この街を好きになりたい - 2001年11月29日(木) 夫からはあのまま電話もかかって来ないで、わたしからはかけない。 わたしははっきり言葉にしなかっただけで、結局追い打ちをかけてしまったんだろうと思う。 あんなに強いはずだった人が弱く弱くなっていった。 弱くなってしまった理由は十分すぎるくらいあったけど、 ふたりで弱くなってくわけにはいかないからって わたしはますます強がりになっていった。 弱くなっていく夫がわたしは悲しくて 強くなっていくわたしを夫は愛せないって言った。 傷つきながら、それでも強がってた。 わたしは避けたいっていうより、待ちたい。 夫が自分で苦しい場所から抜け出してくれるのを。 夫は逃げてるっていうより、多分待ってる。 わたしがまた一緒に暮らしたいって言い出すのを。 苦しい場所から抜け出してほしいのは、 幸せになってほしいから。強い夫を見て安心したいから。 幸せだった過去に戻りたいからじゃない。 夫が待ってるのは、ただ、 あの頃の幸せを取り戻すこと。 「ずっとひとりぼっちなの?」って聞いたら、 「そうだよ」って言って、「きみは?」って聞いた。 「あたしもそうだよ」って答えた。 「ひとりぼっちで淋しい?」って聞いたら、 「淋しいよ」って答えて、わたしには聞かなかった。 わかってる。夫はわたしは強いから淋しくなんかないと思ってる。 わたしだって、淋しいよ。幸せなんかじゃないよ。 誰も知らないとこにひとりで来て、 全部今度はひとりで一から始めて、 やっと取りたかった資格を取って、 やっとやりたかった仕事が出来るようになったけど、 お給料の手取りの半分以上が家賃だなんてとこで、 なんとかやりくりしてキュウキュウの生活してて、 この街を今だに好きになれないし、 楽しいことなんかたくさんないし、 前のところに帰りたいって思ったこともあったけど、 今でもなつかしくて仕方ないけど、 でもこの街を好きになりたいの。 絶対好きになってやる、って思ってるの。 じゃなきゃ、ひとりで頑張って来たことまで否定することになる。 だから好きになれるように、もっと頑張りたい。 淋しいことも、やなことも、ここを好きになれない気持ちも、 絶対克服しようって思ってる。 だから、あなたにも幸せになってほしいの。 それは、夫だからっていうんじゃなくて、ひとりの人として。 そんなことを涙声で必死で言いながら、 だけど、この仕事を選んだのは、病気からあなたを一生救ってあげたいって思ったからだったのにな、ってポロっと思い出したりしてた。 ICU のチャイニーズのドクターはお寿司が大好きで、 アイアンシェフ? 鉄人シェフ? だかの日本の番組で有名になったお寿司やさんの話をして、 でもそこよりナントカってとこの方が美味しくて、 絶対きみもそこのスシ気に入るよ、連れてってあげるよ、っていう。 今日もまたそこの「スシ」の話をするから、 じゃあ連れてって、って言ったら、 自分の奥さんも連れてくからなんて、それって予防線? ふたりっきりで行こうなんて誰も言ってないじゃん。 奥さん、いいなあ、って思った。 チャイニーズドクターの奥さんだからじゃなくて、 なんか、そういうのって幸せそうだなあって。 時間のすれ違いで、あれからあの人とも電話で話せなかった。 さっき、わたしの明け方に、忘れ物うちに取りに帰って来たって電話かけてくれた。 日曜日は子供たちのためのイベントで演奏するらしい。 子供たちが相手って初めてで、これから打ち合わせと練習だよって、楽しそうに話してた。 こんな人と暮らせるなんて、彼女はいいなあ、って思った。 あんな偉そうなこと言ったけど、 あの人が来てくれたら、もうそれだけでこの街を好きになれそうな気がする。 約束が叶わないままだから、好きになれなくて、 それでも好きになりかけた日々があった。 あの日、名前を呼んで、「あたし、この街が好き」って言った。 いつものように手を繋いだままで、いつものように胸にもたれて甘えて、 いつものように返事をしてから、いつも好きになれないって言ってたくせに突然そんなこと言ったわたしを、いつものように笑って。 もっと好きになれそうだったのに。 ひとりぼっちが淋しいだけなのかなあ、わたしって。 ほんとにあんな偉そうなこと言って、 ひとりでなんか、この街を好きになれないのかもしれない。 -
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