WHITESTONE
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僕が幼い頃、いとこの父、つまり僕の父の兄、つまり叔父さんが事故で亡くなりまして、そのころから寂しさを紛らわす為に酒の量が増えたとかいう話を聞いたことがあります。
そういえば酔うと時々その叔父さんの若い頃の武勇伝を聞かせてくれたような気がします。そんな話をしているときの父の顔はとても良い顔をしていました。
その叔父さんの死が関係しているのかどうかはわかりませんが、父は人の死に対して非常に悲しみをストレートに表に出し、号泣し、そして・・・飲んだくれます。ボロボロになるまで飲みます。悲しみを酒で紛らわす。まさに悲しい酒。
まあいろんな理由がいくつも重なり酒が止められなくなっていったのでしょう。それでも、飲むたびに大暴れされてはこちらの身も持ちませぬ。 実家にいるものにとって葬式や年忌などはある意味「恐怖のイベント」でした。
酒の量は徐々に増えていったようです。 それこそ思春期の真っ只中、父は一升瓶を抱いて寝て、時には僕の部屋のドアを夜中に蹴りまくったり、小便をトイレ以外の場所でしたり、家の前の道路で寝たり、母と殴り合いの大ゲンカしたり、
包丁を持って家の中をうろついたり・・・
そんなとき僕はいつも息をひそめてフトンの中で 「早く朝になれ、早く朝になれ」 と願っていました。
夜が明けて 「今日も生きのびた」ということを実感していました。
う、仕事の時間です。
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