ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年06月13日(土) ここらでちょいとひと休み

晴れたり曇ったり。気温は30℃に届かなかったが暑くてならない。

今からこの調子では真夏の猛暑に耐えられるだろうか。


朝の道では昼咲月見草が枯れ始めていた。

寂しくはあるが随分と長い間咲いてくれたものだ。

毎年同じ場所で咲く。それだけ根の強い花なのだろう。


アマリリスも同じく花がぐんにゃりと萎れ始めている。

その後落ちた花は見たことがなくそのまま朽ちて行くのだろう。

花の終りは切ないものだがその根はとても逞しい。



仕事は順調とは行かずまた糞詰まり状態となった。

例のクラシックカーの車検整備がまだ終らないのだ。

ブレーキの部品は昨日届いていたが手こずっているようだった。

そうこうしていたら緊急の修理が入る。

義父に助けて欲しかったが生憎今日も整体に行っていた。

お客さんには代車を貸しその場を凌いだが

車は外車であり国産車のようには行かない。

同僚の何と頼りないことだろう。やはり義父でなくてはと思う。

仕方なく同僚に指示し車検整備を優先することにした。


お昼には義父が帰って来たが今日も田んぼへ行くとのこと。

水の管理が順調ではなく頭を悩ませているようである。

田植えさえ終れば一段落と思っていたがそうは問屋が卸さないのだ。

工場の仕事には見向きもせず私も頭を悩ますばかりである。

全て来週に持ち越しとなり達成感どころではなかった。

会社はそれでも存続しているがこんな状態でやって行けるのか

悪い方へ考えれば切りがなく、ケセラセラを貫くしかないようだ。


私がいくら気を揉んでも現状が変わる訳もなく

同僚に声を掛けて定時で帰路に就いた。

土曜日のお楽しみはFMラジオで「たかちゃん」の声を聴くこと。

今日も大きな笑い声と「にゃあ」の猫語が楽しかった。

例えば「良いなあ」を「ええにゃあ」と云う。

これは方言でもあるが今の若い人はあまり使わない。

中年以上だろうか、たかちゃんは56歳のおんちゃんである。

それも失礼だろうか、私より14歳も若いのだ。


いつもより早く4時に帰宅。茶の間で少しうたた寝をした。

一週間の疲れがどっと出たようだ。

今夜はダンス教室がありめいちゃんが楽しみにしている様子。

すっかり元気になった証拠とほっと胸を撫で下ろした。

5時半には娘が連れて行くので夕飯は簡単なメニューだった。

明日もゆっくり休めば月曜日には学校へ行けるだろう。

疲れたらまた休めば良く周りが神経質にならないことだ。


昨夜はやはり花火をしていたらしく今朝はバケツに残骸があった。

娘夫婦もそうして気分転換をさせていたのだろう。


おとなも子供も渦に巻き込まれる時がある。

ぐるぐると得体の知れないものに掻き回されてしまうのだ。

自分で止まらなくては誰も止めてはくれない。

だからこそ「休む」ことが大切なのではないだろうか。


私も明日は休む。そうして少しずつリフレッシュして行きたい。

そうすればきっとまた違った景色が見えるのではないだろうか。


※以下今朝の詩(50年前の記憶より)


     速水ちゃん

   あれは二十歳の誕生日
   仕事から帰った速水ちゃんが
   手羽先の唐揚げを買って来てくれた
   「好きやろ」と言って満面の笑顔である

   家賃8千円の古びた借家だった
   台所の流し台はセメントで
   お風呂は薪で焚かねばならない

   貧しい暮らしだったが
   それが幸せだと信じていた頃

   傷つけることは容易い
   傷ついたことよりも重い

   速水ちゃんは包丁を握り絞めると  
   「殺すぞ」と鬼のような顔をした

   逃げなくてはならない
   もう一緒に暮らせないと思う

   翌朝私は西に向かう列車に乗った
   財布の中には5百円玉が一個だけ
   途方に暮れることよりも
   前途を信じなければとおもう

   西の町の駅に降り立つと
   母が迎えに来てくれていた
   それは7年ぶりの再会であった

   速水ちゃんはとても優しかったのだ
   手羽先の唐揚げを見る度に思い出す

   私には明るい前途があったが
   彼は今でも独りきりで暮らしている

   傷つけたことはこれ程までに重い





 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加