琴 星 商 事 日 乗
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■ 2004年12月30日(木)
  in 九州−宗像・福岡・博多編 <画像あり>

 最終日の今日は朝から曇り空。天気予報も下り坂です。でも気合で頑張れ晴れ女。今日は小倉からほぼ海沿いに博多まで南下します。

 まず目指すは宗像市の宗像大社(辺津宮)。中津宮・沖津宮の3社からなる宗像大社のうち、唯一島でないところにあるお社です。ちなみに中津宮のある大島までは神湊から村営フェリーで20分程度ですが、今回は時間が合わないので断念。3社に祀られているのは宗像三女神と呼ばれる3人の女神で、沖津宮のある沖ノ島は今でも女人禁制です。と云って、男なら行けるような所でもないですが。
 鳥居のすぐ横に大きな駐車場があり、参道には明日の夜以降には明かりが灯るだろう屋台が並んでいました。きっと初詣には多くの人が訪れるんでしょうね。拝殿内の扁額には「奉助天孫而 為天孫所祭」とありました。天照大神が娘である宗像三女神に言った言葉(日本書紀による)と思われます。大体扁額には神名(「○○宮」とか)が書かれてるんですが、こういうのは珍しいですね。

 続いて津屋崎町の宮地嶽神社へ。参道を進んでいくと、珍しく頭を下げた馬像に出会しました。何でこんな格好なんだろう?
 この神社には3つの日本一があります。まず直径2.5m・長さ13.5m、重さ5tの大注連縄。続いて直径2.2m、重さ1tの牛の一枚皮で作られた大太鼓。最後に直径1.8m、重さ450kgの大鈴。確かにどれもデカイです。出雲大社の大注連縄も日本一を謳ってますが、どっちがホントの日本一なんでしょう? ちなみに出雲大社のは長さ13m、太さ8m、重さ5tらしいです。微妙だ。


左から奉納されていた馬像、宮地嶽をバックに建つ鳥居、大注連縄。
全て宮地嶽神社にて。

 続いて向かうは志賀海神社。あの有名な「漢委奴國王」の金印が見付かった志賀島にあります。島とは云っても海の中道を経て志賀島橋で陸続きになっていて、気軽に行けるリゾート地になっているよう。その橋を渡ってすぐの所に神社はあります。
 玄界灘に浮かぶこの地は、古来交通の要衝。創建が明らかでないこの社の基となる信仰は、金印の時代にはきっとあったはずです。「魏志倭人伝」の時代が身近に感じられる土地ですなぁ。九州って古代史がとても近い所だと、この旅を通じて思いました。
 神社は本殿が改修中で、神様は境内にある摂社・今宮神社を仮殿として鎮座しておられました。本殿はほぼ完成しているようで、真新しいお社が拝殿の後ろに見えています。遷座祭もきっともうすぐでしょう。これだけ海に近い所にあると、建物の傷みも早いんだろうなぁ。

 さて、次に向かうは香椎宮。ですが雨がかなり降ってきました。時間もお昼に近く、先にお昼を食べて雨をやり過ごそうかとも思ったんですが、海の中道には何もなく、中道から香椎宮まではもうすぐです。でも、到着した頃には殆ど雨は上がってました(笑)。ビバ晴れ女。つーことで昼ご飯より先に参拝。
 香椎宮は来年秋に勅祭が執り行われるらしく、その看板があちこちに立ってました。要するに、10年に一度の勅祭に合わせてあちこち修繕するから、浄財よろしく、てことなんですが。総事業費は1億4250万円だそうです。前回の勅祭の際には、重文の指定を受けている本殿が修復されたそうで。この本殿、全国唯一の香椎造という造りになっています。
 参拝を終え御朱印を頂きに社務所に行くと、コンクリ造りの社務所の前に、やたら立派な鶏のつがいが。写真じゃ大きさは余り伝わりませんが、普通の鶏より二回りくらい大きいです。しかも人を恐れない。撫でられるんですよこの鶏は。御朱印待ってる間中、2羽で私たちの周りを(まるで私たちなんかいないかの如く)ウロウロしてました。


左から志賀海神社内の遙拝所から海の中道、暗いけど香椎造の本殿(香椎宮)、
香椎宮社務所前にいたでっかい鶏のつがい。

 次の目的地は筥崎宮。だいぶ博多の街に近付いてきました。すぐ近くに福岡空港があるので、頭の上をものすごい低高度で飛行機が飛んでいきます。こんな近くを飛行機が飛び交ってたら、窓の外見てても飽きないかも(うるさいけど)。

 筥崎宮から南へ1kmほど行くと、福岡県庁と東公園、元寇資料館の一角に辿り着きます。車の中からびっくりするほどデカイ日蓮像が見えました。日蓮宗の証・「南無妙法蓮華経」の幟が見える前から「絶対日蓮!」と判るほどの大きさと迫力。何でこんな所にそんなものが?と思ったら、この県庁一帯は元寇の際の激戦地なんだって。日蓮、それは蒙古襲来を予言した人物。そういう縁があるのね。
 東公園の一角に十日恵比須神社が鎮座しています。恵比須さんらしく、手水舎には大きな鯛が踊ってました。

 続いて博多駅のすぐ傍、御供所町にある聖福寺と東長寺というふたつのお寺に向かいます。聖福寺は日本最古の禅寺だそうで、「扶桑最初禅窟」の扁額が上がってました。後鳥羽上皇の宸筆だそうです。

 東長寺から更に少し南下すると、筑前国一宮の一・櫛田神社。博多祇園山笠はこの神社のお祭りです。境内に飾り山笠が展示されてました。この祭りの所為なのか、境内が何となく派手です。
 丁度この頃に3時を迎えました。そう、紀宮様と黒田さんの婚約会見ですよ。カーナビでTVを付けて、会見見てました(笑)。


左から筥崎宮境内より飛行機、十日恵比須神社の手水舎(鯛!)、櫛田神社のえと恵方盤。

 テレビを見ながら博多の街を西へ向かい、アクロス福岡の正面にある水鏡天満宮へ。今でこそ小さな神社ですが、有名な天神という町の名前の由来が、この天満宮です。
 続いてもう一つの一宮・住吉神社へ。全国にある住吉神社の総本宮は大阪の住吉大社とされますが、この博多の住吉神社は「日本第一住吉宮」と言われます(壱岐にある住吉神社もそういうようです)。確かに、ここ博多と壱岐、長門の住吉神社は、住吉大社の御分霊ではありません。いずれにせよ、どれも歴史ある古い神社であることは確か。
 境内には来年の干支・酉の絵が描かれた特大の絵馬が飾られてました。参道にはめちゃ可愛い猫。

 最後に向かうは福岡三越の裏にある警固神社。神功皇后の三韓征伐の際に船団を守護して勝利に導いたという神様を今の鴻臚館跡に祀ったのが始まりだそうです。現在地は天神の繁華街の真ん中。北側には警固公園が広がっていますが、あとはビルばかり。さっきの水鏡天満宮もですが、散歩がてらにお参りしていく方が多いようです。サラリーマン風の人、子連れの若い女性など、いろんな人が境内で過ごしていました。

 さて、巡礼(?)の旅はこれで打ち止め。折角博多に来たんだから、明太子買うでしょー!ってワケで、中州のふくや本店へ。中に入るとお茶を出してくださり、色んな辛さの明太子や着色料使用・不使用の明太子の食べ比べがし放題(笑)。喉も渇いていたのでお茶を飲みつついっぱい明太子を食べて、結局普通に辛さレギュラー無着色の明太子を買って帰りました。試食明太子美味かった(笑)。更に高速のPAで明太子プリッツと明太子じゃがりこも買い、帰路に就きました。

