琴 星 商 事 日 乗
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■ 2005年09月25日(日)
  祭囃子と共に1週間を振り返る <画像あり>


 神輿の宮入りを拝殿の回縁から見学してきました。やっぱいいよね、東京の神輿。神輿が何基もやってくるのを見ただけで、涙出そうです(相変わらず)。
 境内には出店が並んでいるので、御神輿が入る時はもう一大事。引っ込めたり屋根部分を上にあげたりしてたけど、拝殿から見て右一番手前の屋台は、後ろが社務所だからこれ以上下がれず、且つ屋根部分もこれ以上上げられず、結局御神輿を下げてくぐってました。
 神社の前の道も宮入りの時間帯は通行止め。でも路地から侵入出来るから、うっかり曲がって来ちゃった車が神輿に挟まれて身動き取れなくなってたり( ̄m ̄*)

 今回の帰京は思ったよりも慌ただしかったです。

   17日は所用があって1人で新宿。
   19日は夫と野田・水海道・筑波山へ。
   20日は友達と浅草そぞろ歩き。
   21日は池袋で友達2人と夕食(珍しく居酒屋)。
   22日は下北沢で広報部長とお茶。
   23日は馬事公苑愛馬の日と、エレ・広報部長と夕食とお茶。
   24日は友達と会津。
   今日はお祭り。

 何もしてないのは18日だけじゃないか。

 図書館行って資料探したり、東博行って興福寺創建1300年記念 特別公開「国宝 仏頭」(9月21日〜10月16日)見たりしたかったのに。

 明日の朝東京を発ち、往路同様、大阪に1泊して広島に戻ります。多分、来週は死体。
 つーかですね、毎日毎日気温差激しくて風邪っぽい感じなんですけどー。取り敢えず何だか胃にきてます。食欲はあるけど、食べるともたれる感じ。胃薬持ってきてて良かった。


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・過去の「今日」。

2004年09月25日(土) 大地讃頌と飲んだくれの夜
2002年09月25日(水) 愛される女性(ひと)

■ 2005年09月24日(土)
  会津古社と二重螺旋 <画像あり>

 私の中学は修学旅行が東北で(東京の中学は、普通は京都奈良)、十和田湖とか八幡平とか小岩井牧場とか中尊寺とか、北東北を見て回った。南東北は、仙台近辺に親戚が2組いるにも関わらず、行ったことがない。日光以北は、中学の修学旅行以外で足を踏み入れたことがないのだ。御陰で、御朱印帳も東北はゼロ。

 だから東北地方の御朱印が欲しい、ということを差っ引いても、ぜひ参拝したいし御朱印が欲しい神社が福島・会津にあります。てことで、友達を誘って日帰り会津。台風の影響で秋雨そぼ降る東京を脱出し、いざ北へ!


左、伊佐須美神社(御門内より楼門)。右、蚕養国神社(拝殿にかかる奉納額)。

 ぜひ参拝したいし御朱印が欲しい神社、それは会津総鎮守・伊佐須美神社。延喜式では名神大社に列せられ、岩代国一宮とされる立派な社。御朱印は寺社参詣Blog・神籠の方を見て頂きたいのですが(御朱印帳は後日更新します)、左右2面を使用するんですよ。出羽三山系の神社もそうなんですが(分社は知らないけど)、東北には多いのかな。

 境内には色んな種類の鶏が放し飼い。茂みの中には卵を抱えてそうなヤツも。丸々とした大きな鶏は、拝殿前を駆け回ってました。でも一番印象的だった鶏は、御朱印を書いて下さった年配の女性にずっとくっついていた小さい鶏。絶対すりこみされてます。おばあさん、まさか卵から孵した?

