| 2023年09月07日(木) |
「おじいちゃん」と呼んでみる |
天気予報通りの晴天。早朝は涼しく秋の気配がする。
日中は厳しい残暑となったが心地よく感じた。
同僚が新米を精米して持って来てくれる。
義父が玄米を持って帰るように言ってくれていたが
30キロもの玄米を精米する気力がなかった。
夫は腰痛が酷く可哀想でならないのだ。
山里のお米は「三原米」と云うブランド品で県下でも有名である。
義父には少しでも多く売って収入にして欲しかった。
お米作りは経費ばかり掛かり儲けは少ないのだった。
その苦労を知っているだけに出来る限り協力したいと思う。

母方の祖父の命日。もう14年もの歳月が流れた。
母は憶えているだろうか。おそらく忘れているだろうと思う。
知らせたところで何も変わりはしなかった。
お墓参りも行けない。仏壇に手を合わすことも出来ない。
今は空家同然となった家で位牌は埃を被っていることだろう。
あれはいつのことだったか、まだ母が元気な頃のこと
何を思ったのか母は父母と姉、弟の位牌をリュックサックに入れ
列車に乗って生まれ故郷の町へと運んだのだった。
そうして誰も住んでいない実家の仏壇に納めて帰って来たのだ。
私には一言の相談もなく母が勝手にしたことである。
「どうしてそんなことを」と責める私に母は
まるでせいせいしたかのように「これですっきりした」と言った。
それほど重荷になっていたのだろうか。母の真意は計りかねる。
その時私は何と薄情な人だろうかと軽蔑したことを覚えている。
今となって思えば母の決断は間違ってはいなかったのだろう。
自分の行く末を案じていただろうし予想もしていたのかもしれない。
施設に仏壇を持って行くことなど不可能なことなのだ。
かと言って私が預かることも到底出来ない相談であった。
祖母に先立たれた祖父は老人施設で生涯を終えた。
最後に会った時にはまだとても元気で面会に来た私達を見送ってくれた。
エレベーターの扉が閉まる寸前に見た祖父の笑顔が最後になった。
今年も栗の季節が来た。祖父が毎年送ってくれた栗の美味しかったこと。
もう二度と口にすることは出来ないが生涯忘れることはないだろう。
「おじいちゃん」と呼んでみる。夜空には星がきらきらと輝いている。
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