 次に九州来る時は、宮崎の鵜戸神宮に是非とも行きたい。うん。


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・過去の「今日」。

2002年12月30日(月) 当社納会にて。

■ 2004年12月29日(水)
  in 九州−湯布院・久留米・太宰府編 <画像あり>

 最初に言っておきましょう。
 この日の九州北部の天気予報は、「曇り/雨/雪」みたいな感じでした。実際、夜中には雨も降ったようだし、朝起きてカーテンを開けると、別府の山々は白くなってました。昨日果たせなかった朝風呂を浴び、ホテルをチェックアウトして出発。向かうはあの白き山の向こう、湯布院です。

 下から見て白かったんだから当然のことですが、山越えの道は雪道です。でも、降雪地仕様ではない我が家の車(品川ナンバー)には、チェーンやスタッドレスタイヤといった雪道装備は一切ありません。途中、土産物屋の駐車場のような所でチェーンを売る人(絶対ぼったくってる)がいたり、路肩に突っ込んでる初心者マークの小型車がいたり、なかなかスリリング。だって山道且つ雪道。対面で坂道で雪道。ひとつ間違えば崖に激突、もしくは転落です。雪が殆ど降っていないのがせめてもの救い。果たして雪道装備ナシで湯布院まで辿り着けるのか謎ですが、ここまで来たら行くしかない。後ろの車はこっちがノーマルタイヤだと気が付いたのか、車間をかなり取ってます(笑)。前方にもノーマルと思われる車がちらほらいるので、きっと大丈夫だろう。何とか「なる」んじゃない、何とか「する」のだ。

 ノーマルタイヤでも何とか山を越えて湯布院に辿り着きます。目指すは宇奈岐日女神社。「うなぐひめ」と読みます。微妙に小雪が舞う中参拝。残念ながら社務所は窓からドアから鍵が開いてるのに無人でした(爆)。すぐ戻るつもりなのか、それとも田舎故のことなのか。謎です。いつ戻るとも知れぬ人を待っていきなり時間を食うとこの後の行程が危ういので、御朱印は諦めて次へ向かいます。大分自動車道に乗って鳥栖JCT経由で九州自動車道久留米ICへ。次の目的地は筑後国一宮・高良大社です。

 車道を跨ぐ重文の石造大鳥居(一の鳥居?)を車でくぐり、神社に向かい山を登ります。途中、道端に第二鳥居が建ち、本来はそこから参道の階段が続いていますが、今は三ノ鳥居の下まで車で行くことが出来ます。地元の高校の陸上部か何かがランニングを繰り広げる中、車で三ノ鳥居まで。ちなみに、第二鳥居から参道を行くと、片道約20分だとか。往復40分階段は苦行ですな。
 三ノ鳥居横の駐車場に車を停め、鳥居から131段の階段を経て高良大社。「大社」の名に相応しい大きな神社です。御朱印を待つ間に境内をウロウロしましたが、高良会館の展望台からの筑紫平野の眺めはサイコーです。西流する筑後川も確認出来ます。
 帰路、一の鳥居を撮影する為に車を下りると、一の鳥居のすぐ手前の細い道に「←高良大社下宮」の案内板が。片参りにならないよう、こちらにも参拝。


雪の宇奈岐日女神社と、高良大社境内より久留米市街を。

 続いて福岡・佐賀県境に鎮座する肥前国一宮の一・千栗八幡宮を目指しますが、途中、筑後川の河畔に「←水天宮」の標識を発見。そう言えば水天宮の総本宮は久留米だったじゃないか。引き返して立ち寄ることにします。
 社殿向かって左には大河筑後川。周辺は特に高い建物もなく、その御陰で空が物凄く広いです。水天宮の名の由来は良く知らないのですが、「水」はこの筑後川に由来するんだろーか。そんなことを青い川面と空を見ながら思いました。

 それから当初の予定通り千栗八幡宮へ。「千栗」で「ちくり」ではなく「ちりく」。現在、この辺りの県境は微妙に筑後川の流れとは外れています。その為、県境が入り組んだような感じなのですが、県境は昔の筑後川の流れに沿っているらしいです。治水工事で流れを変えたんですかね。千栗八幡宮は、元は筑後川の河畔の丘上に位置する神社だったワケです。高良大社と(鎮座する山の規模は違うけど)同じ図式ですな。境内から高良山も見えます。
 ちなみに、ここから吉野ヶ里遺跡へは西へ僅か10km程度だと気が付いたのは、帰って来てからのことです(爆)。丁度、もうひとつの一宮・河上神社(與止日女神社/大和町)と千栗八幡宮の中間に吉野ヶ里遺跡が位置しているように思います。正確な地図が手元にないので曖昧だけど、うまくすれば一直線に並ばないだろうか、なんて。河上神社に詣でる際には、吉野ヶ里遺跡も是非見たいと思います。


左から水天宮、水天宮前の堤防の切れ間より筑後川、千栗八幡宮。
この辺りを訪れた時は物凄く気持ちの良い晴天でした。

 再び福岡県内に戻り、ここからは福岡県を北上します。まずはマイナーどころですが、小郡市内の延喜式内社・御勢大霊石神社へ。ここは仲哀天皇の殯葬の地で、社殿前に天皇の御魂代として三韓征伐の際に軍船に乗せられた石があります。「御勢(みせ)」は「夫」の意味(「夫」は「せ」と読みます)で神功皇后から見た仲哀天皇の尊称です。社名の由来はそういうこと。
 境内にあった公民館に社務所の看板も上がっていたので中にいた人に尋ねると、社殿の横の家が宮司さんのお宅だということ。そちらに伺い、宮司さんに御朱印を認めて頂きました。宮司さんの奥様にまたしても学生に間違われた私。果たしていつまで学生で通用するのか私は。頑張れ自分。御朱印は決まった形式はないそうで、初穂料も受け取って頂けませんでした。とても気持ちの良い応対をして頂き、満足(いや、学生云々は関係ないっすよ)。

 カーナビにはない出来たてのバイパスを快適に走行し、続いて筑紫野市の筑紫神社へ。筑紫国の国号の由来となった、延喜式に名神大社として掲載される由緒正しき神社です。社殿左前に結構リアルな馬像がありました。
 ここの宮司をお務めの味酒氏は菅原道真の忠臣でその亡骸を葬った味酒安行の子孫。太宰府天満宮禰宜で同文化研究所の主管をお務めの方もここの血筋の方です。昔は「うまさけ」今は「みさけ」と読むようです。いつ頃読みが変わったんだろう?