 続いて会津若松市内に鎮座する蚕養国(こがいくに)神社へ。名前の通り、養蚕守護の神様とされ、拝殿には繭でデコレート(?)した奉納額が掲げられてます。もっと小さな神社かと思っていたけど、意外や意外、結構立派なお社でした。
 社務所にいらしたのは若い女性。巫女さんかと思ったんですが、立ち上がった女性が身に着けていたのは、巫女が身に着ける緋袴ではなく、神職の浅黄の袴でした。この人が禰宜さんなのかなぁ。
 この女性神職さんと少々お話しして、ご飯。天気が良くないので気温も低く(会津だし)、味噌煮込みうどんなんて食べちゃった。

 続いて向かうは、飯盛山にある「さざえ堂」。正式名称は「円通三匝堂」と言います。元々は正宗寺というお寺の一堂宇だったんですが、正宗寺は明治に廃寺になり、今は単なる文化財の建築物で、宗教施設ではありません。でも珍しい二重螺旋構造の建物が見たかったんですよ。

 飯盛山は会津の著名な観光地のひとつ。山麓にはいくつもの土産物屋が建ち並び、駐車場を無料で使用させてくれます。勿論、帰りにはお土産買ってね、ってことなんでしょうが、私は買わなくても良心痛まない派( ̄m ̄*)

 飯盛「山」ですから、当然ここから登りです。めっちゃ長い階段見えてます。その階段の横に「動く坂道」・・・

・・・って有料かよ!!

 ちくしょーこんなんに金なんて払うかよーε=ヽ(`Д´)ノ
 仕方なしに歩いて登りますが、山頂手前(だと思う)で左に折れる道があり、そちらに「←さざえ堂」の看板があったので迷わず曲がります。誰が上まで行くか! 山は筑波山で懲りたんじゃ!

 最初に目に入ったのは、宇賀神堂。正宗寺が別当を務めた宗像神社(現厳島神社)の傍社として建立されたものだそうで、現在は白虎隊十九士の霊像が安置されています。その右手前には土産物屋。こんな上にまで土産物屋があるのか・・・と思ったら、ただの土産物屋じゃありません。看板には「会津飯盛山正宗寺継跡 山主飯盛本店」の文字が。「正宗寺継跡」? 「山主」? て、寺のなれの果ては土産物屋かよ!! かなり意外性のある顛末でした・・・。正宗寺最後の住職はマジでこの土産物屋を経営する飯盛家現当主の曾祖父だそうで、飯盛家の現住居が正宗寺の本堂だった建物なんだそうな。さざえ堂と宇賀神堂を所有・管理しているのも飯盛家のようです。土産物屋で宇賀神堂の御朱印を出していたので、それを頂き、さざえ堂の拝観料(400円)を払って二重螺旋の中へ。


左からさざえ堂外観、内部、内部のてっぺん(余りに暗くてフラッシュ使用)。

 内部は階段ではなく、結構急な坂道(写真じゃ伝わりにくいけど)。このさざえ堂は上りと下りで同じルートを辿らない一方通行の構造なので、てっぺんは上り側から下り側に橋を渡したような格好になっていました。へーへーこうなってるんだぁ。

 さざえ堂を出たら、さっきの階段ではなく元々の表参道だった坂道を下って、駐車場に戻りました。勿論、買い物はナシでw

 3連休の中日なので、帰りが遅くなると高速が混みそうな気がしたため、これで会津をあとにしました。見たいもの・見るべきものは探せばまだまだあるんだろうけど(お城はそんなに興味ないの)、今日見たいものは見たから満足。


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・過去の「今日」。

2004年09月24日(金) 切なくなりたい?
2002年09月24日(火) 似非「石に泳ぐ魚」考

■ 2005年09月23日(金)
  愛馬の日、「ファイト」の世界 <画像あり>

 9月23日は愛馬の日。サイゴウジョンコは札幌競馬場からの帰路、馬運車内でお尻に怪我をしたということで来なくなってしまったのですが、それでも馬は見たいし村上厩舎のセットも見たい。ってことで馬事公苑に行ってきました。


 正門を入ってすぐ右手に折れ、その奥が「ファイト」のオープンセット。村上厩舎が建っています。今朝もドラマを見てきたから、何だか不思議な感じ。ジョンコがいるハズだった馬房には、ジョンコの僚馬役として出演していた馬が代わりに入厩してました。
 ジョンコが来ないことを知らない人も多いようで(園内にも掲示あったんだけど)、「ジョンコって芦毛だったよね?」「これジョンコ?」とか話してる人もいました。いや、厩舎の壁にも貼り紙してあるじゃん!

