曇りのち晴れ。気温は29℃に留まり苦にはならない暑さだった。
気になる台風は沖縄の南を北上中でそのまま土佐沖を通過しそうだが
太平洋側は大雨の予報になっており用心に越したことはない。
めいちゃんが3日から広島へ修学旅行に行くので
広島の天気予報ばかりを見ている。
幸い大雨の心配はなさそうだがしまなみ海道が無事に渡れるだろうか。
とても楽しみにしているので思い出に残る旅行にしてやりたい。
朝からごろごろと寝てばかり。無気力さながらの日曜日であった。
早朝に笠原メイさんの詩集を読む。やはり彼は天才だと思う。
きっと書くのが好きでならないのだろう書く喜びが伝わって来た。
詩の情景が目に浮かび同じ光景を見ているような気になった。
かつてこれほど魅了される詩に出会ったことがない。
まるで冥途の土産のように思わずにいられなかった。

サニーマートに買い物に行き隣接するセリアで夫のお茶碗を買う。
たかが百円、されど百円でありけっこう可愛らしいお茶碗である。
最近ご飯は小食になっており大きさも丁度良かった。
お昼にはまたフライパンで巨大なお好み焼きを焼き半分こにして食べる。
お腹がいっぱいになりそのまま3時前まで寝る。
その後は自室で過ごしていたがまた煙草を吸い過ぎてしまった。
やっと治っていた胃痛が始まり自分に腹が立ってならない。
自業自得と云う言葉は私のためにあるのだろう。
2010年、16年前の6月と7月の日記を読む。
今とはまったく掛け離れた暮らしがあり自分でも驚く。
愛犬あんずが居てまだ結婚前の息子と娘が居た。
母と一緒に仕事をしていたがその当時は無給だったようだ。
海苔養殖が不漁で忽ち生活が苦しくなり新しい仕事を探していた。
面接にも行き採用寸前であったが母からストップが掛る。
お給料を払うからずっと仕事を手伝って欲しいと云うのだった。
随分と昔の事のように思うがつい昨日の事のように思い出す。
16年の歳月が流れ環境も暮しも大きく変わった。
愛犬あんずの死、息子と娘の結婚、そうして母も死んでしまった。
今は3人の孫に恵まれ老いの坂道を上り続けている。
当時の日記は詩的な表現も多く我ながら好ましく思う。
おそらくそれだけの感性がまだあったのだろう。
今では仕事の事ばかりでつまらない日記になった。
義父の事を書かない日はなく以前には考えられなかったことだ。
義父も遅かれ早かれ死んでしまうのだろう。
何だかその日のために書き残しているようにも思うが
やがては書いて良かったと思う日が来るかもしれない。
眠ってしまえば当たり前のように朝が来る。
そうして生きてこその一日が始まるのであった。
10年後の私はいったいどんな暮らしをしているのだろう。
生きていたいと思う。胸が張り裂けそうなくらい「いま」を書きたい。
※以下今朝の詩
いま
「いま」なのか「むかし」なのか いつも迷ってしまう午前四時である
老いてしまうと 昔のことはよく憶えているらしい 思い出話を始めたらきりがなかった
哀しかったこと嬉しかったこと まるで絵に描いたように浮んで来る
書けば懐かしい書けば愛しくなる 私は子供になったり少女になったり 「おんな」にもなれるのだった
詩のようなものである 生涯認められることはなかったが 書くことに命を注いで来た
それはネットの海を漂い やがては藻屑になるだろう
書きたい一心で「いま」を書く どれほど愚かであっても 生きてさえいればとおもう
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