 続いてはその太宰府へ。まずは太宰府天満宮。参拝する前に門前で(またしても)蕎麦を食します。入ったのは門前唯一の手打ちを謳うお店。西日本だから蕎麦つゆは薄かったけど、出汁がしっかりしていて西日本で食べた蕎麦の中ではかなり美味しかったです。腹ごしらえも済んで、いざ天神さんへ。

 太宰府天満宮。全国に数多ある天満宮の総本宮。言うまでもなく学問の神様です。私は生まれ育った土地の氏神様が天神さんで、初宮参りも7歳の七五三もそこで済ませました(3歳の七五三は明治神宮だったけど)。8年ほど正月の助勤巫女をしたのもこの天神さん。故にそれなりに馴染みのある神様です。
 時は年末。そろそろ受験生は切羽詰まってくる時期です。その所為か参拝客もかなり多め。飛び梅は花を付けるにはまだ間があるので、梅の時期にも来てみたいものです。京都から太宰府まで飛んできた梅ですよ。そんな花、是非見てみたい。
 ちなみに、太宰府天満宮の禰宜さんが道真の忠臣・味酒安行の子孫だという話をしましたが、宮司の西高辻さんは道真直系の子孫です。1200年の時を超えた主従関係。うーん、すごい。

 続いて、太宰府の鬼門の護り・九州総鎮守宝満宮竈門神社へ。今は縁結びの信仰が盛んらしく、若い人の参拝が多かったです。鎮座地・宝満山は九州で一番登山者が多いとも言われる山だとか。修験の山でもあり、宝満山山伏の子孫たちが現在もここで護摩焚きなどを行うそうです。参道の階段途中には鹿小屋(!)がありました。中には立派なツノを生やした牡鹿も・・・(^^;)

 続いて太宰府市内を観世音寺方面へ。まず観世音寺を拝観します。往時は西の東大寺と呼ばれるほどの規模を誇った観世音寺ですが、現在はその面影はない小規模な寺院。でも境内の礎石を見れば、自ずと昔の規模が知れます。
 そこから戒壇院へ向かおうとフラフラしていたら、僧玄�靴諒茲砲屬租�たりました。玄�掘0で榁臻穗い箋犯�真備らと遣唐使船で唐に渡り、帰国後、橘諸兄の下、権力を振るった法相宗の僧。これを排そうと藤原広嗣が九州で乱を起こしたけれど失敗(藤原広嗣の乱)し、のち、藤原仲麻呂の時代になって観世音寺別当に左遷され、観世音寺造立供養の日に広嗣の霊に取り殺されたのだとか。玄�靴諒茲�観世音寺のすぐ横にあったとは。
 ここ以外では東大寺と下野薬師寺にしかない戒壇院。僧になる為には戒壇院で戒律を受けなければならなかったのだから、きっと多くの僧がここにも来たんでしょう。今は観世音寺にも増して小規模。
 都府楼(太宰府)跡を横目に見つつ、筑前国分寺にも参拝して、最後に目指すは飯塚市の曩祖八幡宮。

 曩祖とは祖先の意味だそうで、神功皇后がここに祖先を祀る祭壇を設け、戦捷奉告の祭典を執り行ったんだそう。訪れたのは結構遅い時間でしたが、初詣の準備で結構人がいました。


左から太宰府八幡宮、竈門神社、玄�靴諒茵�

 今日のお宿は小倉市内。小倉の駅前はぶっちゃけ広島より栄えてる気がします。伊勢丹まであるなんて羨ましい。道中、スペースワールドも見えました。一度くらい行ってみたい。

 当初の予報はどこへやら。ほぼ好天に恵まれた3日目でした。


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・過去の「今日」。


■ 2004年12月28日(火)
  in 九州−大分・阿蘇・高千穂編 <画像あり>

 早起きしてひとっ風呂浴びてから出掛けようと思ったのに、寝過ごしました(−−
 起きたら7:30。前日にコンビニで買っておいたおにぎりを食べ、出発。今日は大分市内で豊後国一宮の2社に参拝してから、阿蘇と高千穂を巡ります。別府から大分へはすぐです。

 まずは柞原八幡宮へ。海沿いの道を折れ、山の方へ。神社も南面した斜面に鎮座しています。神社拝殿とほぼ同じ高さにある駐車場に車を停めてから今車で上ってきた坂を下り(下にある鳥居や建造物も見たいので)、正面から階段を上って参拝。途中あった南大門(通称日暮らし門)には見事な彫刻が施されていました。やっぱり駐車場からショートカットしなくてよかった。社殿は本殿と拝殿に廻廊が付属し、靴を脱いで廻廊に上がって、そこから拝殿越しの本殿を拝む感じ。昇殿しての正式参拝でもないのに靴を脱ぐのは珍しいです。初詣なんかで混雑する時はどうなるんだろう(^^;)

 続いてもうひとつの一宮・西寒多神社へ。旧社格は柞原八幡が国幣小社、西寒多神社が国幣中社なので、こちらの方が一応上です。西寒多山(本宮山)の山頂に奥宮があり、その奥宮に背を向けている(つまり奥宮を拝む形)所為か、神社は南面せず、太陽が後ろに来てました。寧ろ北面。
 神職の方が大変ご親切で、これから阿蘇に行くと言うと、御丁寧に道を教えて下さいました。まあナビ(新品)があるんですが、好意は素直に受けるもの、ちゃんとお話を伺いました。

 ナビが示した道と神職さんが教えて下さった渋滞回避の抜け道はどうやら同じ。なのにダンナは「こっちから抜けられるんじゃないか」と神社すぐ前の新興住宅地に突っ込んで行きます。が、敢え無く撃沈。素直にナビに従え。とにかく、一路阿蘇へ。途中、前回訪れた時にガイドさんが「綺麗に見える日は少ない」と言っていた阿蘇五岳と思しきものが、またしてもくっきり見えました。二度来て二度とも拝めたあたしってスゴイ? それともガイドさんの言葉が眉唾??

 阿蘇ではまず外輪山の麓(内側)に位置する国造神社へ。阿蘇国造の先祖を祀る神社で、阿蘇神社の北にあることから「北宮」とも呼ばれます。境内には鯰を祀った鯰宮という珍しい社があり、秋篠宮殿下もお見えになったそう。特に観光地でもなく、有名でもないと思うんですが、私たち以外にも若いカップルがいたりして意外でした。思ってるほどマイナーではないのかも。

 それから阿蘇神社へ。前回はすぐ前を通過したのみ。バス車中から大楼門だけ見ました。その大楼門は神社建築としては珍しい二層建築。拝殿では御祈願が行われていました。取り仕切っている年配の御神職が、祭神・建磐龍命の91代目に当たられる大宮司様なのかしら、とかちょっと思ってみたり(違うか?)。
 門前で蕎麦を食し、そのまま高千穂へ。阿蘇山に登っても良かったんですが、ダンナも阿蘇には来たことがあったし、何より冬場は枯れ草で、見ててイマイチなんですよ。また青草が繁った夏場に、馬でも乗りに来たいです。出来れば火口も見れそうな時希望。


左から柞原八幡宮(廻廊から拝殿を撮影)、阿蘇で見かけた看板(標識?)、
またしても拝めた阿蘇五岳(多分)。ここに前回の写真アリ。今回は噴煙出てます。

 そういう訳で、阿蘇で昼食後、まっすぐ高千穂へ。
 高千穂町に入ってしばらく行ったところで、「この先トンネル内片側交互通行」と電光表示が。工事でもしてるんだろうと思ってたのに、現場では何やら消防や警察がウロウロ。消防のホースがトンネル内に続いています。トンネル内では消防車やパトカーが1車線占領。何があったのかは判りませんが、何かあったようです。

 また少し行くと、突如SLが見えました。道の駅ならぬ「トンネルの駅」という物産館のようなものが。ダンナがそういうの好きなので、休憩を兼ねて立ち寄りました。
 何でも、ここに鉄道を通そうとトンネルを掘ろうと試みたけれど、地下水が出過ぎて計画が頓挫したよう。その未貫通のトンネルを焼酎の長期貯蔵庫として再利用し、引退したSLも置いて道の駅みたいな施設にしたようです。トンネル内はワイン蔵のように樽が並んでいて、ひんやりしてました。
 トンネル横の物産館様の建物内で焼酎の試飲もやってましたが、数が多くてどれを試飲して良いものか判らず、ましてやダンナは運転手なので、今回はやめておきました(^^;)

