一橋的雑記所
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2006年01月22日(日) |
明けない夜はないけれども眠らないと後が辛いですよ(胡乱)。※ホントは20070226. |
祭り後、で。 ほんのりラヴいのは。 こりがはじめてかも知れませんですはい(何)。
触れて。 その髪に。 頬に。 肌に。
as close as possible
明け方まで掛かって書き終えたレポートを、机代わりの炬燵の上にきちんと揃え置く。角を挟んで直角の位置、こてんと横たわっているのは、待ち草臥れて数時間前に寝落ちた愛しいあの子。
「書き終えましたえ……言うても、聞こえへんかしら」
溜息混じりに独りごちて、左右の肩を軽く上下させる。 カーテンの向こうが僅かに白んで来るのが、裾から漏れる光で分かる。先程、ドアの方から聞こえてきたのは、新聞配達の音だった。 今日は土曜日。 高校は休みだか、自分は急遽作成を頼まれたレポートを提出する為に、午前の中には大学へ行かなくてはならない。
「……なつき」
もう一度、そうっと声を掛けその肩を揺らしたが、眠りの深い彼女はちょっとやそっとでは目を覚ましはしない。分かっていて、ほんの少し、悪戯心が動いた。
「起きひんのやったら、どないなってもしらんえ……」
呟きながら炬燵を出て、右を下にして寝転がった彼女の傍らに座りなおす。身体の上にくたりと伸ばされていた左腕をそっと持ち上げ、そろそろと動かし、きちんと仰向けに寝かせ直すと、癖のない真っ直ぐな髪が、その幼い寝顔の上にさらさらと掛かったので、ついっと伸ばした指先で掻き上げる。
「なあ、なつき……」
あどけなく無防備な頬は、薄っすらと色づいている。小さな唇から漏れるのは静かで規則正しい寝息。吸い寄せられるようにその場所へと自らのそれを近づけ、後もう少しで触れ合う、という所で、ふと動きを止める。
「……かなんなあ」
触れて。 確かめた。 その息の穏かさと熱を。 そうして、目覚めない彼女に安堵と堪えようの無い恋情を覚え。 その狭間で揺れ続けたあの頃の。 どうしようも無かったあの頃の想い出が。 気持ちの通じ合った今でもこの身を酷く竦ませるから。
苦い笑いを零し、触れることを諦めて、そっと身を引いた。 その時だった。
「……何が……」
くぐもった声を漏らしながら、彼女が眉をしかめ、身じろいだ。
「かなん……だ……」 「……なつき……?」
どきりと波打つ胸を抑え、更に身を引くと、瞠った目の前で、けれども彼女は意味を為さない言葉を口の中で呟きながらごろりと寝返りを打ち、あっけなくこちらに背を向けた。
「……寝ぼけはったんやね」
ほう、と息をついて、我知らず入れていた背中の力を解放する。
今なら。 その髪に、頬に、唇に、頬に、触れたなら。 目覚めている時ならば、酷く照れながらも彼女は。 応えてくれる。 そしてきっと。 眠りの中であっても、彼女は恐らく、許してくれるだろう。 けれども、でも。
「あかんなあ……」
溜息一つを更に零して立ち上がろうと、カーペットに着けた右の手首を。
「だから……」
不意に引かれて、視界が転倒する。 ぐらりバランスを失った上半身が、暖かな彼女の体の上に投げ出される。
「なにが、あかんのだ……?」 「な……っ」
その名を口にする前にぎゅっと、頭ごと強く抱き留められて、声がかき消される。
「何だ……レポート終らなかった……のか……」
未だ半ば眠りの中にあるような茫洋とした声が、彼女の胸から直に耳に響いてくる。
「でももう、遅いし……諦めて、寝ろ……」
うつらうつらと続ける彼女の言葉と腕が温かくて。 少しの逡巡の後、勘違いを訂正しようとした言葉を、飲み込んだ。
「おおきに。ほな、うちももう寝るし、なつきも、お布団行こ、な?」 「も、いい……このままで……」 「あきません、こんなとこで寝てたら風邪引くし」
なおもぐずぐずと何かを呟き続ける彼女の腕から抜け出すと、その手を引いて身体を引き起こす。
「ほら、先、お布団行って。うちもここ片付けたら行きますから」 「う……」
寝ぼけ眼を軽く手の甲でこすって、彼女がぶるりと身体を震わせる。
「寒いな……静留も早く来い……」
欠伸混じりに言って、ふらふらと立ち上がり、覚束ない足取りで隣室へと向かおうとするその背を見やって。 切ないような、寂しいような気持ちに襲われる。
「……なつき」 「んー?」 「おおきに。お陰さんで、レポート無事、終わりました」 「そっか……ああでも礼なんか……私は何もして……」
ぼんやりと振り返りもごもごと口籠もる彼女に微笑み掛けながら、炬燵の電源を切って立ち上がる。
「何も、なんかやあらへん。なつきが傍に居ててくれてたお陰なんよ」 「あー……」
いまひとつ要領を得ない顔で立ち尽くす彼女に追いついて、その背にそっと掌を添える。
「せやから、安心して眠れます……おおきに」 「だから、私は……まあ……」
どうでもいいか、とぽつり呟いて歩き出した彼女に寄り添うように、自分も歩き出す。
触れて。 確かめて。 その温もりを。 許される距離を。
「……静留」
不意に、彼女が足を止めた。 そのままゆっくりと、振り返る。 驚く暇も無かった。 無造作に伸ばされた腕が、するりと首と肩に回されて。 二人の距離がゼロになる。 不器用な動きで、髪と背中を上下する掌。
「……お疲れ様」
ぶっきらぼうな声が耳元を掠めた瞬間。 泣きたくなるような切なさが、自らの頬を染めて行くのを覚える。
「……ほんまに……あんたって子ぉは……」 「わたしが、何だ」
怒ったような声の中に籠もる、恥ずかしげな色に、見えない彼女の頬もきっと酷く赤いに違いないと確信する。
触れる。 確かめる。 その温もりを。 許される、想いを。 抱き締められ、抱き締め返す。
気の遠くなるような幸せに、思わず小さく笑い声を立てた時、照れくさいのか顔を逸らしたまま、彼女は身を引き剥がすと背を向ける。その肩に改めて両手を伸ばし、抱きとめた。 竦んだように緊張する彼女の背中。 それでも、今はもう、怖くは無いから。
「……なんや、うち、眠気飛んでしもたわぁ……」 「なっ、だ、駄目だぞっ、私は寝るからなっ」 「駄目て。一体何が、駄目ですのん……?」 「………っ!」
耳まで赤く染めた彼女が思わず振り向いた、その頬に、唇で触れる。
「静留……っ!」 「冗談どす。堪忍な?」
顰められた眉間に走る皺に指先を滑らせ、微笑みながら、額を合わせる。 稚い照れ隠しからの激しい拒絶の素振りに今も、胸が痛まないといえば嘘になる、でも。
「さ、早よお布団入りましょな。風邪引いてしまいますわ」 「……ったく……」
ぶつぶつと呟く彼女の腕に腕を絡ませ。 静かな眠りへと向かうべく、歩を進める。 この心は、幸せで、穏やかだった。
触れる。 その髪に。 頬に。 肌に。 その温もりを確かめあう。 許される、想いを。 抱き締められ、抱き締め返す。 そうして、明け始めた夜の片隅。 寄り添いながら、眠りに落ちる。
もっと近くに、と、求める心を抑えるひと時さえ。 幸せだと感じながら。
― 了 ―
ええと。 リハビリです(何の)。
頑張ってもあんまし艶っぽいお話になりませんでした……(何が)。
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