 厩舎の外や馬房が映らない場面の撮影はスタジオでやってるのかなーとも思ってたんですが、ちゃんとここでやってたようですね。内部もしっかり作ってあります。優が着替えたりしてた2階は見れないのでどうなってるのか判りませんが、同じ方向(階段側)からのカットが多かったように思うので、やっぱりここで撮ってたのかも。
 調教に使っていた走路もすぐ横だし、優が自転車で入って来てた門もすぐ横だし、乗馬練習以外の撮影はこの辺りで行われたんでしょう。
 実際のセットを見ると、テレビでは気が付かなかった細かい所も目に入ります。各馬房の上には、「武州上岡観音」の御札が貼ってありました。埼玉・東松山にある関東随一の馬頭観音です。芸が細かい。


 毎年毎年、時間通りに行ったら間に合わない体験乗馬のチケットも素早く入手し、久々に馬との触れ合い・引き馬体験。チケット配布の際、堂々と子連れで割り込みをしていた家族を見、日本の未来はないな、と思いました。こうしてマナーとかルールとかを知らない人間が出来上がっていくのねー。

 でも昨日とは打って変わっての暑さに、極力日影で過ごし、かき氷まで食っちまいました。昼過ぎには駄馬と合流し、木戸優役の本仮屋ユイカ嬢の騎馬姿も見、次の約束がある駄馬を見送り、私は夕方からエレと広報部長と合流してお茶と夕食を。

 昨日と今日で計3回もシモキタの某喫茶店に行ったのは私と広報部長です。

 ジョンコにさえ会えれば、超素敵な愛馬の日だったのになぁ。

サイゴウジョンコの僚馬たち。左がタロウ、右がサイゴウタマコ。タロウはサンフォードシチーという2000年のJCD2着馬。タマコはダイワカーソンという騙馬(つまり去勢した牡馬)。本当は、タマコのところにジョンコがいるハズだったので、右上の黒板には「サイゴウジョンコ」と書いてあります。


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・過去の「今日」。

2004年09月23日(木) 自我境界
2003年09月23日(火) そんなこともあった
2002年09月23日(月) 手抜きなれど
2001年09月23日(日) 愛馬の日

■ 2005年09月20日(火)
  浅草うまだより <画像あり>

 友達と浅草で会ってきました。待ち合わせは雷門。コテコテに「雷門」って大書された大提灯の下で待っててやろーと思ったんですが、今日はやけに観光客が多く、写真撮影の邪魔、つーか私自身、知らない人の写真に収まるのは嫌なので、ちょっと離れた所で待ってました。

 折角なのでその友達と雷門の写真なんか撮って、更に友達は傍にいた若い女性にカメラを渡し、二人で撮ってもらっちゃいました。雷門で記念撮影なんて初かも。そしてそのカメラを渡した相手が(多分)中国人だったってのも笑えるよね友よ( ´艸`)

 何処に行こうか地図を見ていて「馬の神社」があったことを思い出し、合羽橋方面へ。辿り着いた矢先稲荷神社では、乗馬も嗜む宮司さんに名刺と冊子を頂きました。
 その冊子とはJRAの中央競馬サークルだより「ぱどっく」。巻頭のコラムのようなものを宮司さんが書かれていて、その他中身はものすごいマニアックなJRAネタ(厩務員さんとかの結婚とか出産とか、開催ごとの入場者数とかのデータや上半期のJPNサラブレッドランキングとか)。いやいや、面白い冊子ですよこれは!