 さてさて高千穂です。日向国の高千穂の峰、それは天孫降臨の地。まず目指すは天岩戸神社西本宮。日本で育ち日本で教育を受けた日本人ならばまず知っているであろう天の岩戸の神話。太陽の神・天照大神が天岩戸にお隠れになったために世界が闇に閉ざされ、困った神々が集まって知恵を絞り、天照大神を再び外に連れ出したという神話。その舞台・天岩戸を御神体とするのがこの神社です。社務所で天岩戸の拝観を申し込み、神職の方に案内して頂きました(無料)。
 まず神職にお清めしていただき、拝殿より参拝。その後、拝殿右側の入口より拝殿裏に回ります。神職が指し示した岩戸川対岸の崖に天岩戸はありました。現在は上の部分が崩落して洞窟状にはなっていないそう。ここは撮影厳禁の為、どのパンフにも天岩戸の写真は載っていないそうです。拝殿左の出口から出て、すぐ横の神楽殿の説明で案内は終了。参拝客は結構多いのですが、天岩戸の拝観まで申し込む人はそこまで多くないようで、もっと大勢でまとめて案内されるのかと思ってたんですが、ダンナと私の二人だけでした。それにしても、案内して下さった方の思想がやや偏ってる気がしたのは私だけなんだろーか。
 境内を通り抜け、500m程先にある天安河原へ。ここが天照大神がお隠れになった時に神々が相談に集ったと言われる所です。ここに至るまで少々河原に作られた遊歩道のような道を歩くのですが、淵なんかは物凄い深い碧色をしていました。綺麗というか、神秘的。それでも敢えて云えば、プチ高千穂峡(笑)。
 社務所で東本宮の場所を訊き、そちらにも参拝してから槵觸(くしふる)神社へ向かいました。

 「古事記」で邇邇藝命が天下ったとされるくしふる峰の麓に槵觸神社は鎮座しています。すぐ傍には「高天原入口」の標識。高天原は天上の世界のハズなのに、ここには現実の地として存在している。地上と天界、現実と神話。それらがすぐ近接した所に存在しているのが、この高千穂なんだなぁ、と実感。

 本日の〆は高千穂神社。秩父杉(源頼朝の代参として秩父庄司畠山重忠が参拝した折に植えたという樹齢800年の杉)や夫婦杉といった木々に覆われ、鬱蒼とした境内。本殿脇にある彫刻は、祭神の一・三毛入野命(神武天皇の兄)が土地の悪鬼「鬼八」を退治する場面を刻んだものなんだそうで。そういう征服の物語が高千穂にも語られていたのね。考えてみれば、天孫降臨前からここには誰かが住んでいた方が自然で、鬼八も熊襲、隼人や粛慎(みしはせ)、蝦夷と云ったまつろわぬ民の一人、もしくは一族だったのかもしれないなんて思いました。抑も、天から人(天皇の先祖なんだから、天皇が人である今、先祖もやっぱり人だろう)が下りてくるなんてことは有り得ない訳で、そこにはやはり侵略の歴史があったと考える方が自然よね。ホントはどうだったのか、知ることは出来ないけどさ。


左からトンネルの駅の長期焼酎貯蔵庫、天岩戸神社の灯籠(梟付き)、天安河原。

 夕飯は大分市内で食べようと思ったんだけど、あまりに何もなくて断念。結局、別府市内のロイホに行きました(笑)。大分駅前、デパートとかパルコにレストラン街ないんだよー。大分ではそれが当たり前なの??


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・過去の「今日」。

2003年12月28日(日) 義務
2001年12月28日(金) 大掃除なんて

■ 2004年12月27日(月)
  in 九州−宇佐・国東・別府編 <画像あり>

 早朝に自宅を出発し、一路九州へ。3泊4日の(ほぼ)巡礼ツアーを敢行してきました。
 山陽道・中国道を経て関門海峡を渡り、3年ぶりの九州上陸。前回は東京から飛行機だったので、関門海峡は初めて見ます。
 上陸前に開門海峡の本州側にある壇ノ浦PAで休憩を取り、海峡っぷりをちょっとだけ堪能。今から千年以上の昔、ここで壇ノ浦の戦いがあり、安徳天皇が入水したという歴史的事実(ひょっとしたら草薙剣もここに沈んでるのかもしれないのよ)。そんなことを思いつつ、行き来する船を眺めました。

 小倉東ICで高速を下りて国道10号を大分方面へ。最初に目指すは、大分県中津市の薦神社。この後行く宇佐神宮の元宮と言われる古社です。境内には神社で飼われている猫が4匹ほどいました。砂浴び(?)したり(背中痒かったんだと思う)拝殿の前に座って本殿の方眺めてみたり、社務所にいてみたり。長い時間いても飽きませんが、初っ端からそれじゃスケジュールこなせないので、猫と別れて宇佐神宮へ。

 宇佐神宮は全国に4万以上ある八幡社の総本宮。それに相応しい規模の境内です。
 個人的に「宇佐八幡」というと思い出すのが、宇佐八幡神託事件(大学時代、古代史のゼミで続日本紀を精読していた時、丁度この辺の担当でした)と、高木彬光の小説「邪馬台国の秘密」(宇佐神宮の鎮座地が卑弥呼の墓で、邪馬台国は宇佐にあったという仮説を探偵・神津恭介が語ります)。まあ、邪馬台国が宇佐の地にあったのかどうかは全く判りませんが、前者の神託事件は史実であり、この神に道鏡や和気清麻呂といった歴史上の人物が関わり、また奈良の大仏様にも深い関わりがあるんだよなぁ、なんて思いながら参拝しました。ずっと前から是非お参りしたかった神社なので、満足。
 参道にあったお店で、大分名物だんご汁を食しました。3年前も富貴寺前で頂きましたが、ぶっちゃけ、殆どほうとう(山梨名物)に同じ(爆)。私はほうとうも好きなので、結構好きなんですが。


左から壇ノ浦PAより関門橋、薦神社拝殿と神社の飼い猫、
薦神社境内の三角池内に建つ鳥居、宇佐八幡の下社へ至る階段。

 続いて国東半島へ。まず訪れたのは、真玉町にある無動寺。中で正月準備か何かをされていた年配の男性陣に上がっていいと言われたので、中で参拝。国東の寺院は明治の廃仏毀釈でかなりの被害を受けたのですが、ここには古い仏像が残っています。御朱印は、奥にいらっしゃる御年99歳のおじいさまが書いて下さったそうです。御朱印帳を持っていって下さった男性は「足腰も弱ってるし、もうこれが最後かもなぁ」と笑ってらっしゃいました。でもここの正式な御本尊は薬師如来(今は不動さんで有名です)。きっともう少し長生きなさるでしょう。
 次に前回も訪れながら御朱印を頂かなかった富貴寺へ行き、3年越しの御朱印を。国宝・大堂は西国唯一の阿弥陀堂だそうです(パンフより)。その大堂に入ると、勿論阿弥陀様がおられる訳ですが、他にも壁画とかケースに入った古い瓦とか見るべき物があります。が、その瓦の一部が数年前に盗まれたようで、貼り紙がしてありました。大堂内は基本的に監視とかいません。だから撮影禁止でも写真撮る人もいるんだろうなぁ、とは思ってたんです。でも文化財を仏様の前で盗む輩がいるとは。無礼千万。

