最近はまっている本は、「このこ、だれのこ」 ビル・ウィルソン著・・・です♪ ニューヨークのまっただなか(スラム街)で 22000人の教会学校をやっておられる方の自伝? その働きの様子をいろいろ書いておられます。
その中で、繰り返し書かれていることは 「必要そのものが、召命なのです」という文章でした。
良く、「神様〜私はどういう事に召されているのでしょうか? 何をするべきでしょうか?」って神様に将来の事を 聞いて、何も聞こえない、劇的な事件もない。。。 天から「これこれを、しなさい〜!」と、幻が見えたり 声がしたり。。。そういうことがないと、みんな 何もしない。。。。いや、してはいけないんだと 思っているクリスチャンが多い・・と本に書かれてありました 。
私も以前は(いや、今も?)そのようなわなに 陥りそうになった事がありました。 「なっちゃん、ほんとにそれって神様からの召命? (賛美伝道の事)」みたいな事を言われて(ほとんどの人は 賛 成してくれたり、励まして下さったりだったのですが、 ごく一部の人からはこういう事を言われた) 悩んだ事もありました。 (私が勝手にやりたいだけ なんじゃないだろうか? めだちたがりやもんなぁって、 あの人にからかわれた事も あったなぁ、めだちたいだけ?? いや!違う。。 神様の愛を伝えたいから・・・ 神様がそうしなさいって 言ってくれたもん・・・・ でも、もし思い込みだったら どうしよう・・・) なんどとなく、そのような思いに悩まされ、うなされ 一時は 本当にやめてしまおう。お休みしてしまおうかな? (本心は違ったと思いますが)という思いになった事も ありました。
でも、聖書の御言葉は、私を励まし、 前に押し出してくれたので、何とか続けてこれました。
さっきのビルさんの本の事に戻りますが、 「必要のあるところに召命がある・・」を読んで、 またまた考え込んでしまいました。 (私が歌作りをして、証をして、歌うことは ほんとうに、 必要とされている事なんだろうか?)と。 (なんだか書いてて情けないなぁと思いますが)
それを考えると自信がなくて・・・ 自信がないまま、 なにげなく空を見上げました。 すると、(この空に、 この街にいっぱい賛美が 満ち溢れる必要がある) という思いがやってきました。
そうだ。別に私の歌だろうが、 どういう種類の賛美の働き とかそういう事が大事なんじゃないんだ。
「世界が賛美でいっぱいになる事」・・・・ これ、前に 何がなっちゃんのビジョン?って聞かれて、 よくこう答えていた。なんてつかみどころがなく 大きすぎる ビジョン・・・・。そのために今自分が 出来る事をさせて 頂きたいとずっと願ってきたっけ。
私が、私の歌が 本当に必要とされてるかどうかなんて 正直言って、 良くわからない。 でも、私はこの青い空に向かって、 与えられた歌を せいいっぱい歌っていけばいいんだよね。 そして、それが、一人の人の心に届いたり、 励ましになっていく かもしれない。それだけで 充分なんだ。(−v−) それに、 私の賛美を神様が喜んでいて下さるなら それだけでも 「必要」はあるんだよね・・・。
神様、「答え」をありがとう♪ (^○^)
ここまで読んで下さっていたみなさま! 良かったです。解決しました。ほっ(^_^) これで安心して、 また続きが読めます。 このようにして読書の冬は深まっていく のでした。
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