うやむや日記...はとぽ

 

 

晴読雨読 - 2005年05月09日(月)

それはただの引きこもりだ。(私だ)


昨日に引き続き上田、別所という長野メジャー全国マイナーな土地からこんにちは。
今日は旅館が変わるので宿を引き払った。今日は北向観音に参拝したあと色々やることがありますよ。
北向観音というのは南を向いている善光寺さんと一対で、北を向いていることで暗夜の中の一点の光明となるとかそんな感じ…(曖昧)今回の旅行のきっかけでもある。
観音様は静かでよいところでした。
面白かったのは、堂の中に、明治ぐらいの沢山の布巾が並んだ額が奉納されていて、何かと思ったら着物の褄。和裁をやる人はわかるのかもなんだけど、あれは縫うのがすげー大変らしいです。だから当時の裁縫教室の卒業課題で、生徒が提出したものをその裁縫教室が奉納に来たと。明治三十一年三月の節句。
その一つ一つに名札がついているのですが、明治のころのあのあたりの女性名があってほんとに面白い。いわゆる日本の伝統的な名前なんてないんだと思った。研究したら興味深いだろうなあ。あまり見ないと思うので特に耳慣れない名前だけ覚え書きしておく。
「ムスノ」「モトメ」「ツルジ」「サワノ」「ウカ」「ケサミ」「ヌイト」「ヒヤウ」「ノイ」「キリ」「ナミイ」「ケサミ」「コトジ」「ジツ」「ナカ」「トリセ」「テイ」
多すぎた。
この手の研究論文があったら読みたいなあ。
 この後別所温泉駅から電車に揺られて、昨日来た上田から路線を半分ほど戻ったところの下之郷というところの、朱と白のコントラストが鮮やかな生島足島神社に参拝。
この神社と後に述べる「塩野神社」では、ちょっと長くなるので省くがある種の衝撃を受けたり受けなかったり…。最近柳田国男を読み返しているところにアレだからなあ。まあ、それぞれ連動はしながら全く別の種類の感銘だったんですが、何気にその時の余韻は今も続いていてうっかり人生がヤバくなっている。ああ、あと4年大学に行きたい…!

 さてここから一駅のところに、友人が通っている学校があるのでせっかくなのでふらふら遊びに。
普段は雪山で会って雪山で別れる人が、今日会ったらスカートで。はじめて見た。スカート姿。
「わースカートだスカートだ!」
「いやーいつも別に着てるわけじゃないんよー。今日たまたまや、めずらしーって言われたわ」
 …彼女は出身が南国高知なので関西弁だ。なのに何故か雪山が得意だ。
「深透(仮)がN大いるのもなんか不思議な感じするわー」
 高知の彼女と東京の私が長野で遊ぶ、というあたりから不思議です私は。
お土産の東京ストリートチーズケーキ(美味)を渡して、梨世(仮名)のお勧めのパフェ屋まで車に乗せてもらう。つーかアレだな、本気で車ないと話にならないよ。長野。私が住んだら死んでしまう。(免許を取る際の高速シミュレーションで転倒事故を起こした女)
「今日はこのあとみゆき(仮)はどうするのん?」
「え、あ、中禅寺ってお寺に行こうと思って」
 48分の電車でちょっと別所方面に戻って塩田平から二時間に一本のシャトルバスを捕まえて行こうかなって。いや他にも行きたいとこはあるんだけどもほら中禅寺萌えだか…ら…(頭よわい)
 そしたら私の友人は親切な神だった!
「じゃーウチ、送っていったげるよ。車やし。次の授業、出席とらへんし」
 そしてふと思いついたように続けた。
「そういやみゆき(仮)は今日明日と学校ないん?」
「いや、長野が呼んでたから」(目をそらしながら)

***

 車で戻ると生島足島神社のコントラストもあっという間に横目に過ぎる。
ちょっと迷ったりしながらも親切な神様のお陰で予定が大幅に繰り上がっての到着。
しかしどうでもいいんだけども、オタクである自分をとても必死で隠してる場での友人に、とても(個人的には)オタクな感じの場所に連れて行ってもらうという状況の異様さのせいで、道中すげーハイテンション。ああ申し訳ない。でもありがたい。
 学校に戻る梨世に別れを告げ、拝観料を払って中へ。
 中禅寺の薬師堂は中部地方最古の木造建築を謳っている。
しかしほんとに周りはなーんもなくて、山の麓。むしろその辺りの全体的な雰囲気がすごい好み。すぐ背後に境界も微妙な段々畑がつくられてるし、っていうか寺の畑…?違うよね?
畑の隅っこで錦鯉が飼われていました。この辺りは鯉の養殖が盛んらしいけど、この旅行でそれっぽいものを見たのはここだけ。昔の話なのかな、鯉の養殖って養蚕と密接だし。
そういや絹がかいこの繭からできるって知らない大学生をこの間見かけましたよ。