 浅草寺では御神籤を引きました。友人エレは以前、ここの御神籤で3連続で凶を引くという荒技をやってのけましたが、「ここって凶多いんだよね」という話をした後でひいた友達の御神籤はマジで凶Σ(゚ロ゚ノ)ノ 私は吉でした。

 おやつに甘味処で食べたゆずのかき氷が結構美味しかったです。

 どうでもいいけど、浅草の人力車、どんどん増えてますよね? 正直めっちゃうざいです。しつこいし。馬車なら金払うが、人力に払う金は自分で歩けるウチはないね。そもそも観光客じゃないし(浅草には参拝目的か花見目的か花やしき目的か川目的のどれかだな)。


雷門の向かいにある浅草文化観光センターのからくり時計。



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・過去の「今日」。

2004年09月20日(月) 身内の恥を曝すようですが。
2001年09月20日(木) ベガといったらホクトベガ!!

■ 2005年09月19日(月)
  筑波山なんちゃって登拝記 <画像あり>

 筑波山に登ってきました。と言っても、軟弱な私は、ケーブルカーで。「お、こないだ開通したつくばエクスプレス(TX)乗ってきたの?」なんて思われます? 乗りませんよ〜ん。だってつくば駅から筑波山までかなり遠いですもん。車で行ってきました。筑波山は最終目的地。途中、3ヶ所ほど寄り道を。

 まずは途中の醤油の街・野田へ。野田最古の神社・櫻木神社へ詣でます。ここの御朱印帳がとても素敵なデザインで、どうしても欲しかったんですよ。どんな御朱印帳かは、ウチの御朱印帳の更新を気長に待つ(来月中旬頃予定です)か、検索検索。
 まだ午前中だった所為か(と言っても10時過ぎてましたが)境内の清掃奉仕の方がたくさんいらっしゃって、みなさん挨拶をして下さいます。授与所で声を掛けた巫女さんの対応も良かったです。前天冠(まえてんがん)まで着けてて、なんか目出度げだったし(笑)。
 桜の形をした絵馬が、普通の絵馬掛けと、桜の若木(だと思う)を用いた絵馬掛けにたくさん奉納されていました。桜の木に掛けられた絵馬は、花が咲いたみたい。

 続いて千葉県から茨城県に入り、水海道市の一言主神社へ。1000年以上も昔に、大和・葛城山の一言主神社から分祀された神社です。鳥居ではなく、何やらテーマパークのようなゲートをくぐって脇道に入ると一の鳥居。すぐ右手に境内地が見え、駐車場から鳥居が1、2、3、4つ。さっきの櫻木神社もそうだったんですが、何だかやけに初宮参りの家族連れが多いです。今日って大安かな?と思ったらやっぱり大安でした。
 茨城県に入ったとたん、所々に「平将門公ゆかりの云々」みたいな看板が立ち始めました。茨城はそういう土地。この一言主神社にも、将門ゆかりの地に相応しく九曜紋が手水鉢や賽銭箱、屋根などに(平将門は北辰星を信仰し、武運長久と子孫繁栄を祈り九曜の紋をつけたとか)。神紋は鎮座地の三竹山に因んでか笹紋のようですが、九曜と笹を組み合わせた紋もちらほら。面白いなぁ。
 関係ないけど、三竹山って音にすると「御嶽山」と同じね。面白い。

 次は同じ水海道市内の大生郷天満宮へ。菅原道真の第三子景行が、父・道真の遺骨を祀ったのが起源だそうで、故に「御廟天神」とも言います。日本三天神のひとつを称するけれど・・・確かに由緒は正しいのかもしれないけど、規模がねぇ・・・。
 どうも境内地はこれから整備する段階のようで、今は何処か寂れた雰囲気のするお社でした。

