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2007年09月02日(日) 憑依

廃墟が立ち並ぶ山の奥深くにひとつの地蔵があった
濃く深い緑の闇の中、生い茂る草葉に隠されていた
地蔵に顔はなかった
そこでは昼夜通して強い風が吹いていた
止むことのない風はおびただしく生い茂る草葉を激しく揺らす
しゃらわららららり、しゃらわわ、しゃしゃしゃ、しゃららりり
震える草葉は接していた地蔵の顔を柔らかく、長年こすり続けた
また雨もよく降った
地蔵の頭上に生える枝から水滴が落ちて
ほたほた、ほた、ほたほた、ほた、ほたほた、ほたたたた、ほた
ちっちゃな水滴は雨が降るたびに地蔵の頭に落ち続けた
がためにつるつるな面構えでぼこぼこといびつな頭の地蔵だった
その地蔵を奉っていたのはとうの昔に死んだひとりの木こりだけだった
当時地蔵にはまだうっすらと目鼻にほほえみの表情が残っていた
生きていたときの木こりは山奥の地蔵のもとへやってくるたび
赤の色鉛筆と豚の角煮と鰯の頭と一合の日本酒をお供えしていた
去り際には必ず地蔵の傍らに座って大量のシャボン玉をこしらえていた
鬱蒼とした森の中なのでシャボン玉はできるやいなや枝葉に潰されるが
消えたシャボン玉を補い、さらに枝葉の問題をも超越してたゆたい続ける
シャボン玉を作ろうとするかのように木こりは何百何千ものシャボン玉をつくり続けた
そんな木こりもいよいよ地蔵の顔がすべすべになる頃には姿を見せなくなった
地蔵に気弱な男性の霊が憑いた
憑かれた地蔵はぐらぐら動いて後ろに倒れこんだ
そしてまた歳月が流れることとなる
葉が地蔵の腹にうがたれている袈裟を撫でさすり続ける
水滴が地蔵のつるつるな顔の真ん中と心臓と脇腹の位置に落ち続ける


穴が空いた


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