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このところ、戦争に関連したドラマやドキュメント番組が多い。
徹子の部屋でも、今週は戦争に関する過去のトークを抜粋したものを 放映してました。 印象に残ったのは、南風洋子さんの引き揚げ時のお話。 確か、以前にも徹子の部屋で南風洋子さんのお話は聞いていた。 今回は、抜粋だったけれど、やはり考えさせられる悲しいお話だった。
南風洋子さんのお父さんは、引き揚げの人たちを引率する係だった。 引き揚げの途中、ロシアで1年以上抑留された。 その時、南風洋子さんはまだ子どもで、女の子だという事を隠すために 丸坊主にしていた。 子どもたちは皆、屋根裏部屋のような所に隠れていた。
ロシアの兵士達は、毎夜日本女性を強姦しに来たそうだ。
それで、南風洋子さんのお父さんは、辛い決心をした。 こんな風に毎夜悲鳴を聞くよりは、女性の中から数人だけに、この辛い 役目をおってもらえないだろうかと。 その役目は、結婚し、出産経験のある女性が請け負ったそうだ。 南風洋子さんのお父さんが頼んだのか、女性自らが志願したのかは、 まだ南風洋子さんは幼かったので、知り得ない事だった。
抑留されている間、食料は配給だった。 辛い役目を引き受けてくれた女性には、ジャガイモの一つでも余計に 分けてあげたいと思うものだ。 お父さんが、一個でも余計にジャガイモを分けたなら、その事に文句を 言う人がいたそうだ。
「きっと、ロシア兵においしいものをもらっているはずだ。配給物を 余分に与える必要はない」と文句を言ってきた。
南風洋子さんは、日本に帰ってからも、日本が平和で豊かになってからも、 人を見る時に思っていたそうだ。 「今、こんなに立派な事を話しているこの人は、引き揚げの時に抑留される 立場に立ったら、果たしてどういう行動をとるのだろうか?」と。
ある意味、人間不信に陥っていたのだろう。
多感な子どもの頃に、人間の汚い面(本質?)を見てしまったのだから、 しょうがないこと。
満州などから引き揚げてきた人たちは、日本に帰ってからも、子ども達にも 引き揚げ時の話はほとんどしなかったそうだ。 言葉にできないほどの辛い目や、自分との葛藤。もしかしたら、自分自身の 一生の恥になる事をしたかもしれない。そんな記憶は、口に出来なかったの でしょう。
でも、こういう話は、語り継がれていかなければならないと思う。
戒めとして。
私も、南風洋子さんのお話を聞いて、心に誓った。
どんな状況に置かれても、人として恥じない行動をとろうと。
きれい事と言われても、理想論だと言われても、 その状況に陥ったことがないから言えるんだよ。と言われても。 潔くありたいと、常に思う。 思い続けていれば、きっとそういう人間になれそうな気がする。
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