曇り日。風があったおかげで過ごし易い一日だった。
九州南部が梅雨入りとのこと。高知も直ぐに後を追うだろう。
気掛かりな台風は沖縄の南部を北上していて土佐沖を通過しそうである。
明日は大雨の予報になっており身構えずにいられない。
広島も明日は雨のようだが明後日は晴れそうだった。
きっと無事に着くだろう。めいちゃん初めての修学旅行である。
朝の国道にも姫女苑の花が沢山見えるようになった。
大型車が通過すると今にも倒れそうに靡く。
しかし決して折れはしない逞しい姿であった。
山道にはドクダミの花が沢山咲いている。
白い十字架のような花で私はとても好きだった。
雑草として引き抜く人もいるようだが山道では安全である。
花に何の罪があるのだろうと思う。健気で可愛らしい花だ。

義父は腰痛が辛くてならず今日こそはと市内の整体に行った。
余程の痛みなのだろう。痛み止めを飲んでも効かないようだった。
予約制なので突然行っても受け付けてくれないかもしれないが
とにかく行って見ると藁にも縋る思いである。
お昼前には帰って来て施術をして貰えたのこと。
少し楽になったらしく笑顔を見せていてほっとする。
そのまま休ませてやりたかったが車検があり無理をさせてしまう。
私もお昼休憩なしで書類を作成していた。
工場には土曜日に入庫した緊急修理の車に加え
昨日はまた走行不能になった車があり同僚がレッカー搬送していた。
その車はもうエンジンが死んでおり修理不可能とのこと。
義父が云うのだから間違いないだろう。
お客さんに報せたら大変なショックを受けていた。
車検完了後、義父の愚痴が始まり延々と続く。
同僚の事もあれこれと文句を云うので憐れでならなかった。
しかし反論すれば大爆発をするので黙って頷くしかない。
丁度その時、義父の友人がひょっこり来てくれて助かった。
今度は友人を相手に中手の田植えの段取りを始める。
午後も来客があり定時では終われなかったが
カーブス命であり休むわけにはいかない。
先に始めていたお仲間さん達が手を振ってくれて嬉しかった。
ストレス発散にもなるのだろう気分がとても明るくなる。
買い物を終えて4時半に帰宅。直ぐに自室へ向かう。
既に日課となった笠原メイさんの日記を読むとほっとした。
淡々とした日常の事がまるで絵に描いたように見える。
今日も4編の詩を書いたのだそうだ。全部読みたくてならない。
直ぐ5時になり娘と夕食の支度を始めたが
今日は娘達にとステーキ肉を買って来ていた。
たまたま三割引きだったのでいつもより安く買えたのだった。
夫に見つからないように後から焼くようにと伝え
夫と私は赤魚の煮付けで済ます。それも久しぶりで美味しかった。
決して娘達の機嫌を取ろうと思ったのではない。
ただあやちゃんの喜ぶ顔が見たかったのだ。
しかし食卓にあやちゃんの姿が見えない。
今夜も子供部屋でひっそりと食べたのだろう。
老婆心は疼くばかりだがあやちゃんの自由である。
娘夫婦もそれが当たり前のように思っているようだった。
もはや我が家には家族団欒がない。
それも寂しい事だが受け止めなければならない。
日が暮れてからぽつぽつと雨が降り始めた。
明日の朝になってみないと分からないがどれ程の雨だろうかと思う。
例え土砂降りの雨であっても花たちは咲き誇る。
私も胸を張って精一杯に咲いていたいものだ。
※以下今朝の詩
かなづち
水泳の授業が始まると 憂鬱でならなかった
かなづちであることは 水に浮かぶことが出来ず 直ぐに沈んでしまうのである
平泳ぎもクロールも出来ない いくら習っても沈んでしまう 犬かきなら少しは出来たが 10メートルが限度であった
男性教師には胸毛が生えている それを見ると吐き気がした 近寄らないで欲しかったが 私を泳げるようにしようと 教師も必死に手助けをするのだ
とうとう記録会の日がやって来て 何としても25メートル泳がねばならない プールサイドにはクラスメイトが居て 「がんばれ、がんばれ」と応援してくれたが もう少しのところで私は沈んでしまった
落胆の声が聞こえる 情けなくて悲しくてならない
それは私が最後に泳いだ日のこと もう52年もの歳月が流れた
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