 つくば市内で常陸秋蕎麦をお昼に食し(今の時期は新蕎麦が出る前だから蕎麦としては何なんですが)、いざ筑波山へ! でも今日は空気が夏のものだからか何となくガスっていて、つくば市内に入ってもなかなか筑波山を視認出来ません。これじゃ山頂からの関東平野の眺めもあまり期待出来ないなぁ。残念無念。

 山麓から坂道を車で登り、大きな赤い鳥居をくぐると、旅館や土産物屋が建ち並ぶ門前町。まずは坂東三十三カ所第二十五番札所の筑波山大御堂へお参りし、それから筑波山神社へ。
 どことなく仏教チックな神門をくぐり、石段を登ると、正面に大きな鈴を付けた拝殿。中では結婚式が執り行われていました。拝殿の背後に本殿はありません。筑波山が御神体だから・・・ではなく、本殿は筑波山の男体山・女体山それぞれの山頂にあるんです。拝殿の授与所で御朱印を頂いたら、御本殿目指して山頂へ。・・・いやいや、最初に断った通り、ケーブルカーですよ。

 筑波山に徒歩以外の手段で登るには、男体山頂へ向かうケーブルカーと、女体山頂へ向かうロープウェーがあります。拝殿のすぐ傍から出ているのは、ケーブルカー。
 これがねぇ、騙されましたよ。
 方々の記述から、ケーブルカーはかなり男体山頂近くまで行くもんだと思ってたんですが、全然です。着いた先は男体山と女体山の間の「御幸ヶ原」と呼ばれる平坦な所。ここから山頂駅を出て左に400mで男体山頂、右に600mで女体山頂。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。(−−;

 はっきり言いますが、私は登山とか、足場の悪い所を歩くのは大の苦手で大嫌いです。特に下りなんてもー最悪。下りられません。
 でもここまで来たんだし(案の定、下界の眺望は霞んじゃってイマイチだし)、取り敢えず男体山頂の男体山御本殿を目指すことに。ヒイヒイ泣き言吐きつつ、階段や岩が飛び出た道を登りますが、しばらく行くと目の前に、水流したら滝になるよーな岩場が��( ̄□ ̄;) いや、これは無理でしょう。たとえ登れたとしても、下りるのは絶対無理!!
 ・・・つー訳で敢え無く頓挫。御朱印帳とデジカメを夫に預け、行ってきてもらいましたorz 一人もと来た道をおっかなびっくり下山し、御幸ヶ原へ。
 しばらくして戻ってきた夫と合流し、今度は女体山頂を目指します。さっきから見てると、こっちの方はかなり軽装の人がいます(スカートだったりとか)。標高は女体山のがちょっとだけ高いし、現在地(御幸ヶ原)からの距離もありますが、こっちの方がまだ楽に登れるんじゃなかろーか。
 ・・・という予感は的中。どうにかこうにか山頂まで登ることが出来ました。まずは女体山御本殿に参拝を済ませ、すぐ脇にある授与所で御朱印をゲット。それから「本当の山頂」である岩場に登って景色を堪能(霞んでるけど)。岩場はとても狭くて、うっかり踏み外したら大変なことになると思われます(しかも岩は滑るし)。ここで滑落したヤツはいないんだろーか? 高いヒール付きサンダルで岩場にいたお姉さんにはびっくりです。

 後からやって来た人もつかえてるので適当に下山開始。来た道を子供以下のスピードで戻り、再びケーブルカーで下山しました。え? 何で女体山から出てるロープウェーで下山しないかって? 車を神社の駐車場(山腹の拝殿近く)に停めてきてるからですよ。駅同士がかなり離れているようなので。

 時間があったら石岡の総社(今日がお祭りの最終日)にも行こうかと思ってたんですが、意外と時間がかかるようなのでまっすぐ帰路につきました。

 明日は浅草で友達と会うのに、これは筋肉痛間違いないぞ。


左から櫻木神社の絵馬、一言主神社の屋根(九曜紋入り)、筑波山(女体山)山頂。



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・過去の「今日」。

2002年09月19日(木) 幽体離脱!?

