ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2024年01月17日(水) 儚く消える運命

今朝は放射冷却で厳しい冷え込みとなる。

しかし不思議なものだ。寒さに慣れてしまったのか少しも苦にはならず。

日中との寒暖差にも身体はしっかり順応しているようだ。


29年目の阪神忌。能登大震災と重なり記憶が積み重なるようだった。

誰もが二度とあってはならないと思ったことだろう。

しかしその後の東日本、熊本と地震は後を絶たずにいる。

そうして多くの尊い命を奪ったことを忘れてはいけない。


私はやはり不安神経症なのか恐怖心が募るばかりだった。

何をしていても今地震が起きたらと考えてしまうのだ。

今もそうだ。気分は落ち着いているようでも不安でならない。

地震イコール死では決してないはずだが死をとても身近に感じている。

家が圧し潰される。津波に吞み込まれる。

私はいったいどんな死に方をするのだろうか。

なんとしても命だけは守りたいが果たしてそれが出来るだろうか。




同僚が通院のため工場は午後から開店休業となった。

義父も農作業に出掛け事務所で独り留守番をする。

事務仕事も一段落していたので自分時間を頂くことにする。


参加している同人誌の締め切りが近づいているため

この2ヶ月の間SNSで発信していた短歌をワードに移す。

なんと自分でも驚いたが全部で160首もあった。

同人誌に発表できるのはその内の16首である。

それが簡単なようで難しく読み返すとろくな短歌がない。

下手な鉄砲も数打てば当たると云うが当たりどころではなかった。

頭を悩ませながらなんとか16首を選んだ。

仕事時間中に心苦しくもあったがお許し願いたいと思う。


詩も毎朝書いているので60作程あったがこれは行き場がない。

同人誌の代表者から詩の掲載を許されていないのだ。

その代表者が選者をしている高知新聞詩壇に何度か投稿したが

ことごとく落選となっている。私の詩は認められることはないだろう。

口惜しさをバネにするべきだが私はそれほど強くはなかった。

儚く消える運命だと思えばそれもまた詩になるほど切ないものだ。





3時に義父が帰って来てくれて留守番から解放される。

義父は昼食も食べないまま頑張っていたようだ。

すぐに帰る訳にも行かず少し会話を交わしてから帰路に着いた。


サニーマートで例のごとく半額品を漁る。

今日は蛸とめじかの生節を仕留めた。

蛸は胡瓜と若布で酢の物に。めじかの生節は明日の朝のおかずである。

メインは一口カツにした。豚肉のもも肉が3パックで千円ほど。

野菜はブロッコリーを買い塩茹でにしてマヨポンで食べることに。


帰宅したらあやちゃんが珍しく階下に居て「ただいまぁ」と言ったら

「おかえりぃ」と応えてくれてなんとも嬉しかった。

早速夫に話したら昼間も茶の間でしばらく一緒に過ごしたそうだ。


何となくだけれど光が射し始めたように感じる。

まだ少しずつだが何かが動き出しているようだ。


「必ずや出口はあると信じたい長いトンネルあともう少し」

お粗末ではあるが今日の一首である。




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