無責任賛歌
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| 2002年04月30日(火) |
今もまだへにょへにょ(疲れてんだよ)/『開田無法地帯』(開田あや・開田裕治) |
狂乱の三日間は終わりぬ(^o^)。 実際、6時間はたっぷりと眠ったというのに、カラダの疲れが全く取れていない。 過去の日記の更新だってしなきゃならんのだが、さて、ただでさえ日常の些細なことを針小棒大に書くことが主眼のこの日記にあって、果たして膨大な情報量を有するこの三日間の出来事を果たして書ききれるのであろうか。 作者は既に逃げ腰である。"└( ̄- ̄└)) ((┘ ̄- ̄)┘"
一昨日の某オフ会に参加した方々のサイトを巡回してみるが、まあまあ好評だったようで、ホッと胸をなでおろしている。……いやはや、「楽しかったけど、唯一あの幹事だけは」とか書かれなくて助かった(^_^;)。 これも、いざというときも当たらず触らず、世俗に埋没して生きる、という私の日頃の姿勢の賜物であろう(^o^)。……と思っていたら、私の正体にしっかり気づいていらっしゃる方がおられた。諸事情があって、いくつものHNを駆使し、正体を隠さざるを得なくなっていたのだが、世に慧眼の人というものはいるものだ。もちろん、悪意は全くない人なので、心配は全くしていない。 具体的なことは書けないが、あのあと、とってもお楽しみ♪になられた方もおられたようだ。日記にまでそんなことを書かれるとは、ちょっち赤面しちゃうのだが、その方のお人柄を考えると、かえって微笑ましいくらいなのである。いいなあ(* ̄∇ ̄*)。 なんだか、みんなの幸せを思い切り何かに祈りたい、そんな一夜でありましたね。
しげは旅の疲れが溜まっているのだろう、朝になっても起きて来ない。 もともと見越していたことなので、今朝はタクシーで出勤。偶然だが、以前に乗ったことのある運ちゃんだったので、道を覚えていてくれた。スムーズに職場につく。 連休を利用したと言っても、実はウチの職場は連休中もフル回転である。 私ゃ勤め人ったって、そこまで滅私奉公するほどの義理はない、と考えてるほうなんで「休日は休みますんで、後はよしなしに」とさっさとケツを捲って逃げたのだが、今日、休みなしで青息吐息の同僚を見ていると、さすがに心が痛む。 全く、ウチの職場は蟹工船かセメント工場か。 しかしなあ、同僚に悪いからってんで、休日出勤しちゃうと、既成事実を幹部連中に認めさせることになるんだよなあ。それを考えると、たとえリストラされようと、休む時には休むしかないんである。 現実問題として、マジメな同僚が、この休日明けに体調を崩して仕事を休んでいる。おかげで代理の仕事が増えたぞ、私だって、アタマは重いわ、ホネは軋むわ、ケツは痒いわ、散々だってのによう。(T-T) グスッ。 週に一日二日くらいは完全に仕事を離れて休まないと、みんな、カラダが持たないくらいハードな環境にいるってこと、幹部は少しは気づけよな。
会議がまたまた長引いて、しげを駐車場で10分ほど待たせる。 ぶりぶり文句を言うので、メシでも奢ってキゲンを直してもらおうと思ったのだけれど、いかんせん、東京で散財し過ぎててゼニがない(^_^;)。 で、逆に夕飯、奢られてやんの。しかもしげの仕事までに時間がないとかで、さっさと食える回転寿司。 いつものごとく、帰宅途上にあるのは例のバカ高いネタばかり流してくれる「すし大臣」なのだが、できるだけ安いネタを選んで食うようにする。 ゲソサラダ、いかめんたい、いかオクラ……って、イカ尽くしか(^_^;)。 でも、安くてカロリー低くて美味いのはなんと言ってもイカだ。実際、この店は安いネタでもヒト工夫して食わせてくれるので、高いネタを食わなくても充分満足できるのである。 ゲソサラダは、そのまま寿司のネタにしたら生臭く感じるゲソを、細かく刻んでマヨネーズで和えて、コリコリした食感が楽しめるようにしてある。いかめんたいはまさしく博多ならではの工夫だろう、めんたいのプチプチ感と適度な辛さが、イカの味と見事なコンビネーションを奏でている。いかオクラは……まあ、これは好き好きか(^_^;)。いや、私は好きなんだが。 基本的に、イカ自体が新鮮なのである。呼子のイカの活造りには敵わないが、歯応えは充分。まあ、金がなくともとりあえずイカ食ってりゃ、不満はないって感じなのである。 ……でも最後にヒト皿だけ、500円のハマチ食ったけどな(^_^;)。 そのうちまた寿司奢るから、許せ、しげ。
今年の2月19日の日記で、神野オキナさんの『シックス・ボルト』について、批判と言うよりは罵倒そのものの記述をしたのだが、そのことについて、作者ご本人から、「現実にありえないネーミングをしたのは、実在の人間との偶然の一致を避けたからです」というメールを頂く。 正直言って、慌てた(^_^;)。 小説中の人物名については、私自身は、読者がイチャモンを付けるほうが間違っていると思っている。例えば誰かが「有久幸次郎」という名のヘンタイ連続強姦魔を小説中に登場させたとして、それが私個人を知った上で書いたことであろうがなかろうが、私は全く気にしないのである。 しかし、作者がその点に配慮した上で、自分の書く小説の登場人物にはできるだけ荒唐無稽な名前を付けようとしたのであるなら、それは作者の創作姿勢として認めなければならない。地味な名前を付けるのがいいか、非現実的な名前を付けるのがいいのか、どちらが正しいという問題ではないのだ。 この問題については、ずっと昔、社会派ミステリが全盛の頃、松本清張の小説中の人物の名前が余りにありあふれていたために、各所で問題になったことがある。都筑道夫が折衷案みたいな形で、「名字か名前のどちらかが現実にはない」という設定で、「桔梗信次」とか、「鶴巻啓子」とか、「溝呂木省吾」とかネーミングしてたが、これもよしあしがあるだろう。 だいたい、清張の小説の登場人物が、みんな「上月樹蘭」とか「鮒床朱夏雄」とか「馬場々山豹三郎」とかだったら困るだろうが、神野さんの作品はSFなのだから、目くじら立てる必要はなかったのだ。 これは完全に私の誤読なので、訂正&お詫びの文章を当該記事のあとに書きこむ。 神野さんから、更に「もう私の本は読まれないでしょうね」とメールを頂くがいえいえ、とんでもない。基本的に私は貶している作品でも実は楽しんで読んでいるのである。だって、書くことがあるのだもの(^^)。ハシにもボウにも掛からない作品よりは、ツッコミどころ、ケナシどころがある方が、断然面白い。 私の方こそ、そのことを充分に伝えられない表現をしてしまったことには忸怩たる思いがある。このへんにも私の未熟さが現われているんだよねえ。 神野さんの「小説を発表した以上、批判は甘んじて受ける」態度には感激した。当たり前のことだけど、それがプロなのだ。プロの作品を私が支持しないでいられるだろうか。 もちろん、今後の神野さんの作品を読んで、またぞろ批判したくなる可能性はあるだろうが、それは「読む・読まない」の問題とは全然、関係ないことなのである。
開田あや・開田裕治『開田無法地帯』(マイクロデザイン・1029円)。 余りにも怪獣世代には当たり前過ぎてて、作者のお二人も全く注を付けていないのだけれど、タイトルの「開田無法地帯」と言うのは、『ウルトラマン』の「怪獣無法地帯」のモジリである。あの回は、レッドキング、チャンドラー、マグラ、ピグモン、スフランと、たった1話なのに、なんと五大怪獣が登場するという、怪獣ファンには夢かウツツか幻かって言いたくなるくらい豪勢かつ大胆な話だったなあ。 ……まあ、それはそれとして。 妻のあやさんが文章、夫の裕治さんがイラストを担当しているという夫唱婦随のこのエッセイ集、私には滅法面白いのだが、ちと独身オタクにはキツイのではないか(^_^;)。だって、全編あやさんのノロケでなりたってるようなものだし。もうあやさん、堂々としてて包み隠すところがないのだもの。妻帯者である私ですら赤面しちゃってどうしましょってなもんだから。 開田さんの本を買う人間は基本的にオタクであることは間違いないし、その中の独身率は相当高かろう。中の文章にもあったけれど、ヘンなヒトに狙われなきゃいいんだけどね。 一つ一つのエッセイにコメントすることは到底できないけど、差し障りがあるんで名前を隠したという、盗癖のある特撮マニアの俳優のこと、ちゃんと京○政樹だと書いた方がいいんじゃないか。オタク間じゃ超有名な話だし、確かどこかで活字になったこともあったはずだし。デマならデマだと本人が言えばいいのにそれをしてないってことは、間違いなく事実だしな。 盗人は盗人として認知してあげないと、被害者が増えるぞ。多分、『アギト』でも何かなくなってるんじゃないかな(^_^;)。
2001年04月30日(月) 別れのトワレ/映画『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』ほか
| 2002年04月27日(土) |
東京再訪� 浸安襪凌好献屮衄�術館/アニメ『くじらとり』ほか……“NEW”! |
東京1日目。
出発準備に追われて、昨晩は結局、風呂の中で寝る。 カラダに悪いことこの上ないが、そうしないと寝過ごしかねないからだ。 こうしておけば、湯が冷えれば自然に寒くなって数時間で目が覚める。 もちろんその前に死ぬ危険性もあるので、余りやるもんじゃないんだけれど、まあ、緩やかな自殺願望の充足だと思って頂ければ(^o^)。 ……ってこーゆーこと書くから、知り合いから叱られるんだなあ。 いや、もうしません。ほんと。多分。おそらく。とりあえず(^o^)。
目覚めると5時半。 しげ、出発まで間がないというのに、まだ起きてこない。 自分でちゃんと起きると言っていたのに、いつも旅行の前になると、不安になるのだよなあ。 旅行準備がもう少しというところでまだ出来ていないので、慌てて持っていく土産物などを紙袋に詰め込む。三十分ほどでようやく完成、もう6時を回っていたので、しげを叩き起こす。 案の定、「アンタ一人で行ってきぃ」とベソをかくしげ。 「寝惚けるな、ぼけぇ!」と一喝したが、考えてみたら寝惚けているからボケているのであった。 けれど、昔に比べたら駄々をこねる時間が短くはなってきたかな。
タクシーを拾って福岡空港へ。 飛行機のチケットその他の手続き、全てしげにまかせていたので、どの航空会社の便に乗るのかも知らないかった。 JAS? そんなんあったんか(^_^;)。 こういうところも私に世間知のない証拠だな。 6時40分、空港到着、登場手続きはあっという間にすむ。カバンがブザーに引っかかったんで、一瞬ギョッとしたが、こうたろう君への土産に用意してた『名探偵コナン』の懐中時計が反応したのだった。 ……で、ハッと気づいたんだけど、コナンのメガネだの時計だのシューズだの、あれ全部、空港じゃ危険物に引っかかっちまうんじゃないのか? コナン、何度も飛行機に乗ってたような気がするが、阿笠博士が何か特殊な加工でもしてて、機会に引っかからないようにでもしてるんだろうか。だったら、それって立派な犯罪……。コナンにミステリーのルール求めてもし方ないんだけど。
搭乗口までの移動、一分とかからない。 延々と歩かされた去年とは大違い(スカイマーク、冷遇されてるよな)。 売店で軽い朝食。梅お握り1個だけ。今朝の体重が83.6キロだったので。控え目にしておく。 しげは、サンドイッチに唐揚げ。 朝っぱらから濃いものばかり食うよなあ。やっぱり、私よりしげの方が健啖家だと思うんだが。 土産を適当に物色して、いよいよ飛行機に乗りこむ。
飛行機の中も、去年よりずっと雰囲気がいい。 スチュワーデスさんの制服、やっぱり紺色がベースってのがいいよな(いや、別にフェチじゃないぞ)。 前の座席の背もたれに、ビデオ画面があって、映画の予告編だの観光案内だのが見られるようになっている。昔はオーディオで落語を聞くくらいしか出来なかったのに、時代は進歩したなあ。 7時10分に離陸。 しげ、フライトの瞬間、画面を指差して目を輝かせている。 ちょうど高度が上がって、福岡の街並みがだんだんと遠ざかって行くところだ。こういうので有頂天になれるようなコドモ心って、ホントに失っちゃったなあ。いつまでもお子サマなしげが、こういうときは羨ましくなる。 機内サービスはジュースだけ。二人でアップルジュースを頼む。 今はどこの会社でもコスト削減を図っているらしいから、サービスの低下は仕方がないか。
羽田空港到着は8時30分。 予定より早く着いたらしいが、しげがイキナリ腹を壊してトイレに駆けこんだので、モノレールに一本乗り遅れる。慌てる旅でなし、その間にこうたろう君と連絡を取って、浜松町で待ち合わせることにする。 去年の旅行もそうだったが、宿から交通手段から、全面的にこうたろう君ご一家に厄介になっている。しげはそのことをひどく気にしていて、気にし過ぎてご家族に嫌われるんではないのかとか心配しているのだが、それは私も同じ気分なのだ。 どんなに「遠慮しなくていいよ」とか「気を遣わなくてもいいよ」と言われても、自分もまた逆の立場なら気を遣ってもらいたくなくても、どうも全ておんぶに抱っこ、では心が落ちつかないのである。 しげに「気にしないで甘えればいんだよ」と言ってる自分が、だいたい、奥さんやお子さんに嫌われるんじゃないかとか、気にしてしまうのだ。 しげ曰く、「嫌いな人に何を言われても平気だけれど、好きな人から嫌われたら悲しい」。誰から嫌われようが、別にどうということもない、という境地に至るには、我々夫婦の心は弱すぎるようである。
浜松町の改札を降りるなり、こうたろう君のお迎えに会う。 奥さんとお子さんたちは、外で待っている由。 「どうする? 神田を回るなら、ジブリで待ち合わせでもいいけど」 「いいよ、一緒に同行してもらったほうが助かるよ」 こうたろう君、わざわざワゴン車を弟さんから借りてこられたのこと。全く、何もかも手間をかけさせてしまって申し訳ない。 路上で奥さんと息子さん、娘さんにご挨拶。息子さんは、小学校二年生にして、既に立派な怪獣オタクだそうで、私たちが来るのを楽しみにしてたそうである。うーむ、期待に答えられるかどうか(^_^;)。 「んじゃ、東京タワーに行ってみる?」 「……? いいけど?」 ウカツなことに、その時点では、「東京タワー見物」の意味が、私にはわかっていなかったのだった。
こうたろう君の意図に気づいたのは、エレベーターに乗りこんだ時だった。 「ほら、この階段だよ」 エレベーターの窓から覗くと見える、赤い、ちょっとさびついた、何の変哲もない階段。息子さんにこうたろう君がにこにこ笑いながら説明する。 「しんちゃん、ここを駆け上ったんだよねえ」
……そうか! これ、『オトナ帝国』ツアーだったのか!
ウカツと言えば、こんなウカツなことはない。 「東京タワー」と言われた時点で、「20世紀博」を思い浮かべてもよかっただろうに。 「昔は、ここを登れてたら、記念品がもらえたんだ」 とこうたろう君の説明。階段の幅は映画よりもずっと狭く、怖い印象。これをしんちゃん登ったんだ、エライよなあ、ホントに。 「文学散歩」という名目で名所旧跡を回ることはよくあるが、ブンガクブ出でありながら私が旅行先で回るのは、たいてい映画やアニメの舞台になったところだったりする。……今回の旅行の最終日には、「岡本太郎記念館」に行くことも予定している。どうやら今年は完璧な「クレしんツアー」になりそうな気配だ(^o^)。 東京タワーに来たのも、もう20年ぶりくらい。偶然にも今日が展望台のリニューアルグランドオープンの日。……のわりに、展望台にはあまり客が入っていない。「大丈夫かこれで」とこうたろう君、笑っているが、東京都民として心配しているのか嗤っているのか。 エレガのねーちゃんも、スタイルはいいけどちょっと愛想がない。 高いところにいるとやはり地上の人々に対して「ふっ、愚民どもめ」という気分になるものなのかどうか。しげはなるみたいだが。 しげ、土産物売り場で、東京タワーを縁取った写真スタンドを見つける。……言っちゃなんですけど、超ダサダサ(^_^;)。なのに、しげ、またまた目をキラキラと輝かせて「これ買って!」。……(・・;)。 ああ、小道具に使うのか。 ようやく事情を察して、購入。ほかにもまあいかにもな東京タワーグッズがあったがそこまでは手を出さず。「根性」ロゴ入りの置物なんか置くスペース、ウチにはねーよ。 一階のマクドナルドで、みんなで食料を買い込む。 私は飲みものだけをしげに頼むが、寄りによってLLサイズを買ってくる。 「……こんなに飲めるかよ」 「いつも飲んでるじゃん」 「(小声)……そりゃ、いつもはオマエと二人で飲んでるからだろ(・・;)」 ……こんなところで、普段の生活をノロケるハメになるとは思わなかった(-_-;)。 こうたろう君の娘さん、東京タワーのマスコットキャラらしい、「ノッポン」とかいうのに熱心に見入っている。細長いピンクのウンコかコ○○○ムにしか見えない妙ちきりんなキャラだってのに、コドモはこういうの好きだよなあ。しげは「エイリアンがいた!」とか言って(土産グッズ屋にいたらしい)、私の後ろに隠れているが、なんでこのトシになっても着ぐるみ怖がるかな。
次の目的地は、三鷹の森ジブリ美術館。 2時からのチケットを買ってもらっているのだが、渋滞を考えて、早めに到着。1時間ほど、太宰治の心中現場である玉川上水などを散策する。 「……こんなとこで太宰死んだの? 狭いじゃん」 「ほかに死ねるとこいくらでもありそうだよな」 「やっぱ太宰、自分だけは助かる気でいたんだぜ」 「女にしがみつかれて、助かりそこなったんだよ」 こうたろう君と私の全く不謹慎極まりない会話だけれど、多分、これは当たっていると思う。 茶店のようなところで、昼の軽い食事と乾杯。 みんなで焼きそば、カレーなど。しげは「サクラアイス」を頼んで、「さくら餅の味がする!」と喜んでいる。……って、さくらんぼの味じゃないのか。
「ほら、お姉ちゃんにバスを教えてあげな」 こうたろう君が息子さんに向かって呼びかける。駅から美術館までのトトロバスが通っていたのだ。 お姉ちゃんというのはしげのことだが、必然的に私はお兄ちゃんと言うことになる。しげは「それは間違ってるよな」と言うが、しげももうすぐ「おばさん」のトシになるのだ。自分だけを棚に上げてはいけない。
ようやく2時になって、美術館の中へ。 入口に「撮影禁止」の説明書き。 「開館したときは撮影は平気だったんだがなあ」 と、こうたろう君、首を捻る。こうたろう君一家は、もう以前に一度、ここに来たことがあるのだ。 こんな措置が取られたのは、多分、マナーの悪い客が増えたせいなんだろう。実際、「禁止」されてる今でさえ、中で写真撮りまくってる客が多いことと言ったら。これで子供に「マナーを守れ」と教える気なら、そりゃ筋違いってもんでしょ。 私は素直にロッカーにカメラ入れちゃったけど、それが正しいからとか、自分だけは善を貫くとか、そんな大層なこっちゃない。フツーのことです。 映画や土産物屋は満杯だったので、まずは展示物を見て歩こうと思ったのだが、こうたろう君の息子さん、まずは「アレ」を私に見せたかったらしい。 「こっち来て!」と言って、螺旋階段をとっとこ上っていく。 ……年寄りにはちょっとキツイぞ。一気登りは(-_-;)。
『天空の城ラピュタ』のロボット兵(『さらば愛しきルパン』のラムダと言うべきか)、パンフには「守り神」とあるが、これがこの美術館のテーマのシンボルであるだろう。 屋上に吹き曝しの、誰でも触ることのできる、鉄製の、5メートル近い巨大なロボット。そのつなぎ目の隙間からは草が生えている。 この像は、決して「保存」を目的としてはいない。 人が触れ、風雨に晒され続けて、この像はどんどん古び、壊れていくだろう。それが目的なのだ。 人目に触れず、保存と見栄と財テクだけを目的とした美術品の死蔵とは、全く逆のコンセプトでこの像はここにあるのだ。 私もこのとき、この像に触った。冷たいのに、なぜか温かい気がする。 叩くと、コンコン、と鈍い音がした。 もし、数年して再びここに来ることがあるとしたら、またこの像はほんの少し、姿を変えているだろう。 どこかが壊れ、どこかが傷つき。 時の流れと人の営みと、それをともに見守り続ける、字義通りの「目守り(まもり)神」。確かにこの像にもう一度「会いに」来たい。 そう思わせる何かがあった。
アニメの部屋の展示物の殆どが、各種のゾーエトロープ(驚き盤)、ないしはパノラマ、というのは、アニメが本来「見世物」であったころの記憶の再現だ。 うーむ、腐っても宮崎駿(^o^)、アニメの美術館が何を見せるべきかってのがわかってるんだなあ。 中でも立体ゾーエトロープ、縄跳びするサツキたち、跳び撥ねるトトロ、ネコバス、コウモリたちの造型はス素晴らしいの一語に尽きる。……これを見るだけでも、ここに来た甲斐はあったというものだ。 オタクには、むしろアニメ工房を再現した部屋の数々が、何時間でもいたい場所だろう。アニメの制作過程が、ハリガミで解るという凝ったツクリ。
中川李枝子原作、宮崎駿脚本・監督の新作アニメ、『くじらとり』、満席で階段に座って見る。 この原作読んだの、何十年前だろうね。現実と幻想の境界線を軽々と飛び越えて見せたこの児童文学の傑作だけれど、今はかえって「現実と空想の区別がつかない子供を育てる」と批判されやしないだろうか。 その境界線がないからこそ面白いんだけどね、これは。 保育園の子供たちが積み木で作った船が、本物の海に出かけて、くじらと一緒に帰ってくる。それだけの話だけれど、実に緻密に作られている。長編よりもこういう小品の方が宮崎駿のいいところが凝縮されてる気がするなあ、くじらの表情とかね。
ひと通り回って、カフェでこうたろう君オススメのホットドッグを食べる。 パリパリしたパン生地で私は美味しかったのだが、しげには歯応えがありすぎたようだ。 土産物は特に買わず、図録とパンフレットのみ。しかし、この図録自体、実に読みごたえがある。
帰り道、上野の山城屋という玩具屋に寄る。6階建てが全部玩具屋というのも豪勢だけれど、欲しかった食玩なんかか山とあるので、誘惑に堪えるのにひと苦労。明日以降も散財する予定があるので、何とか理性を保って、何も買わずに店を出たのであった。 しげはこうたろう君の息子さんも娘さんにこっそり土産物を買ったらしい。 こうたろう君が「去年みたいに、お土産買ったりしなくていいからね」とそっと言ってきたのだが、時既に遅しだったのである(^o^)。
こうたろう君の家に帰りついた時にはもう8時を回っていた。 ご近所から天麩羅そばを取ってくれたのをありがたく頂く。 土産に持ってきたアニメ『カウボーイビバップ』のテレビ版、幻の最終回を一緒に見ながら、「よくこんなテレビ局批判アニメを作ったよなあ」と談笑。 ……明日も早い。今日はこれまで。
2001年04月27日(金) 祝、2000ヒット/映画『チキンラン』
| 2002年04月26日(金) |
アッパレ再び/『学園戦記ムリョウ』7巻(完結/佐藤竜雄・滝沢ひろゆき)ほか……“NEW”! |
仕事を1時間早引け。 と言うのも、しげと一緒にもう一度『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』を見るためだ。 前売券はしげの分がまだ残っているし、今日あたりに行っておかないと、もう時間がない。……3週間くらいしかやらないんだものなあ、『クレしん』。 下手に用事を言いつけられるとヤバイので、時間になるやいなや、慌ててしげの車に飛び乗る。 しげの顔を見ると、また目の下にくっきりとクマが。 「また寝てないのかよ!?」 「……鴉丸と今日、携帯買いに行ってたから」 と言って、見せられたオレンジ色の物体、表面にサングラスをかけたダン・エイクロイドの写真が印刷されている。 普通なら「へええ、好きな写真をカバーにできるんだ」と感心するところだろうが、言っちゃなんだが、人相の悪いヤクザが映ってるようにしか見えない。 「『ブルース・ブラザース』の写真だと、『ブルブラ』だけのファンって思われちゃうから、ダンの写真にしたの」 そんな心配する必要があるのか? 誰かに見せる機会があるのかよ。 「……寝てないほうがカラダ壊すだろう。今日、映画見るとわかってて、なんで昼間、出かけるかね」 「だって鴉丸が携帯買い換えるって言うんだもん」 別にそんなのに付き合う義理はないと思うんだけどなあ。鴉丸さんも鴉丸さんで、もちっとしげの様子を見て察してほしいものだが。まあ無理か。 「映画の最中、寝ないか?」 「おもしろけりゃ寝ないよ」 まあなあ、確かに「面白い!」と太鼓判は押せるけど、何しろしげはヒネクレた映画が好きだからなあ。マットウ過ぎるくらいマットウなこの映画、楽しめるかどうか。
二度目だけれど、初日は指定席なのに結構後ろの席に回されたので、今日は前の席に行く。 前回は気づかなかった、画面のすみの細かい演出にまで気づいて、再び涙。 人体の80%は水だってことだけど、こんなに流してたらホントに脱水症状起こすんじゃないか、ってくらい泣く。馬鹿だよなあ。 映画が終わるなり、しげ、スッと指を伸ばして、私の眼の下に当てる。 泣いてるかどうか確かめてるのだな。残念でした。今回の涙は全部鼻に流して飲みこみました(キタネエな)。 でも、また泣いちゃったことは事実である。 なんだか胸のうちを見透かされたような気になって、しげに愚痴る。 「……オマエは泣かなかったのかよ」 しげ、のんきな表情で「泣かないよ」と答える。「一人だと泣いたかもね。でも、映画館では泣かないよ。ほかに人がいるから」。 映画は大画面で見てほしいけど、人がいると感情も殺しちゃうってのはイマイチ映画を楽しんでないよなあ。もう少し気楽に見てくれればいいのに。
さあ、いよいよ明日から東京行きだ……ってのに、まだ準備ができていない。 ビデオカメラを用意するが、操作の仕方が解らない。 しげに「これ、どうやって使うの?」と聞くが、寝不足のしげ、イライラしていてケンもホロロ。 「前に教えたろ!?」 「しばらく使ってないから忘れたよ」 「私に寝るなってこと?」 「使い方教えてくれってのは、随分前から何度も言ってたじゃんか。いつまで経っても無視してるからギリギリになったんじゃん」 しげ、ブリブリ言いながら充電の仕方などを教えてくれるが、本心では「この田舎者が、旅行にビデオカメラなんか持って行こうとしやがって」と思っている様子は一発でわかる。 しげは、私が「オヤジ」っぽい行動を取ることを何かと嫌うところがある。 結婚当初、私がテレビでプロレス中継見ようとした時には「アンタって、プロレス見る人だったの!? 裏切られた!!」とまで言われたし。 でも私は骨の髄までオヤジである。これは否定のしようもない事実だ。 しげは私に「カッコイイ夫」でいてほしいのだろうか。……あの、だから幻想や夢を見るのが許されてるのは10代までなんだってば。
できるだけ荷物を少なくするために、下着や衣類はしげと同じバッグに詰めて入れる。 しげがヤフーのオークションで手に入れた「だん・えいくろいど」と平仮名ロゴの入った黒いバッグを使用。……どう考えてもパチモンで、こんなのなら自分で作ったほうが安上がりなんじゃないかと思うんだが、「ダン」と書いてあったら何でもいいんだろうな。 ……ダン・エイクロイド印の○○ド○○とかあったら買うかな、しげは。(^w^)ウププ。
マンガ、佐藤竜雄原作・滝沢ひろゆき漫画『学園戦記ムリョウ』7巻(完結/NHK出版・500円)。 おお、これはスゴイ。 地球人類が進化の次のステップを踏むようになる、という結末は妥当ではあるが、まあいかにもNHKのアニメらしいありきたりなハッピーエンドではある。 スゴイのは、ついに最後まで、「ムリョウ」の正体を明かさなかったことだ。 6巻から7巻にかけて、それまで「謎」とされてきた人物たちの目的、行動が次々と明かされていった。 ジルトーシュと瀬津名の関わりも、「シングウ」の力とは何だったのかも。 けれど、まるで全ての「観察者」であり「牽引者」であるかのように振る舞っていたムリョウが、結局「何者」なのか解らないまま終わる。 ……彼の微笑みだけを残して。 しかし不思議と、そのことに対する不満は生まれてこない。 彼が何者であろうと、地球のために、天網の町の人々のために、那由他と村田君、二人の主人公のために、その持てる力を注いできたことはもう読者にはわかっているのだから。 ……解説するだけが能じゃないんだよなあ。
2001年04月26日(木) イシャはどこだ!/映画『黒蜥蜴』(1962年・大映)ほか
| 2002年04月25日(木) |
あの人にだけわかるナニの話(^^*) /DVD『エイリアン9 DVD対策BOX』……“NEW”! |
世間の動きに目を向けてないうちに、小泉さんは靖国参拝するわ、西日本銀行と福岡シティ銀行は合併するわ、事件はいろいろ起こってるようである。 そう言えば博多湾のサンダーバード計画はどうなったのかな。マジで「国際救助隊」を人工島作って「市」で運営しようっていう大笑いな計画だったけど。 世の中のことにスウッと、興味がなくなることがある。 自分一人がいなくなっても世の中変わるわけじゃない、なんて発想は、自分がいかにもこの世に必要な人間だと思いたいのに思えない、そのいらだちというかヒガミがなせるものだろうけれど、主観以外のなにものでもないのにこれは紛れもない客観的な事実でもある。 なんにせよ、世の中は動く。実に勝手に動く。 ホントは勝手じゃないんだろうけど、これだけの人間が地上に蠢いてるんじゃ、それにわざわざ付き合ってやるのもなあ、という気分になってくる。
東京行きが近づいてきているので、買い物ができるのも今日明日。 しげに車で送ってもらって、紀伊國屋で落としてもらう。 東京での某オフ会で、某氏にナニをナニしてもらうためのブツを物色するためである。 ……うーん、このへん、某氏の名前を明かしても、余り私の身にキケンは生じないようにも思うんだけれど、一応、念のために書くのは控えておこう。 まあ、このことはとりあえず、こうたろう君にだけ、「ああ、アレね」とわかればいいことだし。 ついでに某氏にナニしてもらうためのナニも博捜の末、ようやく購入したのだが、本当はナニよりもナニの方がほしかったのである。けれど、ナニしか手に入らなかったのだからこれはいたしかたない。 しげは「ナニがウチにはあるじゃない」と言っていたが、あんな○○に落ちてたナニを持っていくなんて、そんな某氏に対して失礼なマネができるかい。 ……具体名を出さないと、ホントにヘンなものについて語ってるみたいだなあ。確かにヘンなものといえばヘンなものなのかもしれないけれども、別段、隠さなきゃならない類のものでもない……と思う。 まあいろいろあって、このナニについてもナニしておきたいのだが、そういう事情で書けないのであった。 ……私、一年後にこの文読んで、何について書いてたのか思い出せるだろうか。
DVD『エイリアン9 DVD対策BOX』。 既発の『エイリアン9』全4巻が全部BOXに収納できますよ、という触れ込みで、ミュージッククリップだの声優のプロモーションフィルムなどを適当に詰めただけのしょーもないもの。 でも買ったよ。2000円の割引がついたうえに10%引きだったから、千円ちょっとしか掛からなかったけど。 井端珠里、清水香里、下屋則子の三人、見ようによってはかわいいと言えなくもないけれど、生のファンになるにはちとばかしイタイ。やっぱ、いまいちオーラが出てないし。それなりに声優界も新人が出て来てるけど(この三人が生まれたのって、『うる星やつら』以後だもんなあ。『らんま1/2』ですら「子供のころやってたアニメ」だよ)、いったいどれだけのヒトが生き残れることやら。一時期のブームは完全に沈静化してるしねえ。 今、私が一番入れこんでる女性声優と言えば小林愛だろうが(^^*)、どこぞの声優雑誌で特集組んでるような気配、全くない。おじさんは悲しいぞ。あんなにいい声なのになのになのに。 この三人も、それなりに仕事をこなしては行くんだろうけど、何かアタマひとつ突き抜けるものがないとねえ。この中で一番キャリアがあると言えるのは清水香里だけれど、『lain』や『ブギーポップ』のころと比べると随分お姉さん声になったもんだ。急に老けたとも言えるけど。