■ 2005年09月17日(土)
  東京の空は青い <画像あり>

 少なくとも広島よりは。

 台風一過と言えば抜けるような青空が約束されたようなものだと思っていたのに、先日の台風の後、窓の外を見て驚いた。空が青くない。いつもと同じ、白っぽい様なグレーっぽい様な、微妙な青。空と雲の境が曖昧で、薄曇りのような青空。これは広島の話。

 東京にいた時、別に東京の空が青いとは思わなかった。東京には本当の空はないらしいし、確かに車の少ない正月の空と普段の空は違うのだから、普段の東京の空は本当の空じゃないんだろう。

 でも、今日私が見た東京の空は、少なくとも広島の空より全然青空だ。空は青いし雲は白い。

 今時分に黄砂が飛んでる訳でもあるまいに、何で広島の空は白いんだろう?? そりゃまあ、たまには青いけど。


用があって新宿に出てました。
今日・明日が十二社熊野神社のお祭り。
西口駅前にも御神輿が出てました。
というわけで、写真は青空の下で
お祭り準備中の十二社熊野神社境内。
祭囃子を聞くとワクワクします。


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・過去の「今日」。

2004年09月17日(金) 今夜のビックリ
2002年09月17日(火) それが企業といふもの。

■ 2005年09月10日(土)
  地図

 ここ数日、御朱印帳のページを(結構大規模に)手直ししています。
 元々、御朱印帳のページは、誰かの参考になればと思って作ったというよりも、自分の思い出を留めておくためという方が強いです。御朱印帳をひとつひとつ繰るよりも、この形態の方が簡単に見直すことが出来ますから。だから、所在地も町名や番地なんて詳細な情報はなくていいと思ってたし、ましてや地図へのリンクなんて必要ないと思っていたんです。

 でも、地図って好きなんですよ。

 昔から旅に出なくてもガイドブックや地図帳なんかで旅をした気になってみたりとか好きだったんですが、旅に出た後に見直すことで、旅を追体験することも出来ます。「そうそう、ここの角を曲がると橋があった」とか「この道、急な坂なんだよね」とか、地図を見直すことで思い出すこともあります。

 そんなことに改めて気付いて、各ページに地図へのリンクを挿入することにしました。
 マイナーな所は地図上の位置を明らかにするのも大変だったりするけど、「確かこんなカーブだった」とか「確か近くにトンネルがあった」とか記憶を辿って「ここ」という印を打っていく作業は、意外と苦ではありません。

 地図へのリンクだけでなく、レイアウトとかのソース的な部分もいじっているので、御朱印帳の更新自体はまだまだ先(来月以降)になります。現在、御朱印の掲載数が308種ということは308のファイルがあるワケですから、結構地道で根気の要る作業です。東京に帰る前に、形にはしておきたい。うん。
 誰に頼まれた訳でも、誰のためでもないけど、頑張ります。


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・過去の「今日」。


■ 2005年09月07日(水)
  涙の理由

 今日も「ファイト」です。興味のない方はどうぞスルーで。以下、今日のネタバレ。

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 G1を勝ったものの、骨折して競走能力喪失となったジョンコ。金満馬主・今岡はジョンコの処分(つまり、殺しちゃう)を決めますが、優たちは今岡に1ヶ月の猶予を貰い、乗馬クラブなんかにジョンコを引き取ってもらえないか掛け合います。でも、引き取り手は見つからない。
 啓太の発案で岡部の撮った写真と共にジョンコが処分されてしまうことが地方紙に載ります。すると、村上厩舎に全国から大量の人参や「ジョンコを殺さないで」という手紙が届きます。それを見た今岡は、ジョンコの処分を取りやめます。そして、村上の尽力でジョンコは生まれ故郷の牧場に繁殖牝馬として引き取られることが決まります。

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良かったねぇぇジョンコぉぉ ( つД`)ワアァァアン
 

 ・・・・・・・・・・・・なんてハナシだと思ったら大間違いですよアナタ!

