曇り日。強い陽射しは和らいでいたが湿度が高かったのか
風もなく不快な程の蒸し暑さであった。
気温は34℃、猛暑日にならなかったのは久しぶりのことだ。
熊本地震から一夜明け被害の全貌が少しずつ明らかになる。
特にイオンモールの爆発は大惨事となった。
地震直後に一度外へ避難していたにも関わらず
その後店内に戻った従業員が居たのだそうだ。
何とも残念でならないが若い女性が犠牲になってしまった。
避難後の行動が生死を分ける結果となり心が痛むばかりである。
停電や断水も続いており気の毒でならない。
一日も早い復旧をひたすら祈っている。
この10年の間に二度も大きな地震に襲われるなんて悪夢のようだ。

今朝は四万十大橋を渡り国道に出るなりアクシデントがあった。
走行中に異音がするので停車し車の後ろに回ってみると
左の後輪がパンクしておりぺっちゃんこになっていた。
思い当たるのは家の前の路地で境の石にぶつかったことで
まさかタイヤが裂けているとは思わずそのまま走ってしまった。
義父が運搬車で来てくれることになり路肩で30分程待つ。
私の不注意であったが義父が優しく接してくれて嬉しかった。
工場には新たな車検整備の車が入庫していたが
義父の指図で同僚がタイヤ交換をしてくれた。
冬タイヤのままだったのがやっと夏タイヤになる。
午前中に義父と車検を済ませほっと一段落した。
それからお昼になり義父は「鍼灸診療所」へと向かう。
未だ効果は見られなかったがしばらく通って見るのだそうだ。
腰に効くと云うサプリも飲み始めており手当たり次第である。
2時には帰って来て一仕事してからまた田んぼに向かった。
幸い猛暑は和らいでいたがやはり熱中症が心配でならない。
一日で良いから涼しい部屋で休ませてやりたかった。
3時前に退社。整形外科のリハビリに向かう。
U君と昨日の地震の話をしたりパンクの話をする。
四万十市は微震であったが丁度施術中だったそうで
長いこと揺れ患者さんも怖がっていたそうだ。
もし大きな揺れだったら大変なことになっていただろう。
買物を終えて4時半に帰宅。丁度この時間だったなと思う。
丸一日が経ち熊本の様子が気になってならない。
笠原メイさんの日記を読み終えるなり茶の間に行った。
テレビの報道だけが全てとは限らない。
安否不明者も多く生存を祈るばかりであった。
夕食を食べてお風呂に入る。それが当たり前であってはならない。
平穏な日常が突然に途切れることがある。
だからこそ日々に感謝しながら過ごさなければいけないと思う。
命さえあればと思うがその命も心細いこの頃であった。
※以下今朝の詩
向日葵
向日葵が項垂れている 花びらは散ってしまい 種だけになってしまった
過酷な暑さに耐え 咲き誇った夏である 笑顔ではいられない けれども決して 泣いてなどいなかった
種は重いその重みに 希望を託している また巡りくる季節に 咲いて見せようではないか
今にも倒れそうな茎 容赦なく照りつける陽射し もう幾日も雨は降らない
項垂れたその姿に ふと我が身を重ねる 嘆いても何も変わりはしない
たくさんの種を残す そんな生き方をしたい
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