2001年04月25日(水) おむすびころりん/『最終兵器彼女』4巻(高橋しん)ほか
| 2002年04月24日(水) |
しげ伝/『人生は五十一から』(小林信彦)ほか……“NEW”! |
しげ、という人間の性格を他人に伝えることは、並大抵のことではない。 ともかくマトモな人間ではないし、これまでも他人との間でトラブルを起こしてくれたことは数限りない。 一見、フツーに見えなくもないので、初対面の人間は騙されてしまうのだが、本質的には人非人である。「無自覚の悪意」……なのかどうか、自覚しているのかいないのか、夫である私にも計り知れないところがある。
何のことか事情を知らぬ人にはサッパリだろうが、ここんとこ、私が巻き込まれている、あるトラブル(さて、このことについて詳しく書く日が来るのかどうか)について、しげが腹を立て、そのトラブルを更に拡大してくれるようなことをやらかしてくれたのだ。 ……と、こう書いてもやっぱり何のことかは分らんね。 でも、具体的なことは書けないので(保身のためではないことは強調しておく)、このまま書き進める。
しげは心のコントロールが不得意である。 原因はいろいろあるんだろうが、それを追及しても仕方がない。 要はしげが自分で自分の心のバランスを取りたいと思っているかどうか、ってことなんだが、この点が実はよく分らないんである。 私はしょっちゅう、しげに「今のお前の言動、普通と違うけど、そのことは自覚してるのか?」と聞く。つまり、自己をどの程度、客観視できているかを聞いているのだが、「自分ではこれが普通のつもりなんだから、何がヘンなのか言われても分らない」と答える。 しかし、いきなりけたたましく笑ったり踊り出したり、道端でへろへろアブナイ歩き方をしていたり、何の脈絡もなく「インド人とアフリカ人とどちらが好き?」と聞いてきたり、それでいてコイツは自分を「フツー」と言い切りやがるのだ。 これが7、8歳の子供ならば別段おかしい行動でもないのだろうが、なんと言ってもしげはもう28歳になるオトナである。奇矯、と言わざるを得ない。 「他人からヘンな目で見られること、わかってるのか?」と聞いても、「別に他人だから」で終わる。受け答えが適切でない、というよりは論旨がズレまくり、しかも自分で喋ったことをホントに5秒置きに忘れて行くので、会話自体が成り立たない。 しげの知り合い連中も、しげのヘンテコな行動を見ながら「しげさんっておかしい」と笑ってるようだが、ただの知り合いならアレもソレも全てギャグですむだろうが、私ゃ四六時中、しかも死ぬまで一緒にいるのである。 「つらくないのか?」と人から聞かれたこともある。 しかし、それは例えてみれば難易度の超高いRPGをやってるようなものなので、やり始めたらそりゃつらいの何のと言ってられるものではない。 だから、「覚悟」はしていた。 「何かいろいろあるだろう」とはね。 でも、ホントに何回やらかしてくれたら気がすむのか。 今回も、やっぱり「また」、あったのだ。 何度目の「また」かは、もう数えてもいないが。
しかし、読者の方にはここで誤解してもらいたくない事実がある。 トラブルの原因は、もともとしげの奇矯さに帰されることではあるのだが、誠に残念なことに、それは「事実」を根拠としたものではなく、ただの「解釈」上のすれ違いに過ぎなかった、ということだ。
私はこの日記で何度もしげを「ばか」だと書いてきた。 読者の方々は、「そうは言っても、実はしげさんはステキな人だろう」とか、あるいは逆に「かわいそうな人なのだなあ」とか、しげについていろいろな想像を巡らしているかもしれない。 しかし、これが「公開日記」だという事実を、まずはご理解いただきたいのである。結婚して十年、しげは私にとって未だに謎だ。しかし謎を謎のままに書いたところで、それは「伝える」ことを目的とした公開日記の文章にはならない。 だから書く。 しげは「ばか」ではないのか。 ××××ではないのか。○○○○ではないのか。 それは全て、しげの存在を他人に伝えるための言葉を探した結果ではあるが、どんなに言葉を尽くしても、しげをしげのままに見た言葉にはならない。というより、そんな便利な言葉はもともと存在しない。 私の日記の中のしげは、まさしく私の解釈上のしげでしかないのだ(何よりしげ自身から、私は「しげというヘンな妻が存在している妄想を抱いている男」というレッテルを貼られている)。 ウソを書いているつもりはない。 けれど、どんなにリアルにしげの言動を移したところで、そこからぽろぽろと零れ落ちて行くディテールは確実にある。結果、いくら言葉を尽くしても、いや、尽くせば尽くすほど、私の書くしげ像は実態から少しく乖離していく。 だから、ここに読者の「誤解」が生じるのは必然ではあるのだろう。 だが、それでも私は語らねばならないのだ。しげという人間が何であるのかを。余りハッキリ書くとこっぱずかしいから書かないでいたけれども、この日記は、以前、別のHP内の日記として書いていたときから、「しげとはナニモノかについて書く」ということがコンセプトとしてあったからだ。 これは、日記の形を借りた『しげ伝』でもあるのだ。 ……そうでなきゃ、こんなに更新遅れてるのに、それでも書き続けることなんてしてないよ。
だから、読者のみなさまにはぜひ、お願いしたい。 この日記の記述から、しげについて、その人物像をどのように想像して頂いても、それは自由だ。しかし、それが果たしてしげの実態と一致するかどうか、それは保証の限りではない。一致することはまずない、と思っていただいても結構である。 全ての「伝記」が、その人物の真実を描くものではなく、我々の欲している物語を紡いでいるがごとくに、私の『しげ伝』も、一編の創作であるのだから。 トラブルの原因は、まさしくそこを勘違いされた点にあったのだ。 ……具体的な例が出せないんで、なんだかやたら韜晦した文章になってるけど、勘弁ね。
山道を車で越えながら、しげがふと口にする。 「考えてみたら、オレ、生まれてからずっと、傷ついたことってないなあ」 こいつくらい、過去の心的外傷を山ほどしょいこんでるやつもそうそういないと思うが、しげのオソロシイところは、その傷がもとで言動に少しく障碍を持っているのがハッキリしているのにもかかわらず、そのことを全く引け目に感じていない、……というより「忘れている」ということだ。 これが「バカには勝てん」と言うことなのだろう。
仕事帰り、マルキョウで買い物。 もうすぐちょいと旅行するので、余り日持ちのしないものは買えない。 結局、米を買ったほかは、二、三日分の冷食と、トウフと、イチゴと甘夏を買う。 しげがどこぞから非合法の食料をくすねてきているが(^_^;)、これも数日中に食わねばならない。だからどうしてそう、賞味期限切れの食料ばかり増やしてくれるのかなあ。
アニメ『ヒカルの碁』第二十八局「若獅子戦」 院生編に入って、ヒカルのキャラデザインも随分オトナになった。 原作の当時の絵柄よりもオトナっぽいくらいで、こうなってくると、ますます川上とも子さんの声とキャラとの絵の乖離が気になる。 今更、声優を変えるってわけにはいかないだろうから、川上さんにはもちっと演技の幅を広げてほしいもんなんだけど、難しいかなあ。 若獅子戦、ということで、緒方九段の出番も多くなってくる。 もちろん、声は『クレしん』の藤原啓治さんなのだが、こちらはいかにもアニメっぽい無理な抑揚をつけず、そうとは気づかせない。う、うまいぞ、藤原さん! 昨今は新人ばかりのアニメが多いのだけれど、せめてワキにベテラン声優を何人か配置するってこと、してほしいよな。
DVD『紅の豚』、今日はアメリカ語版で見てみるが、これはもう、英語の不得意な私が聞いても分るヒドイしろもの。ポルコ・ロッソがヤンキーじゃ、カーティスとの差別化がはかれないじゃんかよう。
マンガ、島本和彦『COMIC BOMBER 吼えろペン』4巻(小学館・560円)。 サンデーGXの連載の中で、作者ご本人は「浮いてる」と思ってるらしいけれど、でも、一番ページ数もらってる連載(^o^)。もう4巻か。 『燃えよペン』の時代から炎尾燃(ホノオ・モユル)のファンだった私としては、「うかつ賢司」(笑)にも復活してほしいのだけれど、なんだか異種業種バトルロイヤル編に突入とのことで、まあ、微妙に設定かわっちゃったから無理なんだろうな。 けど、島本さん、ホントにどこかのクイズ大会に参加したのかな……?
小林信彦『人生は五十一から』(文春文庫・470円)。 文庫本で500円を切ってると「安いな」という感覚になりつつある。 もちろん二十年以上前は文庫本なんて200円、300円がベースだったから、概ね10年で100円、つまり1年で10円ずつ値上げしていった計算になる。なんだかそこにタクラミのようなものを感じるのは邪推だろうか。 ……というような私の文体、本書の作者の小林信彦の文体に似てるのな。 いや、もちろん私の文章には他にも筒井康隆だの唐沢俊一だの、いろんなのが混じりあってるんで、どれがルーツだとかは断定できるものじゃないんだが、やっぱり「考え方」が似てると、文体も似るものらしい。 ……そうなんだよなあ。基本的に似てるんだよ、小林さんと。 『週間文春』の連載を読んでるときは、何を小言幸兵衛やってるんだ、とか思ってたんだけど、この連載、もともとそれを狙ったものだったんだね。現代じゃ何しろ「小言幸兵衛になれる資格のある人間すらいなくなってる」のだから。 だとしたら、「何を知った顔して、無意味な説教繰り返してるんだこのジイさん」という以前の印象は、その通りではあるが批判の言葉としては機能しないことがわかった。「横町の説教臭い隠居」ってのがコンセプトなんだから意地悪で愚痴っぽいのは当たり前なのである。 ……で、私のこの日記もどっちかというとそういうスタンスで書いてるんだよな。愚痴っぽいとこまで似るのは当然かもね(^_^;)。
ともかく、小林さん、ムダな説明をしない。 というより、「イチイチ説明なんかしてたまるか」と開き直っているようだ。 例えば、景山民夫について書いている文章がある。 「景山さんのエッセイは端正な文章で書かれている。しかしよく読むと(嘘だろう……)という部分がある。恰好が良過ぎる」 でも、どこがどう、と具体的には示さない。 これは、「景山さんのエッセイを読め」ということなのだ。……私も何冊か読んではいるけど、「嘘」というのは何をさしてのことかちょっと分らない。もっとも、「ハッタリの利かせ方がうまい」と思った記憶はあるから、そのあたりが「嘘」ということなのかも。 ともかく、普通のエッセイなら、本文を引用するところだ。でないと、ただの中傷と受け取る読者もいるのではないか。ましてや、小林さんは景山民夫の「家庭の事情」に触れながら、それが何かも書かずにいるのだ。 ……言えないことなら最初から書かなきゃいいじゃん、ねえ。……と思うのだが、意地悪なことに「何をどう調べればそのあたりの隠しごとがわかるかどうか」は、しっかり本分中に提示しているのだ。 それも自分で調べろってことなんだな?
中身について詳述し出したら、枚数がいくらあっても足りない。 この本についてはいろいろ書きたいことがあるから、これからも日記の中でおいおい触れて行くつもり。今回はここまでナリ。
2001年04月24日(火) ギャグマンガの地平に/『相原コージのなにがオモロイの?』ほか
| 2002年04月23日(火) |
くましげ。/DVD『紅の豚』(フランス語版)ほか |
今朝もしげは体調が悪い。 特に今日は早朝出勤なので、しげの回復を待って、というわけにはいかない。 「病院行くか?」 「うん」 「必ず行っとけよ」 「うん」 「ちんぴょろすぽーん」 「うん」 ……だめだ。完全な生返事。 つーわけで今日もタクシー出勤。 私が利用してるタクシー会社は一軒だけなので、電話を掛ければすぐ飛んで来てはくれるのだが、一応、私はそこまで歩いて行くことにしている。バス停ひとつ分程度の距離でしかないが、その程度でも運動になるか、というのと、1区間だけでもタクシー料金、節約したいというセコイ算段からである。 しかしなあ、ほんのしばらくタクシー利用しないでいたら、運転手さん、のきなみ入れ代わっちゃってるのな。 昨日も今日も、以前乗っけてくれた人とは全くの別人。しかもトシがいってるわりには道をまるで知らない。やっぱりこの不況で、リストラされたり定年退職したりした人が、とりあえず運転免許はあるから、ということでタクシー会社に就職してるケースが多いんだろうなあ。 一応、社内研修くらいはしてるんだろうけど、職場がドイナカにあるもので、キチンと道順を説明しないととんでもなく遠回りされちゃうのである。 以前はナジミの運転手さんもいたので、説明の必要がなくてラクだったんだけど、新しい人となると、「右へ行ってください」「そこはまっすぐ、山を突っ切って」とか、やたら細かく指示を出さないといけない。タクシーに乗ることの楽しみのひとつに、運転手さんとの会話があるが(メイワクなこともあるけど)、そんなもんしてるヒマもない。 ああ、つまらん。
しげのことが心配だったので、少し早めに4時ごろに帰宅。 けれど、どの部屋にもしげの姿がない。 ちゃんと病院に行ったのか、と思って、携帯に連絡を入れる。 「あ、しげ? 今どこ?」 「会館との打ち合わせだよ」 「あ、公演の? 病院には行ったの?」 「ううん、行ってない」 「なんでだよ。具合悪いんじゃなかったのかよ」 「ああ、寝たら治った」 ……ただの寝不足かあああああ! しげのことを心配したところで全ては徒労に終わる、ということはこれまでも何度も経験していたことだったのに、また騙されたか。 やっぱり、須らく、夫というものは、たとえ妻が泣こうが喚こうが縋りつこうが、「ええい離しやがれ、今月今夜のこの月、覚えたか!」と朴歯の高下駄で足蹴にして高利貸しになるくらいの気概があって然るべきなのであろう(←これくらいのギャグは解説不要だと思うんだけれど、この程度の常識でも分らないやつ、増えてるのかなあ)。
疲れてるのはどうやら自分のほうだったらしくて、横になった途端、そのままグウ、と眠ってしまう。目が覚めたのは、打ち合わせが終わったしげからの電話のコール音で。え〜と、時間は6時? 寝てたのは2時間程度か。からだの疲れが充分に取れたとは言えない。 食事を作る元気が起きないので、「めしや丼」で夕食。 なんか、ここ数日、マジでカラダの機能が落ちとるな。週末は二泊三日の東京行きだというのに持つのか、私。 新メニューで鶏鍋みたいなのがあるのでそれを注文。カレーもほしかったので頼むが、合わせるとご飯の量が多すぎる。 いつもはしげの残したのを私が食べる手順になってたが、今日は逆で、私のご飯の余りをしげが食べる。もちろん、しげはしげで既にチキン南蛮定食を平らげたあとなのだが。 「でぶが炭水化物ばかり食ってんじゃねえ」というのは唐沢なをき師匠の名言だが、ウチの玄関に筆で大書してハリガミしておこうか。いや、自戒の念も込めてね(^_^;)。
しかし明るい店の中でしげの顔を見ると、やはり顔色は相当に悪い。 何しろ、「もともと太っているしげの顔がやつれて見える」のである。 目の下にクマも黒々とあるし、本当なら食事のあと、東京行きの準備のためにいろいろ買い物をしようと思っていたのだが、顔色を見る限りちょっとムリそうな気配である。 今日は準備は諦めて、明日に伸ばすことにする。
DVD『紅の豚』、しげはまだフランス語版を見ていなかったので、一緒に見る。 やっぱり原音に近いやつっていいなあ。でも本来なら本作はイタリア語版も作られて然るべきものである。 けどその時は当然RAI配給、プロデューサーはマルコ・パゴットになるのだろうな(^o^)。つーか、ご本人は自分の名前を「ブタ」に付けられていることをご存知なのだろうか(蛇足の説明。「マルコ・パゴット」氏は、宮崎駿監督の『名探偵ホームズ』のプロデューサーを勤めたイタリア人である)。
しげ、珍しく飽きずに最後まで見ている。 つまらないと感じるとしげはすぐに席を立つので、やっぱり宮崎監督の最近の作品の中でも、これは別格的に面白いのだ。 「オレ、子供が主役のやつ、好きじゃないし」 しげが奇しくもそう述べたように、宮崎監督の他の映画の主役は、みな子供か少年少女である。大人の稚気には余裕があるが、子供の無邪気は無自覚な分だけ、見ていてイタイ。オトナが余裕を持って「遊んで」見せてこそ、子供は映画に魅力を感じると思うんだがなあ。大人がいかにも自分の「理想」とする子供を描いて見せたところで、それは所詮、「大人から見た子供像」に過ぎず、子供が自分の分身としてリアルに感情移入できるものではないのだ。 私には千尋が14才だっけ? の等身大の少女には全然見えないのだけれど。
日本語版がどうもリアリティに欠けるように思えるのは、フランス人と日本人の差でもあるのかも知れない。 なにしろ、ジャン・レノ他の(あとのキャストの資料がどこにも記載されてないぞ。どうなってるんだ)声を聞いたあとで改めて日本語版を聞くと、森山周一郎の声も加藤登紀子の声もまるで子供に聞こえるのだ。いやホント。 しげが寝たあと、今度は久しぶりに『ゴジラ×メガギラス』をDVDで見返す。感想はもうナシ(^^)。 そう言えば今度の新作は『ゴジラ×メカゴジラ』だってな。このタイトルが微妙に変わるっての、旧作の『対』、『VS』版と区別するためかもしれないけれど、発音は全部「たい」なんだから、もちっと工夫がほしいところである。 それにしてもこれで4回目のご登場か、メカゴジラ。 確かにオルガ、メガギラスと、新怪獣が軒並みコケたから、人気怪獣をってのは分るけどねえ。そりゃ「新怪獣」のせいじゃなくて「脚本」と「演出」のせいだろ? で、今度の抱き合わせ怪獣はなんだ? そろそろアンギラスか? マンダか? バランか? 意表をついてチタノザウルスとかキングシーサーか? ジェットジャガーとメカゴジラが組むって手もありか(^o^)。
2001年04月23日(月) 駆けて行った白い雲/DVD『ヤング・フランケンシュタイン 特別版』ほか
| 2002年04月22日(月) |
全国の○○はみなアホか?/『てけてけマイハート』2巻(竹本泉)ほか |
いつものように、朝方、しげに車で職場まで送ってもらおうと思ったのだけれど、「ごめん、からだがキツクて動かん」というので、仕方なく久しぶりのタクシー通勤。 時間に余裕のあるうちに出かけはしたが、運ちゃんが道をちゃんと辿ってくれるかどうか心配で落ちつけない。時間はかかるけれど、やはりしげに送ってもらうのが一番気がラクだ。
ある事情のために、職場について悪口を書くことは極力避けてきた。 今回も私がどういう職種の人間であるかとか、何という会社に勤めているかとか、そんなことを書くつもりはない。その事情を察していただいた上で読んでいただければ幸いである。
かつて、プロ野球の某球団に「ベンチがアホやから」と嘯いたピッチャーがいた。ベンチの指示に従った結果、打たれて敗戦投手となった時の弁であったと記憶する。実際、それが酒の席で愚痴のような形で発せられたのであれば、たいしてマスコミを騒がせることにもならなかったと思う。 しかし、その発言は試合の敗戦後、まさしく「ベンチ」で発せられた。そこにいた誰もが彼の発言を耳にしていた。問題にならざるを得ない。結果、そのピッチャーは「解雇」された。 しかし、「問題」が加熱したのは実はその後だ。 そのピッチャーは、決して無能なわけではなかった。 彼の「ベンチはアホ」という指摘が、愚痴ではなく、紛れもない事実であった、と大衆がそう思ったことが「問題」を拡大化させたのだ。 組織の中の一員としてある以上、「どれだけの責任を果たした上でモノを言っているのか」ってことは当然、糾弾されることではある。しかし、負けが混んで来た球団が、その責をそのピッチャーに押しつけた、あるいは、以前からトラブルの火種となりそうだったその投手を始末したがっていたのを、「過激発言」をきっかけにこれ幸いと首切りした。大衆はそう捉えたのだ。 「組織の論理」のみが優先され、大衆がプロ野球に本来期待していたものが無視された。だから客はその球団に本気で怒ったのだ。プロ野球界のそういった「組織」の裏事情がどんどん暴露されていった時期のことで、そのころから私は殆ど野球の試合を見なくなっている。 特に結婚して以来のこの十年は、テレビで野球中継にチャンネルを合わせたことは一度もない(知り合いとの付き合いで実際に球場に出かけ、応援したことはあるが、そのときは徹頭徹尾「演技」を通した。……自分でも「優秀な」役者だと思う)。
不況である。 ここ数年、ウチの職場では、全社員が給料カットの憂き目にあってはいたが、ともかく事情が事情だけにガマンしていた。 「給料をモトに戻す」。その発表があったのがつい先日だ。 まあ、微々たる増額ではあるが、うれしくないわけではない。ところが、ここへ来て、幹部連中は「社員全員」に対して、勤務内容の15%アップ、更には10%の無償労働の増加(要するに残業してタダバタラキしろってこと)を通告して来たのだ。 あのさ、給料がモトに戻ったって言ってもさ、それって、月に七千円弱なんだよね。それが、これだけの労働の増加に見合うと、そして社員がそれに唯々諾々と従うとでも思ってるのかね? もちろん、そうは思ってないから、いや〜ないや〜なカードをちらつかせてくるのである。幹部連中、従わない者は「解雇」……とまでは言わないが、部署転換くらいのことはあるかも、だと。 反発覚悟の上でそこまでやらなきゃならないほど、ウチはビンボーなのか。そうではない。まず確実に、ウチはいろんなとこといろんな癒着があるのだ(えいくそ、マジで実名挙げたくなるぜ)。だから無理無体な経営方針をも、その「いろんなとこ」の利益のために強行しようとしているのだ。 この腐れた根性でウチの職場は経営されてる。「ベンチがアホやから」どころの話ではない。幹部連はクズとゲスと外道の集団である。 既に沈む船からネズミが逃げるがごとく、ウチの職場を離れていこうとしている人もいる。 さて、私もいずれそうすべきかどうか。
そのあたりをやりあった腐れた会議が長引いたため、またもやしげを駐車場に待たせてしまう。 朝方、具合が悪そうだったしげ、夕方になっても具合が悪そう。 「待たせて悪かったから、なんでも好きなもの奢るよ」と言ったら、「ホントにいいと?」と嬉しそうな顔。 「どこがいい?」 「『めしや丼』か、『すし大名』」 「『すし大臣』だよ(--#)」 「だってアンタもそう言ってたじゃん」 以前、この日記にうっかり店の名前を間違えて「すし大名」と書いて以来、しげは、にくじゅのごと(博多弁で「いやらしいくらいにシツコク」の意。これも若い博多人には全く通じない)、すし大名、すし大名、すし大名、とお題目みたいに繰り返してるんである。 「わかったよ、いいよ、『すし大名』で」 しげ、奢りなのでばかすか食べるつもりでいたらしいが、どうやら体調は朝方からイマイチ回復していないらしい。 8皿ほど食べて、「もう食べきらん」と言う。 ……あの、結構食べてるじゃん、と思わないようにね。普段は十数皿は軽く食べるやつなんスから。 けど、来るたびに思うけど本気で高いよなあ、この寿司屋。 上トロが一皿、850円だものなあ。さすがにそれには手をつけず。カニ汁が220円、これも私は来るたびに食べているが、先にカニの身を全部食べてから、味噌汁を啜るのが、風味がちょうどよくていい。 大盛りのウニも850円、これにも手をつけず。結局、300円前後の皿ばかり選んで食べる。珍しくイワシかなにかの炙りものが一皿だけ流れて来たので、しげと 二人で、乗っていた二個のものを一つずつ分けて食べる。 ……昔から「回転寿司はどうして二個セットでひと皿なのか?」と疑問に思ったことがあるが、この「分け合う」ために二個ずつ流してるのだろうか? 実はこういう疑問こそが、正解を出すのに一番苦労させられるのである。……だって、何をどう手がかりにすればいいのよ(^_^;)。
毎日『アッパレ戦国』の余韻に浸っている私であるが、ふと、今年は去年みたく同人誌は作れないのかもなあ、と考えていたら、「そう言えば、去年の『オトナ帝国の興亡』、どれだけの人がネットに感想を書いてるかな」と気になった。 私は基本的に、いったん自分が発表したものは読み手のものになったと解釈しているので、誰がどんな感想を寄せてるか、なんてことはあまり気にならないのである。 だから「つまらない」と思われても別に怒らない。しげがしょっちゅう私の日記似ついて、「つまんねーよ」と言ってるので、それが原因で夫婦喧嘩になったりしてないかとご心配の向きもあるかもしれないが、その手のケンカは全くしたことがないのだ。ウチのケンカはたいてい「今晩のメシはどうするか」で意見が別れる程度のごく瑣末的なものばかりなんだよね。 で、Googleを使って「オトナ帝国の興亡」を検索してみたが、数件、日記に感想を書かれている人がいるのを発見する。 概して全体の感想で、個別の記事についての感想はあまりない。けれど、読んだ人は殆ど楽しんで、「買ってよかった」と思ってくれてるらしい。ああ、よかったよかった。 「中には暴走気味のものもあるが」とか書かれてるのは、間違いなく私の原稿のことであろう(^_^;)。……いや、ワザと暴走させたんだから、それはそれでいいんだけども。 考えてみたら、一部買ってくれたよしひと嬢の感想、まだ聞いてなかったんである。身内からやっぱり見捨てられてるよなあ、私。
夜、ぴんでんさんから電話、借りていたデジタルビデオカメラを返しに久留米から出てこられるとの連絡。 それだけのためにわざわざお越しいただくというのも全く申し訳ない話だ。 しかもショートケーキのお土産つき。うーん、そんなに気を遣っていただかなくてもいいのになあ。しかも、口内炎がひどいとかで、ぴんでんさん、声を出すのも辛そうである。それならしげに久留米までビデオ取りに行かせるんだった。 どうもすみません、ぴんでんさん。……と思っていたが、お会いするなり、「いやあ、『アッパレ戦国』見て来ましたよ。おもしろかったけど金はらってまで見るもんじゃないですなあ」とカマしてくれたので感謝は帳消し(^o^)。 いや、ぴんでんさんのオタクフィールドは『宇宙猿人ゴリ』だの『鉄人タイガーセブン』だの、マイナー特撮モノが中心なので、映画の王道と言えば王道過ぎる『戦国』がかえってつまんないのは当然と言えば当然なのである。 にもかかわらず、ぴんでんさんは「面白いですよ!」の私の言葉にウカウカと乗せられて(『オトナ帝国』はぴんでんさんにも面白かったようなので、そればかりではないだろうが)、ご覧になってくれたのだ。こういう態度、ウチの劇団の連中にも見習ってほしいものである。 当たり前過ぎることを何度も書くのは気が引けるのだが、「貶すなら見てから貶せ」なのである。こう言うと「つまんないものをムリヤリ見なきゃならんのか」と言って反論した気になってるアホンダラが、世間にゃやたらいるのだが、だから、見なきゃつまんないかどうか、分るわけないやん(-_-;)。なぜこんな簡単な理屈がワカランのかね。 オタクの大半が人格者であるのは、自分の趣味を大切にする分、他人の趣味も尊重できるからだ。他人の趣味に対しても、自分のそれと同様に、相対的な価値観というものを認めているのだ。 しかしそれは、本来はオタクの専売特許なことではなくて、一般の人間もそうであってしかるべきことでもある。けれどオタクでない人間は、たいていそこを履き違えてて、他人の趣味を「拒絶」するために、「趣味が違う」とか「嗜好が違う」とか言いたがるのな。それは明らかに他人の人格の否定であり、差別なんである。 まあ、オタクが全て人格者だと断定まではしないが(ひでえオタクも知ってるし)、少なくとも、「しんちゃん見てるやつ」なんて単純な「オタク差別」だけはしないでほしいものである。
わざわざ来てくださったのだから、せめてものサービス、というつもりで、アニメ『サイボーグ009』のDVD、本放映時にはへにょへにょのふにゃふにゃになっていた第2話のリテイク版をお見せする。あまりサービスになってないかもしれんが(^_^;)。 作画監督の大森英俊さん、大変ガンバっているのだが、改めて見てもやはりもとがひど過ぎるから、「おお、こんなによくなって!」というほどの印象はない。しかし、新しく作画されたウルトラシリーズ風シルエットエンディングはやっぱりカッコよくて、ぴんでんさんも「おお」と感嘆される。けどこの程度で客を釣ろうっての、ちょっとインケツだよなあ。 特典の009の初期バージョンフィギュア(防護服が緑色)ってのも、ほしい人にとっては垂涎のものかもしれないが、さすがにフィギュア系にまでは私は手を広げてないので、「こいつのせいで割高になってるじゃん」と、ちょっと腹が立つのである。 他にもいろいろとヘンなものお見せしたかったが、夜も遅いので、『パワーパフガールズのBOXをお見せする程度に抑える。これも中身は「風船、ストラップ、マウスパッド、要らないものいっぱい」って感じ? ……特典つけるなら映像特典つけてくれ〜(T∇T) ウウウ……。
マンガ、竹本泉『てけてけマイハート』2巻(竹書房/バンブーコミックス・680円)。 カバー、折り返し、カバー下の表紙のイラスト、ほぼ全てで主人公の早坂のぞみ、酔っ払っている。 ……まあね〜、外見は女子中学生にしか見えなくても、中身は25歳のオトナなんだから、問題は何もないのだが、これって、やたら規制の厳しい「子供がマネしたらいけないから、マンガの中でも学生に酒やタバコを吸わせちゃダメ」って ことに対する竹本さんの反発……??? じゃないよなあ。仮にそうだったとしても、そんな「オトナの事情」なんて全く感じさせないくらいほんわかした作風だ。そんな裏ヨミ、竹本さんのマンガには似合わないね。 私は実は、主役ののぞみよりも、恋人の吉田しげるくん(教師)の教え子の東岡くるみの方が好きなのだ。毎回毎回、吉田くんの授業中に、のぞみとのデートの様子なんかを質問して授業妨害してるのがか〜い〜ったら(^^*)。 しかし、キャッチコピーが「噂の超プラトニック・ラブコメ」って……いや、そりゃ、えっちにはなりそうにないけどさ、そう断定されちゃうのも、ねえ(^_^;)……のぞみちゃんと吉田君、最終回になっても手一つ握れないままで終わるのか? いや、既に吉田君、のぞみの下敷きになったことはあるみたいだけど(のぞみが階段から転げ落ちて)。
2001年04月22日(日) おしゃべりラブ/DVD『キングコング対ゴジラ』ほか
| 2002年04月21日(日) |
えっちな話をしても中身は書きません/アニメ『サイボーグ009』27話 |
感動覚めやらぬ夜明け。 もう一回、『戦国大合戦』(蛇足だけれど、タイトルのルビを見て確認した。これは「だいがっせん」ではなく「だいかっせん」と清音で読む)を見に行こうかとも考えるが、ちょっと興奮を冷ましてからでないと、また涙で画面が見られない、なんて事態になりかねない。 全く、そこまで映画に没入してどうする。
今、「没入」と書いたが、さて、これが果たしていわゆる「ハマる」行為に当たるのかどうか。 やはり前日引用した唐沢俊一さんの日記では、「ハマるという行為は、破綻の部分を見ている方で補完することによって、その作品と自己が同一化する現象を言う」とし、この映画の完成度が逆に作品に「はまらせる」ことを阻害している、と説く。 「ハマる」行為を唐沢さんのいうような行為と捉えていいものかどうかには異論があるのだが、言わんとすることは分からないでもない。
