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verbal representation

2005年04月09日(土) steer one's course

僕は何でも知っている。
僕が持ってる辞書の中には、
全てが記されているから。
他人が知りえないようなたくさんの情報が、
ココには記されているから。

だから僕はこの世で誰よりも物知りなんだ。

知りたいことがあれば、ペ−ジを捲るだけで、
どんなことでもすぐにわかる。
どんな頭の良い人でも知ることの出来ないような、
難しい問題でさえ。
僕にとってはたいした難しい話じゃないんだ。
だって、少し時間があればすぐにでも、
全てわかってしまうのだから。

だからみんなは僕を頼って、
いろんな質問を問いかける。
僕はそれに全て答える。
それが僕の仕事であったし、使命でもあったから。
僕に答えられない質問なんて存在しなかった。

ある日、子供たちが僕に問いかけた。

『どうして太陽は沈んでしまうの?』
『鳥は何で空を飛べるの?』
『海はどうしてあんなに青いの?』

僕はいつも通りに答えていく。
一人の女の子が僕にこう言った。

『私、イデアって言うの。
  ・・・あなたのお名前は?』

僕には・・・答えられなかった。
誰もそんなこと、聞いてきたことなんてなかったから。
急いで辞書を引いたけれど、そんなことどこにも書かれていなかった。
何度も何度も繰り返し、見逃していないか確認する。
焦る僕に冷やかしの言葉を投げかけて、子供たちは去っていった。

ただ一人、イデアと言う女の子を除いて。

僕は愕然とした。
答えられない僕に、存在する理由なんて何もないのだ。
少しずつ、意識が遠のいていった。
『どうしたの?』と女の子が不安そうにこちらを見る。

僕は、僕の正体がわからなかった。
自分が理解できなかった。
僕は、いったい誰なんだろう。

『お名前・・・ないの?』

女の子は僕に問いかける。
僕はただ頷いた。

『じゃあ私が付けてあげる』

『あなたの名前はスティアよ』

『・・・・・・・ありがとう』

女の子は微笑みながら帰っていった。
その後、何人かが僕に質問を投げかけた。
でも僕は答えなかった。

僕は旅に出るとだけ告げ、
この町を、出て行った。


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