***

今日は中禅寺だけ見ていっぱいいっぱいかと思っていたのが随分時間が空き、この時点でまだ二時半。
せっかくなのでそのあたりをうろうろする。中禅寺からわずかに歩いたところに、小さな山を背にしてこんもりとした森がある。
 そこに、塩野神社がひっそりと建っていた。実は、ちょっと気になっていた。
なぜならここは、塩田平ガイドブックに名は載っているのだけど、どんなところか全く書いてない神社。忘れられた神の気配がムンムン。キャッホーこういうのが大好きですよ!(…)
 五月の強い日差しが濃い影をつくっている。
 その杉の森に足を踏み入れた途端、一種形容しがたい感覚に包まれた。
 今日めぐったどの神社仏閣とも違う気配は神域。ちなみに生島足島神社もここも式内神社なんですが、前者と比べて人気が全くない。もちろん社務所もない。いや、あったのかもしれないけど人がいなすぎて。
 独鈷山から流れる清流を太鼓橋の上から望むと、結界という言葉がここではまだ生きているのだと思った。山を背負う社一群を切り取る川、勧請された諏訪大社ごと包み込む古い杉の森が。
 彩色に乏しい建物には、その代わり見事に彫刻された木が組みこまれている。
 何かの息吹を――確かに感じたと思った。それをきっと古くは神と呼んだのだろうと思った。
 そこまでにしておけばよかった。
裏手の看板に、「至月見亭」と書かれていた。
雰囲気に酔っ払った鳩野さんは、好奇心からふとそちらの道に足を踏み入れた。
ちょっとした上り坂。すぐにたどり着けると思った。
たどり着いた場所からは――折れ曲がってまた、「ちょっとした上り坂」が延びていた。
いやいやもうすぐだろう、とまた歩いてみた。
たどり着いた場所からは以下略。
――結論から言うと、月見亭は山の上にあった…。
登るなよ。
小さいけど山。道はあるけど、まぎれもなく山。
 途中からなんか面白くなってきて登りきってしまったのは多分ナチュラルハイだと思う。しかし途中、だーれにも会わなかったので思わず携帯の電波を確かめた。よかった何とか立ってる、これでなんかあっても助けを呼べる…。どこに。
 あんな信州の見渡す限り寺と無人の神社と畑しかない場所で一体どこに助けを呼べると思ったのだろう、と今ふと気づいたが何事もなく帰ってきたのでいいことにする。
 でもうっかり誰かと会ったら、(おそらく十中八九地元のおじいさんとかだろう)(おばあさんは多分上れない)まずこっちのほうが異様な目で見られる。タヌキかなんかと間違われる。
だって私、かろうじてスニーカーだけは履いているものの、ポシェットを下げた町の娘っこ以外の何者でもなかった…。
 それにしても五月の長野だって言うので割とセーターとか持ってきたのに、この旅では全部無駄でしたよ。日中あんまり東京と変わらない上に、むしろ日差しは段違い。梨世からお天気情報はもらってたんだけど。ていうか山登り中受けた紫外線の猛攻で、今私の肌は陥落寸前です。ひー!ぶっちゃけ毎回山の方にしか行ってないから知らなかったんだけれども、あの辺りは長野の中でも一番暖かい、雨が降らないところらしい。
 月見亭からは塩田平が一望できる。点在しているため池が光っていた。

 思わぬことで時間をつぶして涼しいふもとに戻り、鎮座している盤座の写真を撮って、龍光院まで歩いたところで、前山寺まで行く前に別所行きのバスが来てしまった。夕方である。
 前山寺も行きたかったんだけど、塩野神社が思わぬ収穫だったからいいことにして乗り込む。ほんとは一本前のバスに乗って帰る予定だったし。今日はこんなに充実するとは思わなかったし。日焼けしたから帰って早いとこ手入れしないとヤバいし。何気に塩野神社⇔龍光院相当遠くて歩くのも疲れてきた…し…。
…雨の少ない地方。
ため池、温泉。独鈷山。
 ちょっとでもそういう方面に興味のある人なら、ここから連想できる人が一人いる。
 前山寺は、弘法大師によって開かれた寺なのだ。
なので、ああん嘘ですほんとは結構未練です。あと一日あればよかったのにきー!(授業は

***

かくして、今回の旅は再訪の決意と共に終わりを告げた。
今年の夏長野リベンジを志してはいるものの、夏場にあんな道を延々と歩けるかと思うと割と絶望的ではある。
やっぱり主な沿線観光を一通りやって終わりかなー、でも小布施とか行きたいんだよなー、とりあえず戸隠と諏訪はガチで、と。
最近、神社ハマりすぎ。
あ、ちなみに二日目の宿はこちら「柏屋別荘
風呂の洗い場が畳敷きなの。面白いよ。


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