秋のおわり - 2002年10月31日(木) 風がだいぶ冷たくなってきた。 一年のうちで2週間あるかないかのわずかな期間だけど、 この時期の雰囲気がとても好きだ。 秋が深まると、確実に気持ちがあわただしくなってくる。 なぜかはわからないが、夕方駅のホームに立っていると、 不意に何かをし残していた気がして、はっとする。 その焦燥感が私にとってのこの時期のイメージだ。 陰な季節なのだろう。 - こんなんじゃいけない。 - 2002年10月23日(水) 認めたくない事実だけど、自分はすごく自分の殻に凝り固まって いると思う。 人から見たらきっと、「良くわかんない人」。本当は自分をさらけ出すのが 苦手で、でも、平気なふりをすることだけ学習してしまったのだ。 素直な心が涸れている。自分から人の輪に入らないくせに、人が 仲良くしてるのを見るとうらやましい。 でも、誰とでも仲良くするのがいいことのような気はしないから、 どうしていいのかがわからない。はたと思いついて一生懸命誰かと 仲良くして、また気を抜くと一人。 結局時によって八方美人だったり引っ込み思案だったりするおかしな自分。 積み重ねのできない自分。 いがみ合い嫌い。だけど、そういう事言ってる自分って、親に怒られた時 真っ先に逃げてた自分と何にも進歩してないと思う。 あのときは泣きながらお父さんに食い下がるお姉ちゃんが、うらやましかった。 あたしはあの時のお姉ちゃんにすら追いついてない。 いつからこうなったのか。どうして人並みじゃないのか。 それともこれでいいのか、人なんてこんなもんなのか。 何かが違うとは、おもうのだけど…。 - 友だちの結婚式 - 2002年10月20日(日) 高校の同級生では一番最後になる友だちの結婚式に行った。 高校の友だちに会うのは久しぶりだった。2年くらい? 他の皆は私よりは仲良く会っているらしい。 たった一つのわだかまりから、会わなくなっていたのだ。 その張本人であるSちゃんも来ていて、来月には女の子がうまれるらしい。 昔は度々電話したり、相談事もしてたなあ。 彼女とは同じ塾に通った仲。卒業後、お互いその塾の先生とつきあっていた。しかし、卒業後の夏、彼女は振られ、私は自分から別れた。 そのタイミングが奇妙に働いて、彼女に誤解されてしまった。 その誤解が炸裂したのはそれから3年も経ったある日、偶然会った 飲み屋で。酔っぱらった彼女が過去のことについて、全く身に覚えのない 悪事を私の彼に聞こえるように話しはじめたのだ。 「バラの花をもらったのにちっとも喜ばなかった」なんて、どこで仕入れた 嘘だったのか。 当時つきあいはじめたばかりの彼はどんなにか驚いただろう。 その後何年か経って、その彼にバラを買ってもらった時、あの時の呪縛が解けたと思ってほんとうに嬉しかった。なんどもありがとうと言った。 彼女からは、後日「振られた自分と、先生(私の元彼)が重なってしまって かたきを伐ちたくなった」とあやまりの手紙をもらった。 もう気にしてないからと、手紙をかえした。 ...................... もうその事自体大昔だけど、未だに吹っ切れていないんだ。 いや、吹っ切れるような問題じゃないのかもしれない。 私ってしつこいのかなあ。 - イリュー - 2002年10月16日(水) 週末会った友達にやめると伝えた話をしたら、彼は 「それで、デザインはどういう風に話が進むの?」という。 彼の職場では専務だか常務だかが慰留のため面談するのが普通、だそうだ。 「いやあ、うちはそんなのないよー」と言っていたのだが…。 今朝偶然に所長に会ったら、「おまえ、やめたいっていってるんだってなあー!」 といきなり詰め寄られた。おお、もうここまで話が行ってるのか。 なんだか引き止められそうな気配。 予定通りに進めるけれど、なんだか「へー、こういうのって決まった流れがあるんだなあー。」と妙に感心てしまった。 - 宮古日記�� - 2002年10月12日(土) 朝の散歩のあと、宮古新報という新聞を読むのが日課になっている。 拉致事件の横に「スギャ発見」というでかい見出し。スギャってなんだ! 地方新聞らしさ満載だ。(スギャ=鷹の密猟用の小屋らしい) 宮古島の隣に位置する伊良部島・下地島に行くことにする。 港からレンタカーごと船に乗り、30分ほどで到着。ここもまたシーズンオフで 観光客はいない。 佐和田の浜という、日本の海岸100選に入っているという場所へ向かう。 たどり着くと、そこは海版の石庭みたい。遠浅の海に岩が点在する特異な 風景が広がる。 つやのある葉っぱがあちこちに落ち、砂と絡み合ってそれだけで 美しいオブジェのような状態になっている。でも、これを拾って帰っても これを再現はできないんだろうと、長いこと眺めていた。 まぶしさにくらくらしながら遠浅の浜を見上げると、しずかに波がきこえる。誰もいないのが不思議だ。オンシーズンの、これほどきれいな海を一人で見ているという…。 …と、遠くの休憩小屋のほうにおじいさんの姿が見える。良くは見えないが 数人で海を見ながら語り合っているらしい。ぼんやりと見つめ、東京のご老人との生活の違いを考えていると、なにやらこちらをみて叫んでいる。おーい、とかなんとか。来いと言っているようにもみえる。 あたりを見回したが、誰もいない。おかしいな、路上駐車してる車のことかな…。 どうしてよいかわからず、そのままじわじわとオジイたちから離れる。 テクテクと浜を100mほども歩くと、靴を脱いで足を水にさらした。 足元を小さな魚が泳ぎ、太陽の光で輝いている。ああ、泳ぎたい! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ おじいたちの意図がわかった。 車に戻るために近づいた私を、オジイたちはおやつに誘ってくれたのだ。 泡盛は辞退したが、代わりにビールを買ってあげるといってくれたし (ビールもだめなのだけどね)沖縄の定番、ポークをたくさん分けてくれた。見ず知らずなのに、しかも顔も見えないくらい遠くから呼んでくれて、 ありがとう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 下地島は伊良部島から車でいける隣の島。 旅客機の運転を練習する島なのらしい。走っているうちに、左は空港、右は海という一本道に出る。 きれいな海の色に見とれてると海に落ちる。だけど、そんなときはその場で 止まればOK。だって後ろも前も、誰もいない。 この海の先には、石垣や波照間の小さな島があるだけで、あとは外国。遠くまで来たけどぜんぜん寂しくない、幸せな海だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今度来たら、伊良部島に泊まりたい。そしていちにちはなんにもしないで あの遠浅の海を眺めたり、触れてみたりしてすごしたいな。 - 宮古日記�� - 2002年10月11日(金) 朝の浜辺を散歩するつもりで6時に目覚ましをかけていた。 なのに、起きたら真っ暗。南の朝はおそいという事を知った。 2度寝しようかと思ったが、なんだかそわそわして眠れない。 今日からどう行動しようかとか、7時に散歩はじめて、8時に 部屋に戻って…等々、つい「効率よい」動きを検討しちゃったりする。 そんな自分をいさめつつ、着替えをしていると夜が明けてきた。 すっかり朝になった7時、そうっと部屋を出る。 浜辺までの道がわからず、遠回りで見つけた浜には誰もいない。 空には真っ黒な雲があるが、かすかな切れ間に期待をしよう…。 貝殻を真剣に拾っていると、遠くからオバアが散歩。いいなあ…。 と思っていると、彼女はずんずんとこちらに近づいてくる。 警戒する私のそばまで近づいたオバアが、ぱっと私の手に貝殻を置いた。 きれいな、小さいタカラガイ。怖がってごめん。 …そのまましばらく貝殻を拾っていると、急にスコールが降ってきた! