ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年10月31日(土) 霜月の明日へ

とうとう10月も晦日。何と早いことだろう。

今年も後ふた月となった。

朝の肌寒さもつかの間、日中は穏やかな秋晴れとなる。

職場の近くの銀杏の木が陽射しを浴びてきらきらと輝いていた。

朝の道の「皇帝ダリア」は昨日と変わらず三輪だった。

そうそう一気には咲かないのだろう。ゆっくりと咲けばいい。

残念なのは秋桜の花が少しずつ散り始めている。

立冬も近くなり仕方ないことに思う。

例の白い秋桜はすっかり倒れてしまいとても憐れに見える。

花に遺影はないが一番綺麗な時に写真を撮っておいて良かった。



仕事は朝から大忙しとなる。例の部品待ちをしていた車のマフラーが

西濃運輸に届いていたが今日は配達出来ないとのこと。

仕方なく軽トラックで引き取りに行く。

中古マフラーであったが何と東北からの荷物であった。

全国ネットなので以前には北海道から届いた部品もある。

凄いもんだなと思う。長旅もなんのそのであった。

同僚がマフラー交換をしてくれやっと完成である。


バッテリー上りが2件あり同僚とお客さんのお宅へ走った。

要請があっても同僚の知らないお宅なので一緒に行く。

バッテリーがもう寿命のようだったが様子を見るとのこと。

市内のパチンコ屋さんに行くらしく帰りが心配でならない。


もう1件は滅多に来たことのないお客さんであったが

無下に断る事も出来ず充電機を持って私が行った。

同僚は消防車の点検があり消防団まで出掛けて不在である。

充電機の使い方も覚えていて自信はあったが

軽トラックだったのでバッテリーに繋ぐことが出来ない。

仕方なく同僚に連絡し帰り次第に来て貰うことにする。

お客さんはすっかり呆れ顔で苦笑いしていた。

まだまだなと思う。もっと経験を積まなければならない。

出張料は千円。いくら手間取ってもそれ以上は貰えなかった。


義父は平田町のお客さんが亡くなりお葬式に行っていた。

義父と同い年なのだそうでショックも大きかったようだ。

新車も購入してくれて長いお付き合いであったが

いつ何があるやら分からないのが世の常である。


午後には仕事も一段落していて義父がトイレ掃除を始めた。

もちろんそれは私がするべきことであったが

その内にと先延ばししていたのがいけなかった。

和式のトイレなので私は滅多に使用することがなく

近くの農改センターの洋式トイレを借りることが多い。

自分が使用しないと余計に掃除も疎かになる。

毎日利用している義父が不快になるのも当然であった。

何と気の毒な事だろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ごめんね、ごめんね」と謝れば「ええぞ」と笑顔を見せてくれ

ここは甘えて良いものかと思ったが心苦しくてならなかった。

たかがトイレ掃除ではない。私の大きな怠慢である。

何処の世界に社長が自らトイレ掃除をするだろうか。

今日ほど自分を責めることはなかった。


定時を少し過ぎてから後ろ髪を引かれるように帰路に着く。

帰宅するなり夫に話せば「気にするな」と云ってくれる。

日頃から家事も疎かにしている私のことを知っているからだろう。

やれば出来る事をあえてしないのだ。困ったものである。


カレンダーを11月にする。10月はもうおさらばであった。

精一杯の日々には少なからず達成感もある。

会社の経理はまたゼロになったがまた一から始めればいい。

試されているのなら試して頂こうと思う。


夕食後のほうずき色の空には霜月の明日が見えた。


※以下今朝の詩


     つわぶきの花

  打たれ強いのかもしれない  
  まだ折れてはいないようだ

  谷間にひっそりと咲く
  つわぶきの花であった

  巡礼の旅人が鈴を鳴らし
  ふと足を止める場所である

  道は遥か遠くに続いていて
  峠を越えなければならない

  足が痛む息が切れる
  いったい何のための旅なのか
  分からなくなる時もあった

  一輪二輪と谷間に咲く花は
  陽の当たらない場所であったが
  山からの風に身を委ねている

  その風もやがて冷たくなり
  冬が訪れる日も近くなって来る

  どれほどの意志だろうか
  負けはしない耐え抜こうとする
  貫くことがささやかな希望であった

  旅人は目を細めほっと微笑む
  真っ直ぐに茎を伸ばした花は
  まるで前途を照らす光のようであった




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