どんよりとした曇り日。薄日が射すこともなく肌寒い一日だった。
水仙は冬を代表する花だが春先になるとラッパ水仙が咲き始める。
近所の美容室の窓の下にそれが一斉に並んで咲いているのを見た。
うきうきと心が弾む。季節は確かに春なのに違いない。
朝ドラ再放送の「まんぷく」を見終わってから2時間も寝ていた。
朝から何てことだと夫が呆れ返っていたが眠いのは仕方あるまい。
いつもならカーブス行く前に買物を済ませおくのだが時間が無かった。
寝起きの気だるさが抜けず珈琲を飲み煙草を吸ってから出掛ける。
リハビリの成果がありこのところ足の痛みが和らいでいて嬉しい。
そのせいか筋トレも楽しく笑顔もこぼれるようになった。
異常な程に汗をかくのは代謝が良くなっている証拠らしいが
体重はどんどん増え続けもうすぐ70キロの大台になろうとしている。
少々の筋トレでは追いつかないほどの暴飲暴食のせいだろう。
とにかく満腹になるまで食べないと気が済まないのだった。
もうダイエットはしないと決めた。我慢するのはもう沢山だと思う。
私は醜くなる一方だが「それがどうした」と開き直っている。

午後も3時間の昼寝。4時前にやっと目覚めて短歌を詠む。
昨日は「声」で終わったので今日は「声」から始める。
「声のするほうへと歩み寄りながら幻みたいな君を抱いた」
「抱く」は性交とも読み取られ卑猥なイメージがあるが
この老いぼれにそれは決してないだろうと自分で納得していた。
それこそ自己満足だろうが自画自賛とも云えるだろう。
私は好きである。他の誰にも読めない歌だと思っている。
もし愚かさを指摘されたら「それがどうした」とまた開き直るだろう。
詩も短歌も信念失くしては書けないのだと思っている。
特に私のように残り少ない人生を書くことで全うしようとしている者に
遊び心でどうして書けよう。それは時間の無駄だと思うのだ。
いつだって真剣でなくてはならない。これは命がけの作業なのである。
認められたい「欲」はいつまで経っても手放せないが
私の死後にもし誰かの目に触れることがあれば本望に思う。
私はきっと忘れられない人になることが出来るだろう。
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