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ びしょぬれでホテルに戻る。 しかし、この大雨が4日続いた雨の、最後の雨雲だったようだ。 ここから最後の日まで、気が遠くなる位素敵な天候に恵まれた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 勧められるままに、珊瑚礁を見られるグラスボート乗り場に行ってみた。 おばさんが門を開けて準備をしているみたいだが、しんとして他に 人はいない。 この静かさと日差しと波の音で、どんどん心が穏やかになるのがわかる。 船は10分ほどすると帰ってきて、一人だけの特別チャーター便が出発。 途中驚くほど高い波を越え、波の穏やかな珊瑚礁の上を船がゆっくり通っていく。 おじさんはとてもこの海を好きなんだな。見逃したというともう一回引き返してくれたり、「ここは青い珊瑚がいっぱいで」「この珊瑚はここでしか見れないよ」と 素人の私に詳しく説明してくれる。 いつのまにか、私も親戚みたいなな口調で話しかけ、はしゃいでしまっていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ - 宮古日記�� - 2002年10月10日(木) 今日から念願の島旅行だ。 一人旅と意気込んだものの、お休みが取れたからと羽田まで 送ってもらう。それがまた我ながら気弱だとは思うのだけど 妙に嬉しかった。 搭乗口でなんども振り返り、手を振って別れる。 乗った飛行機の隣席は、私より若いと思われるカップル。でもきっと 那覇で下りるんだよ、とちょびっと優越感に浸ってみた。 でもやっぱり、誰かと出かけるのも楽しいよね。 飛行機は嫌いだとはうすうす感じていたが、今回の旅でそれが 確信に近いものとなった。緊張するの。おかげで2時間の飛行中、 3回もトイレに行ってしまった。恥ずかしい。結局緊張した割に、 飛行自体は「航路上の天候はおおむね良好…」。 あっけないくらい快適。 那覇で乗り継ぎ。早くも気候の温暖さを感じるが、あっという間に 次の飛行機の時間。150人乗りの飛行機は、デンマークやイタリアで 乗ったのと同じ機体だったのでとりあえず安心。もっと小さいかと 思ったが..。 宮古島は雨らしい。曇天の那覇を飛び立つ飛行機は、多分40人くらいの乗客を 乗せて静かに飛び立った。ガラ空きだったので、離陸直前に窓際の席に移動。 窓からは飛び跳ねる魚の立てる波や、グリーンの海に囲まれて浮かぶ小島が 見え、これからのことを思うと嬉しさにどきどきしっぱなしだった。 宮古空港につくと、そのままタクシーでホテルへ向かう。 雨は思いがけないことに本降りで、聞く所によると4日間降り続いているという。 道路は川のように見える。 近づいているらしい台風のことも気になり、タクシーの運転手さんに「4日の内には1日ぐらいは晴れますよね?」と尋ねてみるが、「そうなるといいんですが…」と答えが返ってくる。この雨で、少しもきれいな景色が見れずに帰ったお客さんがいたそうだ。そうなったら悪夢。 ホテルの部屋についたら、ちょうど浜は夕暮れ。 いきなり街に出るのは不安なので、今日は疲れを癒すために早く眠ることにした。 8時には食事を終え、眠るまでの時間、田口ランディの本を2時間ほどかけてゆっくり読んだ。 - ああすっきり。 - 2002年10月09日(水) やる気が沸いてきた。 やめることをきっちり伝えてしまったとたん、生活態度が 改まるような、気が引き締まるような気がした。 はじめ、この決心をしたときは「もうこの会社のことは別にいいや」 って思っていた。 でもいまは、もしかして近い将来にここから仕事をもらえるように、 すこしでもいい締めをしたいと思うようになってきた。 同時に、自分の将来的な展望をちゃんと話せるレベルにしておく ことも大事だなあと思う。 - タマプラブラブラ - 2002年10月06日(日) 午後、勉強する為に喫茶店を求め外に出た。 