天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

一人芝居 - 2002年04月20日(土)

「ねえ、アパートシェアするの、どうする? したいってまだ思ってる?」。
昨日ジェニーにそう聞いたら、「実はね、」ってジェニーは答えた。

どうしようかなって思ってるんだ。うち引っ越すじゃん。だから親から離れるのにちょうど都合がいいと思ってたけど、娘たちのことも含めて新しい家の内装とか考えてる親見てたら、新しい家に住まないでいきなりうち出るなんて、悪くて言えないなあって思い始めたの。それにさ、アンタずっと一人暮らしに慣れてるから、あたしと暮らすのメンドウかもよ。あたしたちすっごい気が合うし、アンタのこと大好きだけどさ、一緒に生活したらせっかくのこのいい関係ダメにしちゃうかもしれないし。そんなのやだし。

意外な返事だった。せっかく決心しかけてたのに、なんだか振られたみたいな気分になった。だけどジェニーらしいや。どうでもいいことは深刻に考えないで、こういうことはちゃんと真剣に考えて決める。気遣いのあるフォローもして。

でもさ、近くに越してくるでしょ? そしたら「ごはん作ってー」ってしょっちゅう甘えに行くよ。いい?

わたしの食生活がメチャクチャなの知ってて、そんなことも言ってくれる。

実際、仕事も一緒で私生活も一緒だなんてどうかなって、そこがちょっと心配だったし、ジェニーの言うことが正解かもしれない。
中島みゆきみたいなうじうじから抜け出せるのはいいけど、泣きたいときに思いっきり泣けない。そしたらもっと中島みゆきになっちゃう。


2日続いた季節はずれの真夏日が終わったら、突然サンダーストームに襲われた。仕事を終えたいつもならまだ明るい夕方、みるみるうちに外が暗くなって、空が異様な緑色に染まった。と思ったら、ものすごい風と豪雨。雷が鳴る。稲光が走る。病院の立体駐車場が、屋根があるとは思えないほど、水浸しになってた。

帰りの高速が怖かった。バリバリ雷が鳴る中を稲妻が光るたびに、体がすくむ。隣りを抜けるトラックが洪水になった道路を泳ぐみたいに走るから、わたしの車のウィンドシールドに、バケツをひっくり返したように水がバシャーン、バシャーンと打ちつけられる。その度に思わず目を閉じて、その度にタイヤが横滑りする。

それでもみんなぶっ飛ばしてる。ハンドルを握る手に力が入って、そのうち豪雨も雷もバケツの水も、快感になってくる。そしてなぜだか、あの人のことが急に愛おしくなった。


ごめんね。悲しい思いさせてごめんね。男と暮らすなんて思わせたりして、ごめんね。そっちの方がよっぽど中島みゆきだよね。

早くうちに着いて欲しかった。
駐車場からずぶぬれになりながらアパートに駆け込んで、ずぶぬれのまま電話をかけた。
仕事に行く途中のあの人の声が、「よかったー。昨日電話したのに繋がらなかった。公衆電話からかけたからかなあ」って言った。

そんなことどうでもよくて、「うそだよ。引っ越しても誰とも暮らさないよ。ずっと待ってるから。会えるの待ってるから。来てくれるの待ってるから。ひとりで暮らして待ってるから」って、そう言いたかったのに、あの人はものすごく嬉しそうな声で、「今度時間合うとき聴かせてあげるよ、新しい曲。今まで何度も言ったけどさ、今回のはほんとにすごいから。いや、今まで何度もそう言ったけどさ、今回のはほんとに今までとは違うんだって。もう、ひと皮剥けたって感じ」って言った。「皮剥けたって感じ」って笑いながらもう一回言った。

「やっと皮剥けたの?」って、わたしも笑った。
「そう、やっとオトナになった」って、あの人がまた笑った。

ああ、もうだめだ。この声聞いたら、もうだめだ。
いい曲が出来たときの、わたしの一番好きな声。
わたしが男と暮らすと勝手に思い込んだことも「悲しい」なんて言ったこともきっともう忘れてて、ただ音楽の仕事に夢中で、そのためなら何日も寝ないでも平気で、音楽創るのが大事で、何より大事で、

そんな、わたしの一番大好きなあの人がそこにいた。

駅にすぐに着いちゃって、もっと新しい曲のこと聞いていたかったわたしはまた取り残される。

「嫌い。もっと話して欲しいのに。」
「きみの日曜日の朝、電話するよ。あー電車来た。今日は乗り遅れられないからさ。ね?」
「嫌い嫌い嫌いー。もうほんとに嫌いだからね。」
「エー? 僕は好きだよ。日曜日ね。ね。行ってくるよ。行ってくるからね。」
「バカ。嫌い。ほんとに嫌いになるんだからね。」

あの人は相変わらずキスしてくれて、わたしは相変わらずキスしないで拗ねてみせて、
何事もなかったように電話は切れて、
何事もなかったように、わたしの一人芝居が終わった。


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