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その日、私は近所の家電量販店に居た。 息子愛用のラジカセのCD部分が壊れてしまったのだ。元々、一時しのぎに 買った かなりお安い品物で、いつ壊れても仕方ない感覚で息子に貸していた のだが 案外と長持ちして、手放せない品となってしまった。 私が違法コピーしたCDに、のたくった異様な文字で 「くぃーん」とか「すぴつつ」とか書いてマイベストにしている。 「こんな事なら カセットに録音しとくんだったなあ」 と言う一言が哀れに思えたので、安いCDラジカセを購入決定したのだ。
ラジカセはセール品を早めに決めて、自分の欲しい物を探しに PCソフトの コーナーへ。結局こっちが本命だったりする。 バックアップと復元ソフト、要るのはどっちだろう? 再セットアップでデータを無くし、いろいろ懲り懲りになってしまったので その辺りをぶらぶらしていると、小さな男の子が一人立っているのに気が付いた。
2歳になるかならないか。歩く事は出来るが、何となくおぼつか無い。 ふらふらと下の方の商品棚の物を触ったりしているが、掴むでも振り回す でもないので、余り気にはならない。親はどこかな?とは思ったが。 つかつかとその男の子に大柄な影が近付いた。 次の瞬間、「ばこっ」と音がした。男の子の頭を大柄な男がソフトの箱で 殴ったのだ。そして男はその箱をおもむろに商品棚に戻した。 商品でっ 男の子は殴られても声も上げないし、泣きもしない。ただ同じ場所に黙って 立っている。 男の子を殴って一言も口を利かず立ち去った男は男の子の父親らしい。 私の左隣で両親、祖父母と思われる人間はずっとお店の人を捉まえ何事か 商品について話し込んでいた。 男の子はぼうっと立っており、殴った商品は店員の前で棚に戻され、私は 立ち竦んでしまった。
子供に手を上げるのがどうこうと言う話しではない。 その子は何にもしていなかったのだ。むしろ大人し過ぎるくらいじっとしてた。 それから5分、男の子は母親にどつかれ、祖父と思われる初老の男性に 転ぶまでどつかれて、ついに泣いてしまった。 逆に言えば、そこまでされるまで泣こうとしなかった。
家に帰っても、後味の悪さは消えない。私は、じっと竦んでいただけだった。 だけど向こうは一家総出の様子なのだ。正直言って怖かった。
多分これは虐待だ。育児中うっかり手が出たとか言うのとは次元が違う。 父親は大柄だが、一見すると普通のサラリーマン風。母と思われる女性は 激しく茶色に髪を染め、激しく紫のアイシャドーを入れている。目の上1.5cm くらいの幅でシャドーを引いているので 遠めには紫の目の人に見えなくも無い。 祖父ちゃん祖母ちゃんと思われる夫婦は本当にどこにでもいる、普通の初老の 夫婦である。小さな子をいきなりどつく事を除けば。 だが、そこまで観察したからと言って どうにもならない。 取り敢えず 見たところに目立つ傷は無かったし などと自身に言い聞かせて 居る事に気が付いて、自分が嫌になった。
理不尽な暴力は人を竦ませる。時に心の中に凶暴な何かを植え付けてしまう 事がある。
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