鮎見時子の日記
DiaryINDEXpastwill


2004年08月11日(水) 言葉のとおりではない言葉

私の場合感情で言葉をつなぎ言葉として文章は繋がらない
裏の文法も頭では理解できるけど
口からはオートで言葉の意味での返事がでてしまう

遅刻で「今何時だと思うんだ〜」
言ってるニュアンスはわかるけど
ででくるのは「何時何分だよ」
遅刻を謝る言葉に繋がらない
その言葉を搾り出せないで頭の中はかたまってしまうというか・・

感情に訴える言語って
例えば叱る

これは
別サイトで叱られることって実はかなり中身が
曖昧で
軽発達障害のため抽象的力が弱い子には向いてない場合多いと
思うことを書いた文章から

*軽発達障害と呼ばれる発達遅滞を抱えた子ども達

叱るって感情表現なので
実際に何がよくないと言っているのか何を求められてるのかが
非常に曖昧で
そもそも人の気持ちがそのとおりくみ取れないから
アスペルガー症候群とか自閉症なので情緒で説明されても
よくわからないってとってもなんだか解る気がする。

おこっているのは理解できても何をいけないといわれて
なにが求められているのかの具体性が薄い場合がほとんど

だから叱られないように努力しようというのも
前後の関係把握がわからない

こういう場合どうしたらいいのかという
肝心な解決作がうまく上手にひらめかないから軽発達障碍なのです。

どうして出来ないの〜と言われても
状況把握すら解らないから出来ませんって感覚私は
とってもわかる

叱られて、叱られることで気持を切り替えて集中力みたいなことが
高まる子なら向いてるけど
そういう情緒のスイッチが上手く入らない子を
叱っても向いてないんですよね。
向いてない方法で躾だと頑張られても子どもは伸びないと思う

何が駄目でどうしたらいいのか根気よく解るように説明がないと
出来ないわけで、
わざとトラブル起こしているわけではない場合が
多いのだからわかればできること多いわけだし・・

あとね

ひとつ最近気がついて愕然とした辞書にはない
裏の意味

「頑張って」
鬱の人には禁句に近い重い意味があるのに
何でわかってくれないんだと思っていたら
辞書にはない
軽い挨拶に使う言葉として一般に浸透してる
つまり使うとき軽い挨拶以上は意味がない

だから震災被災者にも「頑張って」なんですって

だったら挨拶と言うならTPOで使い分けてって
説明のほうが納得いく人多いのかも・・・

震災のような人生の重い体験した人に軽い挨拶はないだろうとね・・

じゃあどうしたらいいのって

時と場合でしょうと思うよ

お互いに理解しあうお互い様を
被災者にも言うのは変かと・・・被災者が言われて嫌というんだから
(当たり前だとおもうけど)
変えなきゃいけないのは自分で被災者じゃない筈。



鮎見時子 |MAIL

My追加