二十四節気の「夏至」一年で最も日が長く夜が短い頃。
夏に至ると書くだけあっていよいよ本格的な夏が始まる。
生憎の梅雨空ではあったが外はまだ随分と明るい。
夕焼け空は見ることが出来ないが雨はもう止んでいるようだ。
職場で古い領収証が必要なことがあり先日から探している。
今日は昭和50年から54年までをチェックしていた。
私がまだ勤め始める前のことで母が保存していたのだろう。
40年以上も昔の領収証が現存していることが奇跡のようでもある。
残念ながら目当ての物は見つからなかったが
とある部品屋さんの領収証がたくさん見つかった。
係員の箇所に「吉川」と認印が押してある。
そう、あの吉川君である。と言っても誰にも分からないと思うが
とにかくあの吉川君なのであった。
懐かしさが一気に込み上げて来てふと目頭が熱くなった。
魚釣りが大好きだった吉川君。
料理がとても上手だった吉川君。
モスグリーンのマーク�兇望茲辰討い慎叛邨�。
お別れする時私に自転車を買ってくれた吉川君。
私たちは大きな壁にぶつかり添い遂げることが出来なかった。
彼は母親を選び、私は独りになることを選んだのだ。
「最後くらい美味いもんを食いに行こうぜ」と言って
二人で中華料理店へ行ったが何を食べたのかどうしても思い出せない。
一緒に暮らしていたアパートはがらんどうになった。
壁いっぱいに立て掛けてあった釣り竿がもう一本も残っていない。
かろうじて台所に大きめのお茶碗がひっそりと残っていた。
それがあの吉川君である。誰が何と言っても吉川君であった。
私は67歳になろうとしていて吉川君は72歳になろうとしている。
消息はまったく分からないがきっと元気にしていることだろう。
お天気の良い日には磯でのんびりと釣り糸を垂れている気がする。
私の心の中にいる吉川君は永遠に26歳であった。
あの大きなお茶碗はあれから何処に行ってしまったのだろう。
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