2005年01月16日(日) |
不定期連載:「イシドロよ、大志を抱け!_14 閑話ボヘミアの岸辺」もうちょっとで本編再開 |
それは海辺にたどり着く前、まだ森の中で雨露しのいでいる時の事だった。 その時、俺はセルピコに引っ張られて、近くの川にいた。洗濯を手伝わされたのだ。 普通、洗濯っちゃ女がやるもんだが、シールケはガッツの兄ちゃんの治療にかかりきりだったし、ファルネーちゃんの洗濯は‥‥‥思い出したくもないくらい無惨だった。 で、俺とセルピコは仲良く並んで、旅の一行の洗濯だ。セルピコの野郎は手慣れた手つきで、黙々と洗濯を片づけている。女物の下着にも動じない(様に見える)のが、奴のすげえとこだったりする。俺、ちょっとやばくなる事がある。恥ずかしくて無論言えねえ。
「なあなあ、セルピコ。お前によ、夢ってあるのか?」
洗濯に飽きそうだった俺は、気晴らしにセルピコへ話しかけた。冷たい山水に手が悴んで、しらふじゃとてもやってられなかった。
「夢、ですか。もっと機密性が高いお家と、ふかふかの寝床と、明日のご飯の心配をしなくていい事ですね」
俺は呆れた。あまりにもつまらない返事の様に思えたからだ。
「随分、夢らしくねえ夢だな。お前、貴族の端くれだろう?そんなもんすぐに叶うじゃんか。俺が言ってんのは、こう戦場で名をあげるとかよ、そういう漢の夢みたいのだよ。ガッツの兄ちゃんだって何かをそういうの持ってそうだし」
「‥‥私はもう『夢』などと言える年齢ではありません。イシドロさんは子供ですね」
「なんだ、てめえは!何かっていうと俺を子供扱いしやがって。時々はまともに相手しやがれ」
俺はセルピコの、あくまでも貴族的な品を保ったすかした物言いにむかついて、洗濯も忘れて怒鳴っていた。 セルピコの手は、俺の手から離れ、川に流れた洗濯物をつかまえた。
「貴方を馬鹿にしている訳じゃないんですよ。夢が叶うという事は、良くも悪くも怖ろしい事でもあるからです」
「????わかんねえ話だなぁ?」
「よく考えてごらんなさい。一人の人間の心が勝手に思い夢見た事が、血肉を持って現実になるのですよ?」
結構な事じゃないか。正直、俺にはセルピコの言っている事が、全く理解出来なかった。
「それはお前の体験からの話かよ?」
「‥‥‥ええ、昔、私自身が願った、ただ一つとも言える夢が叶いました。それから私は夢を見ることをやめたのです‥‥‥」
「?」
詳しい理由をセルピコは話したがらなかった。
セルピコを苦しめ続けた炎の記憶。奴は最後まで、そんな事情はおくびにも出さなかった。 俺がセルピコの言葉を理解したのは、その事を語った奴の歳を、だいぶ追い越した頃だった。
|