小雨が降ったり止んだり。夕方になり雲間から少しだけ夕陽が見えた。
眩しさに目を細める。それは恍惚とするような光であった。
スポットライトには無縁であるがもしやこれがと思う。
そんな夢のようなことを考えるほど私はもう若くはないのだけれど。
天皇誕生日で祝日。今日から三連休を頂いたが少しも嬉しくはなかった。
なんだか道に迷った老犬のように居場所を見失ってしまった気がする。
何処に行けば良いのだろう。ふと心細くなるほどだった。
娘夫婦が仕事だったのでめいちゃんを誘って買物に行く。
最初にドミノピザへ行って昼食用のピザを注文した。
焼き上がりまで20分とか。その間にサニーマートへ行く。
頂き物の白菜があるので今夜は寄せ鍋にしたが
マンネリ化してしまって少しもわくわくしないのだ。
具材もいつもと同じ物ばかりで鍋用の魚も品薄である。
めいちゃんの好きなえのき茸、あやちゃんの好きな葛切りは必須。
ピザを車に積み込むとなんと美味しそうな匂いだろう。
早く帰って食べたかったがめいちゃんがダイソーに行きたがる。
今日もまた770円の買物。そろそろお小遣いが底を尽きそうだった。
可哀想に思い千円札を渡したら「やったあ」と喜ぶ。
家まで10分程。私の即興で「ピザの歌」を歌いながら帰った。
「それだれのうた?」と訊くので「おばあちゃんの歌」と笑い合う。
家に帰り着いたら一足違いであやちゃんがカップヌードルを食べていた。
娘が自分で作って食べるようにと言い残していたらしい。
ピザを買って来ることを言ってなかった私も悪かったのだ。
娘も娘である。どうして私に頼ってくれなかったのだろう。
夫が少しでもと言って二階へ持って行ったら一切れだけ食べてくれた。
「もうおなかいっぱい」と笑っていたそうでほっと嬉しかった。
娘が帰宅してからその話をするとあくまでも非常食なのだそうだ。
別に私に遠慮したわけではないのだと怒ったように言う。
なんとなく険悪なムードになりさらりと水に流すことにする。

今朝はSNSにMさんからメッセージが届いており嬉しかった。
最愛の奥様を亡くされたMさんは私の詩を毎朝読んでくれている。
私も以前はMさんを意識しながら書くことが多かったが
最近では自分の好きなように気ままに書くことが多くなった。
時には暗く陰鬱な詩にもなるが最後には必ず光を当てるよう心掛けている。
かなしみは癒されるべきなのだ。どんなに辛く苦しい日々であっても
前を向けばきっと救われる日が来るのだと私は信じている。
春の息吹を優しい風を感じられるように言葉を綴って行きたい。
それは同時に私自身も救ってくれるではないだろうか。
「死」はどうしようもなく身近となりもう避けられない宿命となった。
一日一生だと思いつつ日々を過ごしているが
全うするためにはもっと努力が必要なのかもしれない。
書くことが生きること。それは誰にも侵されてはならない。
定命が尽きるその日まで私は書き続けて行きたいと思っている。
儚くなくてどうしてそれが出来ようか。
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