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2006年06月30日(金) 『福祉用具 貸し出し制限は自立に逆行』 光野有次氏


光野有次氏をwebで検索したところ、厚労省の介護保険制度改定に言及したものは出てきませんでしたので、本日、朝日新聞に掲載されていたご投稿記事をアップさせてもらいました。



朝日新聞2006年6月30日 オピニオン“私の視点”より

福祉用具 貸し出し制限は自立に逆行
「車いす姿勢保持協会」会長 光野有次
 介護保険制度は、介護サービスを本人が選択する仕組みで、要介護度に応じて補助対象となる限度額が決まる。ホームヘルパーや施設の利用とともに、電動ベッドや車いす、歩行器などの福祉用具のレンタルも選択でき、レンタル料の1割を負担すれば必要な期間借りられる。福祉用具は特別なものではなくなり、バリアフリーの考えが広まったこともあって、街角では、車いすの高齢者とよく出会うようになった。
 ところが、今年4月の制度改定で、軽度者(要支援1と2、要介護1)へのレンタルが制限されるようになった。改定前から借りている人も、猶予期間が切れる10月から原則利用できなくなる。
 厚生労働省のガイドラインによると、電動ベッドでは、これまでは「寝返り、起き上がり、立ち上がり」のいずれかができない場合はレンタルの対象だったが、今回、立ち上がりができない人は除外され、「寝返り、起き上がりができない人」に限定された。
 「要介護状態の軽減や予防」の考えが制度に加わり、「福祉用具に頼ることが身体機能を低下させる原因になる」「必要性の低い用具まで借りている人がいる」といった指摘があることが制限につながった。

 軽度者というが、半数以上は寝床からの起き上がりに手すりや介助が必要とされる。日本医師会総合政策研究機構がある自治体を対象にした調査では、軽度者の85%は自力で立ち上がることができないという。
 様々な立場から介護にかかわる私たち福祉関係者は、今年3月から3回、都内で「福祉用具国民会議」を開催し、福祉用具を利用している約100人の軽度者にアンケートを実施した。多くは、用具を上手に使って自立的な生活を継続している実態がわかった。
 布団から立ち上がることが難しく、トイレに行くのに困っていた人たちも、寝床の高さ調節や手すりが付いた電動ベッドのおかげで、介助者の手を煩わすことなく、生活が自立できている。立ち上がりの支援を目的に利用している人が大半で、こうした人たちは今回の改定で借りられなくなるため、「寝たきりになってしまう」「家族の負担が増える」と心配している。

 介護保険の総支出の中で、福祉用具・住宅改修にかかる費用は4%である。厚労省は利用を制限することで総支出を減らしたいのだろうが、福祉用具がなければ介助の人手は確実にかかる。要介護度が重くなることも懸念され、総支出は逆に増加してしまうのではないか。
 福祉用具を正しく利用することにより、要介護度を重くしない事例は多い。用具の選び方の相談に応じ、効果的な利用法を指導できる専門職も増えている。
 厚労省は利用実態の調査を行い、貸し出し制限で生じる不利益を把握すべきだ。適切な利用を進めることこそが、介護保険の理念である自立的な生活を支援する重要な方法である。

 (49年生まれ。工業デザイナー)

転載可。





光野有次(みつのゆうじ)氏の関連リンク集も作ってみました〜。










2006年06月23日(金) 『祖父は司令官』 地上戦から61年 沖縄


2006年06月21日朝日新聞沖縄版より
http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000000606200001

<沖縄・いくさ・愛国心:上>指揮官の遺族

 遠く那覇市街を望む小高い丘は、湿った風が吹いていた。豊見城(と・み・ぐすく)市との境に広がる海軍壕(ごう)公園。沖縄戦で海軍の拠点となり、一帯で約4千人が死亡した地に今月13日、遺族ら約90人が集い、祭壇に花を手向けた。



 大田豊(61)も兄姉とともに参列した。61年前のこの日、「鉄の暴風」と形容される米軍の猛攻撃で敗色濃厚となる中、この場所で自決した父、実を思い、黙祷(もく・とう)した。


 海軍少将、大田実。沖縄戦で約8千人を指揮した。自決1週間前、海軍次官に電報を打って県民の献身的な協力を伝え、《沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ》と訴えたことで知られる。


