ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2024年02月16日(金) 未来はあるのだろうか

昨日までとは打って変わって冬型の気圧配置となる。

また三寒四温の「三」なのだろう。

しかし思いのほか暖かくなり狐につままれたようだった。

風は少し吹いていたが輝くような陽射しが降り注ぐ。

まさに絵に描いたような冬晴れである。


もう金曜日なのかと今朝は物足りなさを感じていた。

よほど貧乏性なのだろう。もっと仕事をしたくてならない。

母と一緒に仕事をしていた頃は辞めたくてたまらなかったのが嘘のようだ。

精神的なストレスが大きく逃げ出してしまいたいような日々であった。

今思えば母でありながら母ではなかったのだろう。

私は求め続けていたのだと思う。優しい母の面影ばかりを。


けれども母に何の罪があったのだろう。

身体の不調を訴えながらも母は必死の思いで会社を守り続けて来た。

ゆっくりと休ませてやりたいとどれほど思ったことだろうか。


結果的には度重なる入院の挙句にとうとう施設に入居したのだった。

いつかの面会の時に「もう仕事のことは忘れたけん」と言った。

その時私はほっとしたのだ。やっと母を休ませてやれると。

そうして内心ではもう二度と母といがみ合うことはないのだと思った。


歳月は流れ今では私が一人で母の身代わりになっている。

母が守り続けて来た会社をなんとしても守らねばならない。


仕事は楽しい。張り合いもあり遣り甲斐もある。

忙しければ忙しいほど私は張り切っている。





さて一区切り着いたところで何を書こう。

あくまでも日記なのだから気楽にと思うが先へ進めない。

やはりサニーマートが必要で今夜のおかずが必要なのだろうか。

それならば容易くいくらでも書けるのだが昨夜から躊躇している。

「日記」はそもそも人に見せるものではないが

公開している以上は読者あってのことだろう。

もう22年目になったがずっと読み続けてくれている人もいる。

そんな人達のおかげで今まで書き続けて来れたのだと思う。

けれども裏切る時もある。期待通りには書けない時もいっぱいあった。

それが許されると思いつつ私は甘え続けて来たのだった。


在りのままであるがために人を傷つけたこともある。

「絶対に許せない」とその人は憤怒しもう二度と帰って来なかった。

悲しいのは私ではなかったのだ。その人こそが「悲しみ」だった。


この22年は私の人生の記録に他ならないが

この先いつまで書き続けられるのかと思うと不安でならない。


私は何処に向かっているのだろう。未来はあるのだろうか。


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