 ここで時間は4時過ぎ。冬期は多くの神社仏閣が4時半くらいで拝観終了です。特に寺院は閉門するので、お参りも出来ません。国東半島は基本的に寺院ばかりなので、今日はここまでとして宿泊地・別府に向かいます。

 ちなみに、冬のボーナスでカーナビ付けたんですよ、DVDナビ。御陰で道に迷うこともなく、快調にここまでやって来ました。
 ところが。
 別府市内に入ってしばらくすると、自車位置を正確に認識しなくなりました。信号で車が停止しても、自車位置の赤いマークは勝手に進んでいきます。しかも道を完全無視して直進。終いには山の中に突っ込んでます。おいおいおい何処にいんだよ!?
 購入したのは地元の某黄色い帽子だったので、ダンナがそこに電話。私はその間に近くの八幡朝見神社へ参拝(運良く社務所も開いてました)。どうも本体の交換が必要かもってことで、別府市内の黄色い帽子へ行くことに。ナビは自車位置がおかしいだけで検索機能などは使えるので、市内に2店あるという黄色い帽子の近い方の店に、購入店から連絡して貰った上で行きました。
 が、行ってみると立て込んでるらしく、作業開始まで40分程度待つそう。道中、ナビを見ていて気が付いたんですが、市内のもう1店が宿泊するホテルのすぐ横なんですよ。で、そっちに電話して貰ったらすぐ作業出来るようだったので、今度はそっちに向かいました。途中まで一緒に店内で待ってたんですが雑誌読むより温泉入りたかったので、車を置いてチェックインして、私だけ温泉に( ̄ー ̄)♪ 大浴場はだーれもいなくて、泳ぎ回るバカが一人(うふ)。キモチいーvv
 温泉から出て部屋に戻ると、無事本体交換が済んだようで、ダンナからメールが入ってました。これで明日からの旅もどうにかなりそうです。道路マップは関東と中四国しか持ってないので、ナビが使えないと九州のマップまで買わなきゃならないとこだったよ(笑)。


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・過去の「今日」。

2003年12月27日(土) 初雪だぁ!!
2002年12月27日(金) 若作り
2001年12月27日(木) 続・切断。

■ 2004年12月25日(土)
  Illuminare <画像あり>

 メリークリスマス。皆様如何お過ごしになりました?

 御馳走(的なもの)を食べる、とか、プレゼントを交換する、とかいうイベントめいたことは昨夜のイヴに済ませてしまったので、クリスマス当日の今日は、地元・呉のイルミナーレを見に、初めて呉ポートピアパーク(略して呉ポー)に行ってきました。
 呉ポーには19時過ぎに到着。呉―広島間の海岸沿いに位置する呉ポー。目の前を通る国道は、この辺りは殆ど片側1車線なので、呉ポー渋滞が発生。駐車場には満車の表示が出てましたが、もうお帰りの人もいるので、スムーズに中に入れました。ちなみに入園無料。

 昨年は100万灯のイルミネーションが輝いたそうですが、今年は一体何灯なのか知りません。一応毎年増えてるようなので、少なくとも100万はあったのでしょう。20時には花火も数発上がりました。真冬の花火もいいよね。なんかこう、キモチが高揚する感じで(花火大会みたく人混みじゃないし)。
 園内で、美味しそうな匂いを漂わせていた唐揚げと、海軍さんの肉じゃが(呉は自称・肉じゃが発祥の地。ホントかどうかは知りません)を食べて帰ってきました。

 さてさて、明後日からは九州旅行です。お天気が微妙っぽいですが、車で北九州の神社仏閣を巡ってきます。


三脚も持ってったんだけど、三脚無しで十分撮れました。IXY万歳!



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・過去の「今日」。


■ 2004年12月22日(水)
  Secret 「Happy」 <画像あり>

 クリスマス用に地元のモスでモスチキンを予約してきてもらいました(ダンナに)。10本パックをひとつ。
 さて、モスチキンパックを予約すると、MOS・BE@RBRICKスペシャルコレクションなるものが貰えます。私はこういうのに興味がないので全く判らないのですが、BE@RBRICK(ベアブリック)ってコレクターもいるようなモノなんですね(どうやら)。で、今年はSmile(レッド・ルミナス)、Relax(ブルー・ルミナス)、Heart(ホワイト・サーモ)、Dream(クリアタイプ)そしてSecretの5種類のどれかが貰えるんだそうで。ちなみにそれぞれの割合は、38%、18%、28%、12%、4%(モスのチラシより)。

 そのチラシには「ご予約1件につき1個」と書いてあるんですが、10本パックだったからかダンナは「2つどうぞ」と言われたらしく、2つ貰ってきました。よくペットボトルにくっついてるオマケのように、中の見えない袋に入ったマスコット。早速開けてみると、チラシには載っていないカラフルな子が。もうひとつからも同じの。
金具を前に垂らさないと後ろにひっくり返るんだよ(涙)
 ふ、ふたつともシークレット??
 同封されている説明の紙には
「Happy 〜Happyからあなたへメッセージ〜 幸せを形にすると、きっとこんなカンジだよ。虹の架け橋を渡って幸せがやってくる。ほら、様々な色が、君の心を照らしてる。」
と書かれていました。

 たった4%の幸せを、ふたつもゲットした我が家。しかし早くもネットオークション出品計画が巻き起こっております(爆)。だって興味ない小物置いといても、なくすこと必至だしぃ〜。

 ちなみに、パッケージの中にアタリ券が入ってたら、身長約70cmのコイツ(色は白みたい)が貰えるらしい。絶対いらない(邪魔すぎ)。


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・過去の「今日」。


■ 2004年12月20日(月)
  広島でお買い物 <画像あり>

 クリスマスプレゼントのお買い物に広島まで行ってきました。写真は基町クレドふれあい広場のクリスマスツリー。シャッター速度1/8秒はIXYでもいけました(ちなみに下の写真も)。

 で、ついで(?)に、15日にオープンした「ドン・キホーテ パウ広島西原店」に行ってきました。東京では頻繁に利用していたドンキ。でも前回の帰京時には行かなかったので、随分久しぶりに見るドンペンちゃん。あのドンキのテーマソングを聴くのも久しぶり。
 でも流石オープンしたて、流石消防査察が入った直後、そしてあんな事件の直後。東京の店舗より随分すっきりしていて、通路も広かったです。まあ、東京みたくなるのも時間の問題なんでしょうがw
 ドンキ中国地方初出店ということもあり、駐車場が満車で周辺はドンキ渋滞(笑)。山口ナンバーとか愛媛ナンバーの車も見ましたが、そういうウチは品川ナンバー(爆)。
 オープン特売のグリコプッチンプリン98円の最後の1個を気合でゲットし、他にも色々買い込んできました。いいよなドンキ。友達(茨城県民)は治安が悪くなったり夜五月蠅いから嫌だと言いますが、東京育ちの私はそんなもの慣れっこなので、近所に出来て欲しいです。いつ鳴き止むとも知れない裏の犬よりヤンキーのがマシ。


広島の・・・放置・・・自転・・・車?
横川駅近くにて。



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・過去の「今日」。

2003年12月20日(土) 1980

■ 2004年12月18日(土)
  私なりの靖国問題 <画像あり>

 中国や韓国から「小泉靖国参拝やめろ」コールが続いております。これだけ言われてんだから小泉もやめりゃいいのに、と思うのが私の気持ちですが、抑も、靖国神社とか護国神社とかって何なんだろう、と思うわけです。

