一橋的雑記所
目次&月別まとめ読み|過去|未来
2006年01月16日(月) |
タイトルがあれなのは偶然ですよきっと(何)。※ホントは070117. |
1月18日、ちょこっと加筆修正。 もう、これていいかなあと(何が)。
この場所を離れるまでの、僅かな日々の中。 私は何度、あの日の事を、思い出すだろう。 この場所を離れた後、何度。
そうして、いつ、あの日の事を。 思い出せなく、なれるのだろう。
ポテトチップ×チョコレート
受験報告を兼ねて訪れた、と言うのは口実だったのだとは。 長年馴染んだその部屋の扉を開いた時に気付いた事だった。
「あら、ごきげんよう」
薔薇さまと呼ばれる歳月を共に過ごした彼女は、仄かに微笑んで手にしたポットをテーブルの上にことんと落ち着けた所だった。
「ご無沙汰してたわね、その後どう?」
さり気なく流しへ移動して、新しいお茶の用意をしてくれる。見慣れた所作は、何処か懐かしくこの目に映った。
「後は結果を待つのみ、かしら。あなたは?」 「んー……国立がまだ、残っているのよね」
さらりと答えながら、テーブルの上にカップ&ソーサーをセッティング。薔薇さまになってこの方後輩たちが概ねその役を担ってくれていたから、懐かしいのだと、改めて思い至る。
「早々に推薦決めて羽根伸ばしまくってる彼女が羨ましいわね……」
この場には居ない、もう一人の友人の事を思い出すと自然、頬が綻ぶ。何事においてもマイペースで、受験すら早々に片付けてしまった彼女。今頃何処で何をしているのやら。
「今日は静かね。あの子たち、何してるのかしら」 「実力テストか何かじゃなかったかしら、この時期は」
綺麗に整えられたテーブルに差し向かいで、温かなお茶を頂く。今の自分たちにはこの場所で、何の役割も残されて居ないのだなんて事をふと思った時、彼女が小さく笑った。
「なあに?」 「ううん、こんな風に静かに過ごすのも何だか不思議な気がして」
同じ瞬間に似たような事を考えていたらしい彼女は、そっと窓辺に目をやった。
「ほら、色々あったじゃない? あなたも、そして私も」 「色々、ね……」
カップから立ち上る湯気に苦笑いを隠して、綺麗な水色の紅茶を啜る。 温もりにさらされる口元や頬は暖かくなったけれども、こうしてじっとしていると、冷たく寒い空気が足元から迫り来るのが分かる。 冬はまだ終らない。 去年のクリスマス、町を薄っすらと覆った雪はもう何処にもない。 けれども、冬はまだ完全に終ってはいないのだ。
「まだまだ、そんな風には振り返られそうもないかな……私は」 「あら」
意外、と目を丸くした彼女に、今度は苦笑を隠さず見せる。
「でも、これ以上、私に出来る事はないから」 「そうね……。っていうか」
かたん、と小さく音を立て自分の分のカップとお皿を手に取ると、彼女は立ち上がった。
「もう、十分だと思うわ、私は」
静かに呟いて流しに向かう彼女の背を、思わず目で追った。
「十分……かしら」 「ええ」
流しに洗物を置いた彼女は、片付けに入るのかと思いきや、上の戸棚をそっと開く。
「あなたにしては、十分以上の事をあなたはあの子にしてあげた。私はそう思っている」
淡々と、いつものように淡々と。 落ち着いた深い声音が殆ど独り言のようにこの背に届いて。 肩越しに見遣った彼女が戸棚から何かを取り出し戻ってくるのを殆ど呆然として見つめる。
「だからね、これは私からのご褒美」 「…………はい?」
にこりと笑って目の前に差し出されたのは、ちょっと地味な色合いの箱。
「あら、来週の月曜日が何の日かも知らないで今日此処へ来たの?」 「え? 来週……?」 「そういう、変に真面目なリアクションも久々ね」
知らなかった訳では無かったけれども、彼女にしてはちょっと突飛な言動に頭が付いていかなかっただけで。 けれども彼女は素知らぬ素振りで小さく笑うと、次の瞬間、わざとらしく心配そうな顔を作った。
「ホント、あなたたちって似たもの姉妹だったわね。今だから言うけど、私、気が気じゃなかったのよ?」 「……良く言うわ」
小箱から目を離して、顰め面を返してみせる。
「こちらが頼みもしないお節介を色々としてくれた事、私、忘れていなくてよ?」
そうやって暫し睨み合ってから。 小箱を挟んで二人、声を立てて笑いあう。 去年のクリスマス前、最愛の妹がこの学園を離れようとして果たせなかったあの日、あの子が崩れ落ちる前に間に合うことが出来たのは、彼女と、彼女の妹のお陰だと今でも思う。