 そんな理由で泣きません。競馬ファンじゃなかったらそんな理由で泣けたかもしれませんが、私はそんな理由で泣けません。

 もしジョンコが牡馬だったら?(種付けは1頭の牡馬でたくさん出来るから、牝馬と違って繁殖用の牡馬=種馬はそんなに必要ないのです)
 もしジョンコがG1勝ってなかったら??
 もしジョンコがスターホースじゃなかったら???

 走らなかったから。
 勝てなかったから。
 走れなくなったから。

 競走馬としてデビューしたものの、勝つことが出来ずにターフを去る馬はたくさんいます。勝てたけれど、ジョンコのように怪我をして競走生活を続けることが出来なくなる馬もたくさんいます。
 でも、ジョンコのように第2の馬生を得ることが出来る馬なんて、ほんの一握り。現実は、たくさんの馬が処分されている。

 ジョンコの話は作り話で、それ故にとてもタイミングが良く、御都合主義で、作り話なんだからしょうがないけど、所詮は綺麗事。
 そしてきっと、そんなことも知らずに「ジョンコ良かったねぇ」なんてテレビを見ている人がたくさんいる。

 だからこそ、涙が止まらないのです。勿論、ジョンコが処分されなかったのはとても嬉しいことだし、そのことを無邪気に喜ぶ人がいるのは全く悪い事じゃないんですけど、でも涙が止まらないのです。


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・過去の「今日」。

2004年09月07日(火) 暴風!! <画像あり>

■ 2005年09月03日(土)
  ラーメン屋さん

 夜7時過ぎ、夫と車で家に帰宅すると、何やら聞いたことのない音が聞こえてきた。
 近くの学校で文化祭の準備でもしてる? それとも選挙カー?
 音はゆっくりゆっくり近付いてくる。
「何の音?」
 夫に訊くと、夫は「チャルメラ」と即答。チャルメラ? チャルメラって♪ドレミ〜レド ドレミレドレ〜ってヤツでしょ? 何処をどう聞いても、私にはチャルメラには聞こえないんだけど。

 が。
 音と共にやってきたのは、赤地に白字で「ラーメン」と書かれた暖簾を後部にぶらさげた軽トラだった。チャルメラだよ、ホントにチャルメラだよ! 音程以前に、リズムが全然チャルメラじゃないけど!(チャルメラと思って聞いてもチャルメラに聞こえない!)

 チャルメラ(もどき)を鳴らしながらゆっくり走ってるってことは、このラーメン屋は営業中なんだろうか。てことは、「ラーメン屋さぁぁん!」と呼び止めたら、止めたその場でラーメン食わせてくれるんだろーか? イメージ的には石焼き芋と同じ。ただ、買って帰るんではなく、止めたその場で椅子とかセットされて食べるの。普通無理だよねぇ。じゃあ何処行ったら食べれるんだろう? ずっと追っかけてかなきゃダメ? それとも一緒に乗せてくれたりする??

 謎だ。


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・過去の「今日」。

2004年09月03日(金) 姉
2003年09月03日(水) 神鳴 <画像あり>

■ 2005年09月01日(木)
  今日から9月

 1日1日、夏から秋へと季節が移ろいでいきます。

 日が沈むのが早くなった。
 クーラーの稼働率が減った。
 安くて美味しい梨が手に入るようになった。
 新物秋刀魚が出回り始めた。
 夜の草叢が賑やかになった。
 空が高くなった。


 秋ですね。秋ですよ。
 夏の間、冷房の効いた部屋で怠けていた体を、少しは動かそうと思います。


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・過去の「今日」。


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