この映画、ともかくツッコミがしにくい。 「パロディ」を拒絶している、と言ってもいい。それがまさしく、「完成度の高さ」ゆえの結果なのではないか。 つまりこんな心理が働くのだ。 「どんなパロディも、この世界観を壊しかねない」。 昨年、『オトナ帝国』の同人誌を企画した山本弘さんに、「今年も作るのですか?」と打電したのだが、答えは「NO」であった。山本さんご自身はまだ『戦国』をご覧にはなっていないということであるが、世評から判断して、「今年は同人誌の参加者は集まらない」と見たのではないか。 実際、私も参加するとなればなんとしてでも原稿を捻り出そうとは思うが、昨年のように一日で一気呵成に五十枚の原稿を書く、なんてエネルギーが出るとは思えない。 仮に廉姫と又兵衛の過去を描くとなると、ほんの五枚の原稿を書こうとしても、長編1本分を書くだけのパワーが必要になるだろう、ということが予測できるからだ。 綿密な時代考証ばかりではない、その世界に生きた人々を、あの映画の世界観に繋がるように描く力量が自分にあるとは、とても思えない。 私にできるツッコミは、せいぜい「幼稚園のみんな、400年以上も昔から先祖代々春日部にいたのかよ。……そんなに住みいいのか春日部」くらいのものだ。……つまんねーなあ。
アニメブームを牽引して来た作品、『宇宙戦艦ヤマト』にしろ、『機動戦士ガンダム』にしろ、『新世紀エヴァンゲリオン』にしろ、作品の完成度、という点で言えばオソマツの一語に尽きる。にもかかわらずそれらの作品に我々がハマったのは、まさしくそれらの作品にあった「破綻」を、我々が心の中で補完していたからだ。 具体的にそれは「パロディ」という形で現われる。 既に『海のトリトン』で、日本初のアニメファンダムは出来上がっていたが、それは『ヤマト』、『ガンダム』で爆発した。 女性を中心としたファン層は、同人誌活動を通じて、作品をイジクリ出した。 そこに「ホモ」という要素を持ちこんで。 『ヤマト』は「戦記・軍隊もの」である。 SFであるかアニメであるか、ということ以前に、東宝や日活の戦記モノ映画の直接の現代版としてヒットした。当時、アニメファンは初めて出会う「戦記モノ」に、「宇宙SFモノ」の皮をかぶせられたために、それと気づかず熱狂していたのだ。 マンガで言えば、そのルーツは、もちろん直接的には松本零士の「戦場ロマンシリーズ」であるのだが、「ホモ」のニオイをより感じさせていたのは、ちばてつやの『紫電改のタカ』である。『ヤマト』は明らかにその延長線上にある。 実際、基本的に「男だけ」の世界である軍隊をからかうのに、「ホモ」というタームは、ずっと以前から機能していたのだ。 ヤオイ、というパロディの方法は、その送り手たちが既にパロディとしての意識を全く持っていないために、まさしく「山なし意味なし落ちなし」のただのイタズラガキに堕しているが、それでも「作品の補完」という意味においてはかろうじて機能している。 彼女たちが対象として選ぶ作品に、キャラクターや世界観に魅力はあっても、ストーリーの整合性やドラマとしての厚みが全くないものばかりが選ばれている点に注目すべきだろう(そうでないのはごく少ない)。 だから言えるのである。 『戦国』に同人女がハマることはありえない。 「しんちゃんだから」ってこともあるんだろうけどね。しんちゃんのパロディ本が生まれにくいこと自体は歓迎したいが。 昨日、「オタク向けの濃いネタはない」、と書いたが、一つだけ、ぼーちゃんが「裏切りご免」とセリフを言うシーンがあった。唐沢さんも書いていたが、これ、黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』で、藤田進扮する田所兵衛 が放つ一番気持ちのいいセリフである。 黒澤映画を「オタク」映画扱いするのは、私の感覚からすると非常に黒澤監督に対して申し訳ない気分になるのだが、多分、映画館に足を運んだお父さんお母さんたちのうちで、あのギャグに気付いた人は1割にも満たないだろうから、ちょっとだけ付け加えておく。 唐沢さんが「しんちゃんのセリフ」と日記に書いているのは記憶違いである。やっぱ混乱してるな、唐沢さん。
『戦国』のパンフレットを読んで、屋良勇作さんのメッセージなどにまた涙するが、ネタバレになるのでこれも書かない。 毎回、クレしん映画のパンフレットは子供のお客さんが読めないような大人向けの文章があちこちに載っているが、これは子供を無視しているわけでなく、大人が子供に解説してあげるための一助として書かれているである。 もちろん、お子サマに読めるように絵物語風にしているページもあって、昔話の絵本などはたいていこういう「ツクリ」になっているものなんである。 クレしんのパンフのスタッフにも、子供文化のプロがいるってことなんだよな。凝ってるというか、やっぱスゴイわ、しんちゃん映画。
昼、東京のこうたろう君に電話。 某オフ会の打ち合わせという名目のもとに、『アッパレ戦国』の感想を言い合う。 ネタバレするので、具体的には一つも書けないが、ともかく、ディテールの細かさに二人とも仰天しているし、やっぱり最後は「泣いたなあ」で終わるのである。 まあ、あーゆーので泣けるトシになったってことなんだろう。
アニメ『サイボーグ009』27話「ギルモア・ノート」。 2クールを終わって、場つなぎの総集編。 けれど、映像化されていなかった「プロローグ」の構成に則った前半は工夫があって面白い。 これまでのフィルムを再編集しているが、部分的に、既にリテイクされているシーンもあるので、スタッフも熱意を失っているわけではないのが分かってちょっとホッとする。 ……ディノニクス編はちゃんとまるまる一本作りなおしてくれよ。頼むからさあ。 来週からはどうやら『コスモ・チャイルド編』らしい。 作品発表順からすると随分途中をすっ飛ばした感じだが、これ、つまりラスト・エピソードを『地下帝国ヨミ編』にするためかな? ……じゃあ、『天使編』はやるの? やらないの?
練習が終わったしげ、いつものごとく「肉」コール。 ……こうもしょっちゅう、肉、肉、肉、肉、言われ続けてると、ホントにケダモノを飼ってる気になってくるなあ。 「焼肉のさかい」で、辛味噌冷奴、二人で分ける。 別に仲がいいわけではなくて、一人で食べるには量が多いからだ。 食ってる最中に、鴉丸嬢からしげの携帯に電話。 鴉丸嬢と其ノ他君、芝居の小道具を買ったはいいが、陶器が混じってるので、壊れないようしげの車で運んでほしいとのこと。 なんだかヘンな依頼だ。まず「壊れないように車で運ぶ」ということの意味がよく解らない。別に歩いたって、コワさないように運べるものじゃないのか。めんどくさくて重いから車で運んでほしいだけじゃないのか? だったらそう言えば別に構わないのに、どうして、偽った理由を口にしなけりゃならないのか。 まあ、ウチの劇団の連中はたいてい言葉が不自由なので、何が言いたいのか分らない場合が多い。見え透いたウソもよくつく。 今更、この程度のことで詰問したってしかたがないので、食事が終わったら、博多駅で待ち合わせることにする。
「筑紫口」で待ち合わせ、と約束したのに、我々が筑紫口に到着して当たりを見回しても、鴉丸嬢と其ノ他君の姿が見えない。 連絡を取ると、「今、博多口にいる〜」。 「……筑紫口だって言ったろ?」 「間違えたのー」 数分待って、ようやく二人が姿を現す。 「……何やってたんだ? 看板、見なかったのか?」 鴉丸嬢、宙を泳ぐような目つきで、「見てたけど、大勢(其ノ他君のこと)が博多口に歩き出しちゃったからー」 ……だから、言ってる意味わかんねーよう(-_-;)。 方向を間違えたら止めればいいんだし、そのまま付いてったのはなぜだよ。 だから、二人とも看板を確認しなかったってだけのことだろう。あるいは「どっちだったか忘れた」ってことじゃないのか。 なんでそれだけのことを誤魔化して、無意味なウソをつくのか。 自分の失敗をそのまま素直に言えばいいのに、意味不明な言い訳してたら、信頼なくすぞ。もうないが。
車中では下ネタ話の連続。 だいたいこの手の下ネタ話で中心になるのは、いつも鴉丸嬢である。 本人はフランクなつもりでぺらペら喋ってるつもりなのか、それとも隠しごとがキライなのか、自分の個性のつもりで言ってるのかどうか知らないが、ともかくそのせいで「軽い女」に見られがちなのは損以外の何モノでもない。 私も下ネタは嫌いじゃないが(とゆーよりメチャ好きだが)、「そんなん話してどうする」的な芸のないスケベネタは、聞いてて白けるだけだ。 今日もなんかいろいろ言い出しそうだったので、もうこちらから「それがどうした」的な態度をとった。 具体的なことはさすがに話の中身が濃くって書けないが、いつもは周囲を引かせる鴉丸嬢が、私の軽いエロばなしに引く引く。 ……結局、鴉丸嬢のスケベネタなんて、たいしたことないんだよな。私の軽い話ですら「いやああああ!」と泣いていたのに、これがぴんでんさんの猛烈話だったらどうなるのだ。鴉丸嬢、引きつけ起こして死ぬぞ。 これに懲りてエロ女のフリするの止めればいいと思うんだがなあ。無理だろうなあ。其ノ他君、しっかり捕まえとかないと、そのうち○○○に、○○○○○ちゃうぞ。
今度の芝居、自分で脚本書いといて言うのもなんなんだが、全く興味が無かった。なんたって、役者不足は否めない。 しかし、今日、しげの話を聞いて、驚いた。 「あのさ、今日は嬉しいことがあったとよ」 「なに?」 「昨日と今日と鈴邑さんが来てね、オレの芝居がよくなったって」 「へえ?」 それは確かにビックリだ。 鈴邑君は、ウチの劇団で唯一演出ができる人間だ。その彼から誉められたということは、少なくとも「見れる」ものにはなった、ということだ。 「オレ、前は役が作ってなかったけど、こないだ作ったから」 ……おい。普通、演技ってのは「役」を作ってやるもんだよ。それなしで演技したって、ハシにもボウにもかからんのは当たり前だろう。 けど、これでちったあ興味が湧いて来たな。 あと半月ってとこだが、さて、仕上げはどうなりますことやら。
2001年04月21日(土) 帰り道涙道/映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』ほか
| 2002年04月20日(土) |
スゲーナ・スゴイデス!/『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』ほか |
初日一番で、『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』を見に行く。 本当はしげと一緒に見に行きたかったのだが、公演が間近いので、土・日は全て練習にアテてている。 かと言って、平日の午後だと、今度は私が映画館に間にあわない。 う〜くそう、天神東宝、『クレしん』は子供連れしか見にこないと決めてかかってやがるな。オタクの立場はどうなるんだよう(そんなもんを考慮する映画館は、池袋文芸座くらいのものだ)。 しげは月曜に見に行くつもりらしい。 「なんなら今日、練習が終わって、劇団のやつ、誰か誘えば? オレ、二回見に行ってもいいから」 「でも、『クレしん』行きたがるの、よしひと姉様くらいしかいないよ。今日は来てないし」 そうなのである。 いやしくも演劇をやってて、自らが表現する立場にありながら、ウチの劇団の連中はホントに映画や芝居を見ないのだ。中には「長いこと座ってたら息が苦しくなるし」とか言いだすやつまでいるし。舞台で座りっぱなしの役が振られたらどうするつもりなんだ。 しかもなんつーかねー、自分に知識ないこと、恥ずかしげもなく堂々と言い放つしねー。 別にな、アカデミックになれなんて言いたいわけじゃないけどよ、「私、算数できないけど数学者になりたいんです」ってのは通らんだろう。つ〜かなれるわけがない。 役者が映画見るの嫌いでどうするんだよ。 そんなやつが演じた芝居なんて、一人よがりのものにしかならんぞ。 今日の練習は、午後3時に終わるそうなので、しげと待ち合わせして劇団のメンツと一緒に見に行くことも考えたのだが、なんかもー、日頃のみんなの言動をしげから聞いてるだけに、チョイと顔を合わせたら、なんか余計な一言を言っちゃいそうだったんで、結局は控えることにしたんである。
天神東宝、開始の三十分前に到着。 窓口で「本日は全て指定席となっております」のアナウンス。なるほど、既に子供連れが黒山の人だかり。 こりゃ混むかなあ、と思ってエレベーターに乗りこんだのだが、みんな五階の『名探偵コナン』行きだった。 『戦国』の三階で降りたのは私一人。 うーむ、前作の評判高かったから、初日から、ちったあいいオトナが泣きに来ちゃいないかと期待してたが、やっぱ全国レベルで見たら局地的なのかなあ。
パンフは買うが読まない。 先入観はできるだけ入れないで見るのはいつもの信条。既に「しんちゃん映画だから」で映画に対する期待は充分である。
……見た。 信じられない。 これが奇跡か。 昨年、あれだけ感動したのに。 昨年、あれだけ笑って、笑って、泣いたのに。 去年よりずっと冷静に見ていた。 眠田直さんが「オタアミ会議室」に「去年を引きずっていない」と書かれていたので、傑作を期待などしていなかった。 なのに超傑作が今年も見られるなど、誰が予測しえただろう。 私は基本的にある程度のネタバレは覚悟で、映画や本の筋は書くようにしている。この物語についても、その凄さを語ろうとすれば筋に触れざるを得ない。
しかし、私は今度の映画に関しては、ストーリーラインすら紹介することは一切しない。 なぜなら、この映画は私がこれまでに見てきたドラマ、映画、アニメ、全ての頂点に立った映画だからだ。 黒澤明の『七人の侍』をも、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』をも、軽く飛び越えている。 ストーリーは全く複雑ではない。 オタク向けの濃いネタもない。 ただただ映画だ。 これが映画だ。 誤解を招くことが多いので、こういう表現をすることはできるだけ控えているのだが、「これを見ずして『映画ファン』を名乗るな」、そう断定していい(この手のモノ言いは誉める時の常套句なんだから、イチイチ文句つける方が神経過敏と言うものである)。
これだけじゃ単に常軌を逸してるだけのように思われそうだから、オカシクなってるのは私だけではないということを証明するために、唐沢俊一さんの裏モノ日記・15日の混乱ぶりを紹介しよう(^o^)。 もちろん、誉めに誉めちぎってはいるのだが、ところどころ照れがあるのだろうか、あえて貶そうとしているところがあって、それで貶しきれずに困っているのだ。 「タイムスリップのあの静かな描き方を見ても監督がSFをやりたいのではなく時代劇をやりたかったのが分かる」とあるが、原監督が時代劇を描こうとした、という見方はまさしくその通りだと思うが、それを「SF的要素が少ない」という説明のしかたで語るのはヘンだ。 あれは紛れもなく、SFとしての表現である。しかも最上級の。 SFはロボットやタイムマシンなどのアイテムに頼って描かれるものではなく、使い古された言いかただが、センス・オブ・ワンダーによって描かれるものだ。それを実践して来たのが、日常SFの名手、藤子・F・不二雄に薫陶を受けたシンエイ動画の面々なのだ。 『ドラえもん』には「タイムマシン」が出てくるじゃないか、と批判する向きもあろう。けれど実は藤子さんにはなんのアイテムも必要とせず、今回の『戦国』と同様、○○の○○のみで、タイムスリップが行われる、という短編があるのだ(ネタバレするのでタイトルは言わない)。 このネタは実は山田風太郎もある時代SF小説で使っている。 SF者としてはちょっと唐沢さん、見方が甘い。 ケレン味がほしかった、と言いたいのをムリヤリSF的見地から語ろうとしてズレちゃったんだろうな。「唐沢さんの混乱」というのはそういう謂いである。
でも唐沢さんの混乱はこの程度に留まらない。 何しろ、日記にも書かれている通り、今まで「アニメや怪獣映画の主人公が近代的自我を持ってはいけない」、というスタンスで批評して来たのだから、どんなに面白くても、立場上、手放しで誉められないのだ。プロはツライよなあ。 おかげで、唐沢さん、「オトナ」としての一面を見せたしんちゃんの姿に、「もし次回作でまた、何の屈託もこだわりも自分を取り巻く社会に対して持たない子供に戻ってしまったら、それはこの作品に感動した観客をバカにした行為とならないだろうか?」と言わずもがなのことを語っている。 実はこの批評、私が昨年の『オトナ帝国』を見た際に、「オタアミ会議室」に、「そんな風に考える人もいるのではないか?」と指摘したことなのだ。 そのときは眠田直さんが、「しんちゃん何度もオトナになってますけど?」といいツッコミを入れてくれて(問題の回答にはなってないけど)、「野暮言ってんじゃねーよ」って雰囲気になっていたのだ。 そう、今回の唐沢さんの批評、全体的に「野暮」なんである。しかし、「野暮」になるのも無理はない。 唐沢さん自身が語る通り、これほど破綻のない映画と言うのは類を見ない。しかし、「完璧」だの「奇跡」だのという言葉は本来、批評の言葉ではない。完璧な映画などあるはずはないからだ。にもかかわらず、それ以外の言葉が思いつかないほどに、誰もが心を揺さぶられてしまっているのだ。 結果、何を語っても野暮になる。 だからただこう語るしかないのだ。 この映画は、面白い(夢枕獏かい)。
続けて『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』を見る。 あー、でも『しんちゃん』の後に見るもんじゃないな。 それなりに出来がいいような気もするんだが、既に頭は飛んでいる。 だってさっきからまだ涙が止まっていないのだ。 前半がともかくタルい。新型ゲーム機コクーンに入るまでで、映画の半分使ってないか。結果、ゲームとしての見せ場がほんの数ステージしかない。 犯人が最初に死んでるってのも劇場版『パトレイバー』だし(飛び降り自殺まで一緒にするなよ)、切り裂きジャックとシャーロック・ホームズを絡めるってのも、エラリー・クイーン『恐怖の研究』や映画『黒馬車の影』という先駆例がある。 史実と合わない都合の悪いところは「ゲームだから」で逃げてるしなあ。 私は別に「切り裂きジャックを操って、モリアーティ教授がアイリーン・アドラーを殺そうとするのを、ホームズのヒントをもとにコナンたちが救おうとする」ってストーリーに対しては特に腹は立たないんだけど、熱心なシャーロキアンは、『ヤング・シャーロック』並に怒り狂っちゃうんじゃないか。 うーん、でもつまんないって言っても、冷静じゃない状態だったからなあ。まあ、今回の感想は割り引いて見てください。
練習終わったしげと待ち合わせて、ベスト電器でダイヤルアップルータとかゆ〜のを購入。 よくはわからんが、しげ、今あるパソコン2台、これを同時にネットにつなげるようにしたいらしい。 練習から鴉丸嬢もついてきてたので、てっきりしんちゃんでも見たいのかと思ったが、ただ単に着いてきただけらしい。 う〜、一瞬期待したのになあ。しげも「別にアニメだからとか関係なくてしんちゃん面白いよ」と言うのだが、不得要領。絵柄がダメなのかなあ。どっちにしろ、無理強いしてまで見せたいなんて気はサラサラないので、そのままアクロス地下のMKで点心。 ここの中華はあっさりしてていい。鴉丸嬢、久しぶりに中華が食べられたと言って喜ぶ。なんでも其ノ他君とのデートでは、彼が中華嫌いなので、全然食べられないそうだ。 「杏仁豆腐の味が懐かしい」と言うので一口分けてもらったが、なるほど、昔食べたミルクプリンのような味。……杏仁豆腐って、こんなんだったっけ?
3人で三千円食い放題は安い。 鴉丸さんの分は奢りでいいとして、しげの分をもらおうと「千円出しな」と言ったら拒否される。 「なんでだよ、お前、食ったじゃないか」 「でも昨日は私が奢ったし」 「その前は俺、カニおごったろ?」 「あれは奢ってくれるって約束だったんだからノーカンだよ」 「奢りにノーカンもクソもあるかあ!」 隣りで鴉丸さんが笑っているがやはり我々夫婦の会話は人から見たら漫才にしか見えないのだろうか。
鴉丸嬢を家まで送るしげと一足先に別れて、帰宅。 テレビで『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! スペシャル』を見る。 前に半分だけ録画していた去年の『嵐を呼ぶモーレツ! スペシャル』の残りテープに録画したので、この一本は期せずして『オトナ帝国』&『戦国大合戦』のメイキングテープみたいな感じになった。 で、名場面集見て、また泣いてるし(^_^;)。処置なしだよなあ。
帰宅したしげ、嬉々としてルータとやらを設置し始めるが、どこをどうつないでいいか分らずに悪戦苦闘。 こちらもしげが何をどうしたいのかわからないので見ているしかない。そのうち眠くなって寝る。夜中にしげが溜息ついてベッドに潜りこんできたが、「どうだった?」と聞くと「できん」のヒトコト。 ……しげの戦争は明日も続きそうである。
2001年04月20日(金) ただいま治療中/『クラッシャージョウ』(細野不二彦)ほか
| 2002年04月17日(水) |
オタクによるオタク否定/アニメ『ヒカルの碁』第二十七局/『学校って、なんだろう』(産経新聞) |
今日もまた雨。 またぞろ「春は長雨」ってセリフが頭に浮かぶが、考えてみたらイマドキの若い子は、大島弓子の『綿の国星』の存在自体、知らなかったりするんである。 この日記にも、オタク的な知識だのが余り説明もないままに、ポン、と提示されること、よくやってるんだけど、本来なら、それがどういうものか解説をつけるべきかもしれない。田中康夫か(←昔、『なんとなくクリスタル』って小説書いて、当時のトレンディな用語にいちいち解説を自分でつけてたんだよー。ってな具合に解説がいるかなってことです)。 けど、そんなのいちいちやってたら、書く方もツライか読んでる方もツライだろう。しようがないんで解説は必要最低限に留めるように心がけ、できるだけ脚注のような形はとらず、文脈で内容が推し量れるよう、務めてきたつもりだった。
けど、世代格差ってのは私が想像している以上に大きい。 私たちの世代にとっては「常識」なモノが、ちょっと下の世代にとっては「存在すら知らない」ということが現にあるのだ。
先日も、ある濃いオタクな人と話をしていて、その人が「高野文子」を知らなくて仰天したことがある。 彼女の絵柄をご存知ない方は、北村薫ミステリーの表紙絵を数多く書かれている方だと言えばおわかりいただけようか。私はあの絵がほしくて、北村薫の本を集めまくった時期があるくらい、ファンだった(中は殆ど読んでない)。 80年代のコミックシーンを語る上で、彼女を避けて通るわけにはいくまい。単行本『絶対安全剃刀』中の「田辺の鶴」は、ある意味『綿の国星』以上の衝撃を与えてくれたと言っても過言ではない。老人が老人として登場せず、その精神性ゆえに童形に描かれる、というのは当時のコミックファンにはとてつもないショックだった。 先年公開された映画『金髪の草原』の大島弓子の原作も、この「田辺の鶴」の影響下にある。単に抜群の画力を誇るだけでなく、マンガ表現のスタイルを革新させた功績のある方なのだ。 その、オタクの人は、私より5、6歳年下なだけである。 にもかかわらず、ある意味大友克洋以上にその登場がショッキングだったと言ってもいい高野文子の存在を、全く認識していなかったのだ。そのこと自体が私には大ショックだった。 確かに超寡作な方で、これまでに出版された単行本も『おともだち』『ラッキーお嬢さんの新しい仕事』『るきさん』など数えるほどしかない。しかし、寡作だからといって、その存在が無視されてはならない人、というのが確実にいる。つげ義春を想起していただければ、私の言いたいことにご賛同頂ける方も多いと思う。
つまりは、マンガの世界も既に一オタクがフォローできないほどに拡散してしまっている、ということなのである。黒澤明もスタンリー・キューブリックも見たことがない自称「映画ファン」が存在するように、全てのマンガに通暁しているオタク、などというものは存在しないのだ。 実は私は、以前からオタク度を「濃い」「薄い」で表現することになんとなく違和感のようなものを感じていたのだが、それは「濃いオタクってどの程度なのよ?」ということだったのではないか。 先日見ていた『BSマンガ夜話』で、「日本のマンガってどんなの? って聞かれたら、とりあえず手塚治虫を見せておけばいい」という発言があったのを見て、あそこに出ているマンガに一家言ある方々でも、その程度の狭い認識しか持っていなかったのか、とショックを受けた。 手塚治虫の功績を認めるのに吝かではないが、マンガ好きがマンガの世界を一作家のそれの中に押しこめるような狭い捉え方をしてもいいものなのかどうか。
『クレヨンしんちゃん』がメジャーでない、という人は誰もいないだろう。 しかし、非常に濃いオタク、と私が思っていた人たちでも、「映画の『しんちゃん』は凄いよ!」と、この十年、何度となく語り続けたけれど、全くと言っていいほど耳を傾けてくれなかった。 その意味で言えば、彼ら彼女らが「私、オタクじゃないから」と謙遜するのは謙遜ではないのだろう。 しかし、メジャーであるがゆえに日頃『しんちゃん』を見ている人たちはその凄さに気づかない。「オタク」は初めから見ようともしない。だとしたらその「凄さ」を訴える人間はどこにいるのか? なんだか、江戸期に浮世絵がただのラクガキのように消費されていったのと同じような状況があるように思う。 私は「オタク」というのは知識ではなく「スタイル」だと思っている。基本的にオタクはディレッタント(趣味人)であるはずだ。 単なる知識の多寡ではなく(少なすぎるのは問題だが)、世間一般の人が見過ごし、打ち捨てて顧みないクズ、ガラクタの類。そこに光をあて、特殊性と普遍性の両方を見出す。それがオタクの本懐というものではないのか。
本当は私も「オタク」と自称したくはない。 知識自体が濃い方々に比べて圧倒的に少ない、というのもあるが、何より雑多な知識の一つ一つの特殊性と特殊性の間に連関性を見出し、そこに普遍性を持たせて大系化しようとしている唐沢俊一さんのような根気は私にはないのだ(唐沢さんはそんなアカデミックなことはしてないと否定されるだろうが)。 それでもあえて、「オレはオタクだ」と私が主張しているのは、オタクを名乗る者もそうでない者も、結果的には自らの偏狭さの中に閉じこもって、何かを発信すること、発信されたものを受け取ることを怠っているように思えてならないからである。
私のこういう「発言」自体、どのような意味を持つものか、充分に自覚してモノを言っているわけではない。でもだからこそ、どんな批判も受けた上で更に発言を繰り返していかねばならないのだろう。 雨を見ながら、そんなことを考えていたのである。
給料日前なので、極貧である。 どれくらい極貧かと言うと、現在、財布の中身が97円である。惜しいところで100円缶ジュースも飲めない。 しげに話すと思い切り笑われる。 「じゃあ、今日の食事はどうするの?」 「まだ買い置きのレトルトカレーとかがあるよ」 「私の夕食は?」 ……私がメシ代にも逼迫してるのは、そうやってテメエが食料ピンハネしてるせいだろうが、と文句がオクビまで出かかるが、グッとガマンして言わない。 言えばまた、「DVD買うのやめれば?」と切り返されるのがオチだからだ。 もちろんそう言われたって、更にこちらが「オマエもムダなダイエット商品買うの止めろよ」と反駁することもできるのだが、それ以上言えばもう、目糞鼻糞どころか泥沼になる。 ぶっきらぼうに「自分でなんとかしろよ、メシくらい」とだけ言う。
……でも、結局作ってやりましたよ。 とり肉に野菜ミックスを混ぜて甘酢で炒めて、丼にする。 「美味い美味い」とあっと言うまに平らげるけど、「肉が少ない」と文句を言う。作ってもらって、文句言うかなあ。 「オレ、家事しないし」のしげ、今日は珍しく洗濯をしたので、ちょっと威張っているのだ。
アニメ『ヒカルの碁』第二十七局「時々戻りたい場所」。 特番が続いてたので、『ヒカ碁』を見るのも久しぶり。作画も安定してるし、原則の構図も生かしてる。ううう、悩むぞ悩むぞDVD。 (ー’`ー;) ウーン。 あ、おかっぱ頭の金子さんだ。わーい♪ 佐為だアキラだ伊角だと、婦女子のみなさまがたが美形に靡くのはわかるが、同性にも暖かい眼を向けようぢゃないか(^.^)。やっぱ脇キャラ一人一人までイキイキと描かれてるとこに『ヒカ碁』の魅力はあるんだから。 それに、プロの世界に入って行ったとはいえ、囲碁部がヒカルの出発点になったのは確かなことだ。これから先、ドラマの中枢に絡んでくることはなくても、「ヒカルがいなくなった後も、囲碁部はちゃんと続いてるんだよ」というエピソードを描くことは、読者に安心感を与える意味でも必要なことなのだ。 金子さん、三谷を引き戻した立役者じゃないか。こういう重要なキャラもちゃんとヒイキしよう(^^)。 金子さんの声優の「くじら」さん、『ブルース・ブラザース2000』でもアレサ・フランクリンの声アテてたんだよな。押しの効くキャラと言えばこの人って定番ができつつあるみたいな(サム・ムーアまでアテてたぞ。男じゃん)。
夜、春風亭昇輔師匠から再びストラップについての問い合わせの電話あり。 うわあ、本当にご丁寧な方だなあ、正直言って頭が下がる(^_^;)。 もちろん、注文を受けているわけだから、確認をするというのは、当たり前の行為ではあるのだが、その当たり前ができない人間ってのが現実には多いのだよね。 私もそうだが(墓穴掘り)。 今日はしげ、在宅していたので、電話のベルが鳴った途端、「受話器取れよ」と言ったのだが、照れてるのか「アンタが出て」、と私に仲介させようとする。 そんなとこまで面倒見きれるか、人見知りにもほどがあるってもんである。 そう思って、ムリヤリ受話器を取らせる。 しげはもう、電話口での声が3オクターブくらい上がって興奮状態。 こういう時のしげの声って、ホントに声だけ聞くとすっげーかわいいのな。日頃私と喋るときはふてくされてドスの効いたヤクザ口調だってえのに。この声のせいで「有久さんの奥さんはすごくかわいいらしい」と誤解されたことがどれだけあったか。 ただのアホだよ、こいつは。 しげ、誰でもうっかりやっちゃうことだが、電話の相手に向かって「よろしくお願いします」とか言いながらアタマを下げている。 だから見えないっつーの(^w^)。 考えてみたら、しげはトンデモナイ悪筆なんである。「これこれこう、ストラップに書いてくれ」と書いて注文はしたんだろうけど、多分、「この字、なんて読むの?」と、困惑されたのではないか。 確認の電話をしたくなる気持ちもわかる。 実は、送ったファックスの字が読めなくて、ソルボンヌK子さんからも「なんて書けばいいの?」、と、問い合わせてきていたのだ。 そのファックスも見せてもらったが、「Dan Aykroid」という文字が、「Dan Aソkvoid」に見える。ムッシュもキツイおヒトのようで、「これ英語?」とか書いてるし(^_^;)。
そういえば、昔、しげが友達に送った手紙で、私のことを「太ってる」と書いてたけど、その字がどう見ても「たってる」にしか見えなかったな(確かに「た」は「太」の草書体だけど)。 どこが立ってんだよ、オレの(-_-;)。 日ペンの美子ちゃんに字を習え。
産経新聞「じゅくーる」取材班『学校って、なんだろう』(新潮文庫・500円)。 最近、教育関係の本によく目を通すようになってるけど、そりゃもうなんてったって、「学校五日制」なんて教育改革の大転換の時期に偶然巡り会えたからであってね。もともと私ゃ教育のことになんて全く関心がないの。 私が「国を憂えてるんじゃないか」なんてヘンな邪推は、決してなさらぬよう、読者のみなさまにはお願いいたします。 歴史の真実を追い求める気なんて私にゃサラサラない。 というか「真実」なんてものはハナからないと思ってる。私が興味持ってるのは、常に「時代の様相」。あるいはヒトの生きざまなのだな。 正しいか正しくないかなんて、歴史だって証明できないよ。我々にわかることって、せいぜい「あのころはこうだった」という個人の見方の集積を確認するだけ。 その「集積」が時には一つの潮流を作ることがある。それに「歴史」という名前が与えられて記録されることもある。でもそれは決して「全体」になることはない。 「学校五日制」。 国の制度である以上、この「流れ」は「全体」であるように見える。けれど、その意味の捉え方がこんなに個々人間で乖離している現象って、おもしろくないか?
