ふつうのおんな

2005年03月09日(水) 母の様子1

先月17日:ビリルビン値1.9
今月 4日:ビリルビン値2.9
今月 7日:ビリルビン値4.1

えらい勢いで数値が悪くなっていく。
月曜に入院して昨日も夜見舞いに行ったらたった一日で黄疸が進んでいた。
先週の土曜日には確認できなかった白目部分の黄疸も。

ただ、こうやって 肝機能が悪くなる→入院して数値安定 を繰り返すだけならある意味仕方がないとも言えるが癌の転移具合・進行度合いもとどまることはないので日一日蝕まれていくのは辛い。

年末との違いは全身のかゆみ(胆汁が末梢神経を刺激するのでまんべんなく痒いらしい)と息のにおい。
もともと胃がんということもあって口臭はあったのだが、最近匂いが違う気がする。
何のにおいなんだろう。

自宅にいたときはやめていた抗がん剤も来週肝臓の状態が落ち着かなかったら再開する。
再開といっても担当医に言わずにのまなかっただけなんだけどね。
(粘膜からの出血があったとき 母は 怖くなってやめていた)
でも医者はそんなこと知らないからTS-1が効かなかったものと判断し、別の強い薬を使おうとしていた。当然か。
でもそれは抜髪をともなう副作用の強いものということで。

母は自分の髪が抜けるたびにおそらく生きる気力も抜け落ちていくタイプの人だ。
「なにくそ負けるか」
ではない。

最近オットが夜勤で夜いないのだが 眠れないで本を読んだりしているとき発作のように母を失うかもしれない恐怖に襲われる。

状態からいって今日容態が急変してもおかしくないのだ。
しかも今回は妹は赤ん坊が生まれたばかりなので前回ほど見舞いにこれないし タイミングの悪いことに今日明日私はいけないのだが 父もどうしても行けないという。
母はまる2日間たったひとりで痒みと息苦しさと高い血圧を抱えたままひとり病室で過ごす。

母は「年末は死ぬかと思ったけど 今回は違う形での入院だから心配しなくていい。遠いんだからこなくていい。」と言う。
たしかに往復で3時間の道のりで お見舞いに行った日はちょっと疲れる。
なにせ会社は品川/自宅は江戸川/病院は八王子。東京都のはじっことはじっこを行ったり来たりしてることになる。
だけど私は時間の許す限り 母の顔を見て 母の声を聞き たとえ悪い数値であっても ちゃんと逐一知りたい。

夜の発作はたまに咆哮になる。
おかあさん おかあさん と枕で声を殺しながら泣き喚く。
泣いても叫んでもどうにもならないと解かっているが 胸の奥からせりあがってくるものに耐え切れなくなる。

戦いはこれからで、これは何度も起こるものなんだと
むしろ生きていてくれさえすればいい 何度起きてもいい

だから おかあさん がんばって

chick me
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etsu

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