曇り時々雨。ざあっと音を立てて雨が通り過ぎて行く。
台風6号は沖縄に被害をもたらしまたすぐにUターンするのだそうだ。
その後は九州、四国にかなり接近するらしい。
稲刈りの近い田んぼも気になり大事に至らないことを祈るばかりである。
11時より告別式。言葉に出来ないような複雑な気持ちだった。
故人が「泣いてくれるなよ」と言っているような気がする。
かと言って笑顔で送り出すようなことが出来るわけがない。
ずっと唇を噛みしめていた。なんだかとても悔しかったのだ。
人は必ず死ぬけれどそれは遅かれ早かれだと言う。
この世に生まれた時から決まっているらしい定命とは何か。
いったい誰が決めたことなのだろうかと思った。
霊柩車がクラクションを鳴らして遠ざかって行く。
故人の奥さんが助手席の窓を開けて小さく手を振った。

夢か現かよくわからない夢を見る時がよくある。
それは大きな飴玉のようなものを飲み込み窒息死する夢だった。
その時には夢だと認識できず現実のように感じてしまう。
だから思わず「あっ、いま死んだ」と心の中で叫んでいるのだった。
はっきりと目を覚ましてからやっとそれが夢だったことが分かる。
寝汗なのか冷や汗なのか沢山汗をかいておりぶるっと震えたりする。
歳を重ねるごとに死が身近になってきた。
これまでどれほどの人を見送ったことだろうか。
子供の頃に父方の祖父を見送ったがそれが最初ではなかっただろうか。
確か7歳ぐらいの時だっと記憶している。
その時中学生だった従姉妹が「もう会えんのよ」とお棺の傍で言った。
他のことはすっかり忘れてしまったがその事だけは今も憶えている。
病身でいつも床に臥せっており怒鳴り声を発する時もあった。
そんな祖父を子供心に恐ろしいと思っていたのだった。
それなのにもう会えないことがなんだかとても寂しかったのだ。
母の姉に当たる伯母は自死であった。
真冬の真夜中に家の裏山に登り池に足を浸して凍死した。
私は長男を身籠っており伯母の死顔を見ることが出来なかった。
妊婦は死人に触れてはいけないそんな風習があったのだろう。
最後のお別れが出来なかった。それは今でも悔やまれてならない。
思い出せばきりがないほど沢山の人を見送って来た。
今日もまた一人である。決して慣れるようなことではない。
長生きをすればするほどその数も増えていくことだろう。
そうしていつか私も見送られる日が来る。
その日が悲しい日であってはならない。
またきっと巡り合える日が来る。それは約束の日だ。
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