雨のち晴れ。午前中は雨風共に強かったが
午後には小降りになり3時頃には青空が見え始めた。
今も西の空には茜雲が浮かんでいる。
明日は朝から晴れそうである。
関東甲信越も梅雨入りとのこと列島はすっかり梅雨の季節となった。
玄関先のゼラニウムが雨に打たれて花が折れてしまった。
軒下に入れてやっていれば良かったと悔やまれる。
しかしまだ蕾が沢山あるのでまた咲いてくれるだろう。
ダリヤや鶏頭は無事でしばらくは楽しめそうだ。
朝のうち降りしきる雨の中を買物に行っただけで
後はごろごろと寝てばかりの一日だった。
お昼には残りご飯でビビンバを作りインスタントラーメンも食べる。
夫は小食になっておりビビンバだけで満腹だと云う。
その後2時間程お昼寝をしてから「ポツンと一軒家」を観ていた。
それが先週分だったらしく続けて今日の放送分を見る。
決して退屈ではなかったが何となくそわそわと落ち着かず
結局自室へ籠りまた煙草ばかり吸っていた。
笠原メイさんは体調不良とのこと。それでも日記を書き詩を書く。
それほど書くことに拘っていて熱心さが伝わって来た。
ふっと8年前の日記も読んだが甥っ子さんが生まれたばかりで
可愛らしい赤ちゃんの写真が載せてありほっこりと心が和む。
その甥っ子さんも8歳となりやんちゃな子供になっていることだろう。
彼はとても家族思いで日記にもよく家族の事を書き記してある。
5時になり大鍋で素麺を湯掻いた。
娘は素麺よりも焼きそばが食べたかったそうで文句ばかり。
最初はツンツンしていたが直ぐに笑顔を見せてくれほっとする。
あやちゃんはまた部屋で食べるそうで娘がトレーに載せていた。
小食のはずの夫は素麺が好きで何杯もお代わりをする。
娘が揚げていた鶏の唐揚げにも手を伸ばし遠慮はしない。
娘達の分が足らなくなりそうではらはらとした。
お風呂に入って髪を洗う。目にシャンプーが浸み辛くてならない。
夏は毎日洗うのが理想だが苦手なので4日に一回が限度である。
夫はそんな私の事を「不潔」だと宣う。
昼間あった電話の事が気になっていた。
高知市内から仕事に来ている「アート引っ越しセンター」の人である。
大型車がパンクしてとても困っている様子であったが
義父に電話したら「断れ」と云うのだった。
休業日であり当然の事であったが気の毒でならなかった。
同僚に電話して見ようかとも思ったが義父の手前勝手も出来ない。
儲け云々よりも人助けだと思う。若い頃の義父なら駆け付けたことだろう。
しかしもう腰痛持ちの老人である。おそらく今日は休養日であった。
気の毒でならなかったが断ると「他を当たってみます」と云う。
山里には他にも修理工場があったが快く対応してくれただろうか。
無事に高知市まで帰れただろうかと心配でならない夜になった。
義父は決して儲け主義の人ではない。
今までどれほどサービス仕事をして来たことだろうか。
それを思うと今日の出来事が何だか悲しくてならない。
皆みんな身を粉にして働いている。
日曜日も関係なく仕事をしている人の何と多いことだろう。
そうしては働いてくれている人のおかげで暮らしが成り立っていることを
忘れてはいかないとつくづく思った出来事だった。
※以下今朝の詩
棒
歩けば棒に当たるのか 犬のように歩き続けている
雨の季節であった 色とりどりの紫陽花が咲き 艶やかで鮮やかな色ばかり 旅人もきっと足を止めるだろう
しかし私は歩き続けばならない まだ何処にも棒がないのである 山道を歩き峠道を越えて行く
喉が渇けば谷川の水を飲む 手のひらで掬うそれは冷たく 何と爽やかな味だろうか
雨は止まない灰色の空の下 犬ならばそろそろ棒に当たる頃 夢が叶うかもしれない もう随分と歩いて来た
真っ直ぐな棒だろうか 今にも倒れそうな棒だろうか
空が続く限り歩き続ける 精一杯の「いのち」であった
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