 神社一般の話ですが、個人的に、「人」を神として祀っている神社は余り好きではありません。と云っても、八幡(応神天皇)とか天神(菅原道真)クラスになると、もう1,000年を超える信仰の歴史があって、その過程で既に「人」とは異なる性格を付与されていると思うので、気になりません。でも戦国武将だったり、藩主一族だったり、軍人だったりは、そこに祀られているものを「神様」とは到底思えないのです。東郷神社とか乃木神社とかで挙式する人は、自分が何に永遠の愛を誓ってるのか判ってるのかしら?とか思っちゃうんですよ。それを言い出すと明治神宮(祭神明治天皇他)だってちょっとおかしいんですが、まあ戦前まで天皇は現人神ですから、やっぱりただの軍人や一般国民とは全く性質が違うワケで。

 靖国神社や護国神社は、主に第二次大戦での戦没者を祀っているんですよね。日本人は元々、人は死んだら「個」としての性格を徐々に失い、先に亡くなっているご先祖様の霊と一体化して「祖霊」という名の神になり、子孫やその土地を護ってくれると考えていました。靖国や護国神社の祭神も日本の誰かの「先祖」であるから日本の誰かの「祖霊」であって、その点ではやっぱり「神様」なのかもしれません。でも、「祖霊」という概念は、その家やムラ(集落)といったかなり狭く限られた範囲内でのみ通用する概念で、国とか都道府県とか旧国(出雲国とか武蔵国とか)みたいな広い範囲で共有出来る概念ではないと思います。戦争で亡くなられた方、そりゃあ手を合わせて冥福を祈りたい気持ちは判ります。今後はあんな悲しいことがないよう平和を祈る気持ちも判ります。でもそれ以上でも以下でもない。戦没者に初詣に行ったり合格祈願に行ったり、東郷元帥や乃木大将に永久の愛を誓うっておかしくないですか?

 正直に言いましょう。私はあれらを神社だとは考えていません。小泉さんもそうなんでしょう。二拝二拍手一拝という神社の正式な参拝法を取らなければ政教分離の原則に適うとか訳判らんこと言うのは、言い訳がましいですがそういうことだと思います。だったら、端からそんな宗教的参拝法を採らない「もの」にしておけば良かったじゃないですか。
 靖国神社や護国神社。あれは「神社」の名を冠して神社の形をしていますが、戦没者慰霊のモニュメントなんです。原爆慰霊碑とか摩文仁の丘にある平和の礎なんかと同じなんです。それが神社の格好をしてるからおかしなことになるんです。だって戦没者は戦没者であって、追悼するものでこそあれ、奉るものではないでしょう? 神様ではないでしょう? 私の直系血族に(知ってる限りで)戦没者はいませんが、例えば自分の祖父が戦死してたとして、やっぱりそれは神社に祀られるような神様にはならないと思うんです。

 靖国神社や護国神社に参拝するのは、日本人の私でも正直抵抗があります。靖国神社には昨年行ってしまいましたが、護国神社はまだひとつも行っていません。避けています。日本がかつて侵略した国の人が首相の靖国参拝を不快に思うのって、とても自然な心理だと思うんですよ。だって日本人の私が参拝することに抵抗を覚える所なんですから。

 神社の名を捨て、神社建築を廃し、宗教的なものを一切シャットアウトして石碑と「平和祈念館」みたいな建物のみにする。そういう形なら首相が訪れて花を手向けようとも文句言われないんじゃないかと思うんですけどねぇ。

 何か思想的に偏ってそうですか? 私(笑)。ちなみに御霊信仰とかも判った上で言ってますよ。戦没者は御霊ではないと思いますから。尚、議論するつもりは毛頭ありません。


靖国神社、2003年秋。日本人じゃない方も結構来てました。
ここは青空より曇天の方が似合う気がする。



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・過去の「今日」。


■ 2004年12月17日(金)
  年賀状

 今年もやってきました。年賀状のシーズンです(遅い?)。今年は年末に4日ほど留守にするので、早々に年賀状を作成しました。

 普段、友人なんかとガンガンにメールのやり取りをしている私ですが、基本的にメールで年賀状は出しません。住所を知っている人には、年賀葉書で出します。メアドしか知らない人には、出しません。メールが来たら返信するくらいです。
 メールで年賀状を出すことが失礼だとは思いませんが、個人的には好きじゃないです。ただのテキストメールで貰う分には構わないのですが、HTMLメールは問答無用で嫌いだし、グリーティングカードも好きじゃないです。ああいう自動送信メールのURLクリックって、ちょっと恐くないですか? 画面保存しないと後にも残らないし。だから失礼とかの問題じゃなく、どっちかというと「迷惑」かも。

 しかし酉年なんて気合入んないよな。申年ほどじゃないけど(−−
 他人の年賀状を見るのは楽しみなのに、自分のは一体何だ。デザイン的にかなりお茶を濁した賀状(構想数分)が届くことになる皆様、お目汚し失礼しますm(vv)m
 ちなみに賀状なんて私的郵便物ですから旧姓で出しますが、今んとこ離婚はしてません。うふ。


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・過去の「今日」。

2001年12月17日(月) 黄金旅程

■ 2004年12月16日(木)
  マツダ工場火災に想ふ丹生と重工業 <画像あり>

 広島のニュースながら全国でもそれなりに大きく報道されている(と思われる)マツダの宇品第一工場の火災。この工場、広島市南区仁保沖町というところにあります。

 この「仁保(にほ)」という地名はかなり古いもので、万葉の時代に遡るそうです。現在「黄金山(おうごんざん)」と呼ばれる、広島では有名な桜の名所がありますが、この山の古い名前が「仁保島」で、朱砂、即ち硫化水銀の採掘地だったそうです。「ニホ」は「ニウ」=「丹生」でしょう。金の精製に用いる水銀を産する地に「黄金山」の名が付いたのはいつのことか。

 近くにある「邇保姫(にほひめ)神社」の主祭神・爾保都比売神(にほつひめのかみ)は、和歌山・かつらぎ町の丹生都比賣(にうつひめ)神社の祭神・丹生都比賣大神と同神とされます。丹生都比賣は弘法大師空海が高野山を訪れた時に出現した、高野山の地主神です。その高野山も日本有数の水銀鉱脈を有しています。「ニホツヒメ」「ニウツヒメ」の「ツ」は「の」。共に「丹生の女神」を表す名です。

 水銀の神様が鎮座する地に栄える重工業。何か深いものを感じますなぁ。

 近いうちに邇保姫神社にも参拝したいです。

走行中の車より無理矢理撮った黄金山(笑)。
春には桜でピンク色に染まります。



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・過去の「今日」。


■ 2004年12月15日(水)
  デジカメレビュー <画像あり>

 さてさて、新しいデジカメを入手した訳ですが、今回、それほど機種の選定をしていません。何故か。それは「IXYが欲しかった」から。マイ・ファースト・デジカメはCanonのPowershot A20だったワケですが、あのCanonの「青」の写りがどうしても恋しかったのです。それと、あの大きさね。で、候補に挙がったのが、IXYの500と50と40だったんです。
 事前に「価格.com」なんかのレビューを参考に、値段と自分の使い方を考え、更に店頭で実機を触り、結局40にしました。理由は
  1 軽い。
  2 プリントすることは殆どないし、してもL版なので、画素数は少なくていい。
  3 50と40の機能的な違いは画素数のみ(店員談)。
  4 価格。
 この3点が主です。
 記憶メディアの違いで若干悩みました。500はパワショA20と同じコンパクトフラッシュ(CF)。50と40はSDカード。今後の主流はSDカードのようですが、例えば今後、もしEOS Kiss DIGITALなんかを買った場合、互換性があるのはCFです。でも今のところ買えるような余裕があるワケでなし、パワショとの互換性があるといっても、メディア容量を考えるとどうせ新規購入しなければならないことに変わりはないワケで。
 写り自体は、上位機種の500の方が良いようです。でも値段と重さと新しさが違います。50と40は今秋出た最新機種なんですね。500の後継は来春あたりに出る模様です。それを待つつもりはないし、でも新しい物には惹かれる。そして新しい故に搭載されているCanonが誇る最新の映像エンジン「DIGIC II」。Canonの最高峰一眼デジカメ・EOS-1Ds MarkIIにも採用されたデジカメの「頭脳」、どうせなら「DIGIC」より「DIGIC II」のがいいじゃないですか。
 そんなワケで、IXY DIGITAL 40をお迎えすることにしました。
 前機FinePix F401との比較表はコチラ。

