ちーちゃんのお通夜を終えて帰って来た。
笑顔の遺影を見ていると本当に死んだのかと思う。
そうしてやはり涙のひとつも出やしない。
私はもう一生泣かないのかしれないと今夜もまた思った。
死が現実だとしたら魂は何処に行くのだろう。
母の時もそう思ったが遠く離れて行くとはどうしても思えない。
そうかと云ってずっと傍に居てくれるとも限らないのだろう。
天から空から見守ってくれていると考えるのが妥当かもしれない。
けれどもそれにも限りがあるだろう。
どんなに見守ってくれていても死ぬ時には死ぬのだ。
大地震が襲って来て家屋の下敷きになるかもしれない。
津波にのみ込まれて海の藻屑になるかもしれない。
そんなことを考えているともうきりがなくて
この世で死ほど身近なものはないような気がする。
12年後、私は80歳になる。ちーちゃんの享年である。
なんとしても生きていたいけれど生かされているのだろうか。
何もかもお終いになってしまいそうで怖ろしくてならない。
一日一生と云う言葉がある。
一日を一生だと思って大切に過ごすことだろう。
けれどもどんなに大切にしていても必ず終りが来る。
そうとなればもうあがくしかない。
どんなにみっともなくてもなりふり構わずである。
そうして「負けるもんか」と声に出して叫びたいと思う。
従兄弟ちーちゃんは川漁師だったが
さらさらと流れる四万十川の清流に身を任せるようにして逝った。
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