曇りのち晴れ。気温は高めだったが肌寒さを感じる。
明日は冬型の気圧配置になり真冬の寒さになりそうだ。
能登の被災地では冷たい雨が雪に変わるとのこと。
天は何処まで仕打ちを続けるのだろうと心が痛んでならない。
日常のことを当たり前のように思って過ごしている。
三度の食事。トイレ。お風呂。暖かな布団で寝る。
それがどれほど恵まれているかを思い知らずにはいられなかった。
自分達が恵まれていることを決して忘れてはならない。
東日本大震災の時に何も書くことが出来なくなった私に
当時の友人であったRが言ってくれた言葉を思い出している。
「普通にしていればいい」その一言にどれほど救われたことだろう。
けれども今回はその「普通」が心苦しくてならない。
悲しみのどん底にいる人達にいったい自分は何が出来るのか。
少しでも痛みに寄り添うような言葉を綴りたいと大それたことを思う。

昨日の告別式を終えてからちーちゃんの顔が目に浮かび続けている。
それが供養になるのならと思うがなんとも寂しくてならない。
残されたご家族はもっと寂しい思いをしていることだろう。
明日はもう初七日。訪ねて行ってお線香を上げさせてもらおうと思う。
お昼に息子とけい君がやって来た。
息子は準夜勤で帰宅が遅くなるのだそうだ。
その時間までけい君を我が家で預かることになった。
いつもは離婚したお嫁さんが一緒に居てくれているようだ。
「通い婚」のようなカタチだが息子達が決めたことである。
けい君もお母さんに会えるので喜んでいるらしい。
お嫁さんの実家のお母さんがインフルエンザで寝込んでいるとのこと。
お嫁さんも風邪気味らしく今夜は来られなくなったそうだ。
けい君を預かるのはもう慣れているつもりであったが
やはり娘婿の顔色を窺ってしまう。義理とは云え甥っ子には違いないが
明らかに不機嫌な時があり気を遣わずにはいられなかった。
めいちゃんの友達が遊びに来ても何も言わないのに
どうしてけい君を嫌がるのか理由は定かではない。
午後はあやちゃんの部屋で過ごしていた。
一緒に遊ぶと云うよりお互いがタブレット三昧である。
けれども誰とも会いたがらないあやちゃんがけい君を受け入れてくれる。
傍に居ることを許してくれるのは微笑ましいことだった。
それは娘もおどろいている。「けい君なら」と皆が思っているのだ。
夕食は鶏のチューリップを5本も平らげる。
それから鰹のお刺身も残さずに食べてくれた。
お風呂は帰宅してから息子と入るのだそうだ。
あやちゃんの部屋に行きたがっていたがさすがに夜はと制止した。
茶の間はネット環境がイマイチでひたすら我慢するしかない。
息子の仕事が終わるまで宥めつつ一緒に待とうと思っている。
夫が「先に寝ろや」と言ってくれているがそうはいかないだろう。
息子の帰りを待つなんて何年ぶりだろう。
深夜まで待っていて怒られたことも今では懐かしい思い出となった。
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