ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年10月25日(金) ビデオゲーム 京都の花札屋が出したゲーム機に、セガのゼビウスというゲームが移植されたと聞いて、おもちゃ屋に「ふぁみこん」とやらを買いに行ったのは、大学生のころでした(年がばれますね)。
最初に作ったのは、違法コピーしたゲームのROMで遊ぶための基盤だったかな。サルのように遊びましたとも。 缶ビール片手に、一日十数時間遊んでいました。そのうちゲームのプログラマーと言う職業についてしまって・・・。コンピューターゲームなんて一過性のブームだと思っていた人たちからは、泡沫的な職業だと言われたんですが、「そのうち生まれたときからビデオゲームがある環境で育った子供たちが大人になって、いろんなことがガラっと変わっちゃいますよ」なんて予言めいたことを抜かしていたのですが・・・。
実際に「いろんなこと」が変えてしまったのは、ビデオゲーム世代がどうこうじゃなくて、「いい大人たちが、いっせいにインターネットやらでパソコンにかじりついている」現象のほうだったりするんで、僕の予言はすっかり外れてますが。
ビデオゲームも制作費がかかるようになって、プロデューサーが資金と人を集めてきて、集団作業になったあたりから、映画と同じような産業になってしまってツマらなくなってしまいました。だいたい、ハードメーカーの許可がないとゲームを作ることすら不可能な仕組みは、いただけません。たとえば、目の見えない人向けに音だけのゲームを作ろうと思っても、S○NYもM$も花札屋も首を縦には振ってくれないのです。
今我が家には、ビデオゲーム機はひとつもありません。
周囲を見渡しても、どうやら人間ビデオゲームを15年か20年ぐらい遊ぶと、飽きてしまうようです。
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