 以下、先日の宮島での撮影サンプル(最初のだけ元宇品の広島プリンスより)です。明度・彩度なんかはいじってません。鹿だけ鹿の顔部分を切り取ってます(毛並みとか判る方がいいかな、と思い)が、後はほぼ撮ったフル画面(上下左右にややトリミング有り)。あ、蘭陵王も人のサイズに合わせてトリミング。

元宇品の朝焼け
元宇品の朝焼け

シャッター速度:1/320
絞り:2.8
焦点距離:5.8mm


宮島の鹿
宮島の鹿

シャッター速度:1/320
絞り:2.8
焦点距離:5.8mm


厳島神社「蘭陵王」
厳島神社「蘭陵王」

シャッター速度:1/320
絞り:4.9
焦点距離:17.4mm


五重塔
五重塔

シャッター速度:1/250
絞り:5.6
焦点距離:5.8mm


千畳閣内部
千畳閣内部

シャッター速度:1/60
絞り:2.8
焦点距離:5.8mm


摩尼車
摩尼車

シャッター速度:1/250
絞り:2.8
焦点距離:5.8mm(マクロ)
人の名前が入ってる部分だけぼかしてます。

四の宮神社
四の宮神社

シャッター速度:1/100
絞り:2.8
焦点距離:5.8mm
タテ位置のも高さを合わせちゃったので小さくてスミマセン(^^;)

 下馬評(?)では、感度が低いので手ブレしやすい、と聞いてましたが、今のところそうでもないなぁ、という感じです。確かにISO値は50/100/200/400の4段階設定と低めなんですが(ちなみにFinePix F401は200/400/800/1600)、数値ほど低く感じません。オート撮影だと実際にどの程度のISO値で撮ってるのかは判らないんですが(ISO値も「オート」なので)、FinePixでもISO800以上はマニュアルモードじゃないと撮れないので、問題ないかと。実際、千畳閣で1/60のシャッター速度でも全くブレてませんから、FinePixと同程度に使えると思ってます。ちなみに、FinePixでは夕暮れ時にISO200・シャッター速度1/8(オート)で手ブレ無しの実績アリ。

 下はマクロ撮影のサンプル。三脚は使わず、椅子などで腕を簡単に固定。


携帯
シャッター速度:1/8
絞り:2.8
焦点距離:5.8mm(マクロ)
3cmくらいまで寄って撮影。
ボタン部分のみ切り取り。



携帯その2

シャッター速度:1/10
絞り:2.8
焦点距離:5.8mm(マクロ)
ピントは「2」の上あたり。



馬ぐるみ越しのツリー(笑)
シャッター速度:1/8
絞り:4.9
焦点距離:17.4mm(マクロ)
テレ端マクロです。ピントは手前の馬ぐるみ(大)。
判りにくかったのでちょっと明るく加工しました。

 マクロは3cmまで寄れます。他社ので1cmまで寄れるのとかあるんですが、自分にはそこまでのマクロは必要ないと思ったので(つか3cmでも十分すぎ)。寧ろ大事なのはテレ端(望遠)でのマクロです。FinePixはワイド端(広角)でのマクロしかなくて悲しかったので。サンプル写真は屋内での撮影なのであんまりマクロの味がないですが(つか馬ぐるみ越しツリーって自分)、外で花なんか撮る時はいいですよね、テレ端マクロ。

 FinePix F401とIXY DIGITAL 40を比べて、IXYのが唯一使いにくい点は、フラッシュ発光禁止が電源OFFで解除されてしまうとこ。フラッシュは殆ど使わないので、基本的に常に発光禁止にしている私は、いっそフラッシュを破壊した方が使い勝手がいいかもしれないくらいです(爆)。電源入れるたびに発光禁止にすればいいんですけどね。

 デジカメに付属の画像管理ソフトは、Fuji(FinePixViewer Ver.3.1.03J)よりCanon(ZoomBrowserEX Ver.5.0)のが私には使いやすいです(パワショA20に付いてたVer.2.0ならFujiのが上)。デジカメとパソコンの接続もTWAINで接続出来るCanonのが便利。

 果たしてこんなところでこんなこと書いて誰の役に立つ物か皆目不明ですが(重たいだけ?)、こんなデジカメとしばらく行動を共にしていきます。ふふ、愛いヤツ(親バカ)。


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2002年12月15日(日) 420年の歴史

■ 2004年12月14日(火)
  今日の徒然。

■ドンキ放火
 東京にいた頃、ドンキは生活圏内に複数店あり、よく利用していました。バイト先の近くにも店舗があって、消防の立ち入り検査なんかも同時期にあったから、ドンキに行ってやたら店内が片付いてたりすると、「うちも来るな」とか思ったり。消防の検査前と後では、商品レイアウトが全く違ってしまうのが、この店です。階段にも商品が並べられ、棚もぎりぎりの高さまで積み上げる。人がすれ違うのがやっとの通路に、入り組んだ店内、狭い出入り口。ここで火災が起きたら、逃げ場なんかないよな。本気でそう思ってました。それが放火。そして亡くなった従業員。まだ十代の女の子もいますね。消化や客の避難誘導なんかで逃げ遅れたんじゃないかって言います。所詮バイト。たかがバイト。でも勤務中は店員なんです。客から見れば社員と同列。社員として、バイトとして、その責務を果たし、亡くなった彼ら。言葉もないですね。
 放火なんて最低の行為です。でもドンキ側の店内レイアウトや火災に対する対策も甘かったんじゃないかな。消防の査察が入るたびにすっきりとした店内、そしてしばらくするとまた元通り雑然とした店内を思い出すに、企業としての姿勢に問題があったとしか思えません。勿論、一番悪いのは火を付けたヤツですけどね。

■今年の漢字
 「災」。台風、地震がこれだけ多かった今年ですから、この字には納得です。毎年「一字」を大書する清水寺の貫首様が「今年は天災・天才(イチローとか)の年だったから「天」だろうと思って「天」の字を練習していたのに「災」の方だった」と笑っていたのは微笑ましかったです。能書家でも練習しちゃうのね。
 私にとって今年は変化の年でした。と言って今年の一字を「変」にしちゃうのはどうかと思うのですが、なかなか一字でこれ、という字もありません。「慌」とか「忙」とかもちょっと違う。断っておきますが「幸」とか「愛」とかは全くもって違うと思います。人生そんなに甘くない。ましてや結婚なんてそんなに生易しいモンじゃない。これマジです。結婚とは恋愛ではなく生活ですからね。
 貴方の今年の一字は何ですか?

