ好き? - 2001年09月13日(木) このあいだの月曜日。ドクターのアパートから一緒に仕事に出かけた。 高速でレーンを変えるときにわたしが死角確認をしないと言って、ドクターは怒る。前にも叱られて、「わかったよ、わかったよ。もううるさいから言わないの」って、わたしは右手を伸ばして助手席のドクターの口を塞いだ。「わかってないよ。あのね、バイクを巻き込んじゃったりしたらどうするんだよ。目でちゃんと死角確認するのは運転の常識だろ。相手が死んじゃって、自分まで死ぬかもしれないんだよ。」「はいはい。もうこれからちゃんとします。うるさいからあなたは寝ててよ。目がさめたら天国だよ。あなたの場合は地獄かもしれないけどね」。そんな憎まれ口叩きながらも、あれからちゃんと目で死角確認するようになった。今日だってちゃんとしてたのに。5回に1回くらいドアミラーしか見なかったからって、そんなに怒らなくたっていいじゃん。あのとき「もう今度からは僕が運転するよ」って言ったくせに、疲れてるから僕はナビゲートするって、ドクターはわたしに運転させた。わたしが大好きになったこの橋を、あの人を助手席に乗せて走るのはいつだろうって思った。「ごめんね、怒んないでよ。もう絶対死角確認忘れないからさ」。ちょっと不機嫌なドクターにそう言いながら。 フロアで仕事してると、ドクターが来る。「ちょっと元気になったよ。車ん中じゃめちゃくちゃ疲れてて機嫌悪かったけどさ」「ほんと? よかった。もうほんっと、分かりやすいんだから」。ドクターは大笑いする。 前の晩、公園を歩いた。何が食べたい?って聞かれて、ドクターが挙げたリストの中からちょっと遠いキューバンレストランを選んだ。歩きたいって言ったから、ドクターは公園を通って遠回りする道を選んでくれた。風が心地よくて、素敵な夜だった。レイク沿いの道を手を繋いで歩きながら、前に住んでた街を思い出した。いつもあの娘を連れて、あの大きな公園のレイクの回りをそんなふうに歩いたことを。水の向こうに高層ビルの灯りが揺れてる。そばにいて、手を繋いで歩いてくれる人がいる。どんな時も手を離さないでいてくれる。あのなつかしい街に思いを馳せながら、ドクターの手からからだ中に広がってくる温もりを感じてる。通りに出ると街は賑やかで、夜の雑踏に溶け込む瞬間が嬉しかった。わたしはドクターの胸にもたれて名前を呼ぶ。「なに?」「あたし、この街が好き」。ドクターは笑う。わたしはいつも、この街を好きになれないって言ってたから。「今日決めた?」「ううん。少しずつそう思うようになったの」。好きになれなかった理由はたくさんあるけど、一番の理由はあの人をここで待ちくたびれてたこと。今は待てる。きっといつか会いに来てくれると信じて。 タイは雨期だから、計画を変更することになったらしい。どこにしよう? どこがいい? ドクターはわたしに何度も聞く。「だって、あたしが提案したとこ全部却下するじゃん」「ろくなとこ提案しないからだよ」。キューバがいいってわたしは言う。ブナヴェスタ・ソーシャルクラブのビデオで見たキューバの町並みを話してあげる。「CD持ってるよ」「あたしも持ってる。素敵だよね」。キューバの食事をしながら、「やっぱりキューバがいいよ」ってわたしは言う。「うん、キューバいいね」。だけど、アメリカからはキューバに行けない。「敵」ばっかり作る国。ブックストアで旅行の本を一緒に見ながら、「あたしも連れてってよ」って言う。「だって、きみは休暇取れないだろ?」。いつか一緒に旅行に行きたいなって思った。キューバがいいな。メキシコからなら行ける。突然、あの人と行くはずだった京都の旅行に思いが飛んだ。 翌日だった。 2001年9月11日。わたしはドクターの笑顔に支えられながら、悲しさと恐ろしさの中で仕事した。おんなじ思いを抱えて一緒に仕事に追われたこの日のことを、そしてこの数日のことを、絶対わたしは忘れない。わたしの中に、あの人と重ならないドクターがいた。 あの人はショックを受けている。わたしが住んでる街で起こったことに。ずっとわたしに会いに来たいと思いながら、遠くて近くなった街だと言ってた。わたしはあの人が遠くに行ったような気が少しした。 「あたしのこと、まだ好き?」 「好きだよ。なんで?」 わからないけど、確かめたくなった今日の電話。 -
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