この本、平成8年に連載されたものの文庫化だけど、その後の変化なども大量に注として加筆してある。まさしく「教育の今」を問うている本なわけだ。 ここでは、現在の教育現場での苦悩を紹介しながら、たびたび「学校はその役割を終えたのか?」という提言がなされている。 ある学校はフリースクール化することで、不登校の生徒たちを受け入れようとする。 またある学校は、社会人として生活できるよう、学校の形態は変えないまま、生徒を学校に戻そうとする。 でも、その正反対のどちらも、「提言」に対する「答え」にはなっていないのではないか? 「学校なんて要らない」という答えを出せばすむことなのに、あえて「学校」という形態を変化させててでも残そうとするから、どこかにムリが生じてるのではないか。 思い切って、いっぺん、学校全部廃止して、入試や入社試験も全部抽選にしてみたらどう? 学力ないやつばかりの世の中になっても、案外、世の中は回っちゃうものなんじゃないかな。 なんか、世の中みんなで寄ってたかってキュウクツにしたがってるよなあ。 疲れませんか? そういうのって。(´。`;)ふう。
2001年04月17日(火) どこまで続く死のロード/ドラマ『陰陽師』第三回『迷神』ほか
| 2002年04月16日(火) |
タコを求めて三千里/ドラマ『盤嶽の一生』第3回/アニメ『あずまんが大王』第2話 |
唐沢俊一さん、眠田直さんたちは、試写会でいち早く『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』をご覧になった模様。 いいなあ、ギョーカイの人はツテがあって。 Niftyの「オタアミ会議室」にもネタバレしない程度の感想が述べられてるけれど、どうも『オトナ帝国』以上にショッキングな内容の作品であることは間違いないらしい。 唐沢さんは日記にもそのあたり、チラチラと書かれているようなのだが、映画を見る時にはできるだけ先入観を入れずに見ることにしているので、読みたいのをひたすらガマンする。公開まで感想書くの待っててくれてもいいのになあ。でも、まず真っ先に会議室に感想書きたくなる気持ちもわかるしなあ(『ゴジラ』と『しんちゃん』に関しては、私は毎年劇場に一番乗りしたい衝動を抑えきれないし)。 ふうふう、あと三日の辛抱だ。なんか胸がドキドキしちゃって、これじゃ遠足前の日の小学生か、デートの前の童貞男のようじゃないか(^_^;)。 ……心臓に悪いなあ。
昨日の某新聞で、石原慎太郎都知事が「学校五日制」についていつもの石原節で「このままでは公立が潰れるぞ」と吼えている。 確かに客が来なくなれば官営といえども縮小化は避けられまいからなあ。全国の公立小・中・高が統廃合を繰り返して行くことは必然だろう。 ただ、それはそれとして、石原知事の言説、殆ど支離滅裂である。 「社会の常識や知識は公教育の責任」と語った直後に「学校よりも親の責任」と全く逆のことを言う。「ゆとり教育がかえって生徒の個性を奪う」と文句つけたと思ったら、「学校行かなくったって個性は伸ばせる」と言う。 だからアンタは「五日制」に反対なのか賛成なのか、どっちなんだよ(-_-;)。 こと教育の問題に関する限り、政治と違って自分の子供とか、ごく身近なところで関わってくることなので、誰でも好き勝手ものが言える、と錯覚してるところがあるように思えてならんなあ。 石原さんなんて、ち○ち○で障子破って、霧隠才蔵になって、憂国して、NOと言って、引退したかと思ったらカムバックしてたことしか記憶にないから、「教育」なんて問題からは最も縁遠いところにいる人にしか見えなかったんだけど、何を考えてインタビューなんかしたんだろうね、朝○新聞。イロモノのつもりか? 少なくとも、この人と黒柳徹子の教育論を聞くくらいなら、「私がなおす!」のオッサンの方がよっぽど説得力があるってもんだ。なおせないときゃ自然淘汰されるから(^o^)。
今日もまた雨。 仕事はそうキツクないんだけど、どうも関節に負担が来てる気がするなあ。 迎えに来てくれたしげの車に乗りこもうとすると、なんと穂稀嬢ともう一人、新顔の男の子が。 今度の芝居で、いきなり主役を務めることになったつぶらやきざし君である。一応、名義上は私が劇団の代表ってことになってるのに、彼と会うのは今日が初めてなんだよな(^_^;)。 しげの話によると、よしひと嬢とのラブシーン(ってほどでもなかろうが)で、つぶらや君、テレまくって芝居にならないらしい。おかげでよしひと嬢はキレまくってるそうだが、「テレまくり」と「キレまくり」、この勝負、どっちが勝つだろうか(勝負じゃないって)。 確かに、見た目、気弱そうだしなあ。印象はややハキハキした「つぶやきシロー」って感じだし。もっとも劇団内では「野口五郎に似ている」ということで「ゴロー」と仇名がついてしまってるようである。
今日はしげの仕事がない日なので、昼間ずっと、ウチのマンションのエントランスで、芝居の練習をしてたのだそうな。 エントランスって……玄関じゃん(・・;)。 昼間はたいていマンションのガキどもの遊び場と化してるとこである。 「よく、練習できたなあ」と言ったら、つぶらや君、「痴話ゲンカのシーンなんか、子供は避けて行きますから」。 それって、子供追い出してるのと変わんないんじゃ……(-_-;)。 お子さんはともかく、大人も通りにくかろう。以前はドレス着てた変人もなんかやってたしな(^o^)。 ……苦情が来なきゃいいがなあ。
時間に余裕があるというので、雨の中を箱崎の「楽市街道」に向かう。 「いったい何しに行くんだよ?」と聞くと、しげ、「『銀だこ』って店でタコ焼き買うの」と言う。 「わざわざ箱崎までタコ焼き買いに?」 「うん、行くって言っといたでしょ?」 確かに、先週、「火曜日、仕事が休みになったから、タコ焼き買いに行かん?」とか聞かれたような気がする。けどいちいちそんなこと覚えてないもんなあ。わしゃ、あの店のタコ焼きと、この店のとでは、どっちが美味いかとか、比べたりしないし。 しげのこの「タコ焼き」にかける執念はなんなのだ。 で、店に着いてみると、確かにスタンダードなタコ焼きのほかに、「梅マヨネーズ味」とか「ごまマヨネーズ味」とか、ちょっと変わった味のタコ焼きがメニューにある。変わりものに手が出るのは私のクセなので、とりあえず、「梅」を頼んでみる。 青ノリとカツブシがトッピングに付いてくるが、カツブシは断る。 あれって、風味を出すことよりも、焼き加減の失敗をカツブシの舌触りで誤魔化してるようにしか思えないんで好みじゃないのだ。そこの店のタコ焼きの腕を純粋に確かめようと思ったら、カツブシを乗せるのを断るのが妥当なのだ。 で、食べてみたけど。 ……梅とマヨネーズの味。当然か。 まあねー、コロモも適度に焼けててパリっとした触感もあって、美味しいことは美味しいんだけどねー、ベースは普通のタコ焼きじゃん。 しげがここまでハマる理由はちょっと見当がつかなかったなあ。
車中で、穂稀嬢をさんざんみんなでいたぶる。 私的なことではあるけれど、ちょっとマジで腹立つことを穂稀嬢が言ってのけたので、しげ以外に怒ることは滅多にない私が、ちょっとばかしキツイ言葉を穂稀嬢に投げかけたのだ。 途端に、しげもつぶらや君も、あれやこれやと穂稀嬢をいたぶりだした。 口火を切ったのが自分だとは言え、誰も穂稀嬢の弁護に回らなかったのには、正直、私も驚いた。……日頃、何やってるんだ、穂稀。 しげが「オレが男だったら、マジでハカセ(穂稀嬢のこと)と付き合うの、めんどくさいよ」と言ったあと、私に、「アンタはハカセと付き合いたいって思う?」と聞いてくる。 亭主にそう聞かれてもなあ、とちょっと口ごもったが、「浮気とかそういうの考えないで、純粋に男としてハカセと付き合いたいかってことだね?」と確認した上で、答える。 「まあ、男から見たら、いくら弄んで、ぼろキレのように捨てたって、罪悪感、感じないでいられるタイプだね。なんでかわかる?」 穂稀嬢、そこまで言われるとは思ってなかったのか、気弱げに「さあ……」としか答えない。 「自立してないからだよ。結婚願望あるみたいだけど、それって『男に養ってもらう』ことを前提としてるでしょ?」 「だって、一人じゃ淋しいし……」 「だから、男はそういう甘えた女は、遊んで捨ててもいいって判断するの」 穂希嬢、不満げな様子だったが、なんつ〜かね、彼女はここにはちょっと書けないよーな言動をこれまでに繰り返してきてるんである。 私のこの言い方でもまだ、ヤワラカク、優しく言ってるんで、多分それほどこたえちゃいまい。そんな甘いタマではないのである。 そのうちキレた誰かさんにもっとキツイ一発カマされなきゃいいがな。
二人を家まで送って帰宅。ホントにタコ焼き買って帰ってきただけなので、7時にウチに着いてしまった。
ドラマ『火曜時代劇 盤嶽の一生』第3回「津軽の男」。 巨人戦が雨で中止のため、急遽放映。 う〜くそっ、おかげで気がつかずに録画し損ねちまった。 でもこれって、絶対DVDになるよな。 ……ってまた買う気かい。でも全部で11話だそうだから、そんなに高額にはならないだろう。なるなよお(-_-;)。 監督は前話までの市川崑に代わって、三村晴彦。なるほど、市川演出独特のコマ切れのカット割りなんかはなくなっていて、よりしっとりとした撮り方に変化してる(とは言っても、私、三村さんの映画って、松本清張原作の『天城越え』くらいしか見てないんだけどね。あれは田中裕子の好演は光るけれど、ちょっと演出がクドイなという印象があったな)。
ああっ! いきなり宿屋の親爺役で江戸家猫八が! 黄泉の国から化けて出たか!(←ベタなギャグ) うーん、となるとこのシリーズ、結構、昔に撮影されてたのかな。確かに、一週間に一本のペースで撮影したとは思えないハイレベルだ。恐らくは長期間に渡って撮りだめしてたと思しい。なるほど、ドラマの密度が濃くなるはずだ(調べてみたら2年前に撮影終了していたらしい)。 録画してないので細かい役名については書けないが、タイトルの「津軽の男」に扮するのは宇崎竜童。役の幅は余り広くない人だけれど、田舎から出てきた出稼ぎ浪人(つーかただのムサイおっさん)みたいな役は結構似合ってる。いつもは役所広司の盤嶽だけが騙されるのだけれど、今回は宇崎竜童と二人揃って、津村鷹志扮する豪商に騙される。騙され者同士の友情、というのも面白い。 ひょんなことから愛刀・日置光平(へきみつひら)を賭けて鶏小屋の番人をすることになった盤嶽。ところが、ほんのちょっと目を離したスキに、98羽の鶏は全て盗まれてしまう。借金のカタに愛刀を手放すことになった盤嶽。ところがそれは全て、商人たちの陰謀だった。 愛刀を取り返した盤嶽は、事情を知らないまま商人たちの用心棒に雇われた津軽の男と対峙することになるが……。
善人そうに見えた旅篭屋の主人の笹野高史が、盤嶽たちに渡るはずだった金子の上前をハネて、ちゃっかり最後にオイシイところを攫っていったり、それを見ていた今回のヒロインの渡辺典子が、これも「仕方ないわね」みたいな顔で見逃すあたり、毎回よくもこれだけ「盤嶽以外はみな悪人」パターンを徹底して繰り返してくれるものだ。こうなると、初めからこのシリーズに「盤嶽以外の善人は出て来ない」と判断して見ていったほうがいいんじゃないだろうか。 盤嶽も、こう毎回騙されっぱなしなら、そろそろ「世間知」ってものを「学習」したってよさそうなものだ。なのに、やっぱり盤嶽は今度もまた騙される。 「そうそう騙されてばかりはおらん!」という彼のセリフくらい虚しく聞こえるものはない。 視聴者によっては、余りに騙されやすい彼の実直さを見ていると、かえって腹立たしいようなじれったいような気持ちになる人もいるだろう。「いい加減に気づけよ」と突っ込み入れたくなったり、「結局、騙されるほうが悪いんだよな」と溜息ついてみたり。 それは確かにそうだろう。けれど、仮に騙されない盤嶽が描かれたとして、その姿が我々の胸を打つことができるだろうか。 「こいつは俺を騙そうとしているのではないか」、そう疑っても盤嶽はやっぱり相手を信用してしまう。こんなふうに愚直なまでに騙されやすい素直さ、我々はそこにどこか「羨ましいもの」を感じてはいないだろうか。騙されて、盤嶽は怒る。そして吼える。しかし、彼は決して誰も恨もうとはしないのだ。 だから明るい。盤嶽も、そしてこのドラマ自体も。 日本映画が描いてきた理想の人物像は、まさに盤嶽をそのルーツとし、「寅さん」に至るものだったと言えるのではないだろうか。 監督が代わっても、最後のテロップ、「騙されて、騙されて、盤嶽よどこへ行く」、これは変わらない。しかし、その道は多分、空に続いているのだ。
アニメ『あずまんが大王』第2話「今日も大坂」ほか。 たまたま深夜2時過ぎまで起きていたので、やっと見ることができた。東京より1日遅れでしかも更に1時間繰り下がり。普通は起きてられねえって。 映画版は演出のテンポが外れまくってて、笑うに笑えないつまんない出来だったけど、テレビ版はごっつええわあ♪ おーさかが主役の回だったせいもあるかもしれないけど、ゆったりとした間が心地よくってねえ。横になって見てたらついついウツラウツラしちゃいそうな。アレだね、このマヌケな間は、『究極超人あ〜る』再びって感じだね。止め絵が多から、一見手抜きにも見えるんだけど、それはちゃんとした演出なんだよね。動かすところは動かしてるし。制服なんかなあ、素直に立ってるとそんなにムネは強調されてないんだけど、背筋伸ばしたり歩くと裾が後ろになびいてムネのラインが出るように作画してるんだね。えっちだけどリアルだ(^_^;)。もっとも厳密な意味での「リアル」じゃない。現実の制服はもっと厚ぼったくて、ムネのラインが殆ど出ないものが多いと思う。あくまで「アニメ」としてのリアルさをスタッフがちゃんとわかってんだね。さすが『少女革命ウテナ』や『エクセル・サーガ』のJ.C.STAFF。 ……そう言えば「春日歩」って名前だったな、おーさかは。本人がそんな仇名つけられても平然としてるもんだから(教師にまで言われてるものなあ)、すっかり忘れてたよ。 ああ、でも『アベノ橋』と『あずまんが』と、またDVDでほしいアニメが増えちまったぞ。この春はほしいDVDが増えないようにと余り新番アニメに拘らなかったのにぃ。
2001年04月16日(月) オー・ド・トワレ/『夜刀の神つかい』3巻(奥瀬サキ・志水サキ)
| 2002年04月15日(月) |
興奮する電話。でもアッチ方面ではナイ/DVD『エイリアン9』4巻(完結)/『楽園まであともうちょっと』1巻(今市子)ほか |
糖尿のために飲むものと言えばお茶ばかり。 しげは麦茶が好きだが、私の好みは烏龍茶である。 仕方がないので、麦茶と烏龍茶のパックを一緒にヤカンに投げこんで、つなぎにプーアル(漢字変換出ね〜や)茶も入れる。 これでなんとか、しげも私も飲めるお茶ができる。どっちつかずになりそうだが適度に苦味が抑えられた上に麦茶のつるっとした物足りなさも消えて、飲みがいのある味になるのだ。 でも、ここの読者の方が、試しにマネして作って飲んでみても「騙された!」と思っても私は関知しないのでそのつもりで。
終日雨。 しげ、ここのところ毎日、一日も遅れずに車で迎えに来てくれている。 ぐーたらで飽きっぽいしげにしては珍しいことだ。 洗濯と台所仕事は相変わらずやらないけれど。 「ど〜せ、今日も洗濯してないだろ?」 「アンタ、洗ってたん?」 「あ、そう言えば、今日は俺も洗濯機回すの忘れてた」 「なん、それなら今日は出来てなくてもいいんやん」 「でも、俺が回してたとしても気づいてなかったろ?」 「……洗濯機のとこへは行ったよ」 「行っただけだろ? 洗濯物溜まってても洗おうとは思わなかったんだろ?」 「……うん」 やっぱりグータラが治ったわけではないのだ。 で、今日も「絶対」やらないんだろうな、洗濯(-_-;)。
夜、10時過ぎ、しげが仕事に出かけたあと、電話が鳴る。 市外局番を見ると東京から。 けれどナンバーディスプレイを見ると、こうたろう君じゃない。 怪訝に思って、受話器を取る。 「もしもし?」 「あ、どうも。私、東京の落語家で、春風亭昇輔と申しますが」
……えええええええ!?(@。@;)
「しげさんはいらっしゃいますか?」 「いや、あの、ただいまその、仕事に出ておりますが。いえ、つまり夜の仕事というか、リンガーハットで働いておりまして」 「ああ、私も好きでございます」 「あの、しげがなにか不調法なことでも……?」 「いえ、しげさんのご注文のですね、寄席文字ストラップに、『ダン・エイクロイド』と書いてほしい、ということなんですが、映画のロゴ風にすることもできますけど、いかがなものかと」 「あ、ソルボンヌK子さんのところから注文したやつですね? それは聞いておりました」 「そう言っていただけると話が早くてありがたいことで」 「で、でも、そ、それはどうしたらいいかというのは、本人に聞いてみませんと私はなんとも……」 「さいですか。では改めて後日ご連絡差し上げます。……シツレイですが、お父様で?」 「いえ、亭主です」 「ああ。ご亭主様で。それはもう、今晩はどうぞご夫婦仲よく。オチがついたところで失礼させていただきます」
……どうオチが付いたのかよくわかんなかったけど、ビックリしたなあ、もう(by三波伸介)。 いや、いきなり落語家さんから電話があったってのもそうなんだけど、やっぱり東京の落語家さんって、普段でも噺家喋りするんだね! ……感動だなあ。 帰宅したしげに話したら、「タダで落語が聞けてよかったね」だと。 タダどころかあちらに電話代払わせとるわい。 確かに得した気分にゃちがいないけど、カネの問題に換算するなよ。イジマシイ。 けど、手元不如意でまだ注文してなかったけれど、俄然、昇輔さん直筆のストラップ、ほしくなってきちゃったなあ。給料出たら、二つか三つ、注文しちゃおうかな。 上京したら久しぶりに寄席に行ってみたいって気もしてきたぞ。 ああ、行きたいところは山ほどあるのに連休は三日間しかないのね……(+_+)。
ビデオ『12人の怒れる男 評決の行方』。 昨日、シドニー・ルメット監督版の『12人』を見たので、リメイクのウィリアム・フリードキン監督版も見比べてみたくなって、録画してたやつを再生。前にも見てるんだけど、日記に感想アップしたことはなかったように思うんで、まあいいか。 原版タイトルは両作とも同じなんだけど、副題を付けることで区別ができるようになってるのはいいな。 脚本はレジナルド・ローズが現代に合わせて、基本設定は同じでも「精神鑑定の信用度」の問題を盛り込んだりしている(余り効果がないけど)。 前作にはいなかった黒人俳優を配役したり(議長の1番、2番、10番が黒人)、ハンディカメラで迫力を出したりと、工夫はあるのだけれど、主演のデイビス役のジャック・レモンがトシを取り過ぎてるのがどうも痛々しくってね。隣席のマカードルの方がより「老人」という設定なんだけど、見た目たいして変わんね〜(^_^;)。ほぼ遺作に近いやつだから仕方ないんだろうけど、前作のヘンリー・フォンダの実直さはどうしても感じられない。 まず見るならやっぱりルメット版を推すなあ、私は。 前作では、リー・J・コップが演じた最も激烈に怒る3番の役を、リメイク版ではジョージ・C・スコットが演じてるんだけど(これも遺作に近いかなあ)、この人、『エクソシスト3』でも、1作目でコップが演じたキンダーマン警部補 をやってるんである。特に顔が似てるとも思わないけど、何か個人的な繋がりでもあるのかなあ、この二人。 日本で言えば小林昭二のあとがまはいつも塚本信夫がやる、みたいな(^o^)。
DVD『エイリアン9』4巻(完結)。 うーむ、3巻まではこれからどうなることかとおもしろかったのになあ。 結局、原作を消化しきれなくて途中でぶった切りってか。 校長に久川先生、どうもエイリアンっぽいけど(かすみも今回、仲間になったのか?)、どうしてエイリアンを呼び寄せて小学生に退治させるようなことをしてたのか、またその対立組織が何だったのか、語られないままだよ。 でも、原作は最後まで読んでないけど、全ての謎が明かされてるってわけでもないような気がする。気を引かせるだけの設定っていうか、マクガフィンだけで成り立たせようって印象は最初からあったしね。 ……って、『エヴァ』じゃん(^_^;)。 確かに、エイリアンが精神攻撃しかけてきたり、主人公のゆりちゃんが成長しないで終わっちゃうあたりも『エヴァンゲリオン』の影響が大……つーか、設定・ストーリー構成も、見終わってみりゃ、全く『エヴァ』と同じなんだってことに気がつく。 あからさまなのは、エイリアン・イエローナイフの声に石田彰(「カヲル君」だよ〜、まだ萌えてる女の子いる〜?)を持ってきたこと。スタッフは絶対、確信犯でやってるよな。 でさ、ラストがまた「首締め」なのよ(^_^;)。ここまで来ると、いくらなんでも露骨過ぎない? もう、いい加減、「エヴァ・シンドローム」にはケリが着いたと思ってたのになあ。動きや演出がずば抜けてイイだけに、逆に「これでイイの? パクリ……とまでは言わないけど、もう少しなんとかならなかったの?」と言いたくなってくるよ。 それといくら原作の絵柄を生かすからってねえ、富沢ひとしの全くキャラの描き分けが出来てねえとこまで、律儀にそのままトレースするかよ(-_-;)。せめて眉太くするとか、背丈や体型にメリハリつけるとか、工夫しろよ。……あ、そう言えば、シリーズ構成の村井さだゆき、『ブギーポップ』テレビシリーズとか、『エヴァ』フォロワーの作品連発してた人だったよな。 なんか、結果的に凄く「惜しい」作品になっちゃった印象。
『アニメージュ』『ニュータイプ』5月号。 まあ、いろいろ記事はありますが。 ……『ガンバの冒険』BOX……? ダメだって(-_-;)。
マンガ、秋本治『Mr.Clice』4巻(集英社/ジャンプ・コミックス・410円)。 おお、前巻からそれほど間を置かずに4巻が。 これを待ってたオタクも結構多いのではないか。 『こち亀』もそうだけど、これだけメジャーになってて、しかもオタク層もしっかりゲットしてるってところが秋本さんのすごいところだけれど、クリスの「モトは男だけど、脳だけ女の体に移殖されたスパイ」ってだけでもう弾けてるからね。両さん以上に破天荒、荒唐無稽ができるところが本作の強み。 だいたい、敵の組織が「スラッシュ」で、そこの殺し屋の名前が「ナポレオン」ってだけで我々の世代は狂喜しちゃうし(まんまだから版権の問題は起きないかと心配にはなるけど)。でもナポレオンのデザインはさいとう・たかを版の007ジェームス・ボンドがモデル。ううう、凝ってる……(^_^;)。 まあ、そんなウンチク知らなくったって、素直に巨乳のねーちゃんがドジりながら繰り広げるスパイアクションを楽しめばそれでいいんだよね。 基本フォーマットは、毎回、男に戻れずにふてくされて任務から逃げようとするクリスと、なんとか女のままで任務を遂行させたい部長との丁々発止のかけあい漫才、みたいなシチュエーションコメディなんである。 私だってミリタリー系のオタク知識はからっきしないから、そのへんは気にせず読んでます。
マンガ、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』129巻(集英社/ジャンプ・コミックス・410円)。 またしげはいきなり買ってくるし(^_^;)。巻数が多すぎるから10巻ごとにしか買ってなかったのになあ。これからずっと買われても、いちいち感想書いてられねーぞ(^_^;)。 もはや秋本さんの体力が尽きない限り、連載は終わらないだろうね。もちろん、作品の質をレベルダウンさせずにここまで来てることはいくら誉めたって誉め過ぎにはならない。 え〜っと、麗子のママは初登場なんだっけ? 「マリー・ローランさん」という強引なネーミングがなんとも(^_^;)。 昔は考えられなかった両さんの結婚相手、麗子か麻里愛かって絞られてきたけど、私が生きている間に決着はつくのだろうか。そろそろ両さんの年齢も追い越しそうなんだけどな、オレ。 各話の濃いネタについて書き出したらキリがないので、現物を読んで下さい。私は「爺いオンリーのコミケ」には笑いました。
マンガ、今市子『楽園まであともうちょっと』1巻(芳文社・590円)。 『百鬼夜行抄』の今さんだから……ということでしげが買ってたやつだな。 でも中身はボーイズ……(-_-;)。 もう、この手のマンガじゃ、「どうしてホモになったの?」という男が抱く疑問はもう描かれないのね。 ホモはもとからホモ。 つーか、男は全てホモっ気あるって認識で描いてるようにしか思えんのだよなあ。だって、全ての男キャラがいつ誰とくっつくか、予測つかねーんだもの。 潰れかけた旅行会社「楽園企画」の臨時社長・川江務と、彼のところにやってきたローン会社の浅田貴史。起死回生の企画、山登りツアーを通して二人の間はだんだん近くなって行くが……ってよ、実際の山男同士のホモってさ、絶対、今さんの絵で描かれるような細身で「おれヒゲなんか生えないよ」って感じのボーイズ同士のカラミじゃねーよな。 もうヒゲクマ同士の汗ギトギトだよ。……やっぱ、女性にとってのホモってただのファンタジーなんだろうなあ。 マンガが面白いかどうか以前に、私、この世界、よくわかりません(^_^;)。
2001年04月15日(日) My guest is my Lord/『まかせてイルか!』1巻(大地丙太郎・たかしたたかし)
| 2002年04月14日(日) |
にほんじんにえーごはむりれす。/『ウラグラ!』(唐沢俊一)/『探偵学園Q』4巻(さとうふみや)ほか |
書きたいことが山ほどあるというのはいいことなのか悪いことなのか(^_^;)。 いや、この日記のことじゃなくて、ホームページのことね。 数年前まで、私は個人がホームページを持つことに否定的だった。 有名な作家さんとか、芸能関係者が持つのならともかく、たかがそのへんの兄ちゃん姉ちゃんがホームページ作って、誰に何を見せようというのか、なんて考えていたのだ。 それが、眼からウロコ、って感じで全く方向転換しちゃったのは、実は森下裕美さんと唐沢俊一さんのおかげである。 森下さんの『ここだけのふたり!』に登場する「たきえ」って若奥さんが、「街のヘンな人」のサイト作ってたのを見て、「あ、他人に迷惑かけるサイト作ったっていいんだ」と思っちゃったのが、そもそもの間違いのモト(^_^;)。 それ以来、自分でもホームページを立ちあげようと決意したはいいものの、あんなこともしたいこんなこともしたいと妄想ばかりが膨らんで、「やりたいコンテンツ」が頭の中でどんどん膨らんでく結果になった。 で、今、頑張ってホームページビルダーの説明書を読んでるんだけど、専門用語の羅列で、読んでも読んでも分らない……。 ネットスケープって何? Javaアプレットって? URLにしろHTMLにしろ、どうして略語だけで全部のスペル紹介してないんだよう。 敵性語ばかり使いやがって、それでも日本人か。果たしてホントに私はホームページを開設できるんでありましょうや。
昼間はずっと説明書読み返し。 時々うたた寝。2時間寝こむのをうたた寝とは言わんか(^_^;)。 ラーメン作って食べる。 そう言えば、しげたちに本の整理をされてしまったあと、読みかけの本がどこかに行っちゃってたなあ、と思って、本棚をあせくる。めぼしいところをひっくり返すだけで数時間。 やっぱり本は作者順とかに整理しないとどこに何があるかわんらないよなあ。 で、本の虫にはよくあることだろうが、気がついたら整理しているつもりが本に見入ってしまっている(^_^;)。 で、気がついたら夕方。でも、途中までしか読んでなかった士郎正宗の『攻殻機動隊2』とか岡野玲子の『陰陽師』10巻とかが出てくる。ほかにも読みかけの文庫本を多数発掘。これでまた来週の週末は読む本に不自由しないな。
練習から帰宅したしげに、あんかけラーメンを作ってやる。 市販のものにチキンを小切りにして、みりんを足したりして甘口にしてやったので、「美味い美味い」と言ってペロリと平らげる。 「もうないの?」 とものほしげに言うので、私の分も分けてやる。 どうやら完全にダイエットする気は失せたらしい。……二度と「アブトロニック」とかムダなもん買うなよ。