■忘年会
 つい先日まで1ヶ月も帰京していた私ですから、当然年内はもう帰京しません。てことは即ち、忘年会する相手もいないワケですよ。
忘年会がしたーーーい!!(切望)
 誰か広島まで来て下さい。旅費そっち持ちで。


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・過去の「今日」。

2003年12月14日(日) 御岳山へ行ってきました。 <画像あり>

■ 2004年12月13日(月)
  ふたご座流星群

 今夜はふたご座流星群の極大です。近年は流星といえばしし座流星群ばかりがクローズアップされるきらいがありますが、しし座流星群は既に期待出来ません。流星が見たいならば、夏のペルセウス座流星群かこのふたご座流星群のどちらかが狙い目。
 というワケで、22時40分頃から僅か20分ほどですが、南南東に面したベランダに出て、オリオン座〜おおいぬ座附近を中心に観望してみました。
 流石ふたご座流星群。計10個の流星をはっきりと確認したところで、部屋に引き下がりました(^^;) 中には痕を残してゆっくり流れた火球も。ていうか、10個中3個は火球でした。我が家から私の矯正視力では、4等星までは確認出来ます。てことは、3等級くらいの流星までは見えるハズですが、2等程度までしかカウントしてません。

 初心者は流星って見えにくいみたいです。暗い流星まで視認出来るようになるには、ちょっと慣れが必要かも。でも明るい流星は初心者でも見えますから、今夜は是非夜空を見上げてみては? もち、暖かい格好でね。


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・過去の「今日」。


■ 2004年12月11日(土)
  宮島へ <画像あり>

 ひとつ年を重ねてしまいました。でも気持ちは永遠に16歳。松本佳月ですこんばんは。年を取った最初の夜は、年甲斐もなくglobeのライブ at 広島厚生年金会館。年甲斐もなくと言っても舞台の上の方々より全然若いですから! 残念!!

 その日は広島プリンスに激安プランで1泊し、宮島へとデジカメ2台を携えて出掛けた次第です。で、折角なので写りを比べてみました。
FinePixF401で撮影IXY DIGITAL40で撮影
 左がFinePixF401、右がIXY DIGITAL40。サイズのみ変更してますが、色味やトーンなんかはいじってません。まあ好みですよね。うん。撮る対象物にもよるし。Fujiの方が自然な色味で写ってるとは思うんですが、個人的にはCanonの色味が好きなんです。青が青い(ちなみにこの先は全部IXYで撮った写真)。

望遠で「蘭陵王」 今年の台風でどえらい被害を受けた宮島・厳島神社。拝観は2ヶ月前から再開されていますが、修理が終わるのは当分先のこと。例の左楽坊は未だ影も形もありませんでした。そんな中、2組の挙式カップルを目撃しました。12月ですが暖かく、良いお天気。結婚式日和です。新郎新婦に参列者を前に、右楽坊のみを使用しての舞楽。大鳥居を背景に舞われていたのは、多分、蘭陵王ではないかと(雅楽・舞楽には明るくありません)。神社での神前式に巫女舞が付く神社は結構ありますが、舞楽が付いてくる神社って少ないんじゃないでしょうか。少なくとも東京近郊では知りません。
 ちなみに、舞楽中も普通に参拝客が拝観してますから、そりゃあ堂珍氏(※ケミ)がこんなとこで挙式してたら大騒ぎだったでしょう。干潮時だったら、鳥居側に黒山の人だかり間違いナシですよ。満潮時だったら、廻廊で人の流れが滞ります。

 本日の満潮は朝9時過ぎ。午後2時台に干潮になります。辛うじて昼前に辿り着いたので、 塩漬け 潮浸け鳥居と干上がり鳥居の両方を拝むことが出来ました。海に浮かぶ朱塗りの大鳥居や社殿は、写真で見ると何だか安っぽく感じていたのですが、実物は違いますねー。いやいや、見事な神社です。流石清盛。昨日の小室を見ても思ったけど、お金持ちのやることは違う(笑)。それはともかく、宮島には是非長居して、満潮と干潮、両方の厳島神社(つか鳥居)を堪能して欲しいです。神社の参拝は潮が満ちてる時に、潮が引いたら是非鳥居の本へ。

無惨・・・千畳閣の隣の五重塔「厳嶋神社」
左から倒壊した左楽坊の跡越しの大鳥居、五重塔、大鳥居の扁額。

 こうして見ると宮島には厳島神社しか見るべきものがないみたいですが、個人的には大聖院というお寺もオススメです。真言宗御室派の大本山という立派なお寺ですが、チベット砂曼荼羅もありーの戒壇巡りも出来ーので、密教を堪能出来ます。
 でも右の写真は帰り際の大鳥居(引き潮)。逆光だけど撮ってみたら、綺麗にシルエットになって意外と味がありました。

 次来る時は、ロープウェーで上まで行ってみます。今回は弥山の下だけだったので。

 12月15日の日記にも宮島の写真あります。


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・過去の「今日」。

2001年12月11日(火) 急激老化現象?

■ 2004年12月06日(月)
  頂き物 <画像あり>

 ダンナにMSNオークションで、ホクトベガのスーパーホースアクションダイスを落としてもらいました(笑)。何故自分で落とさないかって? MSNのIDは激しく使わないので、遥か昔に無効になってしまったままなのです。ちなみに300円也(安)。
 ボタンを押すと馬の嘶きと蹄の音と共に、ドーム内の2つのダイスが転がります。チンチロリンですな(いや、あれは賽子3個か)。
 昨日は非売品の写真集も落としました。こっちは3,000円だったかな。

 頂き物と言えば、誕生日のプレゼントとして、IXY DIGITAL 40を買ってもらいました。今のFinePix F401にさしたる不満があるワケじゃないんですが、最大の不満は青が綺麗に写らないこと。その前に使っていたPowerShot A20が青空が綺麗に写ったので尚更。やっぱり青はCanonのが綺麗に写るし(赤はFUJIのが綺麗かも)、何よりIXYは小さくて軽いので、旅のお供に(^^;)。
 室内(というか蛍光灯の下)ではFinPixの方が綺麗に写る気がします。屋外ではIXYの方がテレ端でのマクロも可能なので重宝しそうです。
 しばらくは二刀流で頑張ります(笑)。年末、九州へ旅行するので、両方持っていって色々比べてみようっと。上のアクションダイスの写真は、FinePixで撮影。


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・過去の「今日」。

2002年12月06日(金) 見沼区に想ふ。
2001年12月06日(木) 切断。

■ 2004年12月02日(木)
  クリスマスツリー <画像あり>

 クリスマスツリーを飾った。
 ツリーは近所のジャスコで買ってきた、電飾・オーナメント込1,000円もしないヤスモノ。でも飾り付けたオーナメントは、ドイツで買ってきたものだ。
 初夏に行ったドイツ。ローテンブルクのクリスマス・ヴィレッジ。世界で最初に1年中クリスマスグッズを扱ったという店は、入ったら最後、あれこれ欲しくなってしまうワケで、ついつい色々と買い込んでしまった。それから半年。やっと時期を迎えたオーナメントたちは、晴れて梱包を解かれ、プラスティックの樅の樹にぶら下がった。

 小さい頃住んでいたマンションのすぐ裏手に、結構大きなカトリック教会があった。敷地内にちょっと立派な本物の樅の木(だと思う)があって、12月になるとイルミネーションが灯された。私にとってクリスマスツリーと言えば、あの教会のツリーと、家の窓からも見えた東京タワー。そのどちらも見ることの出来ない今年の12月は、この小さいツリーで楽しむことにします。

 さて、ケーキとプレゼントはどうしますかな。

 Merry Christmas.


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・過去の「今日」。


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