二十四節気の「芒種」稲等の穂の出る植物の種を蒔く頃であるが
今は田植えが早くなりあまりピンと来ない節気であった。
昔と比べ温暖化も進み種を蒔くには遅過ぎるのだろう。
日本古来の風物詩も廃れてしまいそうだった。
小雨が降ったり止んだりの一日。如何にも梅雨らしい
台風のたまごは明日また土佐沖を通過しそうである。
かなりの雨が降る見込みで十分な注意が必要だった。
また義父の田んぼが被害に遭うやも知れず心配でならない。
自然の猛威には誰も勝つことは出来なかった。
仕事は義父が活躍してくれて随分と捗る。
同僚は整形外科の通院で午後からの出勤であった。
車検が2台完了し後はエアコン修理であったが部品の手配が出来ない。
最近になり部品屋さんも土曜日の休業が多くなった。
午後には中古車購入のお客さんが商談に来てくれたが
高齢女性なので息子さんも一緒に来ていた。
免許返納も近いので安価な車を希望していたが
予算より少しオーバーし息子さんからストップが掛る。
結局事故車を修理して乗ることになり義父がそれを引き受けた。
義父の技術なら直らないことはないが日数が掛かりそうである。
それでもお客さんは承諾し代車に乗って帰って行った。
確実に売れると思っていてもこんなこともある。
商売は難しいがそれを如何に面白くするかだろう。
実質的に中古車を売るより売上が大きくなる。
義父の狙いはそれだったのかと後から気づいた私だった。
「いいか、如何に儲けるかを考えんといかんぞ」と得意げに話す。
同僚がスクールバスの点検を始めていたので記録簿の準備をしていたら
定時では終れず一時間の残業になった。
カーブスもないので時間も気にならず腰を落ち着けて仕事をする。
そうしてやり切った感に満たされ清々しく帰路に就いた。
土曜日のFMラジオは楽しみで「たかちゃん」の声が聴ける。
「わっはっは」の笑い声と言葉の語尾に「にゃあ」を付ける癖。
まるでドラ猫のようなたかちゃんであった。
場末の居酒屋の店主であるが今ではすっかり人気者である。
買物を終えて4時半に帰宅したら夫が「豊ノ島が面白いぞ」と
一緒にテレビを観たそうに教えてくれた。
相撲界を退いた豊ノ島はタレントになり活躍している。
ファンとしてはとても嬉しいことであった。
豊ノ島にそっくりだった実家の父上は亡くなってしまったが
「梶原食品」は健在で美味しいお豆腐を作り続けている。
それをテレビで堂々と宣伝する豊ノ島も微笑ましく思う。
人には隠れた才能があり「転機」さえあれば発揮することが出来る。
持って生まれた才能はきらきらと眩しく光るのだった。
私のように才能の欠片もない人間は殻に籠りがちとなり
大志を抱くこともなければ明るい未来があるわけでもなかった。
それでいて「いのち」に拘り生きたい欲に囚われている。
生きれば生きるほど近くなる「死」に立ち向かう勇気もない。
今朝はめいさん(詩人の白井明大さん)の詩を書いたが
多忙なめいさんが読むはずはなかった。
私は海の底で光を待ち続けるしかない。
※以下今朝の詩
オン書き
オン書きって云うのですよ 教えてくれたのはめいさんだった
私はパソコン画面に向かって いつも詩を書いていたから 指先だけが頼りだったのだ
もう20年以上も昔のこと ネットの海でめいさんに会った それは深い海の底かもしれない 私は群れることの出来ない魚だった そんな私を見つけてくれたのだ
きらびやかな珊瑚礁も在りはしない 光も当たらない暗い海の底であった 心細さを書けばいくらでも書けた
随分と歳月が流れたが 私は今も海の底で生きている もうめいさんに会うこともない 彼はとても遠い処で輝いている
このまま死ぬのかなといつも思う 老いたカラダから鱗が剥がれ落ちる
毎朝オン書きをしていた 海の藻屑のような詩を書き続けている
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