ざわざわとしたりほっとしたり、それも生きているからこそのこと。
命あることのありがたさをつくづくと感じた一日だった。
あの日からもう三年、こうして日々を綴ることも不謹慎に思えるけれど 「普通にしていようよ」と言ってくれた友の一言を忘れずにいたかった。
住む家があって三度の食事に恵まれ、家族がみな元気でいてくれる。 それがどれほど恵まれているのかをいつもいつも思い知らされている。
それはきっとこれからも変わらない。10年経っても20年経っても。
そうしていつか私も逝ってしまう日が来るだろうけれど すごくすごく幸せな人生だったよって微笑みながら逝けそうな気がするのだった。
今日は綾菜が保育園で熱を出してしまって、急きょお迎えに行ったり インフルエンザかもと小児科へ連れて行ったりばたばたと大忙しの一日だった。 幸いなことにただの風邪だったけれど、ぐったりしていてとても可哀想だった。
小児科で解熱の坐薬をさしてもらったのが良かったのか、すぐに熱が下がる。 晩御飯も元気にいっぱい食べてくれてほっと胸を撫で下ろしたことだった。
どんなに毎日手を合わせていても、こんな日もあるものだなと思う。 だからといって天を恨むことなどどうしてできようか。
ひとつひとつを受け止めながら乗り越えていくことしか出来ない。
明日のことは誰にもわからないのだもの。明日が来るだけでも幸せだと思う。
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