「……私一人ではどうにもならなかったと思う。感謝してるわ、本当に」 「そうかしら? あなたがさっき言った通り、ただのお節介だったかなあと思う事もあるのよ私は、今でも」
開けるわね、と小さく断ってから、彼女は小箱を開き、中から袋を取り出して手に取った。
「あの日は、あなた一人に任せるべきだったかなあって」 「そんな事……」
彼女の綺麗な指が、器用に袋を開いてテーブルの上に戻す。中から覗くのは、濃い茶色のチョコレートがコートする少々分厚い目のポテトチップス。 去年のクリスマス会の折、彼女が北海道からのお土産として持ち込んだものだけれども、可愛い妹たちには何故か不評で丸々余ってしまった一箱が、これだった。
あの日。 いつまで経ってもこの場所に姿を現さなかった、あの子に。 何が起ころうとしているのか知りながら、動けなかった。 この場所を離れて飛び立つのがあの子の本当の望みならば。 たとえば、待ち望む少女の姿が現れなかったとしても、あの子は。 もう二度と、この手を必要とはしないかもしれない。 あの子が失うだろうものを、この手は。 決して、取り戻せはしないし、補えはしない。 そんな迷いを見透かしたように、あの日。 この背中を押してくれたのは、彼女であり、彼女の妹だった。 その事を感謝こそすれ、お節介などと思った事は一度も無い。
「あなたにとって、だけではなくて、私にとってもね」 「え?」 「余計なお節介っていうよりも……」
ぼんやりと物思いに引き摺られそうになっていた心が、すとん、と今度は向かいではなく隣の席に腰を落ち着けた彼女の吐息と言葉に引き戻される。
「ただでさえ厄介事を背負い込むたちのうちの子に、更に厄介事を負わせる事になっちゃったのが、未だに不憫で不憫で……」 「……人んちの妹捕まえて、随分な言い草だこと」 「あら、ごめんなさい」
大仰に肩を落とす様を睨みつけたけれども、彼女は悪びれる事無く微笑で応え、ポテトチップ・チョコレートを一枚、そっと食んだ。
「……複雑な味」 「そうね。でも私は結構、好きよ」 「なら、残りはやっぱり、全部あなたにあげる」
ずい、と袋を空き箱ごと押しやりつつ、彼女は立ち上がった。
「お返し、楽しみにしておくわね」 「ちょっと。残り物でバレンタイン済ませるなんて」 「残り物にこそ、福があるのよ」
すっと目を細めて見下ろしてくる彼女の笑顔は、とても綺麗で。 ほんの一瞬、見惚れそうになる。
「……って、そんなのに誤魔化されないわよ、私は」 「あら、残念」 「どうせなら、ちゃんとしたのが良いわ」
言い放って、甘辛いチップスには手を付けず、そのまま袋を小箱に戻す。
「受験が残っているところ悪いけれども、今から付き合ってくれる?」 「いいわよ、気分転換したくて此処へきたんだもの」 「じゃ、決まりね」
立ち上がりながら手にしたカップ&ソーサーを、彼女はさらりと奪って流しへと運び込む。
「別なの用意するけれども、それもちゃあんと持ち帰ってよ」 「勿論、遠慮なく頂いておくわ」
去年のクリスマス、此処で口にしたあの味を、涙にも似たあの味をそっと思い出しながら、彼女と並んで後片付けをする。 片付け終えて、さて、と振り返ったこの部屋の窓辺に、舞い踊る風花を見た気がしたけれども、どうやら幻のようだった。
「さてと……それじゃ、行きましょうか」 「……ええ」
そうして、私は、扉を閉める。
後何回、此処を訪れることが出来るのか。 後何回、あの日の事を思い出すことになるのか。 あの子の肩を抱き締めたあの日の寒さを。 泣き出しそうな顔であの子を出迎えた彼女の妹を。 躊躇う私の背中を文字通りそっと押し出した彼女を。 後何回思い出したら、全てを忘れることが出来るのだろうか。
心の片隅で、そんな事を考えながら。
― 了 ―
SRGとSRCだと多分、SRCのが絶対人が悪いと思いました(ヲイ)。 そんな妄想がふと浮かんだせいです。 だから、本当に、ちょっとした気の迷いなんです(何)。 それひっくるめて、諸々の迷いが吹っ切れたら出しますです(何々)。
あ、CVはドラマCD通りでお願いしまs(蹴倒
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