ぶらんこ
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デトロイトで入国手続きに手間取ったのは、特に驚くことではなかった。むしろ予想していたこと。 でも、こころは違った。隣でぶりぶり怒っていた。あんまり純粋に怒ってたものだから、今思い返すと可笑しいくらいだ。 彼女は、大雪で出発が一日遅れたので「もう待ちたくないよ」と言っていた。そらそうだ。よくわかる。わたしだって同じ気持ちだった。 でも起こったことは起こったこと。なるようになるまでは付き合うしかないでしょう。
入国管理局のオフィスには大勢の人が椅子に腰掛け、自分の順番が来るのを待っていた。 係員(検査官?)は6人から7人くらい。それぞれが後方の棚からパスポートを取り出し、各ケースに対応するようになっている。 どうやら決まった順番はないらしい。(これは後でわかった。というか、こころがじっと見ていて鋭くも気付いたこと。) 「わたしたちより後に来た人が先に呼ばれてるー。どうなってんのよ。まみぃ、行って聞いてきたほうがいいよ!」 「でもねー。そんなこと彼らに言ったって『名前が呼ばれるまでお待ちください』で終わっちゃうんだってば。」 そう言うわたしに、こころはかなり不満だったみたい。でも、本当は彼女もわかっていたのだと思う。それ以上何も言わなかったからね。 ジタバタしたって、どうにもならないことはどうにもならない。 憤りを覚えたところで、状態が好転することはない。疲れるだけ。これ、ホント。
それにしてもいろんな色のパスポートがあるんだなぁ・・・と、妙に感心してしまった。 フィリピン人、カナダ人、中国人、韓国人。。。それくらいしかわからなかったけれど、他にももっといたと思う。 みんな一様に、疲れている。 そして、苛立っている。
突然、係員のひとりが「そこ!この中は携帯電話は使えないんだ。今すぐ切りなさい!」と叫んだ。 見ると、ひとりの若い女性が携帯電話で何やらやっている。電話をかけていたわけではなく、メールか、或いは保存していた画像でも見ていたのか。 その女性は、係員を一瞬見上げたが、何も言わずにまた目線をケイタイに落とした。 「君のことを言ってるんだ!そこの!帽子の!聞こえないのか。ここでは、携帯電話は、ダメなんだ!」 彼は言葉を区切りながら、はっきりと、力強く言った。 すると、違う女性がたまらず叫んだ。 「彼女は英語がわからないのよ!いい?わたしたちは、ここでずっと待たされているの! あなたがたが自分のしなければならない仕事をしているんだってことはわかるけれど、その態度にはがっかりよ!」 彼はその言葉にちょっと驚き、そして声を落として言った。 「携帯電話は、ここでは、使ってはいけないんだ。」 若い女性は、彼を見上げ、何も言わずに携帯電話の電源を切った。 ・・・日本人だった。 たぶん彼女は彼の言葉を理解していたと思う。きっと憤慨していたので、あえて無視したのかもしれない。 違うかな。。。わからない。 でも、終始、投げやりな態度だった。それはもう立派なほどに。
後からやってきたひとり旅の女性がわたしたちの隣に座り、「どうなってるの?どうしてこんなところに呼ばれなきゃならないの?」と聞いてきた。 「わからない。きっとそれぞれのケースがあるのでしょう。わたしの場合、グリーン・カードの件で。」 「どれくらい待ってる?」 「もう30分は経つわね・・・。」 わたしたちの言葉を聞いて、彼女は大きなため息をついた。 でも、しばらくすると彼女は呼び出され、自由の身となった。ラッキーだ。
あるフィリピン人の男性は、入国許可が降りないようで、長い間、係員とやり合っていた。 係員は親切な態度とは到底言いがたいが、そのフィリピン人の男性もまた、賢い振る舞いだとは思えなかった。 彼は偽りを怒りで誤魔化し、状況をさらに悪化させ、係員はその対応に疲れ、かつ呆れ果てていた。 詳しい内容はわからないけれど、たぶん前歴があったのだろう。彼の再入国は難しいようだった。 結局彼は、別室へと連れて行かれた。その後どうなったかは、わからない。
ある女性はちいさな男の子とふたりだった。 入国管理の手続きのせいで、国内線の乗り継ぎ便に遅れた。 係員が便の振り替えをするべく彼女に航空会社について尋ねると、 「どこだっていいわよ!安いところだったらね!いつもそうやってチケットを買ってるんだから!」 男の子は、怒っているお母さんの傍でなんにも言わず、静かにしていた。 お母さんの怒りが早くおさまるといいな・・・と、祈る気持ちになった。
わたしたちだって乗り継ぎには間に合いそうもない。 でも、便の振り替えをしてくれることがわかったのでちょっと安心した。 しょうがない。どんなに遅れても、たどり着けば良いのだから。 ところで、わたしのケースはなぜか後回しになり、殆どの人が入れ替わった頃、やっと名前を呼ばれた。 まずまず丁寧な対応の係員だったのでほっとした。
手続きをしながら「明日(Christmas Eve)も仕事なのですか?」と尋ねてみた。 彼は「うん。あ、いや。明日は休みだ。けど、Christmas Dayは仕事だよ。」と言う。 「それは残念。。。でも、わたしたちのためにこんな時に仕事してくれてありがとう。」 わたしがそう言うと、彼は「どういたしまして。」笑って答えた。
実際、心から感謝したい気持ちだった。 みんな、このHoliday seasonを、きっと家族や友人と過ごしたくて旅行をしている。 わたしたちみたいな旅行者がいる限り、彼らの仕事は続く。 「国境」がある限り、彼らの仕事は続く。
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