ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2024年02月01日(木) 如月の一歩

雨の匂いがする朝。気温は高めで随分と暖かい。

やがて雨が降り始めたがほんの小雨で傘も要らないほどだった。

そうして如月二月が始まる。春の足音が聴こえて来そうである。


能登地震からひと月が経った。未だ行方不明の方がいて心が痛む。

家族をすべて亡くして独り残された遺族もいる。

家を失い車を失い最愛の家族も失ってしまったある人は

「何を頑張れと言うのだ、頑張れるはずがないじゃないか」と

涙ながらに報道陣に訴えていた。まさにその通りである。

「日にち薬」とよく言うがいったいどれほどの歳月が流れれば良いのか。

それは今回の地震だけではなく過去の地震でも同じことだと思う。

家や車は取り戻すことが出来るかもしれないが

失った家族はもう二度と取り戻すことなど出来ないのだ。


生き残るのが運命だったのだろうと夫が言う。

私は直ぐには頷けなかった。運命で済まされてたまるものかと思った。

もしそれが私だったらとても耐えられないことだ。





仕事を早めに終わらせてもらって整形外科のリハビリへ。

毎週木曜日のリハビリがとても楽しみでならなくなった。

終った直後には嘘のように足の痛みが和らいでいる。

今日は診察もあったので医師に見せたくてならない。

杖を付かずに診察室へ入り得意顔をして見せたら

医師が「おお!」と声をあげとても喜んでくれた。

私は調子に乗って足踏みまでして見せる。

診察を終えてから再び見せようとしたら「もういいぞ」と医師が笑った。

完治の見込みはないが痛みはゆっくりと改善されているようだ。

医師と相談し今夜から痛み止めの薬を止めることになった。



サニーマートに着いたのはもう4時過ぎ。

何のメニューも思い浮かばず取り合えず半額品を探す。

今日はけっこうあった。ボイルしたあさりの剥き身、鯵の開きなど。

あさりは2パック買い「しぐれ煮」にすることにした。

孫たちには半額ではなかったが揚げるだけの「海老フライ」を買う。

後は家にあるじゃが芋で「ジャーマンポテト」をすることに。

ベーコンを忘れずに買い大急ぎで帰路に着く。


直ぐに夕食を作らなくてはいけなくて短歌を詠む時間がなかった。

それでも毎日の日課である。パソコンに向かい走り書きをする。

我ながらお粗末な短歌だった。「こんなもの」と思う。

それなのになんとびっくり。普段は全く「いいね」をしないめいさんが

まるで奇跡のように「いいね」をしてくれたのだった。

寄りによってこの駄作にと思ったが素直に嬉しくてならなかった。


台所に下りて行ったらあやちゃんと会って

「海老フライでかまんかね?」と訊いたら「かまんよ」と言ってくれる。

ジャーマンポテトも好きなので今夜もなんとかなりそうだ。


海老フライは娘が揚げてくれたがすぐにダンス教室へ行ってしまう。

あやちゃんは娘達が帰宅してから食べるものだと思っていた。

娘もそのつもりだったのだろう。あやちゃんに声も掛けずに行く。


お風呂から出たら食卓にあやちゃんが独りぼっちで居た。

自分でご飯もよそったらしく黙々と食べている。

私は思わず「ごめんね」と謝ってしまった。

独りぼっちにさせるつもりなど全く考えてもいなかったのだから。

けれどもあやちゃんは少しも寂しそうではなかった。

そうして「おばあちゃんいいよ」と言ってくれる。

その顔があまりにも大人びていて少しドキッとした。


葛藤ばかりの日々の中で彼女は確かに成長しているのだと感じた。

それはこの先きっと良い方向に向かうことだろう。




 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加