 豊は4男7女の末っ子として生まれた。父はすでに沖縄での激戦の渦中におり、一度も会うことはなかった。


 長じて選んだのは、その父と重なる海上自衛官の道だった。「誰かが努力しないと、平和は守れない」との信念からだ。


 自衛官になってから沖縄戦の資料を読んだ。圧倒的な兵力差を知りながら戦わざるを得なかった状況。日本軍が乳幼児を含む住民を殺したという事実にも、戦争の厳しさを実感した。


 「戦争は悲惨。子や孫が悲劇に巻き込まれないことを願うだけだ」。海軍壕公園を無邪気に駆け回る2歳の孫を見て、改めて思った。


 一方、教育基本法を改正し「愛国心」を盛り込むことに違和感はない。「自分の国を愛することができなければ、よその国を愛することもできないだろう」


 東京の小学校教諭、牛島貞満(52)は26、27の両日、豊見城市の長嶺小学校に招かれ、平和授業を担当する。テーマは「牛島満と沖縄戦」。


 沖縄守備軍約10万2千人を率いた陸軍中将、牛島満は祖父にあたる。最後の激戦地、糸満市摩文仁(ま・ぶ・に)で6月23日、自決。その日、日本軍の組織的抵抗は終わったとされ、戦後、犠牲者を悼む「慰霊の日」と定められた。


 沖縄には、なかなか足が向かなかった。20万人を超す死者を出した沖縄戦の指揮官の孫という立場が、心を重くした。


 94年春、教材研究を兼ねた同僚らとの旅行で、初めて沖縄を訪れた。摩文仁の旧平和祈念資料館に行くと、祖父の最後の命令が展示されていた。


 《最後まで敢闘し、生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし》。


 この命令で多くの県民が命を落とした、という解説に衝撃を受けた。


 その夏、再訪した沖縄で、戦跡の案内者に「自分でおじいさんのことを調べることが大事」と言われた。防衛庁図書館で資料を読みあさり、祖父を知る沖縄の人や家族に話を聴いて回った。


 「子ども好きのいい人」。人々の話から浮かび上がる祖父と、多大な犠牲を強いる命令を出した陸軍中将。調べれば調べるほど、二つの像はずれていった。


 この数年、沖縄や東京で児童と一緒に沖縄戦を考え、おぼろげながら答えが見えてきた。「天皇への強い忠誠心が、目の前の住民を見えなくさせたのではないか」


 住民ではなく、天皇と大本営を向いた祖父。教育がそうさせたと思うだけに、国を愛せよと取り立てて教えることには強い危惧(き・ぐ)がある。


 牛島は思う。「愛する相手は強要されるものではなく、大人の姿を見て子どもが考えるものではないか」。(敬称略)



    ◇



 愛国心を巡る議論が盛んだ。国を愛するとは何か。61年前、激しい地上戦を体験した沖縄で、愛国心はどう受け止められているのか。23日の「慰霊の日」を前に考える。






戦犯の親の罪を 子孫が償おうとする、というこの記事を読み

沖縄問題と 今も向き合っている人たちに

思いがけなく 救いがもたらされたのではと感じたのです。


親は(大人は) 子(次世代)に ツケをまわしてはいけないという
普遍的価値は 見失いたくありません。

ただ、人はそれぞれ 置かれている立場で それ相応の行動をとるので

自分の絶望は 人間理解の浅さから来てはいないか

点検はしてみたいと思います。

それとあと

自省と自戒を忘れなければ

ワタシは この記事に感動してもいいと思うし

ともだちは 沖縄の青い海に感動していいとも、感じました。


自信はありません。

だから 他の方は どのように感じられたか 知りたく思うのですよね。





2006年06月13日(火) 各種学校・専修学校生も出願認める 大阪市大の推薦入試



各種学校・専修学校生も出願認める 大阪市大の推薦入試2006年06月13日

 大阪市立大は12日、今秋の理学部、医学部看護学科、生活科学部の推薦入試の出願について、各種学校・専修学校生にも同大学との事前協議で認めることを正式に決めた。昨秋、大阪朝鮮高級学校生の出願を断った問題が発覚し、見直しを進めていた。日本の商業高校、工業高校生に事実上限っている商、工学部の推薦入試は従来通りとなる。



「朗報」であるのに、ネットに流れている情報は少ないと感じたのです(検索の際)。
大阪市立大学医学部の看護学科は、他学科(商、工学部)に対する働きかけも積極的に行っていってほしいと思います。
去年、門前払いした朝鮮学校生に対するお詫びの気持ちから。


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