Doritoの日記
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| 2005年04月11日(月) |
オーストラリア膝栗毛�� |
4月10日、6時のバスに乗るために朝5時半に起床、キッチンに行くと見知らぬ女性が一人朝食をとっていた。奮発して卵を二つ落とした即席ラーメンをそそくさとすすりあげると、僕は向こうのテーブルに座っていたその女性に心の中で「行てきまぁーす」とタラちゃん風につぶやきバスターミナルに向かった。孤独な出発であった。 一人旅というのは初めてだった。とりあえず飛行機のチケットを予約している以外は全く計画を立てていなかった。本当に行き当たりばったりで行きたかった。そして出来るだけ安くあげたかった。 最初の街はシドニーである。シドニーに1日滞在し、その後タスマニアに向かう予定だった。シドニーには何回か来たことがあったので、特にこれが見たいというのは無かった。とりあえず日本語の本が欲しかったのでキノクニヤを探すことにした。以前来たときにでかい看板を街中で見た覚えがあったので、すぐ見つかるだろうと思ったらなかなか見つからない。なので日本人らしい人に声をかけて聞いてみることにした。目の前からアジア人っぽい女の人が歩いてきたので、早速「エクスキューズミー」と聞いてみると、ものの見事に無視された。そのとき僕は死神のサングラスのようなサングラス(拾い物)をしていたので怪しい人に見られたのだろう。その悲しみにもめげず僕はサングラスをはずして信号待ちをしている女の人に声をかけた。日本人だった。今度はきちんと答えてくれた。でも結局彼女もキノクニヤの場所を知らなかった。あとから分かったことだが、結局キノクニヤはその人に尋ねた交差点に隣接したビルの2階にあった。つまりキノクニヤの目の前でキノクニヤがどこにあるかを聞いていたわけである。 どうにかキノクニヤにたどり着くとすぐに探していた文庫本を見つけた。日本で買う定価の約2倍だったが、どうしても読みたかったので買うことにした。2時間くらい『死の壁』を丸々立ち読みし、文庫本とペーパーバックを一冊買って外に出た。そのせいで死について少し考えてみたりもした。一人でいるといろんなことを考える。でも何か考えているようで実は何も考えていなかったりする。 その後公園に行って買った本を読んだ。それからキングスクロスまで歩いて本を読み、オペラハウスの近くに行って本を読み、というのを繰り返した。歩いていると夕方突如街中にプールを見つけた。歩く以外に何もすることが無かったし、暑かったので入ることにした。プールはとりあえずレーンがいくつもあって、マグロみたいにひたすら泳いでいる人がいっぱいいた。僕は一番遅いレーンでコンタクトをしているため水上に顔を出して限りなく犬かきに近い平泳ぎをしていた。どちらかというと本格派スイマーが多かったのでちょっと萎えた。 プールを出ると相当疲れてしまっていた。噴水がある公園のベンチで水着を乾かしつつ座っていると、いつの間にか寝てしまった。するとおじさんが近寄って来て「あっちの教会で食べものを配給しているよ。」と教えてくれた。そう、僕はホームレスだと思われたのだった。 キリスト教でもないのに教会のお恵みはうけられねえと思い、しょうがなくまた歩き出した。腹が減ったので、寮の先輩に聞いていたラーメン屋「コンドル」に行くことにした。先輩は「まあまあだった」といっていたが、本当にまあまあだった。醤油ラーメンを頼んだのだが、値段の割にパンチがなかった。もちろんスープの最後の一滴まで完食はした。 その夜人生初めての野宿に挑戦した。セントラル駅の大きな公園のベンチで、眼鏡をかけたまま寝袋に入って寝た。寒くは無かった。たまに歩行者の視線が気になった。もう僕は本当のホームレスだった。 結論、シドニーは一人だとあまり面白くない。今日は誰とも出会わずホームレスな気分だった。
4月11日、朝起きると空に飛行機雲が見えた。タスマニア行きの飛行機が夜8時だったのでそれまですることが無かった。とりあえずマンリービーチに行こうと思い、サーキュラーキーからフェリーに乗った。片道12ドルはちょっと高いと思う。 マンリービーチで3時間くらい昼寝をした。前日の野宿のせいで疲れていた。日本の友達の夢を見た。ちょっと日本が恋しくなった。 その後夕方くらいにシドニーの中心街に戻り、ずっとぶらぶらしていた。現代美術館はケッコー面白かった。考えてみるとマンリーで昼寝をするためだけに往復24ドルも使ったことを激しく後悔した。 飛行機の時間が近づいたので空港へと向かい、タスマニアに向けて飛んだのだった。
Dorito
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