録画しておいた『仮面ライダー龍騎』、しげと見る。 しげが「面白い?」と聞いてくるので、「おもしろいよ」と答えると、「ギャグも?」と聞き返される。 まあ確かに「3万円」のギャグが繰り返されるのは脱力してしまうのだが、昔の『ライダー』だってそんなにドラマとして出来がよかったわけじゃないしな。オトナの鑑賞にも堪えるモノをってのと、子供さんの心もちゃんとゲット、というせめぎあいの結果だろう。 それよりも、演技のできる役者がただの一人も出て来ないってことの方が問題のように思うがな。
DVD『十二人の怒れる男』、しげはまだ未見だったので見せる。 見終わったしげの感想は「まあまあ」。 「だって、ホントに無罪かどうかわかんないままじゃん」としげは言うのだが、だからこれ「推定無罪」って話なんだってば。
唐沢俊一『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』(アスペクト・1370円)。 週間アスキー連載、『裏モノの神様』シリーズ第2弾。 「ベスト・オブ」とタイトルにあるけど、以前にイーストプレスから出た第1弾との重複コラムはない。ちゃんと続編になってるのに「ベスト・オブ」ってのはどういうことなのかな? ……『怪網倶楽部』もそうだったけど、「続」とか「パート2」とか付けるの、唐沢さんは嫌いなのかも。
世の中の怪しげなモノ、ヘンなモノ、ありふれていて見過ごしやすいモノ、そういうものにスポットを当てていく試み、それが「今」の貴重な記録になるということ、唐沢さんや串間努さんの仕事はまさしくそれだと思うんだけど、この分野、もっともっと追従者が出てほしいものだ。 『七人の侍』制作時のエピソードで、本来は何の変哲もない一侍の日常を描こうと思ったのに、そんな記録がどこにも残ってない。仕方なく「野武士から村を守った侍がいた」という実話を元に、講談のエピソードなどをツギハギしてサムライ西部劇に仕立て上げたのがアレ。あの名作が実は「逃げ」の産物だったわけだね。『鸚鵡籠中記』があの時に発見されていたら、黒澤明、そっちを映画化してたんじゃないか。 ことほどさように「日常」というものは残りにくい。特に古典を読んでいくとその思いは特に募る。 『枕草子』の「あてなるもの」や「うつくしきもの」に見える、「かりのこ」というやつ、これがどんなものだか諸説紛紛としてよく解らない。鳥のヒナだという説もあれば卵のことだとも言う。その鳥も、雁だの鴨だの鶉だの一定していない。多分全部正しいんじゃないか(^^)。一つの言葉が何通りもの意味を持つこと、よくあることだからだ。 『更級日記』に「源氏の五十余巻、櫃に入りながら、在中将(伊勢物語)、とほぎみ・せり河・しらら・あさうづなどいふ物語」に読み耽る作者の姿が描かれるが、これもどんな物語だったか、『源氏物語』と『伊勢物語』を除けば、名のみ残るばかりである。 日本最初の国語辞典、『色葉字類抄』が成立したのは平安末期の1180年のことだから、実は文学爛熟期の平安女流文学の大半に、こういう「謎」の言葉が山積しているんである。 どんな俗語であろうと、記録は必要なんだよな。
しかし、この本の内容もいちいち紹介してたら何10ページかかるかわかんないや。 お題に選ばれてるのが、天気予報、路上の人形、モールス信号、直子の代筆(自動手紙文作成サイト)、ネクタイ、女性の下着、サザエさんの家、都会の闇、地震、少年期の性の悩み、裏本、ハネムーン・インポテンツ、……だんだんエロな話題が出て来たのでこのへんでやめよう(^_^;)。 膝を打つ知識あり、照れる知識あり、何より神様と唐沢さんの掛け合いという語り口が楽しい。
ただ、こういう知識の宝庫みたいな本だと、どうしても細かなミスというか粗探しをしてみたくなるのが読者の性(サガ)。 唐沢さん、『トンデモ一行知識の逆襲』でも間違えてたけど、宇能鴻一郎のミステリ作家としての別名、「嵯峨島昭」を「嵯峨島譲」って書いてるぞ。周囲に誰か注意してあげる人、いなかったのか。 ついでに言えば、「二葉亭四迷は親に『くたばってしめえ』と言われたのをペンネームにした」と説明してるのもただの俗説。「くたばってしまえ」のモジリであることは事実だけれど、「親」から言われたわけでなく、四迷自身の自戒である、と自著にちゃんと記してある。俗説の方が通りがいいのは仕方ないけどね。
あ、それからソルボンヌK子さんの挿絵で、紐で縛られてるメガネヒゲイヌ、これ睦月影郎さんなのかな?(^o^)
マンガ、天樹征丸原作・さとうふみや漫画『探偵学園Q』4巻(講談社コミックス・440円)。 さとうさん、絵はうまくなったと思うんだけどねえ、トリックが『金田一』のころに比べてどんどんレベルダウンしていくのはどうして? もっとも、『金田一』時のトリックは殆どがパクリだったから、それを「ハイレベル」とは言い難いんだけどね。オリジナル作品はやっぱり低レベルだったし。 しかも、今回もメイントリックは江戸川乱歩の少年向けミステリのパクリ(「少年向け」と言ったところで、レベルは見当がつくよね)。パクるにしたって、志が低すぎるぞ。 これってつまり、『名探偵コナン』に対抗して子供向けに下方修正したってことなんだろうけど、話がつまんなくなってるだけだって。 ……なんだかなあ、こんなクソ作品についてまで、ミステリのマナーを守っていちいちトリックを隠しておいてやらなきゃならんのかなあ、と思うといまいましくって仕方がないのだが、少なくとも「作者との知恵比べ」を期待している読者にとっては、「損するぞ」とだけ言っときます。
マンガ、冨樫義博『HUNTER×HUNTER』14巻(集英社/ジャンプ・コミックス・410円)。 え〜、とりあえずまだ読んでますよ。 と言っても、4ページに渡る活字だけのゲームの説明のあたりなんかは飛ばしてますけど。 あ、説明の中味が理解できないんじゃなくて、理解してやらないんです。こんなこと書くと、コアな冨樫ファンはヒステリー起こすかもしれないけど、書いてある内容を全部読もうが読むまいが、そんなの読者の自由だよな。少なくとも「作者が何を書きたいか」はわかってるんだから、それ以上丹念に読むのは時間のムダってもんです。冨樫さんに関してはね。 かと言って、冨樫さんに対して怒ってるわけじゃないんですよ。「マンガじゃないじゃん」という批判はこの人に対しては無意味。この人が書きたいのは、マンガじゃないんだから(冨樫さんにとってはこれもマンガなんだろうけど)。 だから、既に私はこの人のマンガをマンガとして楽しむことはやめていて、一つの「状況」として楽しむようになってます。つまり、この人の「適度なコワレ方」をマンガ読むことで確認してるわけです。 ビスケットが女の子のように見えて、実は57歳で、ゴンとキルアの師匠筋に当たるって、『幽遊白書』の時の幻海の設定とたいして変わらんなあ。かわいいから別にいいけど。
2001年04月14日(土) 土曜ワイド「女三人露天風呂殺人事件・湯煙の向こうに殺意が見えた」……ってウソだからね。
| 2002年04月13日(土) |
多分それはアニムス(~_~;)/アニメ『アベノ橋魔法☆商店街』第2話/『裏モノ見聞録 怪網倶楽部』(唐沢俊一)ほか |
朝から頑張って日記の更新。 平行して、ビデオ録画した『オトナ帝国の逆襲』をかけて繰り返し見る。 見逃した背景の描き文字や、聞き逃したセリフなんかを確認するためもあるが、ともかく「泣かないで見る」訓練をしないと、しげからいつまでもバカにされてしまうからだ。 でもよう、1970年万博当時、マジで「未来」を信じていたガキだった身にしてみりゃよう、「ただの石じゃないもん。アポロが月から持って来た石なんだもん」のひろしのセリフは、ズズンと胸に直撃してしまうのだ。 ……意味わかんねーよな、若い人には。 それを抜きにしても、世間で、いい映画だと評価してくれた人が多いのは嬉しいが、ごく普通にひろしの思い出のシーンやしんちゃんがタワーを駆け登るシーンで泣いちゃう若い人と、我々の世代の人間とが違っているのは、「畜生、なんだってこの街はこんなに懐かしいんだ!」とひろしが叫ぶシーンでも我々は泣いてしまうってとこだろう。 ……ひろし、この時、一所懸命自分のクサイ靴の匂い嗅いでるんだけど(^_^;)。 ……3回見返して、ようやくジワッと涙ぐむ程度で映画を見られるようになりました。
次回作の『戦国大合戦』、ネットじゃ「『オトナ帝国』を凌駕した!」の声も上がってるけど、ここまでの「思い入れ」は私にはできないだろうな。でも、『映画秘宝』ほかの原監督のコメントを読んだりしてると、結構肩の力を抜いて、しかも好き勝手作ってるみたいなんである。 傑作にはなってるんだろう。初日に見に行くぞ見に行くぞ見に行くぞ!
日記を書いてるうちに疲れてきたので、ひと寝入りしたら、とんでもない夢を見た。 書こうかなあ、書くまいかなあ、と、6時間43分56秒悩んだが、このまま隠しておくには余りに惜しい。 私の人格が読む人に疑われる危険性もあるので、思いきり躊躇するのだが、「いまさらテメエの人格なんざ弁解しなくたって解りきってらあ」という声もどこからか聞こえてくるので、意を決して書く。 ……書くぞ(~_~;)。
私は実は草刈正雄の「妻」であった。 しかも今日は嬉し恥ずかしの初夜。 正雄さんはニッコリ笑って、私を優しくベッドに招く。 え? これホント? 私って男じゃなかったかしら。 違うわ違うわ、だってこんなに髪が長いもの、ムネだって、掌に余るくらい膨らんでるもの、腰のくびれだって、かわいいおシリだって……。 ベッドルームの姿見を見ると(なんでそんなものがあるのだ)、そこに映っているのは紛れもない女性、20代のピチピチした若妻なのだ。 そうよ、私は女じゃないの。ホラ、顔だって私の好みの顔で、目はパッチリと、鼻はポツンとかわいらしくってさ……(この「私の好みの顔」って時点で、怪しいことに気づくべきである)。 私は、前を隠していたバスタオルをカーペットに落とし(風呂上がりだったらしい)、スルリと正雄さんの隣に滑りこんだ。 そうよ、私は女(そんなに念を押さないと確認できないなら、もう少し疑ってもいいんじゃないか)、だからちゃんと正雄さんの性感帯だって知ってるわ。 正雄さんの首筋から胸にかけて、唇を這わせる。 正雄さんの口から吐息が漏れる。 そうよ、私は女、正雄さんの妻。だから、しげだってヤキモチ焼かずにこの様子をニコニコ見て……。
見てるじゃん、しげ(@。@;)。
部屋の隅に立ってるしげと眼が合って……。
あ、アノアノ、どうかみなさま、夢判断はしないで下さい。 特にフロイト派の人(ーー;)。
しげが買ってきて冷蔵庫に入れていたパン、賞味期限が昨日で切れている。 さらにしげに買ってきてやって、「食べなよ」と言っておいた、十勝のたま豆腐(略して「トカタマ」。ヘンなネーミング)、これも賞味期限が昨日まで。 いろいろモノを買うわりにその存在をコロッと忘れること、しげはむちゃくちゃ多い。……百舌の早贄だよな。トリアタマのくせして「あとで食べよう」とか考えるからだ。できることとできないことの区別がついてない。 おかげで今日の昼飯はデニッシュに豆腐。 ……合わねー(-_-;)。
夕方、NHKを見てたら『カスミン』が第1話に戻っていた。 ……しまった、最終回見損ねてたか(ーー;)。 けどDVDシリーズ買うのはもう限界に来ているので、もう買わない。地道に番組表チェックして、録画し損ねた回を見て行くしかないなあ。
しげ、今日は練習が終わってすぐに帰ってくる。 晩飯は牛肉の野菜炒め。野菜と言ってもモヤシとほうれん草だけだけど。 牛肉の値段はもう底まで来たのかなあ。和牛が200グラムで200円だよ。「安全保証」って書いてあるのに売れ残ってんだもんな。 けど、『買ってはいけない』じゃないけど、「あれも危ない」「これも危ない」って言ってるの全部信じてたら、食えるものなんて何一つなくなるぞ。餓死するつもりか、みんな。
深夜、何気なくCSキッズステーションを見ていたら、『アベノ橋魔法☆商店街』の第二回が始まる。 ……しまった、第一回見損ねたか。 なんたってGAINAXの眠れる獅子(^o^)、あの『王立宇宙軍』の監督、山賀博之さんのやっとの監督「第2作」である。 脚本作品は『トップをねらえ!』(クレジット岡田斗司夫名義)や『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』などがあったけど、本来第2作になるはずだった『蒼きウル』が凍結し続けていて、ここまでかかったのだ。これを期待せずにいられるかって。 ……でもガイナ、原作だけで、制作はマッドハウスに移ってっけど。 でもキッズは結構頻繁に再放送してくれるから慌てるこたないな。マンガ版読んでるから基本設定は知ってるし。 再開発のため取り壊される予定の、大阪・アベノ橋商店街。新しいアベノ商店街はオマエたちが作れ、とジイちゃんから望みを拓された幼馴染の少女アルミと少年サッシ……ってとこまでが第1回だったんだろうな。 第2話、もうRPGの世界に二人は飛ばされてる。 しかもいかにもクソゲーなファンタジーの世界に(^o^)。でもそこもやっぱり「アベノ橋商店街」。新しいアベノ橋をどうしたらいいかってことをゲーム世界に入りこみながら一つ一つシミュレーションしていく話なんだな。 いや、よく動いてるわ、キャラが。 動きすぎて、基本デザインの鶴田謙二の線はかなり崩れてるけど、おもしろけりゃいいや。オサゲ髪のヒロインってのもイマドキ珍しいけど、私は好きだぞオサゲ髪。「エマノン」や「チャイナさん」もそうだけど、鶴田さんのキャラって、ふっくらとしてるんで昔風のヘアスタイルとか服装が似合うんである。 ギャグもテンポがいいし、いちいち効いてる。 フランス料理屋の娘はエスカルゴをいつでも大量に身に付けとるんか(^o^)。たとえあかほりさとる脚本でも、作画と監督がしっかりしてれば面白く見せられるって証拠だな。……『サクラ大戦』のスタッフは少しはそのこと考えとけ。 来週はどうやら「宇宙のアベノ橋」に行くみたいだけど、予告編見ただけでワクワクするくらいパロディ精神満載って感じ。 この春のアニメ、期待するほどのものなかったんだけど、これがイチオシになるかな。
マンガ、北崎拓『なんてっ探偵アイドル』8巻(小学館/ヤングサンデーコミックス。530円)。 ……8巻まで続くとはなあ。 もうこうなったらアニメ化狙っちゃえ。巨乳セクシーと、清純派のメガネっ子と、ロリ系とちゃんと3点セット、揃ってるし。キャラデザインはことぶきつかさに任せた(^^)。 ともかくここまでストーリーもトリックも小学生向けの探偵クイズ並だと(ヤングサンデーの読者層って、そのレベルか?)、かえっていつか意外などんでん返しが来るんじゃないかってドキドキしてくるな。 サイコロでさ、10回くらい続けて6の目が出たら、次も6が来るんだろうかって迷わない? そんな感じだね。 ヒトミ・ロッテンベリーってゲストキャラのネーミング、やっぱり『スタートレック』のプロデューサーから取ったんだろうなあ(恋人が「ジーン監督」だし)。話の中身とは何の関係もないけど。
唐沢俊一『裏モノ見聞録 怪網倶楽部』(講談社・1680円)。 タイトル通り、『Web現代』連載の『裏モノ見聞録』単行本化の第2弾。 前作はイーストプレスからの出版だったけど、今回は『現代』の出版社である講談社からストレートに上梓された。タイトルも『怪網』の方を前面に出してるのは、パート2ってことが解ると手に取らない人もいる、という判断なのかな(関係ないが、知り合いの某女性が、タイトルを『怪鋼』と読み間違えていた。……マヌケではあるんだけど、ストレンジ・スチール・クラブって英語にしてみると、なんかカッコイイぞ♪ 私はこの人のこういうオッチョコチョイなところが大好きなんである)。 私なんかはシリーズものは背表紙とか揃えてほしいって思っちゃうものなんだけど。気持ちとしては今回もムッシュソルボンヌ(K子先生をなぜこう呼ぶかは知る人ぞ知る符牒♪)の絵で見たかったなあ。今度の能美勉さんの表紙も、いかにも一昔前の妖怪画っぽくって「らしく」はあるけれど。 まずは買った人は、左ページの隅をパラパラして遊びましょう。 能美さん描く唐沢議長の御尊顔が、ぐるぐる回転アニメいたします。……弟さんのなをき師匠はこの手の遊びよくやってるけど(『電脳なをさん』)、お兄さんの本では珍しいなあ。 余りに奇々怪々なサイトの数々に、唐沢さんも目を回しちゃったってシャレなんだろうね、これ。ああ、粋(イキ)だなあ。
内容について紹介したり感想を述べるのは至難のワザ。 なんたって、紹介されてるサイトが全部で84個もある(単位は「個」でいいのか?)。全部のサイトについて感想書く時間も気力もないって(^_^;)。 ともかく、どの記事読んでも「目からウロコ」ならざるものがない、この情報量は半端じゃない。 思わずつぶやいちゃうね。「ネットは広大だわ」(^o^)。 「ねんねんクロロ」の回など、「クロロホルムをハンカチに染みこませて人間を昏睡させるのは映画上のウソ」って、初めて知ったものなあ。けどたとえリアルでなくても、アレを楽しみにして収集しているサイトがネット上にはちゃんと存在してるんである。濃いなあ(^_^;)。 ちなみに、私が一番印象深かった「クロロシーン」は、映画『犬神家の一族』の野々宮珠世(島田陽子)のソレだった。ああいうムネの薄い女性がのけぞって、ブラウスにさりげないラインが浮かびあがるのって、ソソルよねえ。うひひひひ(賛同求めるなよ……)。 一説によると私は巨乳好きと思われているようだが(by妻)、必ずしもそうではない。それはケース・バイ・ケースであって(何のケースだ)、例えば、やっぱり「クロロホルムを嗅がせるには貧乳女性に限る」のである。 だって巨乳がのけぞってムネぶるんぶるん揺らしてたって、そのあとかよわげに倒れる時の風情が生まれないもの。 ……って、これ以上この話題続けると、変態っぽくなるので、もうやめよう(手遅れ)。
総括して言うしかないのだが、ヘンなサイト、キテレツなサイト、そんなものに興味を持つ唐沢さんの視点は、あくまで優しい。 「親父万歳」(と言うテレビ番組が昔あったの、覚えてる人いるかな?)の章に、「敗者ではあっても、また最初から競争のラチ外にある人間であっても、その存在を抹消されず、奇人は奇人として、都会の片隅で生き続けている親父たちを見ると、ホッと安心するのではなかろうか」と書いてあるのを読むとまさにそう思う。 なんの才能もなく、酔っ払ってクダ巻く人生の落伍者だって、生きてていいのだ。変態も、やおいも、トンデモさんも、貧乳も、特撮オタクも、生きてていいのだ。……当たり前でしょ?
それからまたまた蛇足のウンチク。 「怪獣世代の逆襲」で紹介されてる「折紙怪獣」、ネットでは「キングギドラは未公開のまま」となっているが、実はしっかり本になって出ている。 つーか、「キングギドラ」を作ってる折り紙作者、一人じゃないんだな。 もっとも、「組み合わせ折り紙は邪道」派である私にしてみれば、「怪獣折り紙」はどれも精巧であれば精巧であるほど「ツマラン」と思えてしまうのだけれど。「千羽鶴折方」や「仮名手本忠臣蔵折方」のように、「切れ目」を入れるのもたとえ江戸期からの伝統であろうと邪道。 折り紙はやっぱり、手折るもののみ。 実は「折り紙研究家」でもある私なのであった。
2001年04月13日(金) ファイティング・スイーパー/『こち亀』124巻(秋本治)
| 2002年04月12日(金) |
オトナ帝国、四たび/『寄生人』(つゆき・サブロー)ほか |
新聞でもテレビでも、教科書の改訂について世論とやらが喧しい。 インタビュアーが街角で親に「学校五日制をどう思いますか?」と聞く。 答えはみんな「学力が落ちるんじゃないか……」(そう答えたものだけピックアップしてるのがミエミエ)。 学校五日制の問題とも絡めて、「土曜の授業が欠けた分、平日6時間授業を7時間に変更した学校は受験率が上がった」データなんかも挙げてるけど、下がった学校もあるぞ。 つまり、論調は全て「“反”ゆとり教育」色に染め上げられているんである。 ついこないだまで「もっとゆとりを」って言ってたのはどうなったんだかねえ。情報操作が露骨過ぎないか。 でも、これに騙される親が大多数なんだろうね。以前みたいな「詰め込み教育反対」じゃ、読者や視聴者のウケが悪くなって来たんで、コロリと転換しやがったんだよな、マスコミは。 一番アホらしい批判は、「このままでは生徒の学力の格差が生まれる」ってもので、その「格差」を作ろうってのがそもそもの「ゆとり教育」の目的なんだってば(-_-;)。伸びるやつは伸ばすけど、そうでないやつはそのままでいいよってことなんだから。
小学校でも「“進化”を教えない」とか、いかにもキャッチーなネタで改訂の仕方を批判してるけどさ、それなら「進化」の概念、従来の詰め込み教育受けてきた人間のどれだけが把握してるってんだよ。 いいオトナが「人間は猿から進化した」とか、本気でウソついてるやつ、ゴマンといるぞ(もちろん「猿」は人間と平行進化した「兄弟」なのであって祖先ではないのだ。だから今の猿が、将来人間に進化することはない)。 だいたい、ダーウィンの進化論をキチンと説明できるだけの知識持ってるやつなんて、人口の数%だと思うぞ。厳密に言えばあの人の「進化」って、「首の長いキリンは短いキリンより生存する」っていう自然淘汰説、しかも仮説の段階に過ぎないんであって、「進化」のシステム自体はそんなに説明しきれてないのだ。 現在、獲得形質は遺伝しないってのが、一応定説に近い形なんだけれども、それじゃどうしても「進化」がうまく説明できないので、遺伝してる例はないかって、生物学者たちがやっきになってる面もあるのだ。 小学校の頃、私ゃその辺のとこ「自分で」調べて、一番妥当性が高いのは「突然変異説」だなあ、とか考えてたんだけれど、それだって、「どうしてそうしょっちゅう突然変異が起こるのだ」という点で説得力を欠いている。 要するに、「進化」の概念については定説ってものがなく、小学生にはマジで難しいのだ。教師だってどう教えたらいいか迷うものを、子供に「何となく教えとかなきゃ」みたいな感覚で押しつけていいのか? アンタの子供が「進化」のこと知らなくっても、ヨソんちの子供がちゃんと勉強するよ。
そんなに「学校が進化も教えない」って文句垂れるってんなら、親のオマエが教えて見ろよ、「正しく」な。今回減らされた教科書の内容ですら、教えられない親、いるんじゃないのか? 社会人である自分が教えられもしねえ(言い換えれば知らなくっても生きるのに支障を来たさない)知識が、どれだけ世間サマの役に立ってるってんだ。 「学力」「学力」ってお題目みたいに唱えやがって、自分たちが「詰め込み教育」のオチコボレで「学力」なんかねえくせして、そのツケを子供にだけは払わせようってつもりか。 結局「学力低下」を叫んでる連中は、「自分の子供だけがオチコボレていくのはイヤだ」というエゴイズムでモノ言ってるだけなんである。……そういうクソ親、バカ親を生み出して来たのがこれまでの詰め込み教育じゃねえかよ。「別にそんなこと知らなくったっていい」って子供が増えりゃ、進学するやつに対するコンプレックスだって減るだろうよ。 進学なんて、したいやつだけさせときゃいいじゃねえかよ、子供を親のミエの犠牲にするな。学校だって、来たくもないのに来させられてるバカガキなんか預かりたかねえよ、多分。( ̄へ ̄)フン。
連日のチャットで生活時間帯がズレている。 夕方寝て、12時、1時に目覚める生活は、朝、仕事に遅刻する心配はないが、昼の2時、3時にメチャクチャ眠くなるという副作用を生んでいる。まあ、薬の副作用もあるんだろうけど。 ウトウトしてハッと目覚めるとかならまだしも、気がついたら寝ているのだから始末に悪い(気がついてないから寝ているのだ)。 でも、同僚のうら若き女性に体をゆすられて起こされるのがちょっと嬉しかったりする私はやっぱしオ・ヤ・ジ。
土、日はゆっくり休むつもりなので、今日のうちに本屋を回ることにして、1時間早引け。 「博多駅の紀伊國屋に回ってくれる?」 「モスバーガーでタンドリーチキンバーガーおごってくれるなら」 しげとの交渉、成立して、博多駅でようやく唐沢俊一さんの新刊2冊、『怪網倶楽部』と『ウラグラ!』を買い求める。近所の本屋には、サブカルチャー系は殆ど置いてないので、どうしても博多駅、天神まででばらなきゃならね〜もんな。 今日は7時から『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』のテレビ放映があるので、それまでに帰宅せねばならない。いつもならじっくり回る本屋も、今日はそそくさと退散。本屋の長っちりにいつも閉口させられてるしげ、おかげでキゲンがよくなる。 「帰ったら何か食べ物作ってね♪」 機嫌が悪い時も「腹減った」とヤケ食いし、いいときはいいときで食欲が増進する。これで太るのは当たり前。……アブトロニックももう止めたみたいだし、しげの体重の激増を止める手段はなさそうだ。
今日の晩飯は手抜き。 水を多めにして炊いたメシに、生卵とネギと醤油を混ぜただけ。このネギはちょっと不正な手段でしげが手に入れたものなので、ここには書かない(ってバレバレやがな)。 これが絶妙に美味い。 醤油の量次第で味が微妙に変わるが、長年のカンでその調節が一発で決まる(自炊生活二十年だものなあ、実質)。 食器をたくさん洗うのが面倒臭いので、小さなドンブリに二人前作るが、まずしげに渡すと「ウマイウマイ」と言って殆ど全部平らげてしまう。 「ああ、ゴメン。つい全部食った」 仕方ない、ともう一度自分の分を作る。 さて、じゃあ食べようとすると、しげがもの欲しそうな顔で指を舐めている。 エサをせがむヒナ鳥みたいな顔が余りに哀れっぽくて、つい、「……食うか?」と言った途端、ニカッと笑って、猛然と食い始める。 気がついたら、また殆どメシが平らげられていたので、仕方なくもう一度作ると、しげがもの欲しそうな目で……。 ……三度も食うか、普通(-_-;)。
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』、ほぼ一年ぶりの再会。 どーせまた泣くんだろ〜な〜、と思ってた通り、ツボのシーンでは涙が抑えられない。そんなに昔に戻りたいのか、私。今が不幸だからだな。きっとそうだ。(T-T) グスグス。 「泣き」のシーンになるたび、しげが私の顔を覗きこもうとする。 こういうデリカシーの無さがしげのクソ憎たらしいところだ。 あんまりウルサイので、ワキバラをこしょぐって黙らせる。しげの弱点はここなので、しげを襲いたい奇特な方はここを狙うように。もっともやりすぎると重いパンチとケリが来るが。 『オトナ帝国』を見るのはこれで4度目なので、もう見落としはなかろうと思っていたが、やはり見るたびに発見がある。音楽を入れるタイミングが絶妙なのもあらためて確認。DVDはおろか、サントラCDまで出てないってのはおかしいよな、絶対。 コンパニオンさんを見てのしんちゃんのセリフ、「タロータロー、岡本タロー」までは劇場でも聞きとれてたけど、そのあと「アイラブユー、熱海の湯〜」と言ってたんだな。そんなとこまでチェックしてどうするんだとは思うが。 カザマくんがテレビで大巨人(モデル・ジャイアント馬場)を見た途端「なんでこんな昔のやってるんだ」とか言ってたけど、幼稚園児のくせになぜそれが「昔の番組」だと分る(^_^;)。さてはマニアだな、キサマ(いや、カザマくんはいろんなものの隠れオタクって設定があるけどね)。 前見たときには泣かなかった、ひろしの「オレの人生はつまんなくなんかねえ」って叫びのシーンでもジーンと来ちゃったし。見るたびに泣くとこ増えてきてるぞ。大丈夫か。 『WX�掘戮任盪廚辰燭�、抑制された演出が効果を表してるのも見事。しんちゃんがタワーを駆け登って、ケンの足に取りすがって、匂い発生装置に辿りつくまで、ケンとチャコは一言も喋らないんだものなあ。ウマイよ原監督! でもやっぱりテレビ放送。 あるんじゃないかと思ってたカット(-_-;)。 しんのすけが洗脳されて寝転がってるひろしに「会社はどうするの?!」と聞いたら「どうして会社に行かなくちゃならないんだよ。国会で青島幸男が決めたのか!?」って言い返す赤塚不二夫ギャグがなくなってた。 ……尺の関係なのかなあ。それとも個人名が出て来たんでヤバイって判断されたのかなあ。 ラストに今度の映画第十作『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』の予告。ナレーションが大塚周夫、キャラデザインが今までの臼井儀人風でなく随分リアルになっている。 ……しかもどうも戦国と恋、がテーマらしい。オトナ帝国の感動再びか?!