駅まで歩こうかと思ったが、ちょうど車検から帰って来た車があったので 目的地をタマプラ−ザのモンスーンカフェに決めた。 住宅街だし、店は広いので懸念していたオシャレさん満員状態は回避でき、 思いがけずゆったりした贅沢な時間を過ごす事ができた。 店はパーティなどを想定しているために迷路のようで、しかも店員さんが 少なすぎてだれも客の動きを見ていない。 迷路の先には離れや個室、庭などもあってかなり魅力的な建物だった。 チャイを頼んだら、小さな鉄のきゅうすとこんろ、お湯に浮かんだ 中国茶坏が出て来た。ミルクレープはおっきくてはちみつ味。 ああ、なんてしあわせなんだろう。 駅前のデパートはあたしがこの街からいなくなった時は工事中だったのに、 今年20周年だという。街も新興住宅っぽさはすっかり消え、人の匂いが する街になった。 ああ、やっぱりこの街にすみたいなあ。ここなら皆に祝福される気がする。 - 普通の土曜ふたたび - 2002年10月05日(土) 英語のある毎度の土曜日。いつもそれだけでなんとなく落ち着かない 気持ちになるの、しょうがないけど。 晴れた社宅の中を、知り合いの夫婦が自転車でクルクルまわってる。 それを見つつ、花に水をやる。次に引っ越しても、絶対日当たりがいい とこがいいな。日当たりがいいと、気持ちも晴れて、下らない事も 楽しくなってくる。ついでに網戸のほこりを取って、床を拭いてみた。 夕方英語を終えて、渋谷に向かった。 待ってるうちにうどんが食べたくなってリクエストしたり、 ちいさなお店でぼんやりして、時間以上にゆっくりした気分を味わった。 会う前はなんだかいろんな事を考えてたけど、実際会ってみたら 自分の力や心配の及ぶ所なんて以外と小さいんだという事をおもいだした。 人の悩みにもきっと自己治癒能力って働くはず。道に迷った時に、 なんとか出口をさがしたように。 :::::::::::::::::::::::: やっぱここだったよ、ここも今度行こうね。 http://www.hanamaruudon.com/shop/shop_sibuya.htm - どうしたら… - 2002年10月03日(木) 自分の目標とするものがかなり遠いのではないかという 思いに駆られて、そのことでさらにモチベーションが下がっている。 認めるだけでも嫌なことだけど、認めなきゃいけない。 人との対比で自分の能力を評価してしまう。 世の中には当然自分以上にできる人がわんさか。 もう追いつけないのかもと思ってもみる。 でもそんな比較、言い訳に過ぎないんじゃないか? もっと恵まれた環境にいたら?結局別の理由で「できない」って言いそうだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海外経験がないのに勉強してきた自分を評価してくれた人の コトバを胸に刻んでおこう。 語学力よりも、その努力の証として評価してくれたのが嬉しかった。 だから、無理と思わずがんばろう。 と、自分を励ます。 - - 2002年10月02日(水) LINDA LEWISという歌手を偶然知って、いますごくはまっている。 ちょうど自分が生まれた頃に一時人気があって、その後長く長く 忘れられていたのだが、95年ごろに復活したらしい。 げに気まぐれな最近の若者、急におじさんおばさんを再評価するんだから。 (それにしても、約20年間何をしてたんだろう?) それから再び忘れられているらしく、全くうわさも聞かないが やわらかくて明るい声に心が洗われる。 - - 2002年10月01日(火) 週末の学習ゼロ時間をリカバーすべく、四苦八苦して勉強した。 気が付くとテーブルの下に転がって寝たり、テレビをつけたりと 集中力に欠ける。テスト前の高校生か、私は。 毎週一課題のノルマを一日遅れで完了。 -
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