ことばとこたまてばこ
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遠くで男がひっそり、そして、ひたりひたり歩いている。 わたしのおにいさん。彼は生まれつき耳が聞こえないの。 近くで四つ葉クローバーを握りしめてる少女が立ちつくしてる。 わたしのいもうと。彼女も生まれつき耳が聞こえないの。
おにいさん、おいで、いらっしゃい、御飯ですよ、お腹すいたでしょう、食べようよ。 ほら、あなたもいらっしゃい、どうしたの、何泣いてるの、わからない、落ち着いて。 なにを話しているの、わたしにも教えて、え、なに、なに、なに、なに、なに。
おばあちゃん!…いもうとなら、向こうにいるよ。呼ぶの。わかった。 おかあさん!…今日もおにいさんと聞こえと言葉の教室なの。うん。わかった。 おとうさん!…今日も仕事なの。今度はいつ帰るの。わからないの。わかった。 おじいちゃん!…泣かなくてもいいよ。ふたりともきっとお耳治るよ。わかった。 バァービィ!今日は!いいお天気ですね。元気ですか。ふふ。ふふ。ふふふ。
人間、ギュウギュウ詰まって、雨をも磨り減らし、音楽をも濁らせて。
明るく彼女は微笑んで、雨水で鉄塊、喉に押し流す。
わたしの名も呼んで、記憶の狭間にわずかでも名前が残っているんならね。
呼んで。ちからいっぱい。 抱いて。ちからいっぱい。 見てよ。ずうっとずとずとずっと。
静かだね。バァービィ。 ふふふ、バァァァァァァァァァァービィ!
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