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男はエライと思うことも・・・
今日は義理ある新年会。妻に先立たれた大学の恩師(気持ち的には怨師)のところへ伺う。一人で行くのは嫌なので、最寄り駅で先輩と待ち合わせたところ、他にも2人ほど誰かいないかなあ、と人待ち顔の人がいて、4人で訪問。その後いろいろと義理堅い先輩やら後輩やら10人ばかり集まる。みんな似たような仕事をしている。相互扶助の露天商の新年会みたいなものだなあ、と思う。
20代のときに知り合った人たちは、いくつになっても20代のような感覚で話をすることになる。ちょっとおかしい・・・よく考えるとかなりおかしい。先生のほうは、一人住まいでお寂しくて気の毒なのだが、しかし、学生時代の様々な仕打ちを思い出すと、なかなか素直に接せられる相手ではない。
彼が電話をかけたときに留守をしていたといっては叱られ、出るのが遅かったと怒鳴られ、ファックスの音声が流れたといっては非常識呼ばわりされ、教師より後に教室に入ったといっては罵倒され、待ち合わせの時間にちょっとでも遅れると、来たこと自体を後悔するほどの叱声。被害を受けたのは私だけではないのだが、とにかく当時の学生一同自信喪失の萎縮した時間を強いられた。
そういえば下着の色なんぞ聞いたりもしていた。その頃、日本にはセクハラという語はなかった。なぜか私はsexual harassmentという語を知っていて、バカヤロウとつぶやいていた。爺が70歳過ぎたからといって、ちゃらに出来ることではない。爺が指導教官でなかったら、別の青春があったと思わないではいられない。
こんなクソ爺の求めに応じて、「じゃあ新年会を開きましょう」というN先輩は実にえらい。彼の自宅から4時間はかかるはずだし、決して暇な人ではない。私なんぞ、Nさんへの義理で出席するようなものだ。女性は堂々と欠席する人も一人ならずいる(理解できるよ、その気持ち)。でも、男どもは総じてこういう催しには御行儀よく出席して、それなりに座を保つ。私怨が消滅したわけではないようだが、それとは別に「恩師」として付き合うという姿勢は立派なものだ。
先輩の呼びかけがなかったら、私なんて完全に無視しちゃうのにな。
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