しげ、「ライフ」のCMでラテンな音楽が流れるたびに画面に見入っている。マギー司郎が好きなのか、単にアホなCMだから好きなのか。 どっちにしろヘンなやつだ。やっぱり。
今日は某女性マンガ家さんの誕生日なので、そのマンガ家さんも覗いていらっしゃる某サイトにお祝いの書き込みをしたいと思ったのだが、いざとなったら凄く照れる。 結果的に「おめでとう」の一言も言わない、ある意味シツレイな書き込みになってしまったのだが、この素直にモノが言えないというのは博多人の悪い癖でもある。 これで誤解されることも多いんだけど、治んないのよ。f(^^;) ポリポリ。
マンガ、臼井儀人『クレヨンしんちゃん』32巻(双葉社/アクションコミックス・560円)。 掲載紙が変わって随分経つのにまだ「アクションコミックス」だなあ。でも「まんがタウンコミックス」ってのは存在してるんだろうか。 巻頭は久しぶりに「ぶりぶりざえもんの冒険」。……これもアニメ化されるのかなあ。ぶりぶりざえもんシリーズについては、アニメの方はずっと再放送だったけど、新作作るとなればどうしても声優さん変えなきゃならない。スタッフも苦慮してるんじゃなかろうか。 アニメと言えば原作にだけ登場してるの、モロダシ共和国のオマタさんだけかと思ってたけど、ニューハーフのスーザン小雪もアニメには未登場だったよな。……これもサベツがらみか? 劇場版じゃさんざんオカマ出てるZてのに、テレビじゃダメなのか? 劇場版だってテレビ放送してるぞ? こんな下らん自主規制、いったいいつまで続くんだ。 「笑う大走査線」(ギャグじゃなくて「捜査線」の間違いでは……?)シリーズも大詰め。このにがりやと汚田の刑事コンビ、好きだったんだけど、破壊された野原家もようやく復活しそうだし、もうすぐお別れか。32巻を数えるほどになると、登場回数が少なくなるキャラも多くなってるし、こういう一発きりっぽいキャラは再登場しなさそうなのが残念。
マンガ、つゆき・サブロー『寄生人』(太田出版/QJマンガ選書06・1890円)。貸本マンガの怪作、『寄生人』と『ミイラ島』の2本を収録。 念を押すまでもないが、『寄生獣』ではない(^^)。 出版されたのは97年だったのだけれど、つゆき・サブロー=杉本五郎=吸血鬼エリート(^o^)であることを知らずに、これまでその復刻自体、気づかずにいた。ようやく買えたので読んでみたのだが、やはり貸本漫画のヘタレパワーというのは凄いとしか言いようがない。 なんたってこれ、水木しげるの完全パクリ本なんである。 水木しげるの『妖奇伝』(鬼太郎シリーズの第一作)を描き写し、コマを入れ替えて再構成し、セリフを全部変えて別のストーリーをでっち上げたと言う、まるで日本映画『国際警察・鍵の鍵』をウッディ・アレンが勝手に作り替えた『What's up,Tiger Lily?』みたいな作品なんである(見てないけどさ、この映画)。しかし、ウディ・アレンのこの監督デビュー作が1966年であるのに対し、『寄生人』は1961年。 アイデアとしてはつゆきさんの方が先だ。……って盗作に先んじてたって仕方ないか(^_^;)。つーか、貸本マンガ以前は、「盗作」って概念自体か希薄だったんだろう。 いくら友人だからって、限度があるんじゃないかって気がするが、どうも水木さんのおおらかな性格がそれを許しちゃったようなのである。なんたって、表紙を頼まれて描いてるのが当の盗作もとの水木さんなんだから。 つゆきさんの絵の腕はお世辞にもウマイとは言えない。模写したんならそれなりにウマクてもよさそうなものなのに、デッサン狂いまくりでとことんヘタだ。シワだらけの婆さんの絵なんか、コマによってはシワと目の区別さえつかない。こまどり姉妹とザ・ピーナッツの模写に至っては、写真を紙の下に布いて透かして描いたんじゃないかって言いたくなるくらいだ。 なのに、このマンガには“微妙に”ウマイキャラが存在する。 女の子の絵だ。 特に『ミイラ島』の少女、ルミちゃんの水に塗れたシュミーズ姿。……そそるよ、これ(*−−*)。 作者の気の入れ方が違うのが眼に見えて分るのだ。それもそのはず、貸本マンガの鬼才・露木三郎(こちらが本名)であり、稀代のフィルムコレクターである杉本五郎でもある氏は、日本のルイス・キャロル、少女愛好家でもあったからだ。 この本には昭和30年代に氏が撮った少女たちのヌード写真も多数収められているが、かなり大胆なポーズも撮らせている。よほど少女との間に信頼関係がなければこうは撮れまいと思われる。 少女に操を立てて生涯童貞。変態と蔑むのは簡単だが、変態でない人間なんていないのだ。いいじゃん、変態でも本人たちが納得してれば。
で、蛇足のウンチク。 解説にはさんざん、つゆき氏は水木しげるの鬼太郎シリーズ「霧の中のジョニー」(後に『吸血鬼エリート』として改作)と書かれてあるが、水木さんは更にもう一度本作をリメイクしている。児童書『吸血鬼チャランポラン(水木しげるのおばけ学校��)』(ポプラ社)である。出版は1984年のことで、もう二十年以上、水木さんとつゆきさんとは会わずに過ごしている。 ふと、水木さんはつゆきさんに会いたくなったのではないか。「エリート」が「チャランポラン」に。随分零落したものだが、鷹揚な人柄だったらしいつゆきさんと疎遠になってしまった(故意にではなく偶然だろうが)ことに対する、水木さんなりの逆説的な愛情表現だったのではないか。 そして2年後、水木さんとつゆきさんは「水木プロ創立20周年パーティー」で再会を果たす。しかし、そのころ既につゆきさんの体は病魔に犯されていた。 87年、再生不良性貧血で死去。 水木さんが『東西奇ッ怪紳士録』につゆきさんを登場させるのは、10年後の1997年のことである。
2001年04月12日(木) 驚天動地/『ストレート・チェイサー』(西澤保彦)ほか
| 2002年04月11日(木) |
幻想のステキな奥さん/『八犬伝』14巻(碧也ぴんく)/DVD『ルパン三世 生きていた魔術師』ほか |
一日しとしと、春の長雨。 そのへんのポリバケツの側に、女の子みたいなチビ猫でも捨てられてそうな感じである(^^)。 桜の花もすっかり散った。結局行けなかったな、花見。
さて、しげを駐車場で待たせてっからな、と勤務時間が終わるなり、さっさと帰宅しようとすると、職場の若い子が急に声をかけてくる。 すわ、愛の告白か?! ダメだよカオリちゃん、ボクには妻も子もあるんだ(子はね〜よ、ホントは)、こんなキケンな男に惚れちゃイケネエゼ、と、『クレヨンしんちゃん』のひろしモードに入ってしまったが(元ネタはダニー・ケイの『虹を掴む男』やトム・イーウェルの『七年目の浮気』ですわな)、もちろんそんな都合のいい話があるわきゃない。ただの仕事上の話なのであった。 ……オチがつくなあ、ちゃんと(-_-;)。 しばらく話しこんでいて、ふと時計を見ると、しげを駐車場で20分ほど待たせている。 おっと、イケネエ、これで失敬、とその場を立ち去ろうとして、最後に女の子に一言。「明日の晩、『クレヨンしんちゃん』の映画が7時からあるから見てね」。 ……こんなアホが女の子にモテるわきゃないのである(^_^;)。
しげと、今度の東京行きのことでいろいろと話す。 ネットで知り合った方々とのオフ会、しげは相当緊張しているようだ。 「行けば楽しいんだろうけど、何を話せばいいかわかんないし、ツライし」 「そりゃ、オレだって同じだ」 「人見知りだもん、オレ」 「オレもそうだぞ。誰も信用しないが」 確かに、私のように、客を口車でだまくらかす商売してる者が「人見知り」などと言っちゃイカンようにこの世はできているようなのである(^^)。
しげにはともかく表現力がない。 一応、自分でもそのことは自覚しているらしく、「オレの言うこと、みんな冗談だと思われてるんだろうなあ」とベソをかいている。 なんでも、先日珍しくも参加したチャットで、ある男性(既婚)に「好きです」と告白したらしい(おいおい)。 相手はそれを笑って受け流したらしいが、しげは「オレ、本気なのに」と言うのである。 しげの惚れっぽさは尋常ではなく、本人は好みのタイプに拘りがあるようなことを口にしてはいるのだが、実際には年がら年中、誰彼なしに惚れまくっている。……それでコンビニで『プレイボーイ』や『週刊現代』立ち読みしている私のことを非難できるのか(^_^;)。 いわゆる「好き」と「結婚」とは別というやつで、「好き」でも一緒に暮らしたいわけではない、ということであるようだ。私と結婚してるのは、「好き」よりも「暮らせる」という理由の方が大きい、ということなのだろう。 「……だったらオレだって同じだよ。好きな女性はたくさんいるけど、結婚したいと思うわけじゃないし」 しげ、それを聞いて、ねめつけるように「それって、『その人を自分ごときが汚したくない』ってこと?」と絡んでくる。 「あほ。このトシになってそんな幻想持つかい」 「だってアンタ、そういう幻想持ってそうだもん」 「全くないとは言わんよ。つーか、女性に対して全く幻想がなかったらオマエが困らんか? 『オレはオマエに全然幻想持ってない』って言われて嬉しいか?」 「……嬉しくない」 「オレはちゃんとオマエにも幻想持ってるよ。『いつかはオマエが家事もちゃんとやるステキな奥さんになってくれるんじゃないか』ってな」 ……自分で言っといてなんなんだが、ホントに幻想だよなあ。 某雑誌はまさしく幻想を売ってるのであろう。
しげの「肉食いたい病」がまた始まったので、先日出かけてしげが気に入った『焼肉のさかい』に行く。 しげは、ここの冷奴がいたくお気に入りになった模様。豆腐の上に小さく刻んだキュウリと味噌を乗っけて食う。辛いもの嫌いのしげが、「辛い辛い」と言いながら美味くてペロリと食べてしまうのである。けど肉の店に豆腐目当てで行くってのもヘンなやつだ。 「ばくだん」と書かれたメニューがあったので、何気なく注文してみたら、これがニンニクの丸焼き。どこがどう爆弾なのかはよく分らないが、匂いがキツイということなのかな。けれどこんがり焼けているので臭みはなく、むしろ口に含むと香ばしいくらい。熱々の皮をめくると、ポロリポロリと中味が転げてくる。なるほど、このへんが手榴弾っぽいかな。 控え目に食ったつもりじゃいるが、肉は肉。ああ、これでまた体重が……。
昨日今日と、睡魔などにも襲われて、唐沢俊一さんの裏モノ日記も覗いていなかったが、みてみると9日の日記に永井一郎さんの著作に絡めて、教育論を語られている。 「今の教育に力がなくなっているのは、教育を受けた末にどのような未来が開けているのか、具体的なビジョンを誰も子供たちに示せなくなっているからだろう。ならば、教育以外にビジョンを持たせる方法がないのか、と方向性そのものを変えるべきなのだ。教育の必要性を頭から疑わないで教育論を唱えるのは右翼が皇室論を唱えるのと大して違わない。大前提を疑わない議論は意味がない」とあるのを読んで嬉しくなる。 2、3年前、ある人から、「今の日本には教育しかないんだから」という意見を聞かされたことがある。その人は実際に教育関係者だったから、ある意味ご本人の自負かもしれないな、とは思いながらも、そこに一抹の自己弁護のような、あるいは傲慢さのようなものも感じて、「そこまで日本はオサムイかね」と首を傾げたものだった。 変革が必要なのは誰でも分っちゃいるが、どう変革したらいいのか判らない、ヘタに旧来のシステムを変えて、その過程で自分がスポイルされたらかなわない、教育の危機が声高に叫ばれながら、親も教師も国も明確な指針を打ち出せず「生きる力」などという曖昧な概念しか打ち出せないのはそのせいだろう。 だから、「学校なんてなくてもいい」「進学なんてしなくていい」「就職できなきゃ自分で商売始めりゃいい」と、至極マットウなことを言っても、「でもね」と言い返されちゃうのである。 でも、「でもね」なんて言ってるやつに、現代の教育をどうこう言える資格があるとは思えんがな。
マンガ、滝沢馬琴原作・碧也ぴんく作画『八犬伝』14巻(角川書店/ニュータイプ100%コミックス・987円)。 ついに最終エピソード、安房大戦。原作が余りに長大なため、マンガも映画もアニメも、今までここまでを映像化したことは殆どなかったと記憶する。往年のNHKの人形劇『新・八犬伝』くらいじゃないかな。 途中のコマゴマしたエピソードを随時カットしてはいるものの、よくこの最終編まで辿り付いたよなあ、碧也さん。 タイトル変更だの掲載紙変更だの紆余曲折も相当あったし。 そのせいなのだろうか、全体の印象は戦を題材にしていながらどこか涼やかだ。前半にあった、伏姫の悲劇、浜路の悲劇に代表されるような、因果から来るやりきれなさがカケラも見当たらない。何より、八犬士の顔にかつての憂いが全くないのである。 血を分けた兄弟よりも深い契りで結ばれた義兄弟たちがめぐり合えた歓びだろう。関東連合軍を迎え撃つために各所に分散して行きながら、彼らはみな一様に笑顔だ。 自らの優柔さゆえに、玉梓の恨みを買い、里見家に仇を成すこととなった里見義実の罪業、それを償わんと八つの玉に未来を託した伏姫、言ってみれば八犬伝の物語はたったこれだけの親子の確執が、連綿28年間に渡って書き綴られたものだと言っていい。 罪は償えぬほどに重いものなのか、その罰は永遠に与え続けられなければならないのか。馬琴は「因果」という旧来の理念に、ドストエフスキーの『罪と罰』にも似た結末を用意した。碧也さんは馬琴のその心を正しくマンガ化しようとしているように思える。 あと1巻かあ。優しい終わり方してくれるといいなあ。原作は更に「罪」を里美家が負う形で終わっちゃうから。
蛇足。 今回、写植屋さんがシロウトなのか、誤植が目立つのが気になる。特にルビ打ち。「八房(やつふさ)」が「はちふさ」だったり「網乾(あぼし)」が「もうかん」だったり。「もうかん」なんて人間の名前じゃないだろ。シロウトって言うよりただのバカか?
雑誌マンガ、山上正月作画『WEEKLY漫画アクション5月1日増刊号 モンキーパンチ責任編集 ルパン三世 公式(OFFICIAL)Magazine』(双葉社・500円)。 ……だから通巻ナンバーつけてくれってば。 巻頭特集はモンキーパンチ大賞の発表と、モンキーさんと寺田克也さんとの対談。 峰不二子賞の高田真希子って人、美人だけどバストないぞ。不二子はやっぱりバストが99.9センチないと。最近の巨乳ブームを考えると、そのくらいの女性もいたっていいような。 寺田さん、私より年下なのに、アニメじゃなくて原作の『ルパン』から入ってるんだなあ。対談そのものはヨイショっぽくて面白くないけど、裏話がいろいろ聞けるのが楽しいところ。 毎号、単行本未収録のモンキー版『ルパン』が掲載されてるけど、愛蔵版買ったこちらにしてみれば「どうして???」と疑問符の嵐。完全版の単行本出してよ、全く。
DVD『ルパン三世 生きていた魔術師』。 ……外見はなあ。 確かに緑のジャケットのルパンだよ。 けど監督は大隅正秋でも宮崎駿でも高畑勲でもない。 音楽は山下毅雄じゃなくて大野雄二だ。 何より作画に大塚康生が参加してない。デザインは似てても「動き」が違う。あの手足を持て余したような動きが出せてないんだよなあ。 それにパイカル。三十年ぶりの再登場じゃんかよ。あんな「コツブ」でいいのか? 声、野沢那智もまるで合ってないし。……江角英明さん、どうしてやってくれなかったんだよう。 それでも旧作のテイストが出せてるなら別だけどさあ。「天球の水晶」とか「オルフェウスの竪琴」とか、こういう荒唐無稽さはどっちかと言ったら新ルパンだろ? 旧シリーズのリアルさ、ないじゃん。 それに、主要キャラ以外全然大塚康生デザインじゃないんだもの。世界観、まるで統一されてないよ。 最近、夏のスペシャルが少しずつレベルが上がってきてたんで期待してたんだけどなあ。ラストのマルチエンディングも全く意味なし。結末が違うわけじゃなくて、一本にまとめられなかったんで分散させただけじゃん。
2001年04月11日(水) ヒマなし貧乏/『学活! つやつや担任』A(吉田戦車)ほか
| 2002年04月10日(水) |
ヒミツ、ヒミツ、ヒミツのしげ/『クロサワさーん! 黒澤明との素晴らしき日々』(土屋嘉男) |
しげがソルボンヌK子さんプロデュース、春風亭昇輔さん筆のネームプレートストラップを注文したらしい。 寄席文字(勘亭流ってやつだね)で書かれたカッチョエエものなので、私もほしいな、と思ってたのだが、給料日前なのでちょっと待っていた。 ……抜け駆けしやがってよう。~凸(-~~- ) けど、天然マヌケのしげ、応募要項で「郵便振替で」と明記してあるのに、なぜか定額小為替で申しこんだらしい。……どういう間違え方だ。 ちゃんと対処してもらえるかどうか分らないけれど、ダメだったらン千円ドブに捨てたことになるのかな。
帰宅すると、私宛てにNiftyから郵便が。心当たりがないので首を捻っていると、しげが横からサッと手を出して取り上げる。 「……何だよそれ?」 「Niftyにアンタの名義で新しいIDを頼んだの」 「なんでまた?」 「ホームページ移転しようと思って」 「は? どうして?」 と聞いても既にしげは歓喜のダンスを踊っていてアチラの世界に逝ってしまっている。……こうなるともう、私の声は届かない。 全くストラップの件といい、私にヒミツでいろいろやってるよな、しげも。そのくせ私がヒミツを持つことは徹底して嫌うのだから、人間の格が低すぎるというものである。
しげが劇団のホームページを開設して2年、私がそこから抜けてもう1年以上になる。正直な話、内容の更新は殆どされていない。 パソコン持ってるスタッフが殆どいないというのもネックではあるのだが、持ってるメンバーも、積極的に参加しようとはしなかった。……やる気ね〜よな、みんな。 こういうものは強制して何とかするものではないので、私もさりげなくしか注意して来なかった。余りにさりげなさ過ぎたのか、おかげで誰にも伝わっていない(^_^;)。 ホームページも目先を変えて、心機一転、というつもりかもしれないけど、外見変えたって、中身が変わんなきゃ、どの程度効果が上がるものかねえ。……しかしなあ、10人以上スタッフがいるってのによ、電脳環境に対応しようってやつが殆どいないって、どういうわけなのよ。
夕方、くてっと寝たら、そのまま5時間ほど爆睡。 12時過ぎに目覚めて、あちこちネットサーフィンしたけれど、またもや睡魔に襲われる。 しげがネットを使い始めたので、交替して横になったらそのまま落ちる。で、朝まで目覚めず。通算したら10時間くらい寝てるぞ。何をそんなに疲れていたのだろう。
土屋嘉男『クロサワさーん! 黒澤明との素晴らしき日々』(新潮文庫・540円)。 単行本が出た時、買おうかどうしようか随分迷ったけれど、待っててヨカッタ。 著者について特撮ファンに説明するのは野暮というものであろう。 ミステリアンでありX星人であり、なんといってもガス人間第一号である。 地球の女欲しがったりまだ見ぬ未来に旅立ったり、八千草薫の手術に失敗して病院の屋上で延々泣き続けた人である(最後のは違うぞ)。 近年では『ゴジラVSキングギドラ』で、ゴジラとしばしキック・オフ(死語)したあと、めでたく昇天なさいました。あの映画も毀誉褒貶はげしいが、私ゃツチヤさんが出てることで結構許してるんだけどな。 ご本人はどうやら本気でUFOを宇宙人の乗り物と信じてらっしゃる方らしいので、多分結構トンデモさんではあるのだろうけれど、役者としては大好きだ。SF映画に偏見なく出演されてるってだけで、嬉しくって仕方ないよ。 でも、SFオタクのみなさん、この本で特撮系の話を期待はしないようにね。確かにちょっとは本多猪四郎・円谷英二の特撮コンビの話に触れたりはしてるけど、オタクにとっての目新しい話はそれほどないから(黒澤明が決して『ゴジラ』シリーズをバカにしていなかった話などは面白かったが。やっぱりクロサワは凄いよなあ)。 タイトルが示すとおり、これは『七人の侍』を中心とした、土屋さんが黒沢家に寄宿していた時の思い出を綴ったものなのである。
黒澤明クラスの人間になると、その評価を下すことは容易ではない。 百人百様というより、誤解が誤解を生んでいる面も少なくないだろう、と推察される。 日本のように文化が偏在している国では、「誰もが知ってる有名人」なんてのは実は存在しない。「黒澤明? 誰それ?」とポカンとする人間と、「黒澤明を知らないのか?!」と憤る人間とが、どちらも等価値で存在しているという奇妙な国なのである。 もちろん私は後者なのだが、日頃、周囲にいる人間がほぼ前者なもので、もうイライラが溜まることったらねーやな。 だいたい、国語の教科書・参考書のどこにも「映画」の項目がなくて、『七人の侍』も『生きる』も『用心棒』も見たことがないって世代を生み出し続けてる国なんだぞ、日本は。 そんな環境の中で、いくら「黒澤はスゴイぞ!」と私が口角泡を飛ばしたところで、知らない人にその凄さを伝えるのは不可能に近い。リバイバルもテレビ放送も殆どされなくてビデオも発売されていなかった時期、10年以上、黒澤映画が見られなかったこともあったのだ。 アンタね、子供のころの私はだよ、両親から「ミフネはもう『七人の侍』が最高だ!」とか、「主役が七人もいる映画なんて、それまでの日本映画にはなかった!」とか力説されて、なのに見ることができなかったんだぞ。今やいつだってビデオでレンタルできるようになってるってのにまだ見てないヤツは映画ファンを名乗るなと言いたいぞ、マジで。 現在ですら、アメリカでは『七人の侍』のDVDが発売されているのに、日本では未発売なんだものなあ。……と、この辺の愚痴は本書の内容とはカンケイナイ。 言いたいことは、やっぱり本書を読む前に、黒澤明初心者は、せめて『七人の侍』くらいは見ておいて欲しい、ということなんである。 黒澤明という人がこの文化果つる日本でどのように持ち上げられあるいは全く逆に蔑まれてきたか、その流れを知っているのと知らないのとでは、この本の面白さは天と地ほども違う。
けれど、矛盾するような言い方で恐縮ではあるが、たとえ黒澤映画を一本も見ていなくても、やはり本書を手にとってみてほしいのである。 評論家が扱うことのない、日常の黒澤明、人間黒澤明がここには生きているのだ。それは、肝胆相照らすように黒澤明と衣食をともにした「弟子」である土屋さんだからこそ描けたものであろう。 極めて心情的でありながら、決して黒澤明の名声におもねることのない土屋さんだからこそ黒澤明の喜びも悲しみも憤りも、目の前に黒澤明がいるかのように活写し得たと言ってもいい。 監督と土屋さんと、やたら連れションする話が出てくるのも面白い。 だいたい、二人の出会いからして偶然便所で出会っているのだ。 河原で連れションしてたらヘリコプターが飛んできて飛沫が上がったんで腹立てて石投げつけたとか、そんなエピソード、他の黒澤本に出て来るものか(^_^;)。 「カレーは黄色くなくっちゃ。今のはみんな茶色でダメだ」なんて黒澤さんのセリフ、今の若い人にはわかんないだろうなあ。昔の「ライスカレー」はホントに黄色かったんである。だって食べると舌が黄色くなってたのだ。 グルメなんて言葉がない時代の「味」の方がずっと味わい深かったように思うのは、郷愁だけではない気がする。
土屋さんは、やがて黒澤映画から離れる。 三船さんや他のたくさんの役者さんが黒澤映画から離れていったように。 その理由について土屋さんは詳しくは語らない。 いや、語っているのだ。しかしそれは「監督との確執」だの、マスコミが喜ぶような通り一遍のコトバでではない。 その日、雪が降っていた。 黒澤明が小さく見えた。 土屋さんはそう書く。 そして、多分、それだけで充分だったのだろう。
2001年04月10日(火) 大江山枕酒呑草子/『カエル屋敷のベンジャミン』(玖保キリコ)ほか
| 2002年04月09日(火) |
正義なんて要らない/DVD『指輪物語』/『UAライブラリー10 すごいけどヘタな人』 |
はっはっは、政治家の一連の汚職疑惑、鳩山由紀夫にまで飛び火して来たぞ。 何でも自宅で使ってたクルマが不正供与されたもんじゃねえかってことだけど、たかが車かよ(それなりにお高いモノじゃあるんだろうけど)。 鈴木宗男、加藤紘一、辻元清美と来て、ネタがどんどんスケールダウンしてきてるところが笑える。 もう、どんな不正でも言いから洗いざらい暴き立ててやろうって感じだねえ。 政治家どうし、政党間での、「てめえらだってキタネエことやってるだろ」って目糞鼻糞な状況が出来あがっちゃってるのかな(^O^)。 大橋巨泉その他の連中が「これは社民党ツブシだ」とか喚いてるけどさ、その程度のもんじゃないでしょ? たとえタテマエであろうとだよ、曲がりなりにも政治家が「正義の味方」として機能してるんだったら、誰かが辻元も鳩山も守ろうとするよ。なのに、こういう情報のリーク、必ずしも敵対陣営から出てるってケースばかりじゃないじゃん。もう敵も味方も関係なく、「アイツ、生意気だ」ってメボシつけたやつをよってたかって引き摺り下ろそうとしてるんだよ。 ……つじもっちゃんを土井たか子があっさり切ったのだって、結局、自分に火の粉がかかるのを防ぎたかったからだよねえ。トカゲの尻尾切りは自民党の専売特許ってわけじゃなかったってことだ。
一連の事件の底流にあるのは、「所詮、政治家はみんな同じ穴のムジナ」っていう庶民の感覚じゃないのかな。 庶民はもう政治に「正義」なんか求めてない(もともと期待するほうが間違ってると思うが)。もっと言えば「正義派を気取るヤツ」自体が許せない。まさしく「出る杭は打たれる」。「デシャバリは引っ込め!」ってわけだ。 でなきゃ、どうして不正に関してエラソウなコメント出したやつばかり狙いすましたように疑惑が浮上する? いくらなんでも出来過ぎだよ。 けど、更に先を読んじゃえば、加藤紘一にしたところで、いったん議員辞職したって、そのうち戻ってくる気じゃいるよな。既にそんなニュアンスの発言してるし。で、それを許してしまう土壌も日本にはちゃんとあるってこと。 となれば、不正の糾弾そのものが、ただの出来レースだと言ってもそんなに的外れじゃないよね? で、実はそのことを国民の大多数が受け入れてしまっていると。 つまりはだ、政治が一種のバランスゲームに過ぎなくなってるってことは随分前から指摘されてたけど、それを一般国民も意識し、自覚するようになってきてるってことなんじゃないのか。 だから声だけは上げる。 自分に責任がかかってくることはないから。 出しゃばるヤツを引きずり落とす手助けだけはするのだ。 ……あのね、これってね、感覚的にはね、ストリップショーの観客がさ、前座のコメディアンに向かってさ、ワザと「さっさと引っ込め! 清水ひとみはどーした!」と叫んでるのと同じレベルなのよ。 ……政治についてマジメぶって発言してるやつがみっともないのはそういう理由。……どーでもいーや、政治なんて。
というのはただの前振りです(なんのだ)。 改めまして、年度初めで、マジメに仕事してますよ〜、の有久です。 つーか、仕事に余裕が出来てるからだけどね。 いったいなんのためにやってるんだかわからん仕事回されたって、やる気は起きね〜よ、とりあえず「今何をする必要があるか」ってのが見えてるから仕事が出来てるのだ。 その音頭取りが去年は見えない部署にいたからなあ。 ああ、しかしおかげでゆっくりトイレで昼寝も出来ない。 そのせいで会議中に寝ちゃうじゃないか。 仕事中でも休息は要るのだ。
朝方、しげに頼んでおいた洗濯、やっぱり忘れている。 鶏アタマめ。 そのくせ、要求だけは一人前にするのだ。 「肉買ったからオカズ作ってね。その間、オレが洗濯するから」 それもどうせ忘れるんだろう、と思ってたらまさにその通り。 私が台所仕事してる間、しげのすっとこどっこいは、のんきにパソコンネットなんかしてやがった。 「何やってんだよ!」 「何って何?」 ……脱力。 だんだん腹を立てるだけ時間の無駄って気がしてきたなあ。ヤフオクにかけて売ったろか、こいつ。 誰も買わないって? いやいや、グラム百円くらいなら売れるかも。精肉業者にな。Ψ(`∀´)Ψウケケケ……。 いったん干した洗濯物、適当に二枚重ねとかしてたので、またやり直させる。 今でさえこれだけボケまくってるのにトシとって更にボケたらどういう事態になるのだ。 想像するだに空恐ろしいなあ。
DVD『ロード・オブ・ザ・リング 指輪物語』。 現在公開中のアレじゃなくて、昔のラルフ・バクシ監督のアニメーション版である。タイトル勝手に変えるなよ、公開当時は『指輪物語』だけだったぞ。 前にも見てるんだけど、細かい動きなど確認するつもりで再見。やっぱ、ライブアクションをトレースしただけだから、役者の素人演技がそのまんま映ってるのがどうにもこうにも(-_-;)。実写版より遥かにダイジェストで深みもクソもないし。評価が低かったのもわかるね。 なんでいきなり見返したかっていうと、今号の『キネ旬』に、かつて企画されてポシャった『指輪物語』映画化企画のエピソードが載ってたからだ。 それがなんと1960年代のことで、主演に予定されてたのはなんとあのビートルズ。 フロドがポール・マッカートニーで、ガンダルフがジョン・レノンだと。彼らに意外な演技力があることは(失礼)一連のビートルズ映画を見ていればわかる。これ、笑いごとではなくて、実現してたら案外拾い物になってたのではないか。 予定されていた監督がデヴィッド・リーンにスタンリー・キューブリック! キューブリックは「映像化は不可能」とリタイア、リーンは意欲はあったらしいが『ライアンの娘』の撮影が押して準備に取り掛かれず、結局日の目を見なかったらしい。 ううう、返す返すも残念。ジョン・レノンのガンダルフなんてハマリ役になりそうだったのに。……あとのキャストは発表されてないけど、リンゴは間違いなくサムだろうな(^o^)。 でもジョージがやれる役ってのがないなあ。……馳夫? それだけはちょっと……(-_-;)。
その『キネ旬』誌、やっと、『クレヨンしんちゃん』の映画特集を組んでいる。 三留まゆみさんほかの対談あり、原恵一監督のインタビューあり、これまでの全九作の解説ありで、本格的。 対談、参加者のみなさんがことごとく、「しんちゃんだから」、と映画を見もしないで「下品」と決めつけている評論家連中が多いことに憤りを表明している。 以前、オタアミ会議室に「キネ旬の評論家はアニメを差別してる」と書きこんだら、「そんなことはない」と反論のレスが付いたことがあったが、ちゃんと偏見があるってこと、みなさん証言してるぞ。 その現状認識ができていないトンチンカンなレスつけた人、マジメなのはわかるけれども、以前もほかの人のコメントに視点のズレたレスをつけた人なので、それ以上相手にする気になれなかった。 最近オタアミに書きこみにくいなあ、と感じてるのは、何となく不毛な論争に巻き込まれやしないかとおっかなびっくりになってる面もあるんである。 と言いつつ、今度の『しんちゃん』の新作が面白かったら、また書き込みするかもしれないけど。 ……『オトナ帝国』は12日テレビ放映かあ。 劇場版のムックも5月に発売するしな。 また、『しんちゃん』の季節が巡って来たようだ。
マンガ、日本貸本漫画保存会『UAライブラリー10 すごいけどヘタな人 貸本ヘタまんが特集号』。 収録作品は峰しのぶ『遠い夢の日』、尾瀬京子『ノリちゃんは死んだ』、桂すみれ『月夜の宝石』、南原治子『白い花の恋』の四本。 ……どう感想を書いていいものか(^_^;)。だってタイトルが既にこのマンガ群の本質をヒトコトで言い表してるんだもん。 ストーリーを話したってなあ。 全部不幸な少女が幸せになるか更に不幸せになるか、どっちかの話しかないし(^o^)。 ともかく絵を見てもらわなきゃ仕方がない。百万言を費やしたって、これらの絵の「ヘタさ」をコトバで伝えることは不可能だろう。「パースが狂ってる」とか「絵柄が古い」とかいうレベルではないのよ(-_-;)。 欄外にソルボンヌK子さんほかのツッコミコメントがついてるのはこのUAライブラリーの特徴だけど、もう一冊買って、私もツッコミ書き入れてみたいくらいだ。 「リボンが水玉……のつもりだろうけど鹿の糞が付いてるみたい」 「この男の子の足は、両方に曲がるのですか?」 「女の子が手に持ってるのは海草? 鉄条網?(草花描いたつもりらしい)」 「ハモニカ吹いてるのか菱餅かじってるのか、どっちだ」 「バックにゃフツー、花だろう。なんで枯れ木とただの葉ッパ?」 「あっ! 肩からクローバーとヘンな花と葉っぱが生えている!」 ……まだこれでふたコマ分(-_-;)。キリがないのでやめます(´。`;)。 しかし、こんなので昔は一応食ってはいけたんだから、ホントにおおらかな時代だったのだね。
2001年04月09日(月) ハートブレイカー/『DRAMATIC IRONY』(藤崎竜)ほか
| 2002年04月08日(月) |
ゲイは身を助く/『光の島』2巻(尾瀬あきら)ほか |
この日記ではできるだけ妻の恥を晒さないように気をつけている私である。 ……誰だ、「ウソつき」と言っているのは。 ジマンじゃないが、ウソとボウズのアタマとドロナワとはゆったことがないぞ。 でも、恥をしのんでここに暴露してしまおう。私は今、妻の暴挙に対して憤りを感じているからだ。
妻は自分の衣服に関しては実に無頓着である。 いや、飾らないとか素のままというレベルではない。 おシャレをしないどころか、そういうのを一切ムダ、と考えてるフシがある。 その結果どうなるか。 服を買うのがもったいなくて買わなくなる。 それも下着もだ。 だって、下着は必要でしょ? そう仰る方もおられよう。 その通りだ。 いかなしげとて、下着は身につけねばならない。 しかししげは殆ど下着を買わない。 ではどうするか。
私の下着を身につけているのである。
ああ、ついに言ってしまった。 これだけはいくらなんでも日記に書いちゃうと、しげが恥ずかしかろうと、今まで秘匿していたというのに(でも実は書いてて忘れてたりしてな)。 けれど、もう、私には我慢の限界なのである。 しげには何度も言った。 「オレの着るなよ。オレが着るのがなくなるだろ?」 しかししげは無視しまくって私のシャツを着ている。 「だって楽なんだもん」
じゃあ、なぜ下まで履く。
しかも、同じシャツを何日も着続ける。 その結果どうなるか。 実はしげは巨乳である。 爆乳と言ってもいい。 小池栄子かMEGUMI並にはあるであろう。 なんたってバストがいちめーとるあるのだ。誰かが聞いたら激怒するであろう。 そいつが私のシャツを着続けたらどうなるか。
そう、伸びるのである。 胸のところが、ダランと。 そういうシャツが、今、ウチではどんどん量産されているのだ。 ……そんなんなったの、二度と着れるか! オレの着られるシャツまで減らすな!
「アブトロニック」買うカネあったら、下着買え。
さて、そのしげは今日、『WX�掘戮鮓�に行ったらしい。 「どうだった?」と感想を聞いたら、「まあまあ」。 基本的にしげは「キャラ萌え」タイプの人間だからなあ。「こいつが好き」ってキャラがいなかったのかも。 しげが好きな後藤隊長も今回は精細を欠いてるし(もちろんそれが脚本の意図なんだが)。 人物もそうだが、私に興味があるのは、ドラマやディテールだったりするので、「秦が手を離すところとか、よくなかった?」と聞いてみる。 「手が滑っただけじゃん」 と言うので、「その前のとこだよ、一回、冴子の手を離すじゃんか」と言うと、「アンタもオレを捨てるんでしょ」と恨みがましい目で私を見る。 ……脱力するなあ(-_-;)。 あんなあ、わしゃ別にオマエの手を離したわけじゃないぞ。 シチュエーションの全く違う架空の話を現実にムリヤリ当てはめて怒るなよ、それが「被害妄想」ってんだ。
映画本編に「2ちゃんねる」が登場するので、久しぶりに『WX�掘戮良照修呂い�がなものか、とアニメ版を覗いてみる。 予想通り賛否両論でよろしい。 肯定派も否定派も、どこか視点が偏ってるというか、まさに盲人が象を触るがごとき批評、感想、賛美に罵詈雑言である。 今更、2ちゃんねらーたちのトンチンカンぶりをあげつらっても仕方なくはあるのだけれど、何十人何百人という人間が書きこみしていて、ただ一人として、脚本とり・みき、総監督高山文彦の名前を挙げて批評しているものがないというのはどうしたわけかね(^o^)。 出渕さん自身が「この二人に映画を作らせることが目的だった」と言ってるのにねえ。 「2ちゃんねら〜だから仕方ねえよ」ということではなくて、ニフティの映画版などでも「説明不足で分らん」という声は多い。昨日も書いたが、そりゃ映画を見るチカラが本人にないだけなんだがなあ。それは決して「とり・みきが脚本に不慣れ」なわけではないのだ。 でも、そのあたりの感想が出ることは予想範囲内だったのだけれども、「横溝ミステリのようだった」なんて感想にはさすがにコケたな(^_^;)。 しかも賛同者いるし。 それを言うなら「松本清張」だろう。水上勉だったらまだギリギリ理解はできるが、どこに横溝? つまりはミステリにおける本格と社会派の違いも分らないくらい、基礎教養に欠けてる連中がネットにゃもうゴマンといるってことなのだ。 「知識がなくても語るべきだ」ってのは私の持論ではあるが、かといって私ゃ普段でもそういう連中とばかり仕事してるのだ。わざわざ2ちゃんねるに行ってまでそいつらと論争する気力・体力はないのよ。知り合いで不毛な論争に巻き込まれて果てちゃった人もいるし(^_^;)。 けれど、私は「2ちゃんねる」を決して否定しているわけではない。たとえどんなにアホな意見、あるいは差別的な意見が書き込まれる場所であろうと、「論争の場」が否定されていいはずはない。 それに、「今や批評という行為自体が成り立たなくなっている」という小林信彦の言を証明するものとして、あの「2ちゃんねる」は機能している。 これから先、人が新たな批評の形を模索するとしたら、やはり「2ちゃんねる」という「俗」のエネルギーを内包したものでなければならないのではないか。 ……まあ、そういう固っくるしいことは抜きにしてもね、ヒットはもともと見込めない映画だから、どんなかたちででも話題になって、DVDが出たら買ってやろう、というファンが増えてくれた方がいいってこと。
仕事帰りにマルキョウで買い物。 果物程度しか買わないつもりだったが、ついつい冷食なんかを買い込む。 案の定、しげが私の冷食を勝手に食いつくしてたので、補充せざるを得なくなったのである。 串カツを買って、しげにやるが、「タマネギばかりだ」「油が濃い」と文句を垂れて私に返す。食ってみるが、別にべとべとした感じはない。コロモがぱらぱら落ちるくらいだから、カラリと焼けあがっているほうだ。揚げ立てじゃないから油っこいように感じるだけで、だったらウチに帰って電子レンジにかければいいのだ。 そういう手間を惜しんで食欲に負けて食いものに食らいつくからかえって損をする。所詮は身から出たサビってことなんだよなあ。
帰宅してメールを開くと、ヘンなメールが。 いや、ただの宣伝メールなんだけど、以下のようなもの。
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……(・・;)。 なぜにこんなものが私のところに? 無作為に送ってるんだろうなあ、とは思うが、知り合いが誰一人存在を知らなくて、私だけがターゲットにされてるんだったらヤだな。 わしゃそのケは全くないぞ。 めんどくさいものが来たなあ、さっさと削除しちまおう、と思ったが、その下にあった「ゲイ占い」をふと見て、脱力。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◇◆今週のゲイ占い◆◇
おひつじ座 :最近始めたオ○ニー日記。母親にみられて赤ペンされてた。
おうし座 :仕事の上司に告白!親父度87%タイプだ!!
ふたご座 :二丁目デビュー。声をかけてきたのは槙原●之だった!!
かに座 :あだ名が「むねお」になる
しし座 :ゲイ専用の裏ビデオ入手!やっぱり外人のはぺ●スは大きい!!
おとめ座 :「前世の頃の友人」と名乗る人が話し掛けてくる
てんびん座 :スポーツジムで筋肉観賞してたらナンパされた!
さそり座 :ヤフオクで(「童貞」売ります)を発見!!
いて座 :T●S深夜番組「ワンダフルボーイ」〜男と男の水着大会!〜 思わずイってしまう
やぎ座 :同窓会にきた友達が女になってた
みずがめ座 :花粉症でち●こがむずむず
うお座 :アントニオ●木に張り手をくらう
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……バカだなあ。とことんバカだ(^o^)。 よくわからんのがかに座の「むねお」。あの人ゲイなの? 花粉症ってあそこまでムズムズするものなの? アントニオ猪木に張り手を食らうのは嬉しいのかツライのか。 うーむ、ゲイの世界は奥が深い(^_^;)。 けれど、こういう明るいゲイはいいよな。 こっちに迫られるといやだけれども。
……こういうの、とっても喜びそうな人に心当たりがあるので、その人のサイトのBBSに紹介する。 レスがつくのが楽しみだ♪
マンガ、尾瀬あきら『光の島』2巻(小学館/ビッグコミックス・530円)。 過疎に悩む沖縄・唄美島に呼ばれてきた少年、光くんの物語第2弾。 現実にもあったことなんだろうけれど、相当脚色もあるんじゃないかな。ともかく、トラブルが都合よく起きすぎるから(^_^;)。 爺ちゃんが病気になっても緊急ヘリは来ないわ、謎の男が島に住みつくわ、祭りは台風で中止になるわ、せっかく友達になった由美ちゃんは島を出ることが決まるわ、お母さんは光と離れ離れでちょっと心を病んで来るわ、いくらドラマを盛り上げるためだからって、ここまでテンコ盛りにすることはなかろう。 これじゃかえって読者、「島の生活はどうしようもない」と思っちゃうんじゃないか。少なくとも私は「そんな島、さっさと捨てちまえ」と思うようになって来たぞ、だんだん。 テーマは確かに重いんだけど、こうもムリヤリ感が強いと、それをどの程度真剣に考えてマンガ描いてるか疑問になるんだよな。 でも、由美ちゃんかわいいから、このまま転校しないでほしいなあ(お前こそ何を見てるか)。
マンガ、石ノ森章太郎原作、MEIMU漫画『キカイダー02』4巻(角川書店・567円)。 あ、瘋癲和尚死んじゃった。 原作じゃ、最後はどこへ行ったかわかんなくなってるキャラだったから、一応キャラにキチンと始末をつけて行こうって感じで描いてるのかな、MEIMUさん。 ああ、しかし「巨大01」っていったい……。シルバー仮面ジャイアントを思い浮かべちゃったのは私だけか?(^_^;) しかも設定、殆ど巨神兵だし。 原作を発展させるのはいいんだけど、それがどこかで見たようなものになっちゃ、しゃあねえんじゃないのかね。
2001年04月08日(日) デイ・アフター/『漫画 巷説百物語』(京極夏彦・森野達弥)ほか
| 2002年04月07日(日) |
少女はやがて怪物になるのだ/映画『WX�掘。丕腺圍味腺贈錬辧。圍硲邸。唯錬孱稗釘魁戮曚� |
さて、今日は昨日取りやめた映画『WX�掘。丕腺圍味腺贈錬辧。圍硲邸。唯錬孱稗釘魁戮鮓�に行く日だ。 しげは練習なので、ほったらかして私だけ行く格好になるが、もう一緒に行動する時間は取れそうにないので仕方がない。 『しんちゃん』はどうしようかなあ、もう再来週公開で前売りも買ってるんだけど。初日の朝から行きたいんだけど、しげ、やっぱり練習だしなあ。 一人で行けば、しげに涙見せずにすむけどな。もっとも、今年もまた泣くとは限らんが。
AMCキャナルシティ13、開演の30分前に行ったのだが、舞台挨拶目当てのオタクどもが、300席ほどはあろうかという会場の、もう3分の2を占めている。けど、多分ほかの日は入ってないんだろうなあ。 なんたって、公開2週目でもう朝上映2回のみ、併映の『ミニパト』、第2話すっ飛ばしてもう第3話上映だもの。今週で打ち切るってことだな。
もう真中の席は最前列くらいしか空いていないので、まあ、ゲストの方、間近で見られるし、とそこに陣取る。 隣に座った連中、チャパツでスタイルもよく、一見フツーの若者に見えたが、会話を聞いていると、「もう2回目ですよ」とか言っててやっぱりオタク。 垢抜けてきたなあ、オタクも。
定刻通り、舞台挨拶。 ホームページの予定では、来館されるのは、綿引勝彦(声優)、とり・みき(脚本)、神山健治(ミニパト監督)、西尾鉄也(ミニパト作画)の四氏となっていたが、神山・西尾の両氏は来られず、実際に来られたのは、スーパーバイザーの出渕裕氏。 ……『ラーゼフォン』の監督はどうした(^_^;)。
MCの女性が美人でハキハキしてて、まずは好感。 簡単な挨拶だけですぐにゲストを案内するのもイイ。 こういう時にデシャバリなオタク男がMCすると、目も当てられないこと多いからなあ。某き○○博のように(まだ根に持ってるのか)。
綿引勝彦さん、いやあ、ナマで見ると顔がでかい。 さすが舞台俳優、肩幅の半分、顔だ(ホントかよ)。 テレビではこわもての刑事とか、頑固な親父とか(福岡じゃ昼間ずっと『天までとどけ』再放送してる。MCでも「福岡には再放送でお馴染み」って紹介してたが、そんな紹介のしかたあるんかい。オタクは知らんぞ。私は入院中よく見てたが)、そんな役を演じることが多いんだが、一番綿引さんらしさが出るのは舞台だと思う。口跡がはっきりしてるから『仮名手本ハムレット』みたいなケレン味のある舞台だと映えるんである。 綿引さん、いきなり「今日はポケモンの宣伝に来たのではありません」とウマイつかみ。綿引さんがオタクサービスまでできちゃうとはなあ。役者だなあ。 ともかく、今回の映画を誉めること。 「セリフが少ないが、その裏にある人間の思いを表すのが難しかった。しかし、それだけの映画になっている。アニメは今や実写以上に映画の最先端を行っているのではないか。試写を演劇連中と一緒に見に行ったが、そのあと口角泡を飛ばして論じ合った。これはぜひたくさんの人に見て頂きたい」 宣伝はあるとしても、かなり本気で語っているのではないか。アニメに参加した声優でない役者さん、いろいろコメントを述べさせられるが、本気で言ってるのか、単なるリップサービスなのかは、やはり分る。 『うる星やつら2』の藤岡琢也、『パトレイバー2』の竹中直人、『オトナ帝国』の津嘉山正種、彼らの誉め言葉は殆ど本音だと思う。なぜなら、その言葉に役者の眼から見た「批評」が伴っているからだ。 でも、「ここだけの話ですが」と前置きして、「吹き替え(アフレコと言わないところが綿引さんらしい)のとき、絵が全くできてなくて、エンピツ画だけだったのが辛かった」とも(^_^;)。 いわゆる「線録り」ってやつだね。原画しかできてなかったんだろうなあ。パイロットフィルムはできてたんだから、完全に原画のみってはずはないんだが、そういう印象がよっぽど強かったんだろう。 確かに、本編を見ると、あ、ここの演技は絵がなかったな、とはっきり分るシーンがいくつかある。綿引さんが演じている久住刑事が、絵では随分走っているのに声はそれほど息が切れていなかったり。 役者にとってこういうのは、本音を言わせてもらえるなら禍根だろう。「どうか、そのことを念頭において見て下さい」と綿引さんが念押ししているときの出渕さんのこまったような顔がなんとも(^o^)。 最後に「福岡には年に2、3回来てるので声かけて下さい」とこれは明らかなリップサービス。ホントに声かけちゃいたいな。
とり・みきさんは以前お会いしてから(随分会話したから、「お会い」と言ってもウソにゃならんだろう)、もう20年経ってるから、こちらのことなんて当然覚えちゃいまい。 けど、あのころと印象が殆ど変わってない美青年なのにビックリした。 美少年は老けないってホントだったんだね。 MCさんが「マンガ家として、同じマンガの原作を乗り越える苦しみは?」と質問したのに対して、「もともと依頼されたのが、『原作無視していいから』でしたから」と軽い返事。でも、雑誌記事では「映画企画がどんどん大きくなって困った」とか、パンフにつけた四コマでも「脚本改稿が13稿(^o^)」とか苦労を語ってるけど。 「綿引さんが仰ったとおり、セリフが少なくて説明不足に思われると思いますが、何度も見て下さい、ミニパト週替わりのついでに」の説明に会場が受ける。 「アニメは饒舌になりがち」の一言に、とりさんの「今のアニメが映画として成り立っているのか」というさりげない批判が伺える。
出渕さん、いきなり「『ラーゼフォン』監督の出渕です」(^o^)。 やっぱり、忙しいところを抜け出してきたとか。 「最初はビデオ企画だったんですけどね。この映画は自分が関わった作品で一番長くかかった作品で、普通自分の作品はできても見返したりしないけど、これだけは劇場で見たいから」と、宣伝に一役買いたいと参加したのだと仰ってたが、神山さんたちが来られなくなったからじゃないのかなあ。 企画の立ち上げ時、とりさんに「特車二課出さなくていいから」だけならまだしも、「怪獣(廃棄物13号)も出さなくていいから」と言ったってのはスゴイ(本人は「そう言ったの忘れたけど」と言ってたけど)。 「『パトレイバー』はブランドであって、それを利用してとりさんと高山文彦さんに映画を作ってほしかった」、これが出渕さんの本音であって、そのことを知っているか知らないかで、この映画を見る目、相当変わるんじゃないか。 ともかく、お三方の解説で、否が応にも映画への期待が高まる。
最初の上映は『ミニパト』第3話「特車二課の秘密!」。 こういうSDものが併映につくと、たいてい「本編より面白い」と言われちゃうものだが、全くベクトルが違うものを単純比較するアホの言である。 上映後やっぱりそんなことつぶやいてたアホがいたが、これ、「ゴジラよりハム太郎の方がおもしろかった」つて言ってる小学生と全く同じレベルだぞ。 でも面白いな、『ミニパト』(^o^)。 特車二課の食糧事情を南雲さんがパソコンに入力、記録して行く、という体裁は、後期OVAシリーズ「ダンジョン再び」でも使ってた手法だけれど、セルフパロディのように南雲さんに「あのいい加減なOVAシリーズ」と言わせてしまうあたり、思い通りの方向に行かなかった押井さんの恨みが脚本に表れている。 ウワサの割り箸CGアニメ、こういうギャグものにはぴったり合っていて効果は抜群。でもCGのドットが粗かったのはちょつと気になった。 欲を言えば、榊原良子さんの語り、もっとハイテンポで千葉繁さんみたいにぶっ飛んでたらもっと面白くなってたと思うんだが、他の二本は大林さんと千葉さんがナレーションしてるそうだから、やはり三本比較して見るとその面白さが解るって仕組みになってるんだろう。 ……週替わり上映なんてアコギだって、とりさんも言ってたぞ。 あ、あと『パト2』見て、荒川さんのファンになってた方、あの方、事件のあと証拠不充分なのかどうか分りませんが、無事もとの職に戻って、後藤さんのブレーンになってたみたいです。よかったね。
さて、いよいよ『ウェイステッド・サーティーン』。 実のところ、不安ではあったのだ。 何しろ、劇場版、1・2からこれだけ間が空いての公開、とりさんは初の脚本。 高山監督も、『ポケットの中の戦争』が傑作になったのは山賀博之脚本に助けられてのことだと私は思っていたから、今回のとり脚本とどう格闘しているか全く読めない。 果たして、伊藤和典、押井守の色濃い前作と比較されて、それに堪えられるだけのものになっているかどうか。
杞憂だった。 結論から言えば、こんなに私の「好み」の脚本に仕上がってるとは思いもしなかった。 つーか、この脚本の妙、読めなかったら、映画ファンとは言えね〜よ。 確かにセリフは少ない。 しかし、それは説明の必要がないからだ。 まず、主役の久住がなぜ片足を引きずっているか、なぜ家族から見捨てられているか、そんなことは一切語られない。それがいい(「こないだ見たビートたけしの『張込み』とは雲泥の差だ)。 「それじゃキャラクターに感情移入できない」と思ったやつ、小津安二郎を見ろ。初期の黒澤明を見ろ。説明なんかしてね〜よ。映像と音でちゃんと見せてらあ。いちいち説明されなきゃわかんないのはガキだぞ。 今、「小津・黒澤」と言ったが、まさしくこの映画はその抑制されたセリフによつて綴られる日本映画の流れにあるもので、これがスゴイことに、怪獣映画でありながら、怪獣映画のセオリーをことごとく裏切っている。 つーか、出渕さんが言った通り、「基本的に」怪獣が登場しなくていい映画になっているのだ。
湾岸で次々と起こるレイバー襲撃事件。 それは殺人事件にまで発展する。 捜査を開始する久住と秦の両刑事。秦は捜査の過程で、岬冴子(原作の西脇冴子)という女性と出会う。 隕石から採取され、培養された後、廃棄されたはずの宇宙生命体。 彼女はそれに人間の癌細胞を移植していた。 その怪物、「廃棄物13号(ウェステッド・サーティーン)」が事件の犯人だったのだ。
事件の捜査の過程を地味に地味に追い続ける描写は、まさしく黒澤明の『野良犬』。ラストの13号との対決シーンで、ピアノが流れるコントラプンクト(対位法)まで。しかも、『野良犬』でピアノが流れるのは「偶然」だが、今回は「必然」である。それだけリアル志向が徹底していると言っていいだろう。 劇中でのタバコの使い方、これもうまい。 煙草を止めている秦が最後に無表情に煙草を吸う。なぜそうなったかは説明の必要もない。 これは『晩春』の「瓶」なのだ。……小津だよなあ。 ……ネタバレを避けて書いてるので、何のことか分りにくい人もいるだろうが、想像して下さい。
実のところ、怪獣ものをリアルに描く、なんてことは不可能に近い。 だから、たいていの怪獣ものはファンタジーに逃げる。映画そのものが一つのファンタジーである訳だから、それは構わないのだが、所詮、「絵空事」と批判されることにもなりかねない。 培養された宇宙生命体。 そこまではいいとして、それが巨大化し、人を食らい、更に「レイバーを着こんで」レイバーと戦う。 ここまで来ると、「荒唐無稽」の謗りすら受けかねない。 実際、ラスト近く、イングラムとの戦いが近づき、13号の姿が露わになるにつれ、それまでの「刑事もの」との違和感、久住と秦の存在と、ドラマとの乖離が始まると、「やっぱり怪獣出さないほうがよかったんじゃ……」という不安がよぎったのだ。
しかし、レイバーを怪獣が着こむことに、原作と違う、あのような別の意味を持たせるとは! 13号の装甲となっていたレイバーが破壊され、その中から現れたものは……。 そしてそのとき初めて、西脇冴子がなぜ岬冴子にならねばならなかったのか、怪獣の少女のような悲鳴と、冴子の横顔がなぜオーバーラップしなければならなかったのか、それが見えるのだ。 冴子は言う。 「怪物、廃棄物13号、人はいろんな名前であの子を呼ぶわ。けれど私にはあの子の名前はたった一つだけよ」 その名前を冴子は語らない。 語らないが誰もが知っている。その名前を。 そして気がつく。彼女が、今まで13号の名前を一言も発していなかったことに。 それまで冴子の狂気の描写は数少ない。しかし、その瞬間、その「狂気」を示すシーンが観客の脳裏に蘇える。 そう、それは「狂気」だ。物狂おしいまでの「愛」。 う、うまいよ、とりさん!(ToT) ……ここは泣く。確実に泣く。特にあなたが「○○」ならば。 見る人によっては、ここで、秦が冴子の手を「二度」離したこと。 これを不自然、あるいは非情と見る人もいるだろう。 しかし、秦はあのとき気づいたのだ。 冴子が、言った、「あなたなら私を止めてくれるかと思った」。 その言葉がウソだということに。 「あなたは少しあの人に似てる」 そう、「少し」でしかないことに。 冴子の目は、秦には向いていなかった。 誰が、冴子の手を握ったままでいられるだろう。
そして、秦は煙草を吸ったのだ。
これは、刑事ドラマである。そして、多分、とても切ない、恋の物語だ。 なぜ切ないのか。 男の恋は女から裏切られるしかない、その真実をこの物語が語っているからだ。 なぜなら。 少女は、やがて母になる。 そして、怪物を生むからだ。 あなたが父親なら、知らねばならない。あなたが愛した女が生んだ子供は、将来、「怪物」になるのだと。
もう、一つ二つだけ補足。 今回、再三、スタッフの人たちが言ってますが、特車二課、ホントに殆ど出て来ません。だから『パトレイバー3』を期待したら確実に裏切られます。 つーか、パトレイバーシリーズとして作らなければ「売り」がなかったのは分るけれど、完全に切り離して作ってほしかったくらいです。それは出渕さん自身が、『パト3』というサブタイトル外してほしかった」と仰ってたくらいなので真実でしょう。 そして、キャラクターデザインについても、できればもっとゆうきまさみ色を排除してほしかった。ゆうきさんの絵、好きだけれど、表現力に欠けます。あのドラマには不充分。 久住はともかく、秦の線はゆうきまさみに近いので軽くって……(-_-;)。 作画監督の黄瀬さん、前二作に続いての当番だけれど、ゆうきさんサイドのスタッフに押しきられちゃったんだろうなあ。 大半のスタッフが、できるだけ押井色排除しようと思ってたんだろうけど、でも廃墟と鳥という押井二大アイテムはちゃんと出てくる。犬はいないけど(^o^)。
自衛隊をはっきり悪玉(ちゃんとアメリカとつるんでるし)にしてることも近年の日本映画じゃ珍しいし(『ガメラ2』へのアンチテーゼか?)、後藤隊長がここまで完璧に出し抜かれるのも珍しい。 国粋主義の方は、きっと腹立つから見ないようにね。
映画見たあと、ZUBATさんと待ちあわせて、天神のベスト電器で落ち合う。 ZUBATさんも『パト3』見たかったそうだが、残念ながら午後はもうやってない。 「朝から来られれば舞台挨拶も見れたんですよ」 「あ、朝は二日酔いでしたから」 じゃあ飲まなきゃいいのに、というのは酒飲まない人間の発想なんだろうな。しばし、ガイナックスの変遷、岡田斗司夫さんがどうしてガイナを辞めたかなど、ヤバイ話で盛りあがる。 お貸しするビデオカメラ、しげが一つ袋にまとめておいてくれたので、お渡しするのは簡単だったが、ひどく重い。ここまで運んでくるのも大変だったが、仕事に使うのもひと苦労だろうなあ。 ジュンク堂に回って、唐沢俊一さんの新刊、『怪網倶楽部』を探したのだが、東京ではもう平積みされてるらしいが、まだ福岡では発売されていないようだ。 仕方なく、というわけでもないが、ZUBATさんお勧めのマンガなど買って店を出て別れる。
再びキャナルに戻って、ラーメンスタジアムのある店で、みそラーメンと餃子。 辛過ぎもせず、あまったるくもなくちょうどいい味だが、半面個性に欠ける。 ほかの店は長蛇の列だったのに、ここは空いてるから、と考えたのだが、列ができない、ということはやはりそれなりに理由があることなのだった。
帰宅して数時間ひと寝入り。 起きて、アニメ『サイボーグ009』第25話「ミュートス、終章」。 おお、オープニングが今回1回きりのミュートス前回までのあらすじ編。 これはなかなか燃えるな。 原作紹介時には与えられてなかった名前、それぞれに付けられてるし。 今見返してみると原作の「ライオン男」がアニメにはいないけれど、これ、もともとはヘラクレスあたりの動物化だったんだろうな。 カットされたのはこれ入れちゃうと9対9にならないのと、『怪物島編』の獅子頭博士とキャラがかぶるせいだろう。細かいところまで配慮してはいるんである。
アキレス、ヘラ、アルテミスと順番に死んで行くのはいいとして、あとのキャラを一気に殺して行ったのはちょっと性急な印象。 本当ならあと二、三話長く見てたい話なんだけど、ともかく膨大な量の原作だし、クオリティを維持するためにはこのへんが限度なんだろう。 紺野直幸さんもやっと作画監督に戻ってきたし今後に期待……と思ったら来週は総集編『ギルモアノート』か。 まあ、番組編成期だから、今まで見てなかった人のために、ということで局の方も許可したんだろうな。これで一息ついて、もうひどい作画の回がないようにしてほしいものである。
夜、またもや某チャット。 オタクサイトってわけじゃないのに『うる星やつら』だの今日見てきたばかりの『パト3』で盛りあがる。 うう、詳しいこと書きたいのになあ。書けないのがなあ。
帰宅したしげ、私がチャットしている間にこっそり買って来たおかずを一人で食って、メシをおかわりまでしてたが、そのまま寝て、急にこむら返りを起こしてひんひん泣いている。 セコイことやってるからバチが当たってるのだな。
2001年04月07日(土) 初めての花見/DVD『ブルース・ブラザースBBパック』
| 2002年04月06日(土) |
スランプで寝てたっス/『COJI−COJI』完全版1巻(さくらももこ) |
さて、予定通り更新が遅れている私である(^_^;)。 以前の更新の遅れは、単に疲労の蓄積だったりしたのだが、ここ数日のは実は「スランプ」であった。 ……おお、私にもあるのか、スランプ。 だいたいにおいて、私は文章を書く時、悩まないタイプである。 小学校の時から、1時間授業の中で作文を書きなさい、と言われたら、そのときにはもう書きはじめている。 50分授業だと、課せられる枚数は400字詰め原稿用紙で5枚が限度。たいていみんな2、3枚しか書けず、残りは宿題、ということになっちゃってたのが、私一人、7、8枚書いてたりしてたのだ。 教師が「書けるだけ書きなさい」と言うものだから、素直にそれを守ってたのである。でもこういうのが級友からは「イケスカネエやつ」と見られてた原因の一つだったらしい。 今やパソコンでキー打つだけだから、1時間なら十数枚は書ける。毎回随分書いてますね、と言われるが、実は20枚書くのに2時間かけちゃいないのだ。
なのにである。
パソコンの前でウンウン唸るのだが、書けない。 何を書けばいいのか分らない訳ではないのだ。 内容は決まっている。 構成も考えてある。 なのに最初の一行が出て来ない。 こんなことは初めてである。 なんでこんなことに、と周章狼狽、ヘンなもんでも食って当たったか、と思って、ハッと、これが「スランプ」というものであるかと、やっと思い至った。
原因は何なのか。 つらつら考えるに、一つは診断結果が悪かったせいだろう。 自分ではあまり気にかけてなかったつもりなんだが、深層意識では結構コタエていたのではないか。 なんたって失明宣言である。 今までも何度か「危ないよ」と宣言されてきてはいたものの、「あと十年」なんて区切られたのは初めてだったからなあ。 本も映画も見られなくなる日が来る、あるいは死が目前に迫る、覚悟はしていてもそれが現実のものとして目の前に迫ると、人間やはりあがいてしまうということなのだろう。 そういうのはみんな運命だからなあ、諦めるしかないんだけれど、諦めがつかないのもそれが人間である何よりの証拠なのだね。
もう一つ心当たりがあるのが、ここ数日であるトラブルに巻き込まれちゃったのだが、諸事情でそのことがこの日記に書けないことである。 基本的に私は日記には知人の悪口でも書く。親しいほど容赦しない。 ある程度個人の不利益になる表現は避けるが、悪口書いても影響がない(あるいは書いた方が当人の益になる)と判断したら、そりゃもう書きまくる。 それで当人との仲がこじれたらどうするの、とはよく言われるが、「なぜそんなことを書くのか」という筋道はちゃんと提示しているのだ。それでこじれちゃあようなら、何をどうやったって、結果としてこじれるようになってるのだ。 だから、今回のトラブルについても面白おかしく書こうかとちょっと考えはしたのだが(その関係者の方々に親しみを感じているからこそ)、別の意味で相手を傷つける危険性に気づいたので「今は書けんなあ」と判断したのである。 事情がわかんない人には何を書いてるのか自体、よくわからんだろうけど。
で、そのことが書けないなあ、と思ったら、連鎖的にほかのことが書けなくなつちゃったのである。 意外と私って繊細? でも、今日、たっぷり寝たらケロッと治ってやんの。 なんなんだ私のスランプ。 つーわけで、今日は一週間の疲れが一気に来てる感じで、昼間はずっと寝る。 便秘のせいか、腹から腰にかけてメチャ重い。 少しでも体を軽くしようと風呂に入って腹を揉んで、それからトイレに篭るのだが、ガス一つ出やしねえ。 仕方なく横になって寝る、の繰り返しである。 本当は今日、『機動警察パトレイバー』の劇場版第3作を見に行こうと思ってたんだけど、明日スタッフの舞台挨拶があるってんで、今日行くのはやめた。 結果的に今日の予定が空いちゃったんだよねえ。 こういう時こそ日記の更新したかったんだけどなあ。 スランプ恐るべし。
昼飯は冷凍の喜多方ラーメン。 チャーシューとメンマと何かの菜っ葉も一緒に冷凍されてて、それで百円ちょっと、というのはマジで安い。 量も多からず少なからずで適当なので、昼飯にはちょうどよい。 インスタントより、こっちのほうが、多分、妙な合成添加物とか入ってなくて健康的だと思うんだが、今一つ、カップラーメンとかに比べて冷食はポピュラーじゃない気がする。 味でいけば麺にも腰があって、圧倒的にカップ麺より美味いんだがなあ。 やはり、たとえ不健康であっても、イメージとして、カップ麺の方が安価で手ごろ、というように刷り込まれているのだ。 ほんのちょっと、お湯を沸かす手間をかけるのさえ惜しくなるほどに、「時間」の走狗に成り果ててるのかな、我々は。 かと言って、エレベーターに乗るのを避けてあえて階段を歩くようなやつに付き合うのも好きじゃないが。
しげ、今日は練習からすぐ帰ってくると言っていたのに、全然音沙汰がない。 夜の10時を回っても連絡がないの携帯に電話すると、其ノ他くんとこで遊んでるらしい。 妻「タコ焼き買ったから、お土産に持って帰るよ」 私「タコ焼きはいいから、おかずになるもの買って帰れよ」 妻「でも冷凍庫に餃子とかハンバーグあるんでしょ?」 私「アレは俺の非常食。勝手に食うなよ」 妻「わかった、買えたら買う。あ、それからZUBATさんに連絡入れてくれない?」 私「何の用?」 妻「ほら、ビデオカメラ貸す件。『明日会えませんか』って」 私「会えね〜よ。映画行くし」 妻「私も一日いないよ。映画終わって会えば?」 私「会えばって……じゃあ、そう連絡入れてよ」 妻「何で自分でせんの」 私「ZUBATさんの電話番号知らないよ」 妻「……だっけ?」 私「教えてもらってね〜よ!」 自分の知り得た情報は私には教えないくせに、私が秘密を持つことは絶対赦さないタイプなんだよな、しげは。 骨の髄までジャイアンだよな。「オマエのモノはオレのモノ、オレのモノはオレのモノ」かよ。 そのあとメールで番号を教えてもらってZUBATさんと連絡をとる。 就職が決まったのでZUBATさん、随分明るい。 天神で昼過ぎに待ち合わせを決める。
しげが買って帰ってきたハンバーグとコロッケ(やっぱり肉)を分けて食う。だから肉ばかり食うなよ。と言ってもムダだよなあ。 しかも、食べきれないと言って私に寄越す。食餌制限の授業受けたばかりなのに何も考えてないよな。よっぽど私に早死にしてほしいらしい。 しげがそんなに私に早死にしてほしいならと思って食う。私がしげの制止を振りきってメシ食ってると思ってる人がいるといけないので明記しておくが、私にバカバカ食わしているのはしげなんである。 だって、私が食ってないと、自分だけ肉食うわけにいかないからだ。 つくづく自分のことしか考えてないよな。 しげ、まだ具合がよくなってないのかそのまますぐに寝る。 そのまま牛になっちまえ。
マンガ、さくらももこ『COJI−COJI』完全版1巻(幻冬舎・1260円)。 アニメにもなってたんだよな、これ。福岡じゃやってなかったけど。 『ちびまる子ちゃん』もそうだけれど、さくらさんのキャラクター造型力は、基本的には子供のラクガキ以上のものではない。 だからまあ、小林よしのりが「昼寝しながらでも描ける」と揶揄するのもわからなくはないのだが(お前が言うかってのはあるが)、下手な絵がマンガとして魅力的でないかというとそうでもない。 難しいのは、「マンガの絵」として考えたとしても、決してさくらさんの絵、魅力的とは言い難いと思うし、その思想も決してスゴイと唸るほどではないんだが、言い帰ればその「適度感」がヒットの原因にはなっていたのだろう、少なくとも『ちびまる子ちゃん』に於いては。
『まる子』ほどにヒットしたとは思えない、『コジコジ』や、『神のチカラ』といった短編集。こちらの方に実はさくらももこの作家性は表れていると指摘する人は多いのではないか。 コジコジは宇宙生命体であり、なぜかメルヘンの国の学校に通っている。 外見は小熊に似ているらしい(さくらさんの画力じゃクマには見えないが)。 宇宙生命体であるせいか、あまり地上の常識(それがメルヘンの国であっても)には拘らない。 神様に手紙を書こうとする天使のルルに、コジコジは無邪気に尋ねる。 「相手にしてくれなきゃこっちも相手にしなきゃいいのに手紙なんか書くのよしなよ」 しかもルルが出そうとしている神様というのが実はもの知り爺さん(そういう胡散臭いやつもメルヘンの国にはいるのだ)がでっち上げたニセモノだから、話はややこしい。 つまりこの世界、天使は実在しているが、神様はいない世界なのだ。 メルヘンなのに神様はいない。 さくらさんは実のところ「そういう考え方」をする人だということに、『ちびまる子ちゃん』のファンはどれだけ気づいているのだろうか。
2001年04月06日(金) プレ花見/『ミスター・クリス』3巻(秋本治)
| 2002年04月02日(火) |
だから仮病じゃないってば/DVD『京極夏彦・怪 隠神だぬき』ほか |
久しぶりの通院日である。 つーか、行くのサボってただけだけど。 どーせ悪い結果が出てるんだよなあ、と思ったら、病院から足が遠のいちゃうんだよね。そりゃもう、自分でもわかるくらい、食が増えてるし。 言い訳をするのは男らしくないが、私は男である前に人間なので(どういう理屈だ)言い訳しちゃうのである。 食べるのがガマンできないということはない。 実際、入院中に食事制限を受けていても、全然苦痛はないのだ。 つまるところ私がつい食い過ぎてしまうのは、ストレスが原因だということは見当がつく。 ……気がついたら食ってるみもんな、私。しかも止まらないし。そのときだけ理性のタガが吹っ飛んでるなあ、というのはあとになって気がつくのだ。 さて問題はだ。 ストレスの原因が解らんのである(^_^;)。 仕事がキツイとか、しげがしょっちゅう駄々こねるとか、そんなんストレスのうちに入らんのだが……。 ハッ、もしかして「更新遅れてるのなんとかせねば」って考えてるせい?
しげと西新に行くのも半年ぶり。 とは言っても道を忘れるほどではない。でもしげはキレイさっぱり忘れていた。ネズミだって道くらい覚えるぞ。 成人病センターには11時に来いと言われていたが、30分ほど早目に着く。 受付はしたものの、尿検査だの血液検査を始めるまでに1時間待たされる。 いくらなんでもそりゃ手持ち無沙汰なので、しげの案内で近所のカフェテラスみたいなところに行く。 ……もちろん食いはしませんよ、お茶飲むだけ(^_^;)。 トリュフォーの『突然炎のごとく』とかゴダールの『勝手にしやがれ』のポスターなんかが飾られてる小粋な店。しげが「おしゃれカフェ」と呼ぶ類の店である。 しげにしてはなかなかセンスがいい。と言ってもファーストフードなんだろうけどね。 タイトルが原語のままだったので、「このポスター、なんの映画かわかるか?」としげに聞いたら、首を傾げる。 「どっちも一緒にビデオで見てないか?」 と聞いたらまた首を傾げる。 うーん、これもしげの記憶力がヨワイせいか、私が見せてたと思いこんでただけなのか。どっちにしろ、十年近く昔のことだからはっきりと確認はできない。ここ数年、しげと一緒にビデオを見るという機会がほんとに少なくなっている。見せたい映画は腐るほどあるのになあ。
尿検査だの採血だの、その結果が出るのを待つのにも時間がかかる。 まあ、待っても結果は見えてるが。 食堂で糖尿病食の試食のあと、担当医と看護婦さん栄養士さんに検査結果を見せられる。 しげと二人並んで神妙な顔。 医「……入院前より悪いですね。血糖値が243もあります」 私「はあ」 医「ヘモグロビンA1Cは11.0です。これじゃすぐにでも入院してもらわないと」 今入院したら、東京にもにも行けないしなあ、とぼんやり考える(仕事のことは考えんのか)。 医「このままだと確実に10年後には失明します。食事制限は守ってますか?」 私「……守れてません」 医「間食してるでしょう」 私「間食はしてません」 医「してないんですか? 奥さん」 しげ「してます」 私「してないよ、俺」 しげ「私がお菓子あげたら食べるじゃない」 医「お菓子あげてるんですか?」 しげ、しまったという顔をする。 医「お酒は?」 私「飲みません」 医「食事はたくさん食べてませんか? 奥さん」 しげ「二人前はペロリ」 私「そんなに食ってないよ」 しげ「食ってるよ!」 医「……食べるの止めないんですか? 奥さん」 しげ、また絶句。 まあ、食ってるのは私だから悪いことは悪いんだが、しげが全く私のカラダを気遣ってないのも医者にはバレちゃったワケだね。 確かにこう愛のない家庭だと、ストレス発散は食うほうに行くわな。 医「……もうしばらく様子を見て、夏には入院を覚悟してください。食事を作る余裕がないなら、配達サービスもありますから」 配達かあ。外食しまくるよりはそっちの方が楽かな。 けど入院はもうカンベンしてほしいよ。
下りのエレベーターに乗って、しげを見るとバツが悪いのかムッツリしている。 「お前、オレが具合悪いって言っても信用しないけど、仮病じゃないってわかったろ?」 そう声をかけた途端、しげ、「アンタが正しいよ」とふてくされる。 「なん? 私が悪いってこと知らせるためにワザとカラダ悪くしたの?」 ……自分のミスをつつかれたくないという心理はわかるが、このセリフが私との距離をどれだけ広げるかわかって言ってるのかなあ。 わかっててもやっちゃうんだよな、こいつ。 ストレスの原因の一つはやっぱりしげにあるのか、と、今更ながら淋しくなる。
半年来なかっただけで西新もあちこち様子が変わっている。 一番の変化はドンキホーテが出来たことか。 帰りに覗くと実に脈絡がなくモノが並んでいる。 「よく、こんなに雑然としててモノが売れるなあ」 「深夜5時までやってるからだよ」 ああ、それで以前チャットで「夜よく妻と買い物に行く」と言ったら「ドンキホーテ?」と聞かれたのか。 なるほどなるほど。 せっかく寄ったので、ゴツイ目覚まし時計を一つ買う。 いつも用心のために二つかけて寝るのだが、それでも体調が悪い日など、二つ鳴ってても起きられないことがあるからだ。 「ハイパーベル」とか書いてあるがどのへんが「ハイパー」なんだか。カタチを見るとなんだがビーム光線でも出そうな気配なんだけど(出たら死ぬって)。
博多駅でしげ、バッグを買う。 東京行きのため、ということだが購入したのを見てみると意外と小さい。持ち歩き用に買ったのかな? でも「ハンドバッグ」の類ではなく、ホントにショルダーバッグって感じなのが、色気のないこと(^_^;)。 考えて見れば私も予定を立てねばならんのだが、どうもまだなかなか具体的なビジョンが見えて来ない。 それより東京で過ごす体力を整えないとな。
本屋を回って、久しぶりに姉の店(床屋)に寄る。 マジで4ヶ月散髪してないので髪はぼうぼう。 姉「ようそこまで伸ばしたね」 私「大学のころ伸ばしたことはあったけどね」 父「お母さんがお前と気がつかんで通り過ぎたこともあったな」 私「ヒゲまで伸ばしてたし」 ともかくいい加減バッサリと切りたかったのでいつもより短く切ってもらうよう頼む。 父「お前の頭は難しいっちゃんね〜」 「頭は難しい」って言い方もなんだかなあ。
帰宅は5時。 夜のチャットに備えて熟睡することにする。 できれば12時まで寝ていたかったが、9時に目覚める。 以前に見たDVD『京極夏彦・怪 隠神だぬき』など見返す。 これも映画単体だとそう悪くないんだけど、原作読んだあとだと作りがザツに見えてくるな。谷啓の事触れの治平は適役なんだけど。
BSマンガ夜話・手塚治虫スペシャル、今夜は『W3』。 今日の内容は手塚治虫の線の変遷など、以前聞いたことのあるものばかりで新味に欠ける。 夏目さんたちの世代が「『W3』のころの線のザツさ」を指摘する理屈はわかるんだけど、ザツでもなんでも『メトロポリス』のころより『W3』の線の方が「動いて」いることは事実だからなあ。 『メトロポリス』のころは「マンガ」と言っても『絵本』の流れなんだよね。『アトム』の後半から、手塚マンガは「紙の上のアニメ」になった。そっちのほうが馴染み深く感じるのは、やっぱり私は「アニメ世代」だからだろう。
1時くらいから某チャットに参加。 この日記を全部読んで頂いている女性がいらっしゃって、嬉しいやら恥ずかしいやら(* ̄∇ ̄*)。 ……早く更新しよっと。/
2001年04月02日(月) 桜の森の満開の下/『イギリス人はおかしい』(高尾慶子)ほか
| 2002年04月01日(月) |
心機一転?/映画『ビューティフル・マインド』ほか |
4月1日である。 連休の間に更新ちゃっちゃか進めたろ〜、と思っていたのに、風邪引いてダウン、気がついたらもう溜まってるの20日分だよ、20日。 こりゃ、私がいかに精力絶……もとい、気力充実していようと、一日二日で追いつくものではない。 しかも、年度始めっつーことで、これからどんどこ仕事は忙しくなるのだ(前よりは閑職に回されたからって、仕事がなくなったわけじゃないから)。 ということで、いったん日記をワープさせて、ちゃんと今日の日記をこれから書く。 飛んだ分のは追々埋めていくつもりなので、最近ちょっとだけ増えた読者のみなさん、気長に待っててちょ。
で、この日記も更新遅れたりしてな(^o^)。 ……シャレにならんか。
年度始めで会議も目白押し。二つも三つも会議が続けば、クスリの副作用とも相俟って、いとも簡単に落ちる。 自分じゃ気づかないけどイビキかいてるらしいんだよなあ、そのたびに同僚に起こされるんで、初手から立場のないことったらない。 こりゃ、聞き手に回ってるから眠っちゃうんだよなあ、と思い、今度はやたら質問や提案をする。 私は、こんなちゃらんぽらんな日記を書いてはいても、実はキレモノなので、資料のミスなどを見つけるのは抜群にウマイのである。 ……けど、端から見れば、こういうやつってイヤだよなあ。 「有久さん! 有久さん!」 「……あ……、はい」 「ちゃんと聞いてますか? 大事な会議ですよ!?(`´)」 「あ、……大丈夫です。起きてます……○Oo。(´_`)」 「……しっかりしてくださいね!」 「……で、すみません……」 「なんですかっ!」 「ここんとことここんとこの資料にミスがあると思うんですが、こうしたらいいんじゃないスか?」 「……う(・・;)」 ああ、ホントにヤなヤツ。 でもこれくらいヤなヤツにならないと、ゆっくり居眠りさせてももらえないのである。……違うだろ、目的が。
1日は毎月映画の日で、入場料金は千円均一。 仕事帰りにしげを誘って、キャナルシティに向かう。 せっかくのお出かけだというのに、車を運転しているしげ、なにか不満げな顔である。 「どうしたんだよ、顔が変だよ」 「……だって、映画に行くなんて聞いてなかったし」 「行きたくないなら、ムリに行かなくてもいいけど?」 「そうじゅなくてぇ、予定立ててなかったから、スリッパで来ちゃったんだよう」 「……べつにいいじゃん、スリッパでも」 「……ステキじゃないオレでもいい?」 「オマエはスリッパを靴に履き替えただけでステキになるんかぁ!?」
昨日読んだばかりの京極夏彦『姑獲鳥の夏』の話、しげとやりとり。 私が「関口ってオマエそっくりだよな、榎木津や京極堂の苦労がわかるよ」と言うと、しげは「オレ、関口嫌い」と言う。 「同族嫌悪だろ」と言い返す。 トリックに関わるので詳しくは言えないが、作中の関口のボケぶりは、まさしくしげと同レベルなのだ。 あのトリックについてアンフェアだと考える人もいるかもしれないが、私は現実にしげと付き合ってるので、あの話、ムチャクチャリアルだったんである。 「世の中に不思議なものは何もないが不思議ちゃんはいる」ってか(^_^;)。
マヌケしげとキャナルに着いたのが6時20分。 実はどの映画を見るか決めてなかったので、福家書店に置いてあるチラシで時間を確認。 「あ、『パルムの樹』、一週間で打ち切られてやんの」 すかさずしげのツッコミ。 「子供の見ないアニメ映画なんて、オタク以外に誰が見るんだよ」 ……そこまで言うか。 私の映画批評について、過激だという人がいるが、しげの「容赦のなさ」にはとてもかなわないのだ。
AMCのカード、ハンコがたまるごとにポップコーンやホットドッグと交換してくれるシステムになってたのだが、カードが新しくなってホットドッグがなくなっている。しげがそれをしきりに悔しがっている。 つまり、ポップコーンみたいな「腹に溜まらないもの」は、しげの心の中では「食いモノ」と認識されてないってことだな。 飢えたしげが暴れるといけないので、エサとしてケンタッキーフライドチキンを買って与える。
映画はこないだアカデミー賞取ったばかりの『ビューティフル・マインド』。 しかしヒデエよな、このタイトル。訳すと「美しき心」だもんね。英語で言ってるから一見カッコよさげだけどさ、感覚的にはこんなの松竹大船調だよ。 古いっつーか、既に映画自体のダメさ加減を表してるような気もするが、こういう予感はたいてい当たる。 「ゲーム理論」を確立した天才数学者、ジョン・ナッシュ。 自らの矜持ゆえに、幻覚に苛まれる彼と、彼を支える妻、アリシアとの愛。 ナッシュは実在の人物であるし、大筋において物語は確かに「実話」なのだろう。 けれど、こういう身障者を扱った作品の場合、主人公を傷つけるわけにはいかないから、往々にして「愛と感動を呼ぶ」結末に脚色・収束させちゃうんだよね。 最後まで幻覚が消えなかった、というのはいいんだけど、「妻の愛を語る」か達で結末をつけるってのは正直言って拍子抜け。……少し前の、幻覚に別れを告げるシーンの方がよっぽどクライマックスになってたりする。 まあ、ナッシュを演じたラッセル・クロウの熱演は評価していいけど、物語としての濃さを考えると、これが『ロード・オブ・ザ・リング』を上回るものというのはちょっとねえ。 ま、癒されたいんだね。アメリカ人も。
あ、でもジェニファー・コネリーは相変わらず美しいっつーか、『ラビリンス』のころから老けてねーみてーだ。あらびっくり。 「ジェニファー・コネリーって、ショーン……」 としげが言いかけたので、みなまで言わせず、「そのセリフ、俺がジェニファー・コネリーを話題にするたびに言ってるぞ、おまえ。二度と言うなって言ってんのに、なんでそこまで記憶力悪いんだよ」とダメ出し。 「だって、そう連想するように頭がなってるんだよう」としげは愚図るが、つまり自分が「アホ」だってことを告白してるようなもんだ。 ……アホだね〜、ホント。
コンビニで飲み物など、買い物をして帰る。 新しい冷蔵庫、以前のものより容量があるので、たくさん買っても余裕がある。 冷凍室は、水を注入口に注ぎ入れるだけで、氷がアイスボックスに自動的にカラカラと落ちて来て溜まる仕組み。 しげはこういうのが楽しくて仕方がないのだが、自分だけが楽しんでると思われるのがイヤらしく、私に「楽しい?」と聞いてくる。 自分の気持ちくらい自分ではっきり言えよ。
BSマンガ夜話、手塚治虫スペシャル、今日は『メトロポリス』。 ……と言いながら、話は殆ど「初期手塚治虫論」の様相を呈する。 大林宣彦と水野英子がゲストだけど、これにいしかわじゅんと夏目房之介が絡めば、もう、手塚治虫大礼賛大会になることは眼に見えてる。 実際、ここまで静かに進行するマンガ夜話を見たのは初めてだな(^o^)。 しかも岡田斗司夫さんが殆ど喋らなかった回というのも(^_^;)。 もっとも、シメは岡田さんが手塚治虫のSF性に触れて、ようやく中味のある話になったけど、考えてみれば『メトロポリス』題材にしてSF話にならないってのも偏ってるよな、このメンツ。 アニメ『メトロポリス』があんなヒデエ出来になっちゃったのも、りんたろうに大友克洋というSFオンチ二人にやらせちゃったせいだろうなあ。 SFはジャンルではなく「手法」だってこと、認識してないやつが多すぎるよ、困ったもんだ。
2001年04月01日(日) 四月バカ/『ブンカザツロン』(唐沢俊一・鶴岡法斎)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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