ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年05月22日(金) たった一人でも

午前中は爽やかな風が吹き過ごし易かったが

午後から不快な程の蒸し暑さとなる。

事務所の冷房を点けようかと迷ったが結局我慢してしまった。

少しでも節電を心掛けたいものだ。

役場も郵便局も冷房が効いており零細企業の厳しさを思い知る。

以前はよく母と言い争ったことだった。

直ぐに冷房を点けたがる母であったが

私が寒さを訴えると「寒ければ着れば良い」と怒鳴る。

「あんたが我慢出来てもお客さんが暑いけん」と追い打ちを掛けた。

お客さんが「えらいここは冷いのう」と云えば私の勝ちである。

母を母だとは思えなかった日々も今では懐かしい思い出でとなった



今日も来客が多く義父が居てくれて大いに助かる。

義父の甥っ子も車検の車を預けに来てくれていた。

二人はとても良く似ていてまるで父と息子のようだ。

義父もどんなにか息子が欲しかっただろうかと思う。

母がもう子供の産めない身体だったのが残念でならない。

後継者が居れば会社もきっと安泰だったことだろう。

運命の歯車は軋みながら未来をも絶とうとする。

それはどんなに足掻いても変わらない事実であった。


今日も定時より少し早目に帰路に就く。

平田町の県道添いの畑にトウモロコシの花が沢山咲いていた。

いかにも初夏らしく見ただけで心が和む。

きっと甘くて美味しいトウモロコシが出来るだろう。

農家の人達の笑顔が目に浮かぶようだった。


40分の道のりにも慣れ今日もカーブスで汗を流す。

お仲間さんのÅ子さんは明日曾孫さんに会いに行くのだそうだ。

楽しみでならない様子で嬉しそうに話してくれた。

「また月曜日にね」皆に手を振って元気溌溂として帰る。


買い物をして4時過ぎに帰宅。すぐに自室へ行った。

笠原メイさんの日記(ブログ)の閲覧者が急減したのだそうだ。

それを素直にショックと告げ落ち込んでいる様子だった。

「数字がどうして気になるのだろう」と記してあったが

それは私も同じであり大いに共感する。

それも人としての「欲」なのかもしれない。

もっともっとと思う。一人でも多くと思うのだった。

誰だって書けば読んで欲しいのだ。

ネット社会なら尚更の事である。


少女の頃のようにノートを抱きしめて廊下を歩くこともない。

たった一人の読者にどれほど励まされたことだろう。

明日も書こうと思う。そうしてそれがやがて恋にもなった。

しかしもう10代の私は何処にも存在しないのである。


70歳が近くなり残りの人生をおもう。

二十六の瞳を失ってしまったらもう何も書けないと思う。


※以下今朝の詩


      営業所��

   パソコンも携帯電話も
   なかった時代である
   それが当たり前のことであり
   誰も不便だとは思わなかった

   それは交際していた彼からであった
   会って話したいことがあると云う
   咄嗟に私は
  「何もお話しすることはございません」
   そう云うと「失礼致します」と告げ
   一方的に電話を切ったのだった

   所長が何事かと思ったのだろう
   目を丸くして驚いたように私を見ていた

   いつまでも籠の鳥ではいられない
   支配され続けてきた日々をおもう

   後ろめたさなど少しもなかった
   何と清々しい別れだろうか

   私は自由になった
   傷は直ぐに癒えて行くだろう
   羽根を広げると空の青さが目に沁みる

   配送係の乾さんが帰って来た
   真っ先に伝えたかったが
   何も云えないまま時が流れる

   営業所の窓に西陽が射し